第1章 帰還
Fワードなどを造語に変更、文章も一部書き直してアップしなおしています。2022年3月25日追記
「Danm!? 酷い目にあったぜぇ~」
神光が弱まるイズモエリアの国境付近を巡回中していたナムチは、黄泉平坂から突如現れたヨモツシコオと遭遇し、突発的な戦闘となった。
ヨモツを浄化・殲滅することができる唯一の兵器・神光を用いて、なんとかヨモツシコオを撃退したものの、ナムチの操る人型ロボット・神衣はヨモツシコオが撒き散らした腐汁にまみれてしまった。
オオヒルメの塔から届く神光によって、ヨモツの体液である腐汁も徐々に浄化されていくが、あまりの悪臭に操縦者のナムチが耐え切れず、現地で清掃をしてから帰投したのだった。
ナムチが漸くヤマト北西方面イズモエリア第3師団・通称イズモ師団の基地に帰投できたのは日も暮れかかった午後5時を過ぎたころだった。
日も暮れかかったと言っても、常に神光に照らされているヤマトに夜がくることはなかった。
ヤマトでは時計がなければ、今が昼なのか夜なのか、時間を把握することはできないが、習慣というものは中々変えることが難しいため、旧時代の1日を24時間で分ける旧時代のルールを、現在も使用していた。
この旧時代の基準で言うと、同じ巡回任務に出ていたもう1体の神衣は、すでに1時間以上前に帰投していた。
定時連絡はおろか、何の連絡もなく1時間以上も遅れて帰投したナムチに対して、神衣を整備する作金者たちの態度は冷たかった。
作金者は神の力を宿すと言われる神衣を専門に整備することができる技術者たちだった。
神衣を整備することは神に触れるという神聖な行為とされており、作金者たちは布で顔を隠し、言葉を発することが禁止されていた。
作金者同士は特殊な念話を通じて意思疎通を図っており、御霊とも同様に意思を伝えることができていた。
しかし、神衣主とは直接意識を通じさせることはできず、御霊を通じてか、必要に応じて筆談や態度で意思を示していた。
「いやマジで、ヨモツ出てきて大変だったんだよ」
ナムチは遅れた言い訳を大声でしゃべっていたが、作金者たちはそんなナムチの相手をすることなく、伸ばした親指をクィっと捻って示すと、ナムチに操縦席から降りるように冷たくジェスチャーで伝えた。
「ヨモツと戦っていたんだから、そんなに怒らなくても……」
ナムチが渋々と神衣から降りながら、ブツブツと愚痴っていたが、作金者たちは一切相手にせず、ナムチが降りた神衣の整備を黙々と始めた。
神衣から降りてきたナムチは、ちらっと後ろに立つ神衣を見て、御霊のハクトが出てきて、自分のフォローをしてくれないかと期待して待ってみたが、ハクトもヨモツの腐汁で神衣を穢されたことを怒っているのか、外に姿を現すことはなかった。
「WhazUp、ナムチ? だいぶ遅かったね」
ハクトにも作金者たちに無視され、不貞腐れた様子のナムチに声をかけたのは同じ神衣主のスクナだった。
スクナは訓練学校でナムチの同期で、地獄以上と言われる神衣主になるための訓練を一緒にくぐり抜けた親友だった。
20人近くいた同期の訓練生の中で、1年後、無事に神衣主として卒業できたのは、スクナとナムチを含めてたった3人しかいなかった。
「スクナ聞いてくれよ!索敵にも反応なかったのに、いきなり足元からヨモツシコオが現れやがってさ!」
「DatzFuxxinTaugh!? それは大変だったね」
「だろ? まぁFuxxinぶちのめしてやったけど、ヨモツのクソ汁まみれになっちゃって、ひどい目にあったよ」
ナムチは、ここぞとばかりに自分の帰還が遅くなった理由を大声で説明して、周りにアピールしようとしていた。
しかし、近くで神衣の整備作業をしている作金者たちが話を聞いている素振りは一切なかった。
「DatzPissOff! ナムチ」
「そうだろ?さすがスクナはわかってくれるよな!」
