<第一話>迷子の男の子
「この辺りも、ようやく春の息吹が感じられる季節になってきたのね。」
姫子は、日差しが毎日少しずつ暖かくなってきているが、まだ少し肌寒さを感じる初春という季節を、ゆっくりと散歩をしながら楽しんでいた。
今は五月も半ば。東京より一か月位季節が遅く感じられるここは、避暑地として有名な軽井沢である。
しかし、この季節なら人も少ないので、静かにゆったりと過ごす事ができると、敢えて訪ねてきていた姫子であった。
木々の新緑の芽吹きが美しく感じられる林の小道を歩きながら、視線を地面に向けて見ると、両脇の地面には、サクラソウやスミレの淡いピンクや白の花が咲く中に、ヤマブキやタンポポといった黄色の花も咲き、美しい花景色を眺めることが出来た。
ゆっくりと散策をしていた姫子が、目線を道路の先に戻した時、遠くから若い女性と、小さな男の子が歩いてくるのが見えた。
「あの人達も、お散歩中の親子かしら?」そんなことを思いながら、それとなくその様子を見ていた姫子の近くまで来た二人は、手をつないでいるが、女性の若さから親には見えなかった。そして子供は、目に涙をためていた。
「僕は、何か悲しいことでもあったのかな?」
その様子を心配した姫子が、今にも泣きだしそうな男の子に話しかけた。
「お家にね、帰れないの…。」
答えた自分の言葉で悲しくなってしまった子供が、そのまま泣き出してしまった。
「もう泣いちゃだめだよ。お姉さんが一緒にお家を探してあげるって約束したでしょ。だから、もう泣かないの。」
隣の女性が子供を慰めている。
「じゃあ、今からは私も一緒に探そう。皆で探せば、きっとすぐにお家が見つかるよ。」
姫子も優しく子供に話しかけた。