第101話 大人になったら
さぁいよいよきたぞ、アンサンブルコンテスト東海越大会当日。
私たち金管八重奏メンバー8人+先生+サポート4人の計13人は、ついに舞台の初芝県文化会館まで来た。
周りには見たことのない制服ばかりで、何県の何高校なのかさっぱりわからん。
県大会まではなんとなく「あの制服は〇〇高校」っていう感覚はあったけどこんなのは初めて。
あぁなんか周りの人みんなが演奏上手が気がしてきた。
きっと私たちだけが初出場でキョドってるの見られて笑われて、演奏聴かれて「何ですの?あのガキっぽい演奏は、あらあらウフフ。私たちのような上級国民の演奏と比べるとあまりに悲惨ザマスね。あんな音楽しか奏でられないなんて、貧民はかわいそうザマス」って思われるんだああああああああ!!!
「かかかかかかカナさん大丈夫でぇすかかかか???」
「ユリこそめちゃめちゃキョドってるじゃん…ダイジョブブブブ?」
「もうなんだかよくわかんないです。周りのみんなが全員全国大会金賞に見えます」
「わかる、あ、あばばばばばばば」
「カナさん気を確かに!」
うちら以外に初出場の団体はいないのだろうか?ってくらいみんな堂々としていて余裕がある(ように見えてしまう)。
私含め金管八重奏メンバー8人はどことなくみんな空気に飲まれそうになっているし、井口先生ですらなんとなくソワソワしているように見える。
そりゃサポートメンバーの1年生だって…
「藤原さん!しっかりしてください!というかみなさん!いつも通りにやりましょう!今この空気に飲み込まれちゃったら、出せる音も出せなくなっちゃいます!それじゃもったいないです!」
アオイちゃんだけは飲み込まれてなかったみたい。
彼女はなかなか大物かもしれん。
でもその通りだ!
こんなとこで飲み込まれてたら何もできずに終わってしまう。
そんなのはここにいるみんなも、高校に残っているみんなも望んでいない!!!
「…そうだねアオイちゃん!確かにこんなとこで緊張してたら練習してきたこと何もできずに終わっちゃうね!今は周りが全員プロに見えてるけど、みんな私達と同じ高校生だ!そこまで変わらないはずだ!うちらはうちららしく、いつも通りの演奏ぶちかまそう!」
「そうです!みなさんは周りを気にしすぎずに普段通りに自分たちの演奏すればいいのです!」
アオイちゃんの言葉でみんな目が覚めてきたみたい。
さっきまで私含めみんな顔色がちょっと悪かったけど、今はだんだんと熱を帯びてきている。
みんなちょっとずつ笑顔が出てきている。
みんな「やってやろう!」「ぶちかますぞ!」と前向きな言葉が出てきている!!!
「ありがとうアオイちゃん!おかげでみんなちょっと気が楽になったよ!目が覚めた!みんな頑張るよ!」
「やった!」
「アオイちゃんって意外と物怖じしない性格なのね?」
「いやー、自分が演奏しないからだけですよ。自分が演奏するんだったらきっとみなさんと同じように緊張しますって」
「そうかなぁ。でもその物怖じしない性格に助けられた!ありがとう!でもよかったね、アオイちゃんちょっとキャラ付け弱かったから、物怖じしない性格って色がついて良かったよ!」
「メタ発言!!!」
…
アンサンブルコンテスト東海越大会は2日間にかけて開催される。
実は昨日は大会一日目、小学校・中学校・大学の部が行われており、今日は大会2回目、午前は職場・一般の部、そして午後は高校の部である。
私たちの順番は26団体中13番目のど真ん中!なので午前中は客席で職場・一般の部の演奏を聴くことができる時間的余裕がある。
職場・一般の部なのでそこまで緊張することもないし、演奏をじっくり聴けることはうちらにとっても、そして1年生にとってもきっとものすごい経験になる。
午後はきっとバタバタして腰を据えて聴くことはできないだろうから、せめて午前中はじっくり聴いて、大会の雰囲気を感じたい。
会場の前でもちょっと空気が変わったけど、会場に入りロビーに向かい、ホール内に入るとさらに空気は張り詰めたものになった。
ピリピリしているわけではないけど、いい意味で緊張感がある。
何とか13人全員の席も確保でき、舞台に目を移す。
午後あそこで演奏するのか。
さっきまでは緊張して何も考えられていなかったけど、なんかちょっと楽しみになってきた。
あそこで演奏して、みんなに聴いてもらって、プロに評価してもらえる。
なんかこう、ワクワクしてきた。
「なんか、ちょっとずつだけど楽しみになってきた」
「お、ナツキも?私もなんかワクワクしてきた」
「こんな経験なかなかできないんだし、アオイちゃんの言う通り物怖じしてたらもったいない」
「そうだね、普段通り楽しもうよ」
「うん」
「カナさん!ナツキさん!」
「どうしたユリ?」
「パンフレット見てくださいよ!東海越大会のパンフレットに「福浦西高校金管八重奏」って載ってますよ!」
「そらまぁ出場するんだから載るよ」
「でもなんかすごいじゃないですか!東海越大会にちゃんと出場して、記録に残るんだなぁって思うとなんかすごい!このパンフレット持って帰ってみんなに見せます!でちゃんと保存しよう!」
「そうしてくれ。でも確かにこのパンフレットは一生捨てられないだろうなぁ」
「そうです!あ、もう一部もらって保存用とみんなに見せる用にしようかな。あぁでも一人で何部ももらったら迷惑か…」
ユリもだいぶ緊張が解けてきたみたい。
つうかテンション高いな!
でも確かにパンフレットで活字で物として団体名が載ってると、なんか本当に東海越大会に出るんだなぁって実感するな。
やってきたことが認められた感じ。
何回も自分達のページ見てニヤニヤしちゃう。
くしゃくしゃにならないようにちゃんと取っておこう。
…
午前中の職場・一般の部の演奏、本当にどこの演奏もすごかった。
やっぱ大人になっても吹奏楽続けている人達の演奏は凄く上手だし、楽器吹くのが好きなんだ!って気持ちが伝わってくる。
仕事や家庭をこなしながら吹奏楽続けるってのは学生以上に大変だろうし、疲れるだろうな。
それでも続けたいという本人の想いと、続けさせてくれる周りの協力、その上にこの素晴らしい演奏が成り立っている。
重みも厚みも高校生の演奏とは違う。
プロとは違うけど、やっぱ吹奏楽好きだって人の気持ちが伝わる演奏を聴くのは好きだ。
演奏が上手なのはもちろんなんだけど、なんかあったかい気持ちになる演奏が多かった。
私は大人になったらトランペット続けるのだろうか?
さすがにまだわかんないな。
でも、ずっと心の中にあったり、たまに取り出して吹いたりとか、それはするだろうな。
この自分のトランペットとの経験はきっと一生ものだ。
…
午前中終了。
職場・一般の部では2団体が全国大会出場を決めた。
残念ながら小坂県代表は全国大会を逃したけど、演奏は凄くかっこよかった。
じっくり東海越大会の始まりから終わりまで聴けて、全体の雰囲気を感じられたことは本当に良かった。
会場の雰囲気も分からずいきなり舞台に立つよりは全然いい。
そして午後、いよいよ高校の部が始まる。
自分たちの演奏まで残り約3時間。
3時間後、いったいどんな気持ちで舞台に立っているのか。
3時間後、いったいどんな演奏ができるのか。
5時間後、いったいどんな表情で会場を後にするのだろうか。
私たちの過去最大の挑戦が、ついに始まる。