【第二章 店長さん、国王様に呼ばれる】
第2話です。今回は設定解説パート……みたいな感じです。だいぶ凝った所なので、一人でも「ほぇ〜」ってなって頂けると嬉しいです。
「ふぅ……今日の買い出しはこんなもんか。一人で充分だったのに、わざわざ着いてきてくれてありがとな、エフィ」
「いえいえ〜、アイシャさんお掃除中だったし、あたしも欲しい物あったから全然平気ですよ〜!」
両手に紙袋を抱えて、エフィは満面の笑みを浮かべた。
俺が店を構える街、【マナリィス】は、この国では中程度の規模の街だが、様々な交易の通り道という事もあって、それなりに賑わっている。
値段の割に品質が高く、色々なものを取扱っている市場に、冒険者組合や魔術学院。人の絶えない酒場……街として欲しいものが一通り揃っているいい街だ。
強いて挙げるなら王都では盛んな工業技術が、未だに浸透しきっていないところだろうか。
まぁ工業化が優先されてるのは王都とその周辺の大きい街からだし、その辺は仕方ないんだろうけど。
「今日は何を買ったんですか?私が持ってる分考えても結構な荷物待ってますけど」
「え〜っと、魔術書に使う質のいい紙に予備のインクだろ?あとは趣味で作ってるマジックアイテムの素材とか、消耗品の補給だな。
この辺はシアに任せるよりも俺が直接見た方が都合がいいんだよ、それにこうやって外に出る機会を作らないと、ずっと引きこもったまま食事も睡眠も無しに作業したり読書し続けたりしちゃって、シアに怒られるからな」
「な、なるほど……店長さんの集中力が凄いのは知ってましたけどそこまでとは思いませんでした……」
「ま、昔からの癖みたいなもんだよ。母さんに魔法や魔術のことを教えて貰いながら、ほぼ訓練みたいな感じで親父と身体動かしてたし……あの時は少しでも2人に近付きたいって、必死だったんだ」
「ほぇ〜、店長さんのお父さんは一回だけ見たことありますけど、お母さんもすごい人なんでしたっけ」
「……贔屓目抜きにこの世界でも最強の冒険家だな。【『赫灼』に出来ない事はあるのか?】なんて本も出たくらいだし……母さん、読みながら鼻で笑ってたけど」
『赫灼』とは母さんの特徴である、燃えるような赤をした髪色から付けられた異名だ。割と気に入っているようで自分でも良く名乗っている。
「お父さんが国の軍隊の一番上の人で、お母さんが世界最強の冒険家……店長さん、もしかしなくても凄い人だったんですね」
「俺はそんな凄くないよ、母さんと違って魔力も少ないし……魔術方面に関しては妹の方が才能あるしな。
それに親父に鍛えられたって言っても、身体を張った戦闘だってシアに頼りきりで、精々コレを使った簡単な格闘術くらいしか出来ないよ」
そう言って、コートの内側に付けている、煌びやかな意匠をした鞘に納められたダガーナイフを見せる。
「あ、なんかおしゃれでかわいい〜!そんなの持ってたんですね。あと妹さんが居たのも知りませんでしたよあたし」
「そういえば言ってなかったな、リリスって言うんだけどな。他所の国の魔術を学びたいとか言って今留学してるからなあいつ、しかも滅多に帰って来ないし……
んで話を戻すと、コレは母さんからの贈り物なんだ。結構とんでもない代物ではあるんだけど……そもそも滅多に使うことが無いんだよ。
一応もしもの時のために日頃から持つようにはしてるんだが、この前牧場行った時とかは持ってくの忘れてたしな。
ともかくそのレベルで格闘戦とは縁がないんだ、要は宝の持ち腐れって奴だな。」
「とんでもないってモノって……う〜ん、正直あたしからすると、みんな同じくらいすごくてよく分かんないです!魔術とかも全然詳しくないので!」
「……そういう所割とテキトーだよな、エフィは。
まぁその軽さが助かるんだけど……王都に呼ばれた時とか妙にペコペコされたり、絶妙な眼差しを向けられて困ること多いし」
「あたしにとっては王都に行くなんて夢のまた夢みたいな事なんでそれこそ凄いことですよ!良いなぁあたしも行ってみたいなぁ」
「俺は出来れば行きたくないんだよ……色々疲れるし……って話してたらもう店着いたな。
荷物片してる間にシアに熱い珈琲淹れてもらうか……ただいまシア、今帰ったぞ」
「おかえりなさいませ、主様、エフィさん。帰ってきたばかりで早々ですが、主様に速達でお手紙が届いております」
扉を開けると、見慣れた銀髪と給仕服を着た少女……シアが出迎えくれた。
「速達の手紙?そんなの送って来る人知り合いに居たっけ?少なくとも母さんとリリスじゃ無さそうだし……一体何処から……てか誰から?」
「王都グラン・マギアからでございます。差出人は……勿論、メーキオル国王陛下から」
「………………………………悪いもう一回教えてくれ」
「メーキオル国王陛下から、主様へのお手紙が速達で届いております」
「………………………………………………」
さっきの今で一番聞きたくない所から手紙が来ているという事実に、軽く頭を抱えてしまう。
この前と言い今日と言い、本当にエフィの間の悪さが移ったんじゃないか?
