第1章 渇望
ナムチは鉄鎚を受け止めたとき、これまでにない、胸を掻きむしりたくなるような熱さを感じていた。
「これが俺の想いなのか?」
マーガレットからの攻撃で「死」に直面したとき、ナムチは生まれて初めて「生きたい」という、何物にも代えがたい「生」への渇望を感じたのだった。
「多分それがナムチの一番強い想い、願いなんだよ」
驚き混乱しているナムチにハクトが話かけた。
「これまで俺は死にたくないとか、生きたいなんて強く思ったことはなかった」
「……そう」
「たった1年ちょっとしかない記憶……家族もなく守るべきものも……いない……いつ死んでも構わないと思っていた」
普段から明るく何も悩みなどないように振舞っていたナムチだったが、心の奥底では自分にアイデンティティがないことを悩んでいた。
だから、自分と同じようにアイデンティティを失いかけていたスクナにシンパシーを覚えたのかもしれない。
「俺は自分が何者なのか、何をしたいのか、今もわからないけど、でもこのまま、何もわからないまま死ぬのは嫌だ!」
(それが命への渇望……その想い……努々忘るることなかれ……)
再びナムチの頭の中に声が響いた。
「さっきから俺の頭の中で話しかけてくるのはハクトなのか?」
「頭の中? ナムチ、何を言っているの?」
「違うのか? あの声は誰なんだ?」
そう呟くナムチに再び声が聞こえてくることはなかった。
「ナムチ、しっかりして! まだ戦闘中よ」
そのとき操縦席にスクナとマーガレットが共通回線で話すやりとりが聞こえてきた。
「この訓練は生き残ったら合格だよ」
「それは訓練ではないしょう!?」
「ハハッ! おもしれぇじゃん」
ナムチは2人の通信に割って入った。
「ナムチ、大丈夫……」
スクナは立ち上がったナムチの神衣を見て絶句していた。
これまでも哨戒任務のときに何回か、ナムチがヨモツを浄化するところを見たことがあったが、こんな風に両手を神光で真っ赤に燃え上がらせた姿は見たことがなかった。
ナムチの姿に驚いていたのはマーガレットも同様だった。
「うーん? あんなに真っ赤に燃える神光は見たことないわね」
「……記録にもない」
通常の神光は金色に輝くため、燃えるように真っ赤になるなど、マーガレットもマヒトツネも初めて見たものだった。
「マヒトツネ、何が起きているかわかる?」
「……わからない。あんな神光初めて」
「さて、どうするかな?」
マーガレットはスクナの後ろに仁王立ちで立つ、異様な姿のナムチを見て選択を迫られていた。
ナムチが神光に覚醒したと考えて攻撃を待つべきか、すでに神光がなんらかの暴走を起こしており、これ以上放置して危険な状態になる前に破壊すべきなのか……
「……ナムチ、大丈夫なのか?」
我に返ったスクナは改めてナムチに声をかけた。
「アハハッ! スクナ、すげぇーよ! この力! どんな奴でもぶっ殺せるぜ!」
「ナムチ?」
スクナは異様にテンションの高いナムチに違和感を感じた。
「ぶっ殺す? 何を言ってるんだ? もう神光に目覚めたんだから訓練は終わりだろ?」
「終わり? 何を言ってるんだスクナ、あのBitchは俺を、お前を殺そうとしたんだぞ! ぶっ殺さなきゃ!」
「おい! どうしたんだよナムチ? おかしいぞ!」
「あぁん? スクナ、お前も邪魔するのか? 俺を殺そうとする奴らの仲間なのか? お前……も……あぁ……俺は何を?」
ナムチは初めて知った生への渇望、死にたくないという激しい感情の高まりで、自分をうまくコントロールできていなかった。
身体の奥底から湧き出してきた激情を抑えることができず、精神が異様に昂っていた。
「スクナ……俺は……どうしたんだ……抑えきれない」
「ナムチ、落ち着くんだ!」
「あぁーっ!!! 溢れてくる……なんだこの感情は……殺意?? 誰を?」
「ナムチ! ナムチ! Shit!」
スクナは混乱したナムチを止めるようにハクトに呼びかけた。
「ハクト! ナムチを止めるんだ!」
「……ダメ……ナムチの思念が……強すぎて……神光を……抑えるだけで……」
ハクトはナムチの様々な感情が入り混じった思念の奔流を受けながら、なんとか神光が暴走しないように抑え込んでいた。
「ナムチ!!!」
スクナが必死で呼びかけるが、すでに激しい感情に飲み込まれ興奮しきったナムチの耳には届かない。
「なんだこれ……俺が欲しいもの……何もできずに死にたくない……そのために……俺の力を……力をよこせ!」
ナムチは自分の奥底でうずまく、熱い塊から浮かびあがる言葉を再び口にした。
「かくりょのおおかみ あわれみたまえ めぐみたまえ さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ」
ナムチが祝詞を唱えると、真っ赤に燃え上がっていた両手の炎がさらに激しく燃え上がった。
「右手がサキミタマ! 左手がクシミタマ! これが俺の神光だぁ!!!」
「きゃあぁっ!?」
操縦席には神光を制御しようとしていたハクトの悲鳴が響いた。
しかし、興奮しきったナムチは全く気が付く様子はなかった。
「ハハハ! FuckinGreat!!! どいつもこいつもぶっ飛ばしてやる!!!」
「ナムチ、しっかりしろ!」
ナムチはスクナの呼びかけにも応じず、興奮した様子で叫び続けていた。
通信でナムチとスクナの会話を聞いていたマーガレットは、さらに激しく真っ赤に燃え盛ったナムチの神光を見て決断した。
「あれは神光の暴走だ。周囲に危険を及ぼす前に殲滅する」
「……粉砕する」
マーガレットは、ナムチの神光がこれ以上暴走する前に破壊するため、鉄槌を振りかぶって突撃しようとした。
「待て! マーガレット! ここは僕に任せてもらう」
「はぁ~? Fuckoff!!! スクナ、お前はさっきナムチを止められなかったじゃねぇか?」
「ShutaFuckup! 僕が止めてみせる!」
マーガレットはいつにないスクナの剣幕に驚きを感じていたが、一方でここまで熱くなる姿を面白いとも感じていた。
「DamnKid! 大口を叩くじゃないか。いいだろう」
「いくぞ、カガミノ」
「ちょっと待ちな!」
早速、ナムチに向かっていこうとするスクナをマーガレットが呼び止めた。
「3分だ! あたしが待つのはそれだけだ!」
「くっ! わかった」
スクナはナムチに向かって神衣を走り出させた。
マーガレットは鉄鎚を一旦、地面に下ろした。
「マヒトツネ、3分経