第1章 スクナ 其の二
直接的なものではありませんが、性的な表現や性的なことを想像させる内容がありますので、ご注意下さい。
Fワードなどを造語に変更、文章も一部書き直してアップしなおしています。2022年4月7日追記
「僕は今では御巫カミムス氏と公に名乗っているけれど、もともとはヤマト中央を守る壁際にある小さな家で一般人として母親と2人で暮らしていたんだ」
ヤマトは本来の領土であるヨモツの侵入を防ぐ壁に囲われたヤマト中央と、その四方にヤマシロ、オウミ、イズモ、カワチという4つのエリアがあった。
ヤマト中央は帝や御巫、選ばれた貴族と彼らのために働く一般の人たちが暮らしていた。
四方のエリアにはヤマト中央に入ることが許されなかった難民たちが暮らしていた。
スクナの母親は貴族たちのために働く労働者としてヤマト中央に暮らすことを許された人たちの一人だった。
とても美しい人で御巫三家のひとつカミムス氏の本家で働き始めてほどなく、当時の長の子どもの一人だった父に見初められスクナを妊娠したという。
母親が一般の労働者であったたため、スクナが生まれても正式に一族として扱われることはなく、とはいえ父が母への執着心を持っていたためか、放逐されることもなく、壁際の小さな家で父から幾ばくかのお金を貰いで生活していた。
スクナが物心がついたころ、父は月に何度か母親のもとにやって来て一晩を過ごしていった。
父の目当ては若く美しい母親だけで、たまに家にきても父はスクナと遊ぶようなことは小呂赤、構ってもらったことすら全くなかった。
むしろ母親と過ごすためにナムチは邪魔者扱いされ、父は家にやってくるとすぐさまベビーシッターにスクナを預けて、別室に行くよう命じていた。
母親も家にいるのは父が来る前の数日程度で、父が帰っていくと、母も家を出て帰って来なかった。
小さい頃からスクナは母親から面倒をみてもらったり、遊んでもらったりした記憶はなかった。
幼いスクナの面倒をみてくれたのはベビーシッターだったが、スクナが5歳になったころにはいなくなり、スクナはほとんどの時間を家で1人で過ごしていた。
一族の体裁を気にしてか、6歳になったとき、貴族の子弟が通う学校には通わせてもらった。
しかし、スクナが愛人の子どもだということはすでに知られていた上、母親譲りの美しい容姿は逆に他の生徒に目をつけられる理由となってしまい、スクナは学校でもイジメの対象とされてしまった。
しかし、スクナが学校で虐められ泣かされて帰ってきても、母親は慰めることは疎か声をかけることすらなく、相手の貴族に文句をいうことや学校に苦情を言うことすらなかった。
学校ではイジメられ、母親からも何も相手にしてもらえなかったスクナは、自分に近づいてくる大人に取り入ることにした。
可愛がってくれる女性教師に甘え、時には敢えて憐れな姿も見せ、自分の美しい見た目お最大限に利用して、生きていくために周囲の大人たちに媚びを売った。
「あいつらは優しい顔をして、助けてくれるような素振りで近づいてくるけど、結局は自分の欲望を満たすために僕を利用するんだ」
「……」
教師も近所の大人も、助けを求めていたスクナを救ってくれる人はいなかった。
むしろ逆に彼らは自分たちの歪んだ欲望をぶつけてスクナを好いように弄んだのだという。
赤裸々に自分のことを語るスクナに、空気の読めないナムチでさえもちゃちゃ入れることなく黙って話を聞いていた。
10歳になったころ、誰からの愛情も感じない暮らしだったが、それでもスクナは成長し母親に良く似た、少女に見間違われるほどの美しい少年へと成長していた。
スクナがいつものように一人で食事を済ませ、お風呂から出てくると、珍しく酔った母親が帰ってきており、父親ではない男とリビングルームでお酒を飲んでいた。
この頃には父親はほとんど家に寄り付かなくなっていたし、たまに母親が家に男を連れ込んでくることも特に珍しいことではなかった。
「母さん、帰ってたの?」
「スクナ、まだ起きていたの? さっさと寝なさい」
母親と顔を合わせるのは2週間ぶりだったが、スクナも母も特に何も言うことはなかった。
「あれ、お前の子どもなのか?」
しかし、母親が連れてきた男がスクナに反応を示した、スクナの少女のような美しさに……
普段スクナは、長い髪をたらし、顔が見えないように隠していたが、このときは風呂上りだったため濡れた髪を上げていた。
男は肌着姿のスクナを舐めるように見ると、好色な表情を浮かべると母親に向けて言った。