「王都……それに国王陛下って……もしかしてこの国で一番偉い人、ですよね!?」
「その通りです。そしてこれは推測ですが、中身は国王陛下直筆で、主様への依頼が記されているものになるかと」
「…………見なかった事にしたいんだけどダメか?」
「ダメに決まっているでしょう。主様が反逆罪で捕らえられたい、と言うのであれば話は別ですが」
「ハァ…………仕方ないな。手紙貸してくれ、読んでる間にいつも通りの味で珈琲頼む、エフィの分の飲み物も」
「わ、いいんですか?じゃあミルクティーがいいです!甘めに!」
「かしこまりました。そう仰ると思ってお湯は既に準備しておりますので、すぐにお持ち致しますよ。お手紙は此方です」
シアから手紙を受け取って封を切る。高級そうな封筒に捺印された印は、この手紙が王宮から送られてきたという何よりの証明だった。
中には便箋が何枚か入っていて、しかもシアの言う通りメーキオルさんの直筆だ。漏れそうになるため息を留めながら、シアが珈琲を淹れてくれるまでの間でさっと目を通す。
「…………まぁ、直々に手紙来るってことはそういう事だよな、やっぱり」
「ど、どうしたんですか?すごい複雑な顔してますけど……」
「お待たせ致しました。エフィさんの紅茶と……主様の珈琲です。それで主様、お手紙にはなんと?」
「あぁ、ありがとう。そうだな、簡単な挨拶に世間話、近況報告……そんでもって、やっぱり依頼したいことがあるらしい。直接話したいみたいで、いつでもいいから都合の着く日を教えて欲しいってさ」
「成程。いつになさるおつもりですか?」
「そうだな……3日後に行こう。急ぎの依頼もないし、面倒な案件なら面倒なりに、早く終わらせときたいからな。
今から魔術で返事書いて送るから、政務で忙しいメーキオルさんでも明日には確認できるだろうし。
……はぁ、何頼まれるんだろ、あの人の事だからとんでもない事は言わないと思うけど……つか王都に行くってなると親父と顔合わせなきゃいけないのか、それが一番面倒だな……」
「行くって……もしかしてもしかしてですけど、王都ですか!?この国で一番偉い人に直接お呼ばれするなんて……やっぱり店長さんは凄い人です!」
俺が色々と頭を抱えていると、横でエフィが目をキラキラと輝かせていた。そう言えば彼女は、この国の中でもかなり辺鄙な所にある村からやってきたと出会った頃に言っていたし、もしかしたら王都に憧れがあるのかもしれないな。
「まぁ親父の一番の親友で、あの人が王位に着く前から目をかけて貰ってたのもあるけど……それはそれとして、呼ばれてもあんま嬉しくないんだよな、王都行くと疲れるし。
行く時は大抵、依頼も含めて仕方なくだ。あ、そうだ。何だったらエフィも行くか?行ったことないんだろ?俺もこういう時じゃないと滅多に行かないしこの際だから着いてきていいぞ、シアも大丈夫だよな?」
「もちろんです。それに主様が良いと言うのでしたら、私に断る理由はございません」
「えっ!?ほんとですか!?嬉しいやったぁ!ありがとうございます!お洒落な服着ていかないと……えへへっ♪」
「よし、そんじゃあ3日後だな。今からすぐに返事出すよ、そしたら色々準備しないとな」
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-3日後-
「ほわぁ〜っ……ここが王都【グラン・マギア】……あたしの想像よりもめちゃくちゃ都会じゃん……!」
【マナリィス】の街から馬車に揺られること十数分。王都グラン・マギアは、この国で最大級の規模を誇る都市だ。最先端の工業技術と長い伝統を誇る魔法学が融合した独特の文化は、世界でも類を見ないものだ。
国の中心となる都市と言うだけあって冒険者組合や魔術学院のような特殊な施設だけに留まらず、宿や市場などの一般の商業施設も一つ一つが大きく、道行く人の数もマナリィスの数倍以上ある。
間違いなくこの国で最も賑やかで、栄えている場所だ。
「口空いてんぞエフィ。ほら、メーキオルさんには時間の余裕が無いんだからキビキビ歩く!」
