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第1章 神衣の中

 神衣カムイの中に入ったカガミノが目を開けると、そこは真っ白な何もない空間だった。


「ハクト様! ハクト様!」


 カガミノがハクトに呼びかけてみたが、答えは返ってこなかった。


「本当にここがハクト様の神衣カムイの中なのかしら?」


 カガミノは自分の神衣カムイの中とはあまりに違う空間に戸惑っていた。


 彼女にとって自らの神衣カムイの中は自分の部屋も同然だった。


 御霊ミタマはその生活のほぼ全てを神衣カムイの中で過ごしている。

 そのため神衣カムイの中の空間は、御霊ミタマが心地よく過ごせるように、彼女たちの好みのままに作られていた。


 例えばカガミノは自分の好みのテーブルや椅子、部屋の内装を好きなように飾りつけて、カラフルにに彩っていた。


 しかし今、カガミノがいる空間には何もなかった。

 ただ真っ白い壁が続いているだけの何一つない空間だった。


「こんな何もない空間なんて……」


 自分の神衣カムイと違うからといって、他を知らないカガミノには何が正しいかはわからなかった。

 しかし、こんな何もない空間の中で、ハクトはどう過ごしているのか、カガミノは心配せずにはいられなかった。


「ハクト様はどこにいらっしゃるのかしら? ハクト様! ハクト様!」


 カガミノは真っ白い空間に向かってハクトを呼んでみたが、やはり何も返事はなかった。

 ハクトを探そうにも一面に何もない為、カガミノはどうしたものかと考えていると、白い空間の中央に黒い染みのようなものが浮かび上がってきた。


「一体、何かしら?」


 カガミノがジッとその黒い染みを見ていると、あっという間に大きく広がって、そこにカガミノの身長と同じくらい巨大な女性の頭部が現れた。


「ハクト…さま?」


 それは巨大なハクトの頭だった。


 手も足も体もない、ハクトの大きな頭だけが白い空間に浮かび上がっていた。

 頭には意識がない様子で、無表情に目をつむっていた。


 カガミノは恐る恐る頭だけのハクトに近づいて声をかけた。


「ハクト様、目を覚ましてください。 このままではナムチが危険なのかしら」


 ハクトの顔をした巨大な頭は、カガミノの問いかけに反応したのか一瞬ぴくりっと動いた。

 反応があったことで巨大な頭を起こせるかもしれないと考えたカガミノは、さらに近づき大きな声で呼びかけた。


「ハクト様! ハクト様、起きて下さい!」


 カガミノの大きな声が届いたのか、巨大な頭だけのハクトは目をカッと見開いた。


「ハクト様!」


 目を覚ましたハクトを見て、喜んだカガミノはさらに声をかけようとした。


「……おのれぇ~ヒルコ!!!」


 叫び声と共に嵐のような暴風が噴き出し、カガミノを白い空間の端まで吹き飛ばした。


「ハクト……さ……ま……」


 暴風に吹き飛ばされながらも、カガミノは弱々しく巨大な頭だけのハクトに声をかけた。

 しかし、ハクトはカガミノの存在すら気が付いていないのか、ただしきりにヒルコへの憎悪を叫び続けていた。


「おのれ、ヒルコめぇ! 恨めしい! 憎々しい! 忌々しい! 私の邪魔をしおってぇ~! 殺してやる! 呪ってやる!」


 ヒルコへの呪詛の言葉を叫び続けながら、巨大なハクトの頭は血のような真っ赤な涙を流していた。


「ハクト様……落ち着いて……下さい」


 激しい暴風に押さえつけられながら、カガミノは声を振り絞ってハクトに話しかけた。

 しかし怒り、叫び、呪いの言葉を吐き続けているハクトは、全く聞く耳を持たなかった。


「ヒルコめぇ……どうしてくれようか……この恨み晴らさでおくものかぁ~!?」


 さらにハクトが激情を露わにするたびに、何もない空間に吹きすさぶ嵐のような風はさらに強まっているようだった。


「くうぅっ……」


