第103話 使い古しの言葉、ありがとう
前の団体が舞台袖に掃けるのを見て、舞台に入っていく。
今まで経験してきた大会の舞台と同様に照明が眩しくてちょっと熱い。
照明で目がチカチカしたけどすぐに慣れてきて、楽譜を譜面台においてふと観客席に目を向けると急にブワッと寒気がした。
みんなが見ている。
「東海越大会初出場のこの金管八重奏、いったいどんなレベルなんだろう」という目で東海越大会に慣れているであろうみんなに見られている。
まぐれ、偶然、場違い、運がよかっただけ…そんな風な演奏に受け取られてしまったらどうしよう。
ていうかうちら、やっぱりまぐれだったのかな…?
なんか自分たちがここに立っていることが場違いな気がしてきた。
私たちは…
後ろからナツキにポンっと肩を叩かれる。
ナツキは私の目を見て無言で自分の胸ポケットのお守りに手を当てた。
あぁそうだ。
私は一人じゃない。
舞台上には仲間が7人いるし、舞台裏には5人いるし、地元には30人以上の仲間がいるし、10人以上の引退した先輩たちもいる。
そのみんなが勝手に載せてくれた想いを8人で勝手に胸ポケットに入れているのだ。
私達の胸ポケットには50人がいる。
勝手に舞台上に持ってきた50人の想いは場違いなんかじゃない。
そんなこという奴いたら、常連校だろうがなんだろうがぶん殴ってやる。
いつも通り演奏できること、これがみんなの願い。
私はナツキと目を合わせてわざとらしくニカッと笑って返した。
ナツキは微笑んで、その背後では6人の仲間もこっちを笑って見ていた。
あぁ、これは「いつも通り」だ。
これなら「これが小坂県立福浦西高校吹奏楽部じゃい!」と、ぶちかませるぞ。
…
舞台袖に控えていた私達サポートメンバー4人と先生は、声を潜めて舞台袖にある舞台を映しているモニタを見ていた。
なんかカナさんが一瞬フリーズしちゃってたけど、ナツキさんと目が合ってすぐに笑顔になってたので安心。
カナさん達は礼をすると着席し楽器を構えた。
みんな真面目に、でもちょっとニコニコしながら着席し楽器を構えるのを見てホッとした。
福浦西高校吹奏楽部金管八重奏の「第七戦法のカンツォーネ」の演奏がいよいよ始まる。
カナさんがブレスを吸うのと同時にベルを上げると、演奏が始まった。
一瞬会場の照明が明るくなったのか?そう錯覚するくらい華やかで明るい音色が会場を包んだ。
あ、大丈夫だ、飲まれてない。
県大会の時と同じくらい、いやそれ以上に丁寧かつ勢いのある出だし、掴みはOK!
あの明るくて元気いっぱいの音はカナさんだ。
あのでしゃばらずにクールにカナさんに寄り添う音はナツキさんだ。
全体をやさしく支える音は藤原さんだ…。
県大会と変わらず個性的な音の集合体がそこには確実にあって、でもその個性は理性でコントロールされていてちゃんとひとまとまりになっている。
比較的落ち着いた曲調の中から湧き上がる明るさと元気な感じが心地いい。
そのアンバランスな状態が絶妙な感じでバランスを取っている。
こんなテンション高い「カンツォーネ」聴いたことない!そんな楽しい空気が会場を包み始めた。
県大会の時と同じような会場の空気の変化、カナさんナツキさん、みなさんの演奏はきっと東海越大会でも心掴んでるんじゃないでしょうか!
他県のみなさん、私たちの先輩たち凄いでしょ?
こんなワクワクできて面白い演奏ができる自慢の先輩たち!
楽しい、もっとこの演奏聴いていたい!
県大会の時に聴いた演奏と同じようにワクワクが止まらない…!
でも県大会の演奏よりも全てにおいてさらに洗練されているのがわかる。
ちゃんと今日に向けていっぱい練習してきましたよね。
ずっと見てました。
ずっと応援してました。
ずっと憧れてました。
カナさんナツキさんみたいな音を出したいし、演奏をしたい。
去年のアンコンがボロボロだったからマイナスからのスタートだったって言ってたけど、よくここまで、プラス1、いやプラス100まで持ってこられたなぁ。
練習は大変だっただろうし辛いこともあっただろうけど、やっぱり8人の頑張り、取り組む姿勢、向いている方向が1つだったから今年は空中分解せずにここまで来れたんだろうな。
その成果が今確実に出せているし、いつも通りの実力を発揮できている。
すごい8人だ、羨ましい。
よかった、いつも通りに演奏できてる。
本当に良かった。
自分のことのように嬉しい。
ここまで連れてきてくれてありがとうございます。
貴重な経験させてくれて、ありがとうございます。
大好きなカナさん達の演奏、またさらにレベルアップした状態で聴かせてくれて、ありがとうございます。
なんかすごく、胸が熱くなる。
なんかすごく、感情がこみ上げてくる。
この演奏は私のすべてを揺さぶる、衝撃的で感動的で楽しくてアツくて…あらゆる感情を揺さぶりまくるすっごい演奏だ。
…なんかもう全部、ありがとうございます!!!