そんな所に初めて来たと言うのだから、多少テンションが上がってしまうのも仕方ないがそれはそれ、これはこれだ。あの人の要望と言っても、この国のトップの貴重な時間を割いて貰っているのだからそれを無駄遣いする訳にはいかない。
「だ、だって初めての王都なんですよ!?少しくらいこの感動に浸っても良いじゃないですか!」
「その辺も考えて見回る時間作ってるから後にしろ後に!せっかく無理言って謁見するの早めにしてもらったんだから!」
「主様、あまり声を荒げないで下さい。ここは既に領内だと言うことをお忘れなく。騒ぎ過ぎると衛兵が飛んで来ますよ」
「分かってる分かってる。早く王城に行かないとな」
早朝にも関わらず騒々しい大通りを抜けて王城前に辿り着くと、俺の顔と提示した資格証を見た守衛の人がすぐに中へと案内してくれた。
王城の内装は以前来た時と殆ど変わっておらず、古めかしいいかにも古城と言った外装とは裏腹に、煌びやかで凝った装飾が施されている。
メーキオルさんの趣味では無いだろうが、威厳を分かりやすく示すためにも王族の居城は豪勢であるべきだといつか親父が言ってたっけ。
「……んにゃぁ〜、こんな高そうな鎧の掃除とかしたくないよぉ〜、しかも似たようなのまだまだあるじゃん……
もし傷付けたり壊しちゃったりしたら……ミューのお給料どころか貯金まで消えちゃいそうだしぃ。……お城の仕事、受けたの失敗だったかな
ぁ」
でもまぁこれだけ広くて置いてる物も高価なものだと言うなら、今あの鎧を掃除しているメイドの一人がこぼしたように、掃除するのも一苦労だろう。
…………ん?見慣れたメイド服、見慣れた銀色の髪色、聞き慣れた気だるげな声と一人称……あっ。
「…………なぁシア、あの子ってまさか……」
「……はい。もしかしなくてもミューイです」
「えっ?誰です?お二人の知りあ……ってあれ?なんだかアイシャさんにそっくり……」
「あれ?その声はもしかして……あっ、やっぱりぃ!お姉にリヴ兄だぁ!偶然だねぇ〜どうしたのぉ?その綺麗な金髪の女の子は……もしかして、新しい従業員さん?」
「今日はここで働いていたのですね、ミューイ。そう言えば、エフィさんと貴方が会うのはこれが初めてでしたね。
エフィさん、紹介します。こちらが私の妹、ミューイ・エス・セルヴァントです」
シアを少しだけ小さく幼く、柔らかい印象にしたような雰囲気に彼女と同じ鮮やかな銀髪をおさげにした少女……偶然俺の目に止まった彼女は、シアの妹であるミューちゃんだった。
常にゆるいオーラを放ってはいるが、彼女も立派な【セルヴァント】の優秀なメイドの一人である。俺自身も小さい頃から彼女のことを知っていて、小さい頃はリリスも含めて4人でよく遊んだっけ。
「よっすミューちゃん。君の言う通りこいつはうちの従業員のエフィだ。歳も確か同じだったはずだし、また店に来たら話し相手になってやってくれ」
「なるほどぉ!ミューイだよぉ〜、エフィちゃんよろしくねぇ。
ミューは特定の人に仕えずに日雇いで働いてるから、もしお金があれば雇ってくれてもいいよぉ〜」
「す、すごいのんびりとしてる……!えっと、エフィです!髪の毛褒めてくれてありがとう!よろしくね、ミューイちゃん!」
「悪いミューちゃん、会ってすぐで申し訳ないんだけど俺達メーキオルさんに呼ばれてて……また今度ゆっくり話そう」
「あぁ〜、だからリヴ兄がお城に来てるんだねぇ。ざんねん、もう少しお話したかったなぁ〜」
「ミューイ、主様は依頼で来ています。貴女も仕事は真面目にやるように」
名残惜しそうに我儘を呟くミューちゃんを、シアがキチッと律するのも俺にとっては見慣れた光景だ。
色んな意味で真反対な姉妹だが、姉妹仲は悪くなくむしろ良好だ。
俺も昔は、リリスと仲良かったんだけどなぁ……そういう意味では少し羨ましい。
「分かってるよお姉〜、ミューやる時はちゃんとやってるから心配しなくても大丈夫〜」
「よろしい。では行きますよ主様、エフィさん。もう約束の時間です」
「分かってる分かってる!急かしたらエフィがコケるからゆっくり行くぞ!じゃあまたな!ミューちゃん!」
「ちょ!?流石にここじゃコケませんよあたしも!ま、またねミューイちゃん!今度時間あったらお店に来てお話してね!」