「なあ、今からかわいい娘も一緒に楽しもうじゃないか?」
スクナは身の危険を感じて寝室に逃げようとした。
しかし、それよりも早く母親が持っていたグラスのお酒を、男の頭にぶっかけた。
「あたしがいるのに他の女に色目を使ってんじゃないよ! Fuckinロリコン野郎が」
「うわっ!何しやがるUglyOldBitxh」
母親はさらに喚き散らす男に向かって、テーブルに置いてあった高級そうな酒瓶を投げつけた。
激高した男が立ち上がって掴みかかってこようとしたが、母親はそれよりも早く果物ナイフを取り出して男の喉元に突き付けた。
「YoFuxxinFaxot! あたし以外の奴に色目をつかう男なんて願い下げだよ! とっとと出ていきな!」
「FuxxYo! こっちこそOldBitchの相手なんてお断りだ」
首に突き付けられたナイフに怯えたのか、母親の剣幕に恐れをなしたのか、遊び人風の男は忌々し気に母を睨みつけながら後退さると、玄関にかけてあった上着を取って悪態をつきながら出ていった。
男を追い出した母親を見て、母さんが僕のために怒ってくれたとスクナは思って嬉しくなっていた。
スクナはナイフを持ったまま立ち尽くす母親に駆け寄りながら声をかけた。
「母さん、大丈夫?」
最近は顔を合わせれば理由もなく母親から怒鳴られてばかりいたため、スクナはなるべく母親と顔をあわせないように生活していた。
かつては夜中に酔いつぶれて帰ってくる母親を介抱して、ベッドに寝かせることもあったが、今では酔いつぶれている姿を見かけても何もしなくなっていた。
朝、偶に返ってきた母親がソファーで酔いつぶれて寝ていても、なるべく起こさないようにそっと家を出て行くようにしていた。
でも今日は、母さんがあの名前も知らない遊び人の男から僕を守ってくれた、だから、今夜は介抱してあげよう、スクナはそう思いながら声をかけた。
「GettaFuxxOut! クソガキが! お前のせいでせっかく連れ込んだ男を逃がしちまったじゃないか! あたしの男に色目をつかいやがって、2度とその顔をみせるんじゃないよ!」
母親はさっきの男にしたのと同じように、男が残していったグラスの酒をスクナにぶっかけながら叫んだ。
母親はスクナを守ろうとしたわけではなく、自分の連れ込んだ男が他の女に気を惹かれたことが腹立たしいだけだった。
それが例え自分の息子だったとしても……
またシャワーを浴びないといけないな、スクナは入ったばかりのお風呂にもう一度入らなければいけないことだけを憂鬱に思いながら、黙って母親が床にぶちまけた酒をふき取ると、母親を見ることもなく汚れた雑巾をもってバスルームに向かった。
スクナは期待して裏切られることにもう慣れてしまっていた。
スクナが11歳になったころ、父が家にくることは一切なくなっていた。
それでも貴族としての体面でもあるのか、スクナの養育費という名目で、父親の使いだという男が毎月母親にお金を届けにきていた。
スクナの母親はお金を受け取るとすぐに家を出ていって、その次の支払い日まではほとんど家に帰ってくることはなくなっていた。
母親が出て行ったあとには、養育費からスクナが最低限暮らしていけるだけのお金がテーブルに置かれていた。
それが母親の最低限のスクナへの愛情だったのだろう。
14歳になるまで、スクナは1人でそんな生活を続けていた。
ヤマトでは、周辺エリアも含めたすべての子どもが14歳を迎えた年に、思念や精神力を測るための検査を受けることが義務付けされていた。
この試験で強い思念や精神力があると認められれば、神衣主になる適正があるとされており、選ばれた子どもは訓練生となってヤマト中央に送られることになっていた。
実際に訓練生になるかどうかは、家族や本人の希望に任せられていることになっていたが、子どもが神衣主の訓練生になれば、難民として四方のエリアで暮らすものでもヤマト中央で暮らすことが許されるだけでなく、支度金として莫大な金品や住居も与えられるため断るものはいなかった。
むしろ安全なオオヒルメの塔の近くで暮らすために、ヤマシロやイズモ住む人たちは率先して自分の子どもを神衣主にしようとしていた。
その中には四方のエリアに住むことすらも許されなかった難民もいた。
子どもが訓練生になれば、本人だけでなく家族もヤマト国籍をもらえるため、14歳になる子どもをつれてヤマトへ入国を試みる難民も少なくなかった。
