第1章 スクナ 其の三
一部、グロテスクなシーンがあります。
また、一部に性的な表現があります。
ご注意下さい。
Fワードなどを造語に変更、文章も一部書き直してアップしなおしています。2022年4月7日追記
キサカとの面談を終えたスクナは用意されていた居室に案内され、一族の女たちの夫として、そして神衣主の訓練生として、寮に入るまでの数カ月間を本家で過ごすこととなった。
一緒にカミムスの本家にやってきた父とは、キサカとの面談が終わったあとも顔を合わせることはなく、家から持ってきた荷物もいつの間にか本家の部屋に運ばれてきており、その後も父の家に行くことはなかった。
本家で生活するようになったとはいえ、特にどこかで発表されるわけでもなく、本家から外に出ることや、これまで通っていた貴族子弟の学校に行くことすら許されなかったため、スクナはほとんどの時間を本家の屋敷の中で過ごしていた。
昼間は貴族としての常識や作法、ヤマトの歴史など、最低限必要とされる知識を家庭教師に叩き込まれた。
夜には最初の日にキサカがやってきたように、一族の女たちが毎日のように部屋にやってきた。
「お種を頂戴いたします」
訓練生として寮に入るまでに一族の血を残さなければならないため、スクナは女たちがやってくれば求められるまま、彼女たちとの義務を淡々と果たした。
部屋にやってくる女たちは40代くらいからスクナとほとんど歳の変わらない少女もいた。
全ての女が子どもを産むのに問題ないかの検査を受け、より妊娠しやすいタイミングで部屋にやってきているようだった。
時に同じ女が来ることもあったようだが、コトを済ませれば特に会話をすることもなく、名前すら告げずそそくさとベッドから出ていくため、スクナは誰を相手にしたのか覚えることも諦めていた。
ただひとり、キサカだけはコトに及ぶ前からスクナと会話をしたり、コトが終わっても朝までスクナと一緒にベッドにいて、ずっと話していることがあった。
どうやらキサカは、御役目ということだけでなく、若くて美しく頭も良いスクナのことを気に入ったようだった。
「あなたは帝ホノ・ニニギ様や御巫のことをどれくらい知っているの?」
部屋にやってきたキサカは、スクナの知識を確かめるように質問してきた。
「帝はヨモツを浄化する神光を見つけて人々を救い、御巫の三家は帝を助けて、錬金術師のビスマルク様や神祇伯ナカトミ・オミマロ様、神衣主の英雄タケ・ミカヅチ様たちとヤマトを建国したんですよね」
「よく知ってるわね」
「ヤマトの人間なら誰でも知っている常識ですよ」
建国の歴史は、ヤマトではまず最初に学校で教えられる事であり、学校で教わらなくてもヤマトの国民なら誰もが親から聞かされる物語だった。
「では、これから私がスクナの知らないことを教えてあげましょう」
スクナは帝や御巫について、キサカから寝物語に教えてもらった。
御巫にはカミムス家、ミナカヌ家、タカギムス家の三家があり、いずれも帝であるスメラギ・ホノ・ニニギと血のつながりのあるのだという。
カミムス家の現当主であるキサカはニニギ帝の姪にあたるのだという。
「昔はヨモツから命を守るために、一族で身を寄せ合って生きていたのよ。あの頃は神光もなかったから、いつヨモツに食い殺されかとビクビクして怯え暮らしていたわ」
オオヒルメの塔が作られるまでは、突然、黄泉平坂の暗闇から現れるヨモツから人類が逃れる術はなく、人々が安全に暮らせる場所などどこにも無かった。
「幼かった妹は私の目の前で「お姉ちゃん、痛い、痛い」と泣き叫びながら、ヨモツに生きたまま喰われて死んだのよ」
目の前で生きたまま、手を、足を噛みちぎられ、血まみれになりながら貪り食われていく妹を、キサカはヨモツに見つからないように、声を出さないように口を抑えて、ただじっと見ていることしか出来なかったという。
痛い、痛いと自分を呼ぶ声は少しずつ聞こえなくなり、ただヨモツが咀嚼する、GuChaGuTyaという音だけが、妹の身体が食べ尽くされるまで続いていた。
「あの声が、あの音が、私の耳から離れない。 死ぬまで忘れることはないでしょうね」
キサカだけでなく、生き残った多くの人たちが親や子ども、兄弟姉妹を、家族を目の前でヨモツに奪われていった。
「だから、ホノ・ニニギ様が初めてヨモツを浄化して消し去ったとき、私は喜びで震えたわ。これで漸く妹の敵を討てる。あのヨモツどもを漸く殺してやることができるってね」
しかしまだ幼かったキサカには、当時はまだ数台しかなかった神衣に乗ることは許されなかった。
その代わり、キサカには生き残った一族を守るための役目を与えられたのだという。
「いつか私の子どもが神衣主になって、妹たちの敵を討って、ヨモツをこの世界から一掃してくれると信じているのよ」
キサカは珍しく情念のこもった口調で話を終えると、スクナに覆い被さり舌を絡め合う激しい口づけをした。
この夜、キサカは情欲の赴くままスクナを求め続け、朝まで部屋で過ごしていった。
その後も何度もキサカはスクナの部屋を訪れた。
ある夜には、世間では知られていない御巫三家に共通する、もうひとつの役目についての話をしていった。
御巫共通のお役目、それは、現在の帝であり、現人神とも言われるスメラギ・ホノ・ニニギの子どもを作ることだった。
