第109話 仰げば尊し 我が先輩の恩
3月上旬、今日はいよいよ卒業式だ。
俺達吹奏楽部は普通に卒業式に参加するのではなく入場と退場の曲を演奏するという役割があるので、今日は普通の在校生よりも早く登校していた。
この前シオさんが自分の楽器を取りに来たときから何となく実感してきたけど、ホントに今日でお別れなんだなー、と。
ミズホさんの楽器はまだ部室に置いてあるけど、どうやら今日取りにくるとのこと。
大げさだけど、なんか今日で一つの時代が終わるっていうか、ホント、あの6人でやってた時間は今日で完全に終わるんだなと思うとなんか感慨深い。
俺とユリが4月に入部して、シオさんとミズホさんが引退したのが8月だから、半年にも満たない時間しか一緒に過ごしていないんだけど、なんだかその4か月ちょいはホントに濃厚で、ちょっと辛くて、すごく楽しくて…永遠に続くのかってくらい長く感じると当時は思っていたけど、でもやっぱり今思うとホントあっという間で。
もうこの部活に入部して1年、すごく時の流れが遅いようで早い。
…
8時半に登校して部室に入るとさっそくトランペットを取り出す。
卒業式は10時からなのであまり余裕はない。
俺もそうだけど、やっぱりほかの部員たちも何となく雰囲気がいつもと違う。
しっかり演奏して先輩たちを気持ちよく送り出してあげようと思うんだけど、やっぱりいなくなるのはまだちょっと受け入れられない、そんな感じ。
部室の外に出て校庭を眺めていると、遠くに山が見えてその間にはショッピングモールのSEON。
あぁ、入部したばっかの頃シオさんに「あの山に向かって吹け」だか「ショッピングモールのSEONのお客さんに聴こえるように吹け」だか言われたなぁ。
最初は何言ってるんだかよくわからなかったけど、今は言いたかったことがなんとなく感覚でわかる。
練習して、感覚つかんで、あぁこういうことだったのかって。
今でも演奏するときは遠くを意識して、指揮者に聴かせるんじゃなくて客席の最後尾のお客さんにまで音を届けるイメージを意識してる。
今でも大事にしているアドバイスだ。
思えばシオさんの音、ホント迫力あったなぁ。
男勝りのグイグイ引っ張っていくような力強い音、横で感じて本当に頼もしかった。
度胸も満点でソロでも物おじせずに前へ前へ…俺はいまだに自分の出番になるとすごく緊張、そういうところは見習わないといけないな。
本当にトランペットが好きで、吹奏楽が好きで、トランペットが体の一部なんじゃないかってくらいシオさんの横にはトランペットが常にあって。
多分大学入っても続けるだろうな、つか止められないよな、あの人は。
ミズホさんも、ホント高校生からトランペット始めたのが嘘じゃないかってくらい普通に音が綺麗だった。
見た目も中身もそうだけど、音まで大人びてた。
迫力は少ないけど優しくみんなを包むような音で、横で感じてウットリしてたっけ。
人の音に合わせるのが上手で、全体に音を溶け込ませるのが上手、俺はいまだに気を抜くと音が周りから浮くことがあって、そういうところは見習わないといけないな。
パートリーダーのシオさんを横でいつも支えてたミズホさん。
大学行ったらどうするのかな、でもあの人のことだから何やってもできちゃうんだろうな。
シオさんにもミズホさんにも、いろんなこと教わったなぁ。
中学の頃は自分が楽器吹くことで精いっぱいだった。
高校に入ってちょっと他人の音を意識する余裕ができて、人によって同じトランペットの音色でもこんなに個性が出るんだなって気づいた。
どの音が正解とか不正解とかそういうことじゃなくて、こんな音もいいなとか、こんな音も憧れるな、とか。
プロアマ問わず世界中のトランペット奏者の数だけトランペットの音色があって、多分どれも正解なんだろう。
その人の性格とか、信念とか、積み重ねてきた人生とか、大げさだけどそういうものが音色になって表れてるから、こんなに音に差がでるんじゃなかろうか…。
そんな感じで「他人の音色」については本当に高校に入って初めて気づいた。
俺の音色はこれからどうなっていくんだろう。
よりよくなっていけるんだろうか。
シオさんやミズホさんからちゃんといろいろ盗めただろうか。
あれも教えてもらいたかった、これも話を聞いておけばよかった…今になってちょっとした後悔がいろいろ出てくる。
でも、いろんなことを教えてもらってすごく濃厚で楽しい時間だった。
そんなことを思いながら、俺はSEONに、そしてあの山に向かって音を出した。
…
卒業式会場の体育館に在校生が集まりだし、俺達吹奏楽部も体育館の端にスタンバイした。
こういうほかのクラスメートと違う行動できるって、ちょっとテンション上がるよね。
3月の体育館はまだまだ寒いので、楽器が冷えないように定期的に息を吹き込む。
「卒業生、入場。在校生は起立して拍手で迎えてください」
いよいよ卒業式が始まった。
入場時の曲は行進曲の、そして卒業式なんかでド定番の「伊風堂々」。
タイトル通りのトランペットの堂々としたファンファーレを吹き込んだ。
卒業生が入場してくる。
演奏しながらもチラチラ卒業生を見てしまう。
シオさんいるかな、ミズホさんいるかな?