「にゃは〜、またねぇ〜」
そうしてシアに背中を押されながらメインホールを後にした俺たちは、謁見の間へと向かった。
ちなみに階段を上っている最中にエフィが転びかけて久々に心臓がヒヤリとした、色んな意味で。
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「いやぁすまない、折角来てくれたのに待たせてしまったね。こんにちは、リヴルくん、アイシャくん。それに君は……初めて見る子だね、従業員の子かな?」
「ひゃ、ひゃい!は、ははは、始めましてっ!エフィ・アウフブリューエンですっ!」
「……すみませんメーキオルさん、社会勉強とか色々兼ねて連れて来たんですが、流石に緊張してるみたいで」
「と、当然じゃないですか!よくよく考えたらあたし初めての王都なのに王様に会うっていうよく分からない経験してますからね!?」
「…………お前達、国王の御前で騒々しいぞ。それにリヴルゼン、国王に向かって馴れ馴れしい呼び方をするのはやめろ」
王城グラン・マギアの謁見の間。
玉座に座っている、一見平凡で何処にでも居そうな中年男性にも見受けられるその人物こそが、マギア王国を治める者、メーキオル・アルス・マギア王……リヴルを呼んだ張本人だった。
そしてその傍らでは、王の側近の一人であり王都内で一番の実力を誇る男。リヴル達よりも一回り年上の魔術士、ジェスタが不機嫌そうな表情で2人を睨みつけていた。
「ははは、気にしなくていいよジェスタ。リヴルくんとは王位に着く前からの付き合いだからね、彼もまだ慣れてないのさ。
あぁ、エフィくんも楽にしてくれていいよ。今日はそんなに堅苦しい依頼じゃ無いんだ、お願いを聞く程度の気持ちで大丈夫だよ」
「あ、ありがたきしあわせ……?」
「すみませんメーキオルさん気を遣ってもらって……ありがとうございます。
それで、わざわざ忙しい中に時間を割いてまで頼みたい依頼って言うのは……?」
「あぁ、簡単に言うとね。君には教師になってもらいたい。もっと簡単に言うと、学院で魔道に関する授業をして欲しいんだ」
「ごめんなさいアイシャさん魔道ってなんですか……」
「魔法、魔術の総称ですよ。最近は魔法を使う人も少ないのであまり使われていませんし、聞き慣れない言葉ですが。主様もあまり使いませんしね」
「お、俺が……教師!?本気ですか!?しかも魔道って、何で急にそんな……」
国王の言葉に、リヴルは一瞬耳を疑った。王都内には国家資格を持った優れた魔術師が沢山いるし、人材不足に喘いでいるという話も聞いたことがない。
資格自体は自分も持っていると言っても、何故他の優秀な魔術士を差し置いて魔術の使用に制限のかかる自分を選んだのか、リヴルは分からなかった。
「うん、驚くのも無理は無いと思うけど私は本気だ。君も知ってるとは思うが、ここ数十年間でこの国の工業、科学技術は大いなる発展を遂げた。勿論それはいい事なんだけど、それに反比例するように今は魔道が下火の風潮が来ていてね。
確か魔法は、個人が元々持つ才能に加えて、師事する魔法遣いから直接教わる必要があったね?」
「えぇ、俺も自分が使ってる魔法の多くは母から教わったものですね」
あれもそう、これもそうだったな、他には何かあったかなと頭を捻りながら自身の記憶を呼び起こしているリヴルを、ジェスタは不満そうな視線で見つめていた。
「しかし道具を通して簡単に制御できる魔術が主流となっている今、魔法遣いは年々数を減らしてしまい、その知見すらも次第に薄れていってしまっていると言うのが現実だ。そのせいで学院に通う生徒の数も減っていってしまっていてね、向こうも困っているようなんだ。
それにほら、機械も科学も……何かと簡単で便利だろう?」
「まぁ、それは確かにそうですね。魔術や魔法と違って生まれ持っての才能とかに関係なく生活を助けてくれますし……子供の頃からずっとそれらに触れてきた俺としては、少し寂しい気もしますけど」
「うんうん、私としても、この国の伝統ある魔道が受け継がれないというのは悲しいんだ。