訓練生になるだけでも、例え訓練で脱落して神衣主になれなかったとしても、生きてさえいれば四方のエリアで暮らしたり、能力によってはヤマトの中枢で働くことも可能とされていた。
しかし、実際には御巫などの貴族以外で神衣主なれた者はいなかった。
幸か不幸か、スクナは適性検査で神衣主になる可能性があるとされた。
母親はもちろん貴族だった父親にも適正はなかったため、先祖返りではないかと言われた。
神衣主としての適性が認められたことを報告したとき、母親は「ああ、そう」と何の反応も示さなかった。
しかし適性を認められたことでスクナの生活は激変することとなった。
適性検査の結果は氏族の長であるカミムス氏の本家にも伝えられた。
するとその日のうちにこれまで会ったことも無い本家の使いを名乗る男性が家にやってきた。
「お迎えに上がりました」
男性がそう伝えると、数人の男たちがズカズカと入ってきて、まずリビングでお酒を飲んでいた母親の両脇を抱えを連れて出そうとした。
母親は男たちに文句を言っていたが、最初に入ってきた男が耳元で何かささやくと、途端に大人しくなって男たちに従った。
母親は家を出るとき一瞬立ち止まって振り返ってスクナを見ると、何か言おうと逡巡した様子をみせていたが、小さく溜息をつくとそのまま何も言わずに出て行こうとした。
スクナは母親の瞳に一抹の不安が見えたような気がして、出て行こうとする背中に思わず声をかけた。
「母さん!」
「急に何よ」
母親は立ち止まって振り返ると、迷惑そうな表情を浮かべて言った。
「大丈夫?」
不安気に尋ねるスクナに対して、さらに呆れた表情で大きく溜息をつくと、母はスクナを見て言った。
「あんたに心配される筋合いはないわ! ホントに可愛くないあたしのクソガキ。じゃあね」
そう言うと、母親はスクナの返事も待たずに玄関から颯爽と出て行った。
それがスクナと母と交わした最後の言葉となった。
母親が出て行くと、最初に入ってきた男がスクナに荷物をまとめるように伝えた。
自分の部屋に戻って鞄に荷物を入れたが、そもそも衣類も身の回り品も必要最低限の物しかなかったため、スクナの荷造りはあっという間に終わった。
スクナが自分の荷物をまとめると、家には母親の大量の化粧品や洋服、装飾品が残されていた。
スクナがそれらを見つめていると、最初に入ってきた男が後で回収するので気にする必要はないと声をかけてきた。
「準備が出来ましたら、こちらに」
「……はい」
男に連れられてスクナは生まれてからずっと暮らしてきた家を後にした。
14年間暮らした家だったが、スクナは出て行くことに何の感慨も浮かんではこなかった。
家から連れ出されたスクナは、ヤマト中央でも比較的大きな屋敷が建つエリアにある、父親のところに連れて行かれた。
数年ぶりに会った父はお爺さんのように老けていて、これまでもほとんど面識がなかったスクナには、赤の他人にしか思えなかった。
父親は「お前は一族の誇りだ」「さすが私の子どもだ」などと大げさなことを言っていたが、スクナにとっては正直どうでも良かった。
理由を聞いたり、反論したりする気もなくなっていたスクナは、言われるがまま父の家だという立派な館で髪を切り、服を着替えさせられ、身なりだけでも優れた貴族に見えるように整えられると、息つく暇もなく、オオヒルメの塔の近くにある、帝の直系か御巫など高級貴族しか住むことを許されないと言われるエリアに建つ、カミムス氏の本家に連れて行かれた。
父はスクナと一緒に本家の当主であるカミムス・キサカに会うつもりだったようだったが、屋敷に入ると父親や御付きの者たちは、スクナとは別の部屋へと連れて行かれた。
スクナは父とも引き離され、たった1人でカミムス本家の従者に連れられて屋敷の中を案内された。
その間、クスクスと小さな声で笑いながら、扉の影やカーテン隙間から品定めをするようにこちらを見てくる、ねっとりとした妙に熱っぽい嫌な視線をスクナは感じていた。
それはこれまでにもスクナを利用しようと近づいてきた、汚い大人たちと同じ視線だった。
視線を振り払うように敢えて前を見据えて、案内する初老の男性について屋敷の長い廊下をしばらく歩いていくと、ようやく大きな扉の前にたどり着いた。
男性が恭しく扉をノックしてから、部屋の中の人物に声をかけた。
「奥様、スクナ様をお連れ致しました」
「……入りなさい」
部屋の中から艶やかな女性の声が答えると、初老の男性は扉をあけてスクナに中に入るように促した。
指示に従ってスクナが入ると、男性は一緒に部屋には入ることはなく、開けた時と同じように恭しく扉をしめた。