あ、シオさんいた。
なんだかこっちのほうチラッと見た気がする。
なんだかうれしそう。
ていうか袴着て髪の毛セットしてるシオさん、なんかいつもと雰囲気違って大人っぽく見える。
俺たちの音、ちょっとは聴いてくれてるかな?
いろんな感情ごちゃまぜで、そんな余裕ないかな?
おっと演奏に集中、集中。
卒業生が全員入場し終わるまでずっとエンドレスで演奏を繰り返すので、時間の経過とともに段々と疲れてきた。
あ、今度はミズホさんいた。
前を見てまっすぐ歩いてる、でもどこか緊張してるっぽい。
袴着て髪の毛セットしてるミズホさん、めっちゃ美人だなこれ!!!
おっと演奏に集中、集中。
他の部活の先輩方も時々気が付いた。
そのたびにその人との思い出が蘇る。
あまり話せなかったな、とかそういう後悔も込みで。
もちろん演奏には集中、でもやっぱ気になっちゃうよね。
多分周りのみんなもそうなんじゃないかと。
今日くらいはしょうがないんじゃない?って自分で言っちゃおしまいか!
…
式典中は体育館の端ですることもないのでひたすら待機。
楽器にたまに息を吹き込みながら舞台上を見ていた。
シオさんもミズホさんも堂々と卒業証書を受け取っていた。
俺もあと2年後にあっち側なんだな…まだまだ先のようなことに感じるけど、この1年間があっという間だったから2年後もきっとすぐなんだろう。
祝辞とか校長先生の挨拶とかを経て卒業式はあっという間に終わり。
卒業生退場の順になったので、また俺たちの出番。
退場の曲はこれまた卒業式ド定番の「G線上のアーリア」。
福浦西高校はポップスよりもド定番クラシックを流すのが好みなようです。
入場の曲と比較してとてもゆったりした曲で、トランペットの出番もちょっと少なめなので、余裕をもって演奏できた。
余裕があるのでまた卒業生の姿を見てしまう。
泣いてる人もいるし、笑顔の人もいるし、いろいろ。
ミズホさんはちょっと目を潤ませているように見えたし、シオさんはこれまた堂々と、一歩一歩噛みしめるように歩いていた。
なんだかあっという間に卒業式は終わった。
在校生が退場した後俺達も撤収。
椅子と楽器を片付けて、終わった人からパーカッションの撤収を手伝う。
寒い中重たい打楽器を運ぶのは、本当に疲れる。
指も痛いし。
部室に戻って楽器を片付けていると、チラホラと卒業証書の入った筒を持った卒業生が見え始めた。
クラスでの最後の挨拶も終わって、本当にこれで卒業なんだな。
吹奏楽部の先輩達、部室来てくれるかな。
シオさんとミズホさん、来るかな。
最後にちょっとでもちゃんと話したいな。
で、ちゃんとありがとうって言おう。