「帝の直系は必ず強い力を持って生まれてくると言われているわ。でも、なかなか子どもができないとも言われていてね。 ニニギ様もいまだにお世継ぎが生まれていないの」
ここ数年、国民の前に姿を見せていない帝スメラギ・ホノ・ニニギには、子どもがいなかった。
そもそも結婚もしていなかったのではないか、そう思ったスクナは、キサカに尋ねた。
「そもそも帝は結婚されていないのでは?」
キサカはスクナの質問に対して、意外な表情なことを聞くわねと、少し驚いた表情を浮かべて答えた。
「結婚はしていなくても、子どもは作れるでしょう?」
「……確かに、そうですね」
「あなたも知っての通り、私たちカミムス家はお役目のために結婚しないわ。帝もそもそも人とが結婚はしないのよ。あの方は神と結婚される方だから。 でもそれと次代の帝を作って頂くことは別問題だから……私たちはお世継ぎを作っていただくように、帝にお願いしているのよ」
「……お願いですか?」
「そうよ。御巫の一族からもお種を頂戴したいと、能力的にも見た目も美しい娘たちを帝にご紹介しているのだけど、お眼鏡に適う娘はいないみたいで……困ったものだわ」
スクナは自分が今、やらされていることを思い出して暗い表情を浮かべた。
キサカはそんなスクナを見て口元に笑みを浮かべて話をつづけた。
「スクナ、あなたもカミムスの一族になったからには、そんなことでいちいち暗い顔をしてはいけないわ。強い子をなすことこそ御巫カミムスの最も重要な、崇高な使命なのですから」
「崇高な使命……」
「そうよ。帝の血脈を絶やさず、より強い子どもを後世に伝え残すの。それが、この国を守るために一番重要なことなのよ」
カミムス家はより多くの子どもをつくり、その中から強い力を持つ子どもが生まれれば、さらにその子どもの血を取り込んでより強い血を残していく。
スクナが生まれたのも、本家に引き取られてやらされていることも、全て強い子どもをつくり、後の世を守るためだった。
「そうやって生まれた「強い血」を持つ子どもは先祖返りともいわれるのよ。特にカミムスの男や女が一族以外を相手にして生まれる子どもに多いと言われているわ。そもそも一族以外の相手には潜在能力の高い者が選ばれるから、そちらの方が関係しているのかもしれないけど」
キサカはスクナもそんな先祖返りの一人なのだと言う。
しかし、一族以外から強い力を持つものが生まれるのあれば、そもそも血にどんな意味があるのだろうか、スクナが疑問に思っていると、キサカが心のうちを見透かすように、真っ黒な瞳を見開いて見ていた。
「この国にとって、そして私たちにとって、血がどれほど重要なのか。いつかあなたがカミムス家の跡継ぎにでもなったら教えてあげましょう。お話はここまでよ。さあ、御勤め果たしましょう」
キサカは御巫や帝、貴族のルールなど、スクナが知らなかった様々なことを寝物語に教えてくれた。
そして話を終えると「御勤め果たしましょう」と言って、スクナの身体を求めるのだった。
スクナはカミムス本家で数カ月を過ごし、いよいよ他の訓練生たちと共に寮に入る日がやってきた。
すでにこの数カ月の間に何人かが懐妊したと聞いていたし、流石に若いスクナの毎晩のようい続く御役目から漸く解放されると、ほっとした気分でいた。
カミムス本家から出立するとき、そんな安心した様子のスクナに向かって、キサカが嬉しそうに微笑んで言った。
「スクナ、あなたのお帰りを待っているわよ」
「……はい、キサカ」
スクナは最初にカミムス本家にきた時に持ってきた荷物だけをもって、寮に行ったとしてもカミムス家の支配からは逃れられないのかと、暗い表情を浮かべて訓練生の入所式に向かった。
当初、入所式に出席する予定だったキサカは、急遽、体調が悪いと言って欠席した。
スクナはキサカがいないことを少し訝しく思いながら、カミムス家から干渉されにくい訓練生でいる間に、なんとか逃げられないかと考えていたが、そもそもこの世界にヤマト以外で人間が生きていけるところはなく、その唯一の場所であるヤマトの実力者であるカミムス家に逆らって生きていくことはできないだろうと諦めていた。
スクナは訓練生として目立たずに穏便に過ごしながら、危険な神衣主にはならず、力は無いと判断されて、大きな怪我などもせずに退学したいと考えていた。
それに神衣主に落第すれば、思ったより能力が低かったと考えられて、カミムス本家からの束縛もなくなるかもしれないと、一縷の望みをかけていたのだ。
「僕はいつか君のことも利用しようと思っていたんだよ」
スクナは自分が傷つくことなく、上手く落第するために、どこかでナムチを利用出来るのではないかとも考えていた。
だから、それまでは仲が良いフリをして、利用するタイミングを伺っていたのだった。
「わかっただろ?僕はただ利用されて、流されてここにきただけなんだ。 別に神衣主になりたいわけでもないし、君を助けたのもどこかで利用するためだったんだよ」
全てを語り終えたスクナは、自嘲気味に笑いを浮かべながらナムチに言った。
「だからもう僕のことは放っておいてくれ」
「FuxxYo! 嫌だね!」
話を聞き終えたナムチは怒ったような顔で言い放った。
今後も不定期で改稿や新規執筆をしていきたいと思っております。
良かったら感想やブックマーク、評価などをお願い致します。
更新の励みになります。
よろしくお願いいたします。