しかし残念な事に王都の魔術士たちはかなり個性的でね……それぞれ得意な魔術も、それに関する知識にもバラつきが凄くてね。
凄く優秀な子達ではあるんだけど、他人に教えるとなると学院の先生達も手を焼くかもしれない。
本当ならジェスタを派遣したい所だったんだけど、彼も今研究が忙しいみたいなんだ……」
「魔法文字には未だ不明な点が多く、私が抜けてしまうと研究が滞ってしまいますので……ご期待に添えられる事が出来ず申し訳ございません」
「まぁ、それで君に白羽の矢が立ったという訳だ。リヴルくんの知識量は私もよく知っているし、間違いなく面白い授業が出来るだろう。成功して評判が広まれば、魔道を学ぼうと学院の門を叩く子が増えるはずだ。
君の持つ魔道資格は私のお墨付きの印だからね、これくらいは容易いと思っている」
『魔道資格』……国の発行する、魔術や魔法を扱うための資格である。当然、資格を持たずに魔道を行使した者は法によって罰せられてしまう。
魔道は、『初級』『中級』『上級』『特級』そして『禁術』の五つの等級に分類されている。
初級のものは簡素な応急処置や低規模の発火、身体能力を僅かに上昇させるものなど、一般市民でも扱えるようなものが多い。
しかし中級以上に含まれる魔術の幅はかなり広く、医者や酪農、鍛冶などに使われる魔術はそれぞれ専門性が高くなる。それ故に、知識や才能、経験の乏しい者が使うと予期せぬ事故に繋がる可能性が出てくる。
そういった事故を起こさないためにマギア王国では、一般市民の中級以上の魔術の使用に資格を必要としている。
資格の取得試験や勉強、実技練習の場は王国側が充分な数を設けており、個人の才能に左右される事はあるが取得自体はそこまで困難ではないため、色々な仕事に利用できる魔術の使用が多く解禁される中級資格を持つ人間は多い。
例外的に、そもそも扱える人材そのものが希少かつ強大な力を持つ魔法を使える者は、それぞれの等級に関わらず必ず資格を取得しなければならない。
「君に特級までの魔道資格を私が直々に譲与したのは、君の才能と魔道に対する情熱を見込み、魔術書をこの国により普及してもらうためというのが一番の理由だ。そして魔術書を国営の店よりも安く提供する事を許可する代わりに、ほんの少しの売上を上納する……。
当然忘れているとは思っていないけどね」
「勿論ですよ。『グリモア』もメーキオルさんに色々融通して貰ってるおかげでやって行けてるので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです」
(そんな事情があったんですね……)
(はい、店舗の立地や建造、素材の仕入れルート等……メーキオル国王陛下には、『グリモア』開店前から非常にお世話になっているんです)
「うむ、実際君は良くやってくれているよ、以前調査を行ったが、昨年よりも間違いなく魔術書はこの国で使われるようになった。
……だから今回の依頼も、そんな君の能力を認めた上で頼みたいと思っている」
国王がリヴルを見つめる眼差しには、最大限の信頼が篭っていた。
少し驚きこそしたが内容がどうであれ、元々断るつもりもなかったリヴルが、二つ返事で依頼を受けようとした──────────その時だった。
「……国王、お言葉ですが……本当にこの男に任せるおつもりですか?」
明らかに納得がいっていないと言った表情で、ジェスタが国王に疑問を投げかけた。
「うむ、何度も言ったろう?彼の実力と知識、才能は申し分ないし、王都の魔術士達はジェスタも含めて忙しいからね。……それでもやはり不満かい?」
「はい。確かに才能はあるかもしれませんが彼は魔術書の製本機と、その製作技術を独占しています。私にとって、それは簡単に見過ごせる要素ではありません」
「あ〜〜〜、それについては何回か言ったじゃ無いですか。うちの製本機を軍事利用しようとしてる内は協力出来ないって。メーキオルさんもそれを認めた上で、今は売上の上納で許してくれてますし」
「その呼び方はやめろと言ったはずだ!リヴルゼン・クヴィール!優れた技術は『力』となる!そして強い力は権威の象徴だ、それで守られる命もあると言うのが何故分からない!?