扉の前には大きなテーブルと、セットになっているのか、テーブルと同じ装飾が施された豪華な椅子が左右に置かれていた。
扉の正面には左右の椅子と比べても更に豪華な装飾が施された椅子がおかれており、そこに小柄な女性らしき人物が座っていた。
薄暗い部屋の中で、スクナは目を細めて女性を確認しようとした。
「あなたがスクナさん? やはり正しい貴族としての教育は受けていないのね?」
女性は溜息をつくように部屋に入ってきて突っ立ったままでいるスクナを見て、女性は溜息をつくようにいった。
スクナは女性を凝視するのやめ、すぐに膝をついて頭を下げた。
「失礼致しました、キサカ様。私がスクナでございます」
屋敷の中の嫌な雰囲気に気圧されていたのか、父親からくれぐれも失礼のないように言われていたにも関わらず、初対面から礼を欠いて失敗してしまったと、この一瞬でスクナは冷や汗をかいていた。
しかし、焦っているスクナを見ながらキサカは屈託なく面白そうにオホホと笑った。
「そんなにかしこまらなくていいのよ。 これからあなたは私たちの可愛い夫になるのだから」
「えっ!?」
驚いたスクナは思わず再び顔を上げてキサカの顔を見てしまった。
許可なく貴人の顔を見ることは本来非礼に当たるのだが、スクナが見たキサカの顔は、そんなことを気にすることもない様子で、楽しそうに笑っていた。
「そんなに堅苦しくしなくていいのよ。 今日から私はあなたの妻になるのだから。 顔を見たくらいで怒らないわ」
豪奢なドレスを身に纏った40代と思しき女性が、スクナの非礼を咎めるどころか、楽しそうに優雅に微笑みながらスクナを見つめていた。
「……そうなのですか、キサカ様。 しかし、妻になるとはどういうことでしょうか?」
これ以上、ビクビクしていても仕方がないと思ったスクナは、率直にどういうことかキサカに尋ねてみることにした。
「わけがわからない? それはそうよね」
キサカはとても楽しそうにオホホと笑い声をあげると、スクナを見つめながら「もちろん教えてあげるわ」と微笑んだ。
「といってもそのまま意味なんだけど。 あなたは御巫三家の一つ、カミムス氏の、私たち一族の夫になるのよ。 年齢的には母親と思われる人もいえうかもしれないけど」
「……なぜ、私があなたの夫に?」
するとキサカは「あら? それも知らないのね」とコロコロと笑い声を上げた。
そして、「あなたにカミムス氏の御役目についてお話してあげるわ」と説明を始めた。
「御巫カミムス家で最も重要なことは「強い血」を残すということなのよ。 あなたのお父さんは、私からみると甥にあたるのだけれど、神衣主になれるほどの思念力はなかったけれど、それに近い一族の中では高い能力を持っていたの。だからたくさんの子どもをつくって、次の代に「強い血」を残すことを許されたわ。 そして、その一人であるスクナ、あなたというとても高い能力を持つ子どもが生まれたのよ」
「そうなの……ですか?」
スクナは戸惑いを隠すことなくキサカに尋ねた。
「そうなのよ。 強い血は陛下の血縁である御巫たちに多く生まれるとされているわ。でもニニギ陛下の直系でもない限り、必ず「強い血」を持つ子どもが生まれることはないの。だからカミムスの一族は「強い血」を後世に残すために、多くの子を作り、そして生まれた「強い血」をカミムスの一族で分かち合っているのよ。あなたのお父様は一族として強い血を残す役目を果した。 次はスクナ、あなたがその「強い血」を一族に伝え残すことが役目になったのです」
カミムス家の現当主であるキサカは、三家ある御巫の中で、カミムスが最も多くの血縁者がいるのだと言う。
ヤマトは基本的に旧日本の法律に準じているため、婚姻制度も一夫一婦制としていた。
しかし、カミムス家だけは「強い血」を残すということを最も重要な目的としているため、ヤマト国内で唯一婚姻制度の適用を除外されており、一族の男も女も複数の相手を持ち、数多くの子どもを作ることが許されていた。
特に一族の中でも潜在的な能力が認められた者は、一族以外のこれという女性を相手に妊娠させることで「強い血」を繋いているのだという。
スクナの父も能力の高さを認められ、同じく潜在能力があると見られていた母親とスクナをつくることを許されたのだった。
しかし生まれたばかりのスクナには期待されたほどの能力は認められず、とはいえ生まれたばかりの子どもと母親を放逐するわけにもいかなったため、郊外でひっそりと生活させていたのだという。
