第1章 戦う理由
ミナカタはタケ・ミカヅチと同族のタケ氏に連なる一族の出だった。
タケ氏は現当主のタケ・ミカヅチと同じく軍人となるものが多かったが、ミナカタの父親は珍しく文官としてヤマトに仕えでいた。
そしてその能力の高さから、神祇伯の補佐をする役目を任されていた。
ミナカタの父親は未来のヤマトがより大きな土地を手に入れ、もっと多くの人たちを受け入れることが必要だと考え、そのためにも貴族の中にある差別意識をなくすことが必要だと訴えた。
「父の話を真剣に聞いてくれたのは神祇伯ナカトミ・オミマロ様だけだった。 でも10年前、帝ニニギ陛下はお隠れになって、ナカトミ・オミマロ様も政務の一線から引かれて、選挙で選ばれた政治家たちが国を主導するようになると、父の考えは異端視されて……結局、父はヤマト中央からイズモに左遷されたわ」
「それで、ミナカタ先輩はどうしたんですか?」
「私は優しい父が大好きだったから着いて行きたかった。 でも母はイズモに左遷された父を一族の恥だと言って、一方的に離婚して中央に残った。 私はそんな母に引き取られたの」
自嘲気味に笑いながらミナカタは話を続けた。
「14歳の適性検査で私に神衣主としての能力があるとわかったとき、母は文字通り狂喜したわ。 我が家の汚名を返上するんだって言ってね。 でも、神衣主になった私は、近衛師団への配属を拒否してイズモに行くことを希望した。 反対する母を無視して、父が左遷されて死んでしまったイズモにね」
「死んだ?」
「そう……父はイズモで死んだのよ」
ミナカタは死んだ父親の話をナムチとスクナに語り始めた。
10年前、ヤマト中央を囲う壁の外側を、ヤマシロ、オウミ、イズモ、カワチの4つのエリアに分けてヤマトの国土とし頃の事だった。
ミナカタの父親は、ヤマト中央から初めて派遣されたイズモの行政長官として赴任した。
周りからは左遷と謗られていたが、ミナカタの父親は少しでもイズモにいる人々が平和に暮らしていけるように働こうとしていた。
しかし、ヤマト中央がまずミナカタの父親に命じたのは、適性検査と称して、イズモにいる人々を能力によって選別することだった。
ここで能力が認められた人たちは、ヤマト中央への入国や、イズモでも壁近くの安全な場所に住むことが許された。
一方で能力が認められなかったものは、イズモエリアに留まることは辛うじて許されたものの、仕事も住む場所も与えられず放逐された。
食料や土地に限りがある以上、選別は仕方のないことではあったが、放逐された者たちとの間に禍根を残すことになった。
放逐された人たちの中には、暴徒と化して掠奪を働く者も少なくなかった。
ヤマト領になったばかりのイズモには、現在のように神衣を有する師団も駐屯していなかった。
そのため暴徒を取り締まるための公的な組織もなく、ミナカタの父親は自らの私費を投じて自警団をつくり暴徒の鎮圧にも当っていた。
そして3年前、ヤマト中央に侵入しようと押しかけてきた暴徒と、鎮圧しようと駆け付けたミナカタの父親が率いる自警団が衝突し大規模な戦闘となった。
揉み合いながらヤマト中央への入り口に殺到した暴徒と自警団に、入り口を警備していた近衛師団の兵士たちが発砲した。
結果、暴徒だけでなく自警団にも多数の死傷者が出る事態となった。
その犠牲者の中にミナカタの父親も含まれていた。
ヤマト中央政府は、事態を収拾できずイズモに騒乱を招いたとして、死んだミナカタの父親から行政官としての地位をはく奪した上、全ての責任を押し付けて処分した。
この事件をきっかけに、ヤマシロ、オウミ、イズモ、カワチの各エリアにはヤマト中央から派遣された神衣を擁する師団が駐屯することになった。
「私が監察官なんてマーガレット師団長を監視するスパイみたいな仕事を受けてまでイズモにきたのは、父が文字通り命がけで守ろうとした場所を見てみたかったからなのよ」
ナムチやスクナは知らなかったが、キマタとミイが保護されている孤児院が設立されたのは、ミナカタがマーガレットに掛け合ったからだった。
マーガレットは「意味がない」と乗り気ではなかったが、ミナカタが私財で師団本部近くの廃墟を修繕し、スタッフはボランティア、配給は本部で余った食材を処分する代わりに提供するということで、「好きにすれば」と許可されたのだった。
「私は1年半前にここにきて、ここに暮らす人々を助けようとしていた父の思いが少しだけわかった気がしたわ」
「どんな思いなの?」
ナムチが真剣な面持ちでミナカタに聞いた。
「あたしはここに来て、イズモの人たちが死と隣り合わせの生活の中で、家族を仲間を思いやりながら、明るく笑って必死で生きているのを見た。 ここの人たちはヤマト中央で偉そうにしてる奴らなんかより、よっぽど生き生きとしてるよ」
ミナカタは照れ臭そうに下を向いて目線を逸らした。
「だからあたしは、イズモの人たちの生活を守ってやりたいんだ。 死んだ父親の意思を継ぐとか、恰好を付けている訳ではないんだけどね」
「おれもミイやキマタ、食堂のおばちゃんたちを助けたいよ」
医務室のベッドの上で上体を起こしたナムチが、そう言ってミナカタに笑いかけた。
スクナは笑いあうナムチとミナカタを眩しそうに見つめながら、自分はどうしたいのか答えが出ないでいた。
「僕はイズモの人たちのことなんて正直どうでもいいんだ。 それに死にたくないし、ナムチにも死んで欲しくないよ….」
スクナは正直な気持ちをナムチたちに打ち明けた。
「俺も死にたくないし、スクナにも死んで欲しくないぜ!」
ナムチは思い悩む様子のスクナに笑顔で声をかけた。
「だからといって、ヤマト中央に帰りたいわけじゃないんだ……子どものことも実感が湧かないし」
「ふんっ! SonobaBitch!? これだから男は」
ミナカタが毒づいたが、スクナは相手にしなかった。
「だからナムチ、君が僕と一緒に戦いたいと言ってくれたら……」
「それはダメだ」
ナムチは自分に結論を委ねようとしているスクナに、真剣な面持ちで反対した。
「なんで?」
「イズモで戦うか、ヤマト中央に帰るか、それは生きるか死ぬかのことだろう? だからスクナが自分で考えて決めなきゃダメだ」
「ナムチ……」
ナムチから自分で考えるように諭されたスクナは、コトシロに少し考えさせて欲しいと伝えた。
「考えてもらうのは構わないよぉ~でも時間はあまりないからぁ~明日の朝にはお返事ちょうだいねぇ~」
「……わかった、明日の朝までに返事をするよ」
スクナは思い悩む様子で天井を見上げた。
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