第105話 実家のような安心感
「…というわけで、アンサンブルコンテスト東海越大会銀賞という結果で帰ってまいりました!全国大会は行けなかったですけどやり切った気持ちはありますし、本番は今までで一番いい演奏できたと思っています。みなさん本当にいろいろ協力していただきありがとうございました!!!」
パチパチパチパチ!!!
カナさん達が東海越大会から戻ってきて最初の部活の日、練習前にみんなの前で東海越大会の結果報告をした。
カナさん達の表情は晴れ晴れとしていて、本当に今できる最高の演奏を本番にできたんだな、と思うと自分のことのように嬉しくなった。
あ、どうも僕です。
主人公の僕です。
約10話くらいほぼ出てなかった主人公の僕です。
僕です!!!
BOKUDESU!!!
「今日からまたみんなと一緒に今度は定期演奏会、そして夏のコンクールに向けて頑張ります!それに向けて私たちは今回感じたことや経験を余すことなくみんなに伝えるつもりです!この8人でもう演奏できなくなるのは少し寂しい気もしますが、またよろしくお願いします!」
パチパチパチパチ!!!
「えぇ~~~~~~~!!!???」
「え、何よトモ。なんか不満なの?」
「そりゃ不満ですよーだ!!!」
「一緒に連れてかなかったことが?」
「それもあるけどそーじゃねーっす!せっかくなんだから最後に8人の演奏聴かせてくださいよ!私たちは居残りだから生の音聴いてないんすよ?せっかく東海越大会レベルの演奏できる人たちが身内にいるんですから、最後に1回くらい生で聴かせてくださいよ!CDじゃなくて生音で聴かせてくださいよ!ねぇ部長?」
「そうだね。カナ達が東海越大会でできたいい演奏のイメージのまま終わりたいんなら話は別だけど、そうじゃないならやっぱもう一回聴かせてもらいたい気もするね。ここはホールみたいに音響設備はないけど、私も目の前で聴きたいなぁ」
「ですよねぇ!聴かせてくださいよ!みんなもそう思うでしょ!?」
パチパチパチパチ!!!
「トモもたまにはいいこと言うじゃん」
「うるせーっす!勿体ぶらずに聴かせてくださいっつーの!」
「しゃーねーなぁ!トモだけチケット代1,000円な!」
「せっこ!!!」
「しょーがないにゃあ!…じゃあせっかくだし、聴いてもらおうか!」
…
パチパチパチパチ!!!
ちょっと前まで練習で毎日聞こえていた曲だけど、最初からちゃんとじっくり聴くとやっぱ上手いな。
カンツォーネの基本はしっかり忠実に守っているけど、その枠の中で自分たちなりの遊びが入っていて聴いていて楽しかった。
県大会よりもさらに洗練されていて、こりゃ県代表にもなるわ、と。
でもどこか実家のような安心感もある。
カナさんやナツキさんのいつもの音色がそう感じさせてくれるのか?
聴いていて非常に心地よかった。
俺もこんな演奏したいなぁ。
周りのみんなも温かい笑顔で「やっぱ上手いね」とか「これはすごいや、ちょっと嫉妬する」とか大絶賛。
やっぱこの人たちすごい。
「つぅかユリまた泣いてんのかよ!?」
横を見るとユリがグジグジ泣いていた。
「だってぇ、この演奏めっちゃ好きなんですもん…」
「うんうん、ユリはうちらの最高のファンだからな!」
「わーん、もうこの演奏聴けないんですか!?そんなの嫌ですよぉ!」
「しゃーないじゃん、終わっちゃったんだから。あとで大会のCD届くから一緒に聴こうよ!」
「私は自分用に買いましたよ!」
「自分は出場してないのに?…ガチ勢かよ!?」
こうしてアンサンブルコンテスト東海越大会の報告会は終了。
また今まで通りの日常が戻り、定期演奏会と夏のコンクールに向けての練習が始まる。
ていうかその前に卒業式と入学式の演奏か。
シオさんとミズホさんの卒業、そして新入生の入学…後輩…うわあああああああああああああ!!!