しかし、そんな忘れられた存在だったスクナが14歳の適性検査で能力が認められ、今さらになって本家に呼び戻されたのだった。
そしてそれは、カミムス氏の最も大切な役目である「強い血」もった子どもを残すためにだった。
「あなたにも色々と思うところはあるでしょうけど、あなたも一族の端くれ。これからはカミムスの家に属するものとして、私たちを妻としてお役目をはたして貰います」
「私たち?」
「そう、わたしを含めた一族直系の女たち全員があなたの妻になるのです」
「全員が……ですか」
「そうです。 子を産むことが可能な一族の女たち全員です。 この意味がわかりますね」
つまりカミムス一族の種馬になれということか、とスクナは全てを諦めたような気持ちでキサカの話を聞いていた。
これまでも美しい顔だちのスクナに言い寄ってくる者たちは女であれ男であれ数多くいた。
スクナも自分の美しい見た目を最大限に活用して、少しでも自分に都合よく便宜を図ってもらっていた。
これからはこの母親よりも年上のキサカ様に、少しでも気に入られるように精々努力するか、スクナは楽しそうに頬を蒸気させ、ウットリとした表情で話しかけてくるカミムス一族の当主・キサカの言葉を聞きながらそう思っていた。
「スクナ、まずは様々なことを教えるために、今夜は私があなたのお部屋に行きます。準備をしておくように」
「……承知いたしました」
スクナが話を聞き終え、恭しく頭を下げて部屋を出ようとすると、キサカが何かを思い出したように「ちょっと待って」とスクナを呼び止めた。
「そう、お母様から伝言を頼まれていました」
スクナは「母親の伝言」への興味を気づかれないように、平静を装いながらゆっくりと振り返るとニッコリと笑って言った。
「……母が何か?」
「あなたを産んでやっと良いことがあったわ。 元気でね」
これが「母親の伝言」だとキサカは言った。
「キサカ様、嘘はやめてください」
スクナは苦い笑いを顔に浮かべて首をゆっくりと左右に振りながら、キサカの言葉を否定した。
「母が言ったのは「あなたを産んでやっと良いことがあった」だけでしょう。元気でね、というのはキサカ様が付け足したのですか?」
「あら?バレてしまいましたか。そのほうがあなたは喜ぶと思ったのですが」
「嘘がバレちゃったわ」と言いながらも特に悪びれた様子もなく、キサカは口に手を当てて楽しそうにクスクスと笑った。
「あの母ですから。 例え「最後の言葉」だとしても、そんな母親らしいことは言わないでしょう」
強かで自分のことが大好きだった母さん、最後に良いことがあったと言っていたのなら、少なくとも満足のいくお金でももらえたのだろう。
「口封じ」に殺されているかもしれないと思っていたスクナは少し安心していた。
「スクナ、貴方は美しいだけでなく、思った以上に頭の良い子なのね」
ホッとしていたスクナを見つめながら、キサカは再びその顔に微笑みを浮かべた。
スクナがキサカの視線に気がついて顔を見ると、確かに口元はにっこりと笑っていたが、その目はぽっかりと穴が空いたように真っ黒で、スクナの心を見透かすように大きく見開かれていた。
「あなたがここで私たちに従ってくれていれば、お母様はもちろん、お父様だって今まで以上に健やかで楽しく過ごすことができるわ。 頭の良いあなたなら、この意味がわかるわね?」
それはスクナの心をヘビのように締め付けてくるよう真っ黒な瞳だった。
「もちろん、わかっております。キサカ様」
スクナはいつものように、美しく微笑んで笑顔で答えた。
「スクナ、私のことはキサカと呼んでちょうだい。あなたの妻なのだから」
「……はい。キサカ」
「そう、それでいいのよ、スクナ。 私たちの可愛い素直で美しい夫」
キサカは真っ黒な瞳を見開いて満面の笑顔を浮かべた。
「では、スクナ様はこちらへ」
いつの間にか現れたのか、最初に案内をしてくれた初老の男性が、背後からスクナに声をかけた。
「面談はこれにて終わりでございます」
そう言うとスクナを誘って部屋から連れ出した。
スクナが出て行った部屋で、ひとり残ったキサカは、うっとりとした表情を浮かべて楽しそうにつぶやいた。
「美しくて頭も良くて、そして力も強い可愛い子。 ああ、あの子は私の願いを叶えてくれるかしら……」
少しずつこれまでの改稿や新規執筆を進めていきたいと思っております。
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