第108話 進む路
「やぁやぁ!みんな久しぶり!」
今日の部活終了後、帰りの準備をしながらダベっていると後ろからなんとなく懐かしい声がしてきたので振り向くと、シオさんがいた。
俺たちトランペットパートはすぐにシオさんの周りにワラワラと集まってきた。
「わぁシオさん!久しぶりー!」
「久しぶりだね、カナ。元気にしとるかねー?」
「しとるしとる!ところで急にどうしたんですか?もしかして留年決定したから部活戻ってきたんですか?」
「そんなわけねーだろw私の受験はもう終わった!」
「えぇ!マジで?」
「マジマジ!私も4月から都会の女子大生だぜ!」
「都会!?どこの大学いくんすか!!!」
「聞いて驚くな!日本の首都、東響だぜ!!!!!」
「東響wwwシオさん大丈夫っすかwww一人暮らしできるんすかwwwご飯作れますかwww一人で寝れますかwww」
「笑いすぎだコラ!自炊くらいできるっての!お前が考えている以上に私の女子力は高い!」
「自分で言ってるwww」
「シオさん合格おめでとうございます。ところで何学部に行かれるんですか?」
「ありがとうナツキ。やっと「おめでとう」って言ってもらえたよ。学部はね、看護学部」
「看護学部!!!!!シオさん看護師になるんすか!!!」
「おう!」
「ナース服シオさん!かわいい!ナースキャップかわいい!ちんちくりんでかわいい!」
「ちんちくりんって言うな!ていうか今はナースキャップはつけないの!」
「なんで看護師になろうと思ったんすか?つーか将来シオさんが勤務する病棟に入院して見てみたい!面白そう!」
「エンタメ感覚で入院してくんなよ!!!理由はなぁ…あー、いや私ちっちゃいころからだ弱くてさ、何回か入院とかしたことあんだわ。でその時の看護師さん達ががすごく優しくてかっこよくて、私もあんな風になりたいなーって昔から漠然と思っててさ」
「めっちゃ真面目じゃないですか!」
「真面目で悪い理由ある!?」
「シオさん頑張ってください!応援してます!はー、でも都会で一人暮らしですか…憧れますね」
ユリが憧れの眼差しでシオさんを見ている。
「そーだよ!憧れの都会暮らしだよ!いっぱい遊んでおしゃれして彼氏作って!満喫してやるぜ!」
「勉強してくださいよwww」
「そ、それはまぁ第一優先だけどね」
「田舎丸出しな感じ出さないでくださいよ!都会の人は冷たいらしいですよ?全員が何もわからない田舎もんから搾れるだけ搾ろうと虎視眈々と狙っているらしいですよ?シオさんまだ都会に慣れてないから悪い男に遊ばれるだけ遊ばれて、搾取されるだけ搾取されてポイされないか心配…ていうかシオさん1年後には髪の色奇抜な奴にして、そこら中ピアスだらけにして、露出の高い服来たりしないか私は心配で心配で」
「上から目線むかつくーwカナだって都会一人暮らししたことないし、彼氏だっていないじゃん」
「まぁ私は作ろうと思えばいつでも作れるから!今は一人が楽しいだけ!」
「だってよ」
「みんなで憐みの目で見るんじゃねー!」
シオさんは高校2年生の頭には看護師になることを決めていたとのこと。
部活引退してからはそこそこ勉強も頑張って、なんとか第二志望の私立大学の看護学部に合格したらしい。
高校2年生の頭に決めたって、早いのかな、遅いのかな。
来月には俺ももう2年生…まだ今後自分がどうしたいのか決まっていない。
どっちかというと理系科目のほうが得意だから理系に進むんだろうなーくらいには考えてるけど、それより先はまだあんまり考えたことがない。
電気電子、情報、土木、数学、物理、化学…いろいろあるけど、まだはっきりしたことは決めてない。
他のみんなはもう進路決めてるんだろうか…?