この演奏が聴けて、本当によかった。
ずっと聴いていたい、終わってほしくない。
この時間が永遠に続いてほしい、というか終わってほしくない。
そんな無茶な願いは当たり前だけど叶うはずもなく、理性が保たれつつテンションの高いアツい「第七戦法のカンツォーネ」の演奏はそのままの勢いを保ったまま終わり、一瞬の静寂もなく拍手喝采。
会場全体が笑顔になっていたような、そんな感じの演奏だった。
「今の演奏おもしれーじゃん」って後ろの方から聞こえた気がする。
カナさん、ナツキさん、みなさん…確実に爪痕残しましたよ!
舞台上のカナさん達も演奏終了後すぐは呆然としてたけどすぐみんな笑顔になった。
やり切ったような表情、満足いく演奏だったみたいでよかった。
カナさん達は胸張って舞台袖へと消えていった。
あっという間に温かな嵐は過ぎ去っていった。
私の感情は静かに爆発した。
…
舞台袖に掃けて廊下に出るとサポートメンバーと先生が興奮しながら待ってくれていた。
「お疲れさまでした!」
「すごい演奏でした!」
そんな中やけに静かだなと思いユリに目を向けると、俯いて泣いていた。
「え、なんでユリ泣いてんの!?」
「すびません…なんかすごく感動しちゃって…なんか、うまく説明できないでずけど、カナさん達の後輩でよかった!って…」
「マジで!そんなに?でも…それはいい意味の涙なんだな?」
「はい!すっごく最高の演奏でした!」
「ならよし!サポートメンバー、私とナツキの楽譜を持てぃ!」
「はい!」
そう言ってユリに楽譜を渡すと頭をワシャワシャ撫でてやる。
ナツキも楽譜を渡した後頭をワシャワシャ撫でてやっている。
ユリはズビズビ泣きながら笑っていた。
髪の毛クッシャクシャだけどお構いなし、2人でさらにワシャワシャしてやる。
ナツキと目が合って2人で笑う。
ナツキ、やっぱお前最高だ!一緒に演奏できて本当によかった!
この8人で演奏できて、リベンジできて、本当によかった!
ユリ、お前も最高だ!
ユリの心にこんなに響いたんなら、それでもうこの福浦西高校金管八重奏の演奏は大成功なんじゃないか!?
会場の評価や審査員の評価ももちろん気になるけど、後輩が喜んでくれる演奏ができたのならこんな嬉しいことはない!
まだうちらの大会が終わったわけじゃないけど、来年につなげることができたってことだしね。
ちゃんと受け取ってくれて、ありがとう!
レイジ、お前もちゃんと後で聞いてちゃんと受け取ってくれよ!?
本当はレイジも連れてきたかったなぁ。
でもしゃーない、「もうこれ以上は勘弁してください」ってくらいまできちんと伝えてやるから覚悟しとけよ!
お前なら受け取って自分のものにできるはずだから!
みんな最高だ!
ありがとう!!!
…
福浦西高校吹奏楽部部室。
全体で基礎練習をしているときに、みんなのスマホが振動した。
基礎練習を仕切っている1年生の生徒指揮者が練習を一時中断して部長の顔を見る。
部長がスマホを見てニッコリ笑い、今はスマホ見てもいいよ、と言ってくれた。
みんなこの日だけはポケットにスマホを忍ばせていたので俺含めみんなスマホを見る。
福浦西高校吹奏楽部グループに出場メンバー8人と先生とサポートメンバー4人の集合写真がアップされており、みんな笑顔だった。
ユリの目が充血しているのと頭がボサボサなのはよくわからんが、みんなすっきりしたいい笑顔。
きっといつも通りいい演奏できたんだな、と思うとホッとした。
周りのみんなも写真を見て笑顔になって歓声を上がった。
そしてそのあと福浦西高校吹奏楽部グループにカナさんからメッセージ着信。
それを見て、あぁいい演奏できたんだな、と確信し俺も笑った。
>ぶちかましてきたぜ!!!