貴様の魔術書があれば他国との戦争が再開しても格段に有利になるのだぞ!?」
元々熱が入りやすい性格なのか、声を荒らげてジェスタは自分の考えを主張する。突然の大声に驚いたのか、僅かにエフィの身体がビクッと震えた。
しかしそれに反するように、あくまで理性的にリヴルは自分の意見を伝え始めた。
「……この国が今他国と冷戦状態なのは、国家間のパワーバランスが拮抗しているからって親父が言ってましたよ。あえてそれを崩してしまったらそれそこ戦争が始まってしまう。
そんなのメーキオルさんは望んでないだろうし、俺だって協力したくはありません」
「うむ。リヴルくんの言う通りだね。確かに今我が国は周辺国と冷戦状態にあるが……決して交友関係が悪い訳では無い。明らかに力を拡大する事こそ、大きな戦に繋がってしまう。聡明な君なら分かっているはずだ」
「くっ……!だ、だがそれは言い訳のひとつに過ぎない!貴様が製本機を独占したい一番の理由は、魔術書のみが貴様が抱えるコンプレックスを解消してくれるからだろう!?
魔術書が無いとろくに魔術も使えない落ちこぼれの魔術士……いや魔術『遣い』が……!」
「な、何もそこまで言わなくても……!」
「……はぁ、またそれですか……色んな人から言われすぎてもう聞き飽きましたよそれ」
「ふん!所詮魔術遣いの癖にプライドだけは一人前という事か。
経験も少ない、両親に恵まれただけで努力も知らぬような若造の───────────」
──────────刹那、その言葉を遮るようにリヴルの横を一陣の疾風が通り抜けた。
「くせ……に……」
「……ジェスタ様、それ以上主様を侮辱することは、このアイーシャ・シア・セルヴァント、看過する事致しかねます」
「な、なんのつもりだメイド風情……!?ま、まさかこの私を……!?」
次の瞬間には、自身の魔具である『セルフィター』を両手足に展開したシアがジェスタの喉元に手刀を突きつけていた。
冷酷そのものと言った眼差しからは、確かな怒りと僅かな殺意すらも感じられる。
突如自身に迫った命の危機に、優秀な魔術士も狼狽えざるを得ない。
「は〜いお姉、そこまで〜」
しかしこれまたいつの間に現れたのか、シアのすぐ隣にミューイが立っていた。
姉の蛮行とも言える行動を止めに来たと言わんばかりに、シアの頭に突きつけられた右腕には、矢が番えられた小型のクロスボウが装着されている。
「……私とここで闘うつもりですか?ミューイ」
「それはこっちの台詞〜、お城でのルール、知ってるよね〜?それを破る人を『お掃除』するのも一応お仕事の中に入ってるから〜」
「この距離ならその矢を躱せないとでも思っているのですか?そもそも……貴女が私に勝つ事が出来ると?」
「え〜?ミューも強くなってるし〜、やってみなきゃ分かんないと思うけどねぇ〜?」
いつ戦闘が始まってもおかしくない、一触即発の空気が辺りに漂う。
【セルヴァント】の血統である人間は、常人より遥かに高い身体能力と肉体強度を持ち、シアとミューイはその中でも戦闘能力に秀でている。
そんな2人が戦い始めたらどうなるか……少なくともこの城は無事では済まないだろう。
「シア……もういい。腕を下ろすんだ。怒ってくれるのは嬉しいけど、ジェスタさんの言い分も分かるし。ミューちゃんとここで戦う意味も無いだろ?