若干焦る。
「ところで今日はどうしたんですか?」
「おぉ!忘れてそのまま帰るところだった!今日はね、楽器を取りに来たんだよ」
「楽器?」
「そ!マイトランペット!部室にずっと置きっぱなしだったでしょ?」
そういえばシオさんとミズホさんが引退してからも部室の棚にはトランペットが6つ並んでいる。
シオさんとミズホさんは引退したけれど、楽器はそのままだったから気づかなかった。
「え!今日持って帰っちゃうんすか!?」
「そだよ?」
「まだ置いとけばいいじゃないですか!なくなるもんじゃないし!」
「でも卒業式までにはねぇ。ていうか卒業式はいろいろ荷物もあるだろうし、服装も袴だし」
「えー…なんか、寂しいっす。もうちょっとだけ置いといてほしいっす」
「なんでよー。今日ちょうど時間あったから今日がいいよー」
「ていうか急すぎっす!事前に連絡してくれても良かったじゃないですか!まだ心の準備ができてない!」
「ごめんごめん、急に思い立ったから」
「やだ!返さない!」
「は?」
「返してほしくば私を倒してから行け」
「またわけのわからないことを…」
「でも…私もちょっと寂しいです。シオさん達引退はされちゃいましたけど、ずっと楽器は一緒にあったから…それが急になくなっちゃうと、寂しいです」
「えぇ!ユリまで?え?ナツキも???…レイジ、何とかしてくれ」
「何とかといわれましても…俺もいきなりすぎてちょっと寂しいです」
「もー…悪かったよ、事前連絡してなかったのは謝るよ。でも私の楽器返してよー」
「…しょうがないっすねぇ!」
5人で部室の棚の前に来る。
棚の最上段にはトランペットのケースが6つ並んでいて、その一番右側の楽器ケースがシオさんのだ。
シオさんは手を伸ばし、棚の上の楽器ケースは5つになった。
ちょっと寂しい。
「シオさん!久々にちょっと吹いてみてくださいよ!」
「え!私もう半年くらい吹いてないから…でもまぁちょっとならいいか!せっかくだし楽器出してみるか」
「めちゃめちゃサビまくってたりして」
「全然お手入れしてないからなぁ…」
「楽器の中から緑色のゲル状のアレ出てくるんじゃないすか?」
「うっ…」
久々にシオさんのVESSENの銀色トランペットを見た(一応軽く洗って綺麗な状態にしてから)。
中学時代から使っているから楽器ケースも楽器自体も細かな傷はあるけど、それが"味"って感じ。
マウスピースで軽くウォーミングアップして、楽器に装着。
そこからいつものシオさん特有の力強い音が奏でられた。
さすがに半年のブランクはあるけど、かっこよくて力強くて男勝りないつもの感じ。
あぁこれだ、これが福浦西高校吹奏楽部のトランペットの最初のイメージだ。
入学式で聴いたあの音色だ。
半年前まで一緒にやっていたのに、なんだか物凄く久々に聴いた気がして懐かしい。
みんな多分俺と同じように今までを思い出しながら、ウットリ音色を聴いていた。
「なんだよ、黙って聴くなよ。恥ずかしいじゃん」
「いやー、「私がシオリだぜぃ!」って感じのいつもの音色でしたね!」
「馬鹿にしてん?w」
「してないっすよ!…そうだシオさん」
「何?」
「東響行ってもトランペット続けてくださいよ?都会の雰囲気に呑まれてチャラついたと軽い男といつも遊び歩く生活なんてだめっすよ?シオさんがトランペット辞めちゃうの、絶対もったいないです」
「そうだね、できる限り続けたいね。大学のサークルに吹奏楽サークルあるらしいからそこに入るかなぁ」
「あと、定演は絶対観に来てくださいよ?」
「それは絶対観に来るつもりだよ!夏の大会も来ようかな。新幹線で一本だしね」
「おぉ!引退後もしょっちゅう顔出すめんどくさいOB枠!」
「来てほしいのかほしくないのかーーー!!!」
「来てほしいっすw」
「いくよ、ミズホと一緒に」
「そういやミズホさんはどんな感じなんですか?」
「ミズホはそろそろ小坂大学の入試だね。教育学部行って学校の先生になるんだって」
「おぉ!小坂大学ってことは地元の国立!さすが頭いいっすね。教育学部かぁ…美人エロ教師ってことかー!!!シオさんもミズホさんも看護師に女教師とか設定盛りすぎ!」
「設定ってなんだよ!まぁでもさ…ユリもレイジも、進路はそろそろ考え始めたほうがいいよ。本当に、3年間なんてあっという間だから。急いで決める必要はないけど、ちょっとは考えといたほうがいいよ。部活引退したら受験まであっという間だし」
「「はい!」」
…
シオさんを見送った後、俺は改めて棚の楽器ケースを見た。
今日でこの棚のトランペットが6つ並ぶことはもうないし、すぐに4つになる。
「3年間なんて、あっという間」、本当にそうだ。
この一年間あっという間だったし、あとの2年もあっという間なんだろう。
後悔しないようにしないと。
今日帰ったらちょっといろんな理系学部の内容とか調べてみようかな。
これからはもうちょっとだけ勉強しようか、なんて。
部活は楽しいけど、それが高校生活の全てじゃない。
やらなきゃいけないことはあるし、決めていかなきゃいけないこともある。
棚の楽器ケースが1つ減ったことで、今日はなんか一歩進まなきゃいけない気がしたのだった。