この場で唯一、ナムチの話を聞いていたスクナに対して、ナムチは嬉しそうに同意を求めたが、逆にスクナは困ったような表情を浮かべていた。
「とても大変だったことは分かるんだけど、戦闘終了後に司令本部に状況を報告することはできたよね?」
「えっ!?」
通信回線でナムチが全く報告しなかったことを指摘されると、ナムチは笑顔のままで目をウロウロと泳がせた。
「いやぁ~、その操縦席がゲロで汚物まみれになっちゃったもんだから、通信とか報告するどころじゃなくなっちゃって……」
「えぇっ! じゃあ操縦席で吐いちゃったの? FuxxinFilthy!」
「汚い」というスクナの叫びを聞いた作金者たちは、大きな溜息を洩らすと、掃除と消毒をするために神衣の操縦席に向かっていった。
「作金者が掃除しなくても俺がちゃんと掃除したから! ハクトがギャンギャンうるさいし!」
「それでハクトはへそを曲げて神衣から降りて来ないんだね。 御霊にとって神衣は家みたいなものだから」
「俺だった好きで吐いちゃったんじゃないし、ちゃんと掃除して謝ったし……」
「Really? ナムチが謝ったの!?」
「……いや、謝ってはいない……かも? 掃除はした」
スクナは呆れた様子でナムチを見て溜息をついた。
「ちゃんとハクトに謝った方がいいよ! 女の子は機嫌を損ねたままで放置しておくと、どんどん大変なことになるからね」
「……うぅ……わかってる」
ナムチは後ろを振り返って自分の神衣を見て、泣きそうな顔をみせていた。
そんなナムチに追い打ちをかけるように、スクナは「ところでさっきの報告の話なんだけど」と話し始めた。
「ナムチ、僕は1時間以上前に戻ってきたんだけど、君は帰ってこないし、通信もつながらない。だから、これからナムチを捜索に行くかなきゃいけないのか、それとも応援を頼むべきなのか、マーガレット師団長に連絡して指示を仰いだり、非番の先輩たちが呼び出されたり、イズモ師団はさっきまで大変な騒ぎだったんだよね」
「そうなん? いやーそんなに心配して頂いて、ThankYoEveryone!」
困ったような表情で大変だったと話すスクナに対して、ナムチは自分を心配してくれたのかと嬉しそうに答えた。
「フッ……全く、君ってやつは。」
そんなナムチにスクナが呆れたように苦笑を浮かべると、ナムチはハハハと笑いながらスクナの肩を抱いた。
すると、スクナは眉間にしわを寄せて、スクナを両手で押し返した。
「WhatA!? なんだよ?」
ナムチは急に押し返されて驚いて言った。
スクナは鼻をひくつかせながら言った。
「……ていうか、ナムチ……YoFuxxinStinky!? めっちゃ臭い!!」
「ええっ!? ちゃんと消毒したから臭くねえよ!!」
「いや、臭いってマジで」
「って離れていくなよBro」
距離を取ろうとしたスクナを、ナムチが抱きついて止めようとする。
「おぇ~!? マジ臭いから! YoFuxxinHandsOffMe!!!」
そんな風にじゃれあうナムチとスクナを、スクナの神衣の御霊カガミノが、後ろから呆れたような表情を浮かべ見ていた。
カガミノに気が付くと、ナムチはスクナを抱えながらカガミノに近づき話しかけた。
「カガミノ、俺は臭くねぇーよな?」
「とりあえず妾には近づかないでくれるかしら?」
人間でいえば7歳くらいの少女姿のカガミノは、幼い顔に嫌悪感を隠さずナムチに言い放つとスッと姿を消した。
「なんだよ! 行っちまった」
ナムチはスクナに抱きついたまま、不貞腐れたように言った。
「まぁーそう言うなよ。御霊が自分の神衣主以外にリアクションをとること自体が珍しいんだから」
ナムチはスクナの慰めなんて耳に入らない様子で、神衣に向かって「カガミノ、出てこーい!」と呼びかけていた。
そんなナムチの様子を見ながら、スクナはナムチと出会った頃のことを思い出していた。