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第1章 帰還命令

「だからぁ〜スクナくんのぉ〜ヤマト中央への帰還命令だよぉ〜」

「どういうことですか?」


 驚くスクナを尻目に、コトシロはいつもと変わらない口調で続けた。


「さっきマーガレット師団長の指示で会議室を出るとき、タケ・ミカヅチ近衛師団長から帰還命令を言い渡されてねぇ~。 スクナくんはぁ~近衛師団に転属、一旦ヤマト中央に帰還、その後、タケ・ミカヅチ近衛師団長の指揮下に入れってさぁ~」

「なぜ、このタイミングで……」


 スクナは疑問の声を上げた。

 しかし、コトシロはさも当然とばかりに続けた。


「このタイミングだからでしょ~う。 スクナくんは御巫ミカンナギのカミムス氏の一族なんだからぁ~」

「僕はカミムス氏としての御役目はすでに果たしている」

「う~ん、俺たちみたいな平民とは違ってぇ~、高貴な人たちの子どもは多いほうがいいんじゃない?」

「なっ!? 何を」


 驚くスクナに当然のようにコトシロは答えた。


「軍ではそれを知らない人のほうが少ないよぉ~! まぁ〜カミムス氏はそういう御役目なんだからぁ~」

「くっ……」


 イズモ師団ではこれまで誰も指摘するものはいなかったが、コトシロの言う通り、カミムス氏が一族の中で強い血を残すために、近親相姦ともいえる行為を繰り返していることは、ヤマト中央で軍務や役職についている者たちの中では公然の秘密となっていた。

 

 しかし、そういったことを知らなかったスクナは、御巫ミカンナギカミムス氏の、自分の秘密をコトシロたちが知っていたことにショックを受けていた。


「WhataFuck? それなんの話?」


 一方でスクナからの全てを打ち明けられ、秘密を知っているはずのナムチだけが、何のことか解らずにキョトンとしていた。

 コトシロがすかさずナムチに説明を始めた。


「いやぁ~カミムス氏のキサカ様はぁ~スクナのことがお気に入りのようでぇ~」

「なっ!? コトシロ、貴様!!!」


 焦るスクナを尻目にナムチは合点がいったとばかりに言った。


「あぁ、キサカのクソ婆がまたスクナにちょっかいをかけてきてんのか? FuckinOldBitch!」

「ナムチ、何を言って……」

「そうそぉ~う! 嫌だよねぇ~おばちゃんストーカーはぁ~」


 コトシロもナムチの意見に同調するかのように煽り始めた。


「スクナ、キサカのクソ婆の言う事なんて、聞く必要ないだろう!」

「それは……」


 スクナは困ったように俯いた。

 カミムス氏の本家に帰るつもりはない、できることならナムチと一緒にいたかった。

 しかし、ヤマト中央からの帰還命令に背いてまでイズモに残って良いのか、そもそも命をかけてまでイズモの人間たちにその価値があるのか、スクナにはわからなかった。


「スクナはどうなるんだ? 一緒に戦えないのか?」


 ナムチは思い悩んでいる様子のスクナに代わってコトシロに尋ねた。


「まぁ~スクナちゃんがぁ〜命令に従うならそうなるねぇ~」


 辞令を伝えたコトシロは微妙な言い回しをした。


「コトシロ先輩、それはどういう意味ですか?」


 スクナはコトシロの顔を睨みつけて言った。


「怖い顔で睨まないでよぉ~そのままの意味ですよぉ~従うか従わないかはぁ〜スクナちゃんしだいってことぉ〜」

「それはどういう……正式な辞令ではないということですか?」


 スクナの疑問に対して、コトシロはここに来る前の、会議室でのやり取りの説明を始めた。





 会議室では、コトシロにスクナの帰還命令を伝えたタケ・ミカヅチに対して、マーガレットがそんな事は認められないと噛みついていた。


「おいおい、ただでさえ少ない神衣主カムイムチを、ヨモツが攻めてくる直前に帰還とは穏やかじゃないね?」


「ううむぅ……そう言われると耳が痛いのであるが……」


 珍しくタケ・ミカヅチが言葉の歯切れ悪く答えた。

 後ろに控えていたイヴァがタケ・ミカヅチに代わって状況の説明を始めた。


「タケ・ミカヅチ師団長もこの辞令に反対したのです。 しかしお腹を大きくしたカミムス・キサカ様が子どもに父親の顔を見せたいと泣きついてこられたのです」


 イヴァによると、帰還命令が出された裏側には、妊娠したキサカが、生まれてくる子どものためにスクナをヤマト中央に返して欲しいと、帝ニニギやタケ・ミカヅチに泣きついてきたことがあった。