 吹き荒れる暴風に翻弄され、カガミノはなす術もなくただじっと耐えるしかなかった。

 このままでは意識も保てなくなってしまうと諦めかけたその時……


「#$&、落ち着いて……」


 怒りの表情を浮かべて荒れ狂う巨大なハクトの眼前に、いつの間に現れたのかナムチによく似た男が姿を見せた。


「*+&@%*#?」


「そうだよ、僕だ。 #$&、わかるだろう?」


「ああぁぁぁ! *+&@%*#」


 ハクトとナムチによく似た男は、カガミノには聞き取れない名前でお互いを呼び合っていた。

 怒り狂っていたハクトは、ナムチによく似た男を見ると一転して滂沱の涙を流し始めた。


「もう大丈夫だから」


「うぅっうう……ええぇぇん……どぉどぉどおじでぇ……うぅうん」


 ナムチによく似た男は、おいおいと泣き続けるハクトの大きな頭をやさしく抱きしめて語り掛けていた。

 ハクトは言葉にならない声をあげてさらに泣きじゃくっていた。


「ああぁぁぁううぅぅんん……べぇえぇぇぇんん」


 すると、これまで凄まじい勢いで吹き荒れていた嵐のような暴風がピタリと停まった。

 暴風から漸く解放されたカガミノは、両手を地面について荒く息を吐いた。


「はぁはぁ……あれはナムチ……なのかしら?」


 小さな声でつぶやくと、ナムチらしき男はハクトを優しく撫でながら、ちらりとカガミノを見て、静かにしてというように人指し指を立てて口にあてた。


「ううぅぅ……あぁああぁぁ……な……なぁ……んでぇ……」


 巨大な顔だけのハクトは、ナムチによく似た男がカガミノに指示している事には気が付いていないか、ただただ泣き続けていた。


 ナムチによく似た男は大きな頭だけのハクトをやさしく撫でながら、カガミノに向けて首を振った。


「ナムチではないのかしら? あなたは一体だれなの?」


 カガミノはナムチらしき男をよく観察したが、顔形はどこからどう見てもナムチにそっくりだった。

 ただ少し大人びているような、どこかナムチとは違うような気がしていた。


 ナムチによく似た男は、カガミノを見てゆっくり首を振ると、右手で泣き続けるハクトの頭をなでながら、左手で白い空間を指さした。

 どうやら指をさした先に、ここからの出口があるようだった。


 カガミノは、再びハクトが怒り出してさっきのような嵐が起きたら、ここから脱出することはできなくなると考え、気づかれないようにゆっくりと、ナムチによく似た男が指し示した方向に進んでいった。


「もう大丈夫だよ。 ここには君を傷つける者は誰もいない」

「ううぅ……あぁ……」


 カガミノが移動している間、ナムチによく似た男は巨大な顔だけのハクトにやさしく語りかけ続けていた。

 どうやらハクトの頭が、カガミノに気が付かないようにしてくれているようだった。


 カガミノも巨大な顔だけのハクトに見つからないように、といってもこの空間には隠れる物は何も無いため、ゆっくりと進んでいった。

 漸くナムチによく似た男が指し示した場所に辿り着き、なんとか見つからずにここから出れそうだわ、とカガミノが安心したその瞬間トキ……


「ここで見たことを、誰かに話すことは許さない」


 突然聞こえてきたハクトの声にカガミノが振り返えると、すぐ後ろには凄まじい怒りの表情を浮かべたハクトの巨大な顔があった。


「きゃあぁぁぁぁ!」


 驚いて叫び声を上げたが、巨大な顔だけのハクトは黙ったまま、カガミノを頭から食いついて丸のみにした。


「スクナ……」


 真っ黒な世界でカガミノは意識を失った。


 最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

続きが気になる、少しでも面白そうと思って頂けましたら、ブックマークや評価、感想をお願い致します。

 日々の更新の励みになりますので、よろしくお願いしますm(_ _)m

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