それにほら、エフィが産まれたての小動物みたいになってるから」
「あわ、あわわわわわわ……ま、巻き込まれて死んじゃうかと思った……」
「…………申し訳ございません。ジェスタ様、メーキオル国王陛下、ご無礼をお許し下さい」
「構わないよ。君が怒るのも無理はない。それにきっとリヴルくんが止めてくれると思っていたからね、気にしていないさ」
落ち着いているように見えてその内心かなり焦っているリヴルと、尋常でない空気に明らかに動揺しているエフィとは違い、国王は普段通り朗らかな笑顔を浮かべていた。その表情からは、むしろ余裕すら感じられる。
「ふぃ〜〜……めっちゃ焦ったよぉ〜、ああは言ったけどお姉と本気で戦うなんて嫌だし……」
「ミューイくんもすまなかったね。しかしジェスタ、君が彼に思う事があるのは私も分かっているつもりだ。
でも私は、それも含めて仲良くして欲しいと言わなかったかい?」
「で、ですが国王様……!このような男を認めることなど、私を含めた他の魔術士も到底……!」
「…………さっきから無礼が過ぎるね、ジェスタ。彼はそもそも私の大切な親友の息子だ。
それを抜きにしても、この私が直々に才能を見込んだ男なんだよ、リヴルくんは。
それなのに君は、私の側近でありながら……王の眼を疑うというのかい?」
優しげだった表情が息を潜め、『王』の威厳を感じさせる視線がジェスタを刺し貫く。
先程とは明らかに違う、確かな圧力にその場に居た全員が思わず息を飲み、冷たい静寂に辺りが包み込まれた。
「そ、そ、そんな事は……ッ!申し訳ありません、メーキオル国王……!」
「うむ、分かれば問題ない。でも迂闊な発言をした罰は受けてもらうよ、今日はここから立ち去りなさい。今日の事は後で纏めて伝えさせてもらう」
「…………承知、致しました……ッ!」
悔しさを滲ませながら、ジェスタは謁見の間を後にした。退室の直前に一瞬だけリヴルを射殺さんばかりに睨み付けたが、リヴルはそれに気付かない振りをした。
「いやはや、皆には不快な思いをさせてしまって申し訳ない。魔道に関しては少し熱くなりやすいが、研究熱心な良い魔術士なんだ。
リヴルくんと話すのは程よい刺激になると思ったんだが……どうやら逆効果だったみたいだね、私もまだまだ見通しが甘いようだ」
「まぁ、俺はああいうの言われ慣れてるんで大丈夫ですよ。こっちこそすみません、シアには改めてもう少し落ち着くように言っておきます」
「誠に申し訳ございませんでした、国王陛下。今後このような事がないよう、誠心致します」
「気にしないでくれたまえ、今回非があったのは此方だからね。むしろ自身が仕える主を本当に大切にしているのが伝わって来たよ」
そう言って穏やかに笑う姿からは、既に先程の圧力は感じられなかった。
「それと依頼の件も……勿論受けさせて貰いますよ。いつもお世話になってますし、魔道が衰退していきそうなのを見て見ぬふりは出来ませんから」
「おぉ、本当かい!とても嬉しいよ、ありがとうリヴルくん。
では、今日はここまでにしようか。
帰りに依頼の資料を渡させよう、場所は近い方がいいと思って、マナリィスの学院を選んである。もし場所を変更したいなら後々私に連絡をしてくれたまえ。
後の詳しい話は、追々学院側から連絡が来るはずだからそれを待っていて欲しい」
「分かりました。忙しい中時間取ってもらって、本当にありがとうございます。……そう言えば全然見てませんけど、親父は今日居ないんですか?」
「あぁ、ディルなら遠征に昨日から行っているよ。明日には帰ってくるはずだが……君と会って話したいと、残念がっていたよ」
「…………勘弁してくれって伝えといてください」
「はははっ、分かったよ。それではまた会おうリヴルくん、シアくん、エフィくん。君たちに叡智への導きがあらんことを」
────────────────────
-王城正門前-
王城を出る直前で『ミューもお仕事に戻るから〜またね〜』と言い残してミューちゃんと別れた俺たちは、3人揃って深いため息をついた。
肩の荷が降りたというか、緊張の糸が解けたというか、そんな感じのため息だ。
「店長さんの言ってたこと、分かりました……偉い人と会うのって、疲れるんですね……途中ほんとに生きた心地がしませんでした……」
「相手が相手だからめちゃくちゃ気を遣うんだよな、色々と……それにあの人以外には明らかに嫌われてるからな、俺。