 幼い頃から知っているキサカの頼みを、帝であるニニギもタケ・ミカヅチも情に絆されて断り切れなかったというのだ。


「キサカ姉さん、ついに念願の子どもができたのか……」


 マーガレットも子どもの頃に面倒をみてもらったことがあり、キサカのことをよく知っていた。


 キサカはカミムス氏の中でも突出した能力を持ち、結局、神衣主カムイムチにはなれなかったが、ヤマト建国の前から帝ニニギやタケ・ミカヅチと共に戦ってきた。


 建国後はカミムス氏の当主となり、帝の血脈と能力チカラを絶やさないため、一族を上げて強い子どもを残すことに力を注いだ。

 また子どもが好きだったキサカは、建国のドタバタの中、率先して多くの子どもたちの面倒も見ていた。

 しかし、運命のいたずらか、キサカ本人にはこれまに子どもができなかった。

 そんなキサカが40を超えて、スクナとの間に子どもを授かったのだ。


「ニニギ兄様、タケ・ミカヅチ小父様、どうかこのお腹の子どもに、父親の顔を見せてあげてください」


 帝ニニギもタケ・ミカヅチも昔の誼もあり、キサカの涙ながらの訴えを無碍に断ることができなかったのだ。


 しかし、そんな私情で大事な戦力を奪われてはたまらないと、マーガレット師団長は怒り狂って断固拒否した。


「Fuckoof!!! キサカ姉さんには悪いけど、そんな私事で異動なんて認められないね!」


「ううむ……であるか」


 タケ・ミカヅチもこのタイミングでの帰還命令は無理強いだという意識はあるようで、マーガレットに強く反論することはできないようだった。


「じゃあ、帰還は無しということでいいね?」


「うぅむ……それは……それは困るのである」


 巨躯を小さくして額に噴き出した汗をぬぐいながら、タケ・ミカヅチは本当に困った様子だった。


 しかし、困るという言葉がマーガレットの怒りの導火線に火をつけてしまった。


「困るねぇ……タケ・ミカヅチ師団長は大層お困りなんだろうけど……こっちは貴重な戦力である神衣主カムイムチを引っこ抜かれて生きるか死ぬかの話なんだよ!!!」


 マーガレットは怒りを露わにして会議室の机に拳を叩きつけた。


「うぅむむ……それはそうであるな……しかし……」


 マーガレットに攻め立てられて珍しくしどろもどろになっているタケ・ミカヅチに、再び後ろに控えていたイヴァが声をかけた。


「一つご提案があるのですが」


「あぁ~ん? 師団長同士の話に割って入るとはいい度胸だね?」


 ただでさえ苛立っていたマーガレットが、イヴァを鋭い視線で睨みつけた。


「そんなつもりはありません。 ただ……」


「ただ、なんだよ?」


「ただ、帝ニニギ陛下から、お二人が揉めるようであれば伝えるよう言付けわ預かっておりまして」


「WhataHell?」

「おぉっ!」


 マーガレットは驚きの、タケ・ミカヅチは喜びの声を上げた。


 イヴァはオオヒルメの塔の中で、詔勅ミコトノリを預かったとき、帝ニニギから手招きされて呼ばれたという。

 そしてもし、タケ・ミカヅチとマーガレット・イチモクレン・ビスマルクが揉めるようであれば伝えるように言付けを託されていた。

 マーガレットは言付けを読み上げた。


「帰還命令については、マーガレットにも思うところはあるであろう。 一様にキサカにも、タケ・ミカヅチにも、もちろん私にも思うところはある。 しかし、それを互いに押し付け合っていては結論が出ないであろう」