…
カナさん達の演奏が終了するといつも通りの流れで個人練習、そのあとパート練習の時間。
久々のパート練習。
昨日までは独りぼっちだったからなぁ…正直寂しかった。
「ってことでさ、レイジはお留守番ありがとう。本当は一緒に連れて行ってやりたかったけどなぁ。ちゃんと留守番中サボらず練習してたか?」
「してましたけど…」
「寂しくなかった?「うぇーんユリぃ、僕ちゃん寂ちいよぉ!!!」とか泣いてなかった?」
「泣いてねぇ!でも正直寂しかったというか物足りない感じはありました。なので金管1年生の留守番組で集まって練習したりしてました」
「お!レイジ、男子一人でハブかれなくて良かったな!」
「本当にマジで。声かけてくれてマジで助かりました」
「良かったねー。まぁ今回経験したことはさ、ちゃんと私もナツキもユリもレイジに伝えるようにするからさ、その時はちゃんと聞いてくれよ?特にユリ、レイジにちゃんと思ったこととか感じたことを伝えるんだよ!?」
「なんで私…」
「ユリがレイジと同級生だからでしょ?ユリはレイジとまだ1年以上一緒にやってくんだから、ユリの経験を共有して足並み揃えておかないともったいないでしょ?もちろん私とナツキはあと半年ちょいなんだから出し惜しみせずに言うけどさ、レイジと一番時間を長く過ごすユリが感じたことをレイジと共有しておくことは、絶対必要だと思うよ?」
「…はーい」
「おうユリ、伝えるのサボったり出し惜しみしたらちょっと真面目に怒るからな。本当なら全員連れていきたかったんだからな?ユリは幸運にも一緒に行くことができたけど、それで自分が感動したー!で終わらすのは許さないからな?」
「…はい。すみませんでした…」
「ん!ならよろしい!」
一瞬雰囲気がピリついたけど、カナさんの持ち前の笑顔ですぐに元に戻る。
その笑顔を見てユリはホッとした表情。
でもちゃんと俺も本当なら連れていきたいと思ってくれてたんだなぁと思うとちょっと嬉しい。
俺もトランペットパートだもん。
「レイジも。私たちが経験したことを伝える時はちゃんと自分なりにイメージして吸収してほしい。言葉じゃうまく伝わらないことだってあるけど私たちなりに頑張るからさ」
「はい!」
「よろしい!じゃあ久々にみんなで練習しようか!サボってなかったかチェックしたる!」
この感じ、凄く懐かしい。
いなかったのはたった数日だし会わない時間なら夏休み中の方が長いのに、すごく久々に感じる。
一人で練習するのも好きだけど、みんなで練習するのも好きだ!
おかえりなさい!!!
…
練習終了後、ペットパート4人で集まってエチェバリア(ファストフード店)に行き、ポテトをつまみながらカナさん達の体験を初日から最終日までいろいろ聞かせてもらった。
本当にどの話聞いても全編羨ましい。
平日に公休扱いで県外に行けるのも羨ましいし、宿泊も羨ましいし、県外の高校の演奏を聴けるのも羨ましい。
でもやっぱ「アンサンブルコンテスト東海越大会に参加・鑑賞した」ってのが一番羨ましい。
自分の県で開催でもしない限りなかなか聴けないもん。
カナさんもナツキさんもユリも自分なりの言葉で一生懸命俺に伝えようとしてくれている。
すごく嬉しい。
経験はできなかったけど、みんなが経験した時に感じたことや熱量、感情の変化、周りの空気感とか、ざっくりとだけどイメージができてくる。
舞台上でカナさんはどう思っていたかとか、本番前夜にナツキさんはなにを考えていたかとか、本番前の練習でユリが何を悩んだかとか…。
どの話も全部面白いし、興味深い。
本当にいい経験してきたんだなぁ。
「でさぁ~、本番2日前に橋本深川高校の演奏聴いてうちらより前にユリが一番自信失ってんの!いやいやお前かよ!って」
「だって…なんか一緒についていって同じ空気吸うだけで自分まで東海越大会レベルなんじゃないかって勘違いしてるのに気づいて…なんか情けなくなって自信が…カナさん達だけが特別で私はただの…て思っちゃって。でも…これからのことはカナさんも一緒に考えてくれるんですよね!」
「そりゃもちろん!ナツキだって一緒だよ?なぁ?」
「うん。私達だけが特別ってわけじゃないけど、ユリがカナと同じようにやっても別の人間なんだからどこかできっと無理が出てくる。ユリはユリなんだから、ユリなりのやり方、一緒に見つけていこう」
「はーい!」
「それ私が数日前に言ったやつー!何ドヤ顔で自分が言ったことにしてんの!」
「別にパクったわけじゃ…」
「レイジも!レイジなりのやり方見つけるの手伝うよ。もうすぐ後輩もできるんだし自分のこと考えるだけでいい時間はそろそろ終わる。だから今のうちに自分なりのやり方、方向性くらいはある程度掴んどこう。そうすれば自分の中でのブレも減るし、自信持って進められるはず」
「はい!」
「この経験は絶対にトランペットパートだけじゃなくて西校吹奏楽部全体でモノにしよう。それにはまずうちら4人がこの経験を生かすこと。よし、じゃあ明日からまたこの4人で頑張ろう!」
「「「はい!!!」」」
「きっとさ、入部してくる新1年生も「わぁ、東海越大会出場した人たちだぁ!きっと後輩の2年生のお二人も、さぞかし上手なんだろうなぁ!」って目をキラキラさせてやってくるよ!!!だから頑張ろう!!!」
「「わァ…あ…」」
「泣いちゃった!!!」