ジェスタさんだけじゃなくて他の魔術士にも。まぁ散々言われ慣れてるし別に気にしてもないんだけど、どうやらうちのメイド的には我慢できなかったらしい」
「で、でもあんな言われ方したら誰だって普通は怒りますよ!あたしもちょっとムッとなりましたもん!ていうか気にしてない店長さんも店長さんです!」
「……怒っていますか?主様」
表情は普段とあまり変わらないものの、僅かに元気の無い声色でシアが問い掛けてきた。
嘘をつく意味もないので、正直に心の内を明かしてみる。
「怒ってるっていうか……焦ったよ本当に。城内でのデカい揉め事は厳禁だってのに、普通にやり合いそうだったろお前……」
「…………【セルヴァント】のメイドして、主を侮辱されたまま黙って見過ごす事は出来ませんので」
「まぁまぁ、それだけアイシャさんも怒ってたって事ですよ!良いじゃないですか王様は許してくれたんですから!」
「許してくれたっていうか、ほんとに全部見切ってたっていうか……間違いなく良い人なんだけど、底が知れないんだよな。伊達に歴代最年少で王位を継いでないよ、あの人」
「す、住む世界が違いすぎてもうよく分かりません……とりあえず今日はもう遊びたいです!というか遊びましょうよせっかくこんな凄い街に来たんですから!」
「そうだな、依頼の件も明日明後日で何とかなる話じゃないし……とりあえず今日は一旦全部忘れて楽しんで帰るか、マナリィスの街には無いものも多いし。
シアもあんま気にするなよ?しつこくなっちゃうけど、俺があんまり気にしてないんだからさ」
「……かしこまりました。ですが主様、主様も、あまり我慢のし過ぎは良くないですよ。慣れてると言っても、言われても聞いていても、嬉しい事では無いのですから」
ほんの少し切なげに紡がれた言葉からは、シアの優しさが感じられた。だからこそ、さっきのジェスタさんの発言に対してシアは怒ってくれたのかもしれない。
勿論、メイドとしての想いもあるだろうけど……こんな風に言われてしまったら、あんまり強く釘を刺す訳にもいかなかった。
「…………肝に命じとくよ。さて、商店街の方に行くか。最初はエフィが行きたい所決めていいぞ、折角だしな」
「やった〜!!えーっと、じゃあまずは服です服!可愛いやつ!店長さんとアイシャさんのも見ましょ!」
「え、服?いや俺はいいよそんなこだわり無いし、それっぽい格好で出かけるとこも少ないしな」
「私もこのメイド服以外を着用する事が少ないのでファッションには疎く……」
「関係ないです関係ないです!このあたしに任せてください!しっかり流行は抑えてますから!お金も今日はいっぱい持ってきてるので!」
「全く、しょうがないな……あ、そうだ。エフィ、シアに服見てやってくれ。さっき城で危ない事したお仕置き代わりってことで、シアはちゃんと付き合うこと。いいな?」
「…………かしこまりました。それでは行きましょうか、エフィさん。商店街まで案内致します」
「良いんですか!?アイシャさん顔綺麗で可愛いからコーディネートしてみたいと思ってたんですよ!やった〜!」
「あっおい!あんまはしゃぐな!つまづいて転んじまうぞ!?」
その日は、街に帰るまで終始テンションの高いエフィに付き合わされた。
まぁ俺もなんだかんだ言いながら満喫していたし、何よりシアが楽しそうにしているのを見れたのはいい収穫だった。
普段は気を張ってる事が多いから、こういう所で息抜きしてもらわないと少し心配になってくる。そういう所では、エフィには感謝しないとな。
色々と悩ましい事は多いが、とりあえずは受けた依頼について考えよう。教職なんてものが俺に務まるかどうかは分からないが、メーキオルさんの期待に応えるためにも精一杯やってみるしかないだろう。そんな事を考えながら、俺は眠りにつく事にした。
──────────しかしこの時、俺はまだ予想だにしていなかった。
指定された学院で『あいつ』と会うことも、俺が思っている数倍、教職の仕事は面倒……もとい大変だと言う事を……!
【第二章 店長さん、国王様に呼ばれる -終-】
本当は学院パートまで書くつもりだったんですが話の膨らみ方を甘く見ていた結果次話へと流れ込むことに……正直に言うほぼほぼノープランですが何とかできます何とかします。
今回も拝読頂き、ありがとうございました!感想等、お待ちしております。