 帝ニニギが予想したとおり、タケ・ミカヅチとマーガレットの言い争いには結論が出る気配はなかった。


「故にどうするかは本人に決めさせるのが良いと考える。 スクナ特尉が帰りたいと言えば辞令通りにヤマト中央に戻し、残って戦うといえば辞令はなかったものとしてイズモに残留させる。 然らばもし残留となっても、我らもキサカに言い訳が立とう。 帝ニニギ陛下からのお言葉は以上です。」

 

 言付けを伝えた以上、この後どうするか決めるのはタケ・ミカヅチとマーガレットの2人だと言わんばかりに、話を終えたイヴァは後ろに下がった。


「流石はニニギ様である」


「くっ!? これじゃあニニギ様の話を飲むしかないじゃないか!」


 タケ・ミカヅチは喜んで、マーガレットは渋々と帝ニニギの提案を受け入れた。


 マーガレットは、コトシロとミナカタにナムチの様子を見に行くことと併せて、スクナにこの件も含めて、帰還命令について話をするように命じた。





「という訳なんでぇ~、スクナちゃんには命令を受けることもぉ~、断ることもぉ~できるんですぅ~」


 コトシロから説明を聞いたスクナは、大人たちの都合で自分の人生が都合よく扱われていることに苛立ちを隠せずにいた。


「クッ! キサカはイズモにヨモツが攻めてくることを知っているのですか?」

「もちろん知っているねぇ~。 だからぁ~万が一にも死んでしまう前にぃ~安全なヤマト中央に帰ってきてもらいたいんじゃなぁ~い?」


 コトシロは苛立つスクナを気にすることなく、いつもと変わらない口調で応えた。


「ヨモツに襲われるイズモの民のことは?」

「そんなことはぁ~考えてないでしょう! ヤマト中央にいる連中は、他のエリアの人間たちなんてぇ~虫けらくらいにしか思ってないんだから」

「FuckinBullshit!!!」


 スクナは怒りを抑えきれず思わず毒づいた。


 ヤマト中央でオオヒルメの塔近くに住む人々は、かつてヨモツが現れる以前の旧時代のように、命の危険を感じることもなく何の不自由もない生活を送っていた。


 彼らにとっては、イズモで人々がヨモツに襲われることはおろか、今も人が飢えて死んでいったり、親を失った孤児が路上にあふれていることなど、自分たちとは関係のない遠いところの絵物語でしかなかった。


「まぁ~実際にぃ~建国から20年近く何もなかったしぃ~急にヨモツが攻めてくるって言われてもぉ~実感なんてないんじゃなぁ~い? イズモにいる俺たちだって実感沸いてないでしょ~う?」


 確かにこの半年の間、ヨモツシコオやヨモツシコメなどの新種のヨモツを相手にしてきたイズモの神衣主カムイムチたちでさえ、ヨモツの大侵攻と言われてもピンとくるものはいなかった。


「だとしても、ヤマト中央の連中は、イズモがヨモツに攻め落とされても、何の影響もないと思っているんですか?」


 ヨモツは壁一枚隔てたところにまで迫っており、万が一にもイズモが陥落すれば、イズモで生産されヤマト中央に供給されている資源や食料も届かなくなる。

しかし、そのことを真剣に受け止めている者はほとんどいなかった。


「壁を超えられるヨモツはいない。 もしいても我らの守護者・帝ニニギ様や英雄タケ・ミカヅチ様が助けてくれる。 そう信じて疑うこともないんでしょうね」


 もしイズモがヨモツに侵略されたとしても、オオヒルメの塔がある限りすぐに取り戻せるという楽観的な意見も多く、中には増えすぎた人間を減らす良い機会だと考える者すらいた。


 ミナカタは吐き捨てるようにつづけた。

 

「帝ニニギ様が何を考えているのかわからないけど、今のヤマトを動かしている中央の連中は、自分たちのことしか考えていないわ」


 ミナカタは絶句したスクナに向かって断言した。


 ヤマト中央にいる貴族の多くはなんの苦労も知らず、自分たちを高貴なものと思い込み、地位や名誉だけでなく食料や財産までも欲しい侭に手に入れてきた。


「私の父は、かつてヤマト中央で神祇伯カンヅカサノカミの下で働いていたわ。 そこで国外から助けを求めてくる人々の受け入れを訴えたの」 


 ミナカタは自分の父親について語り始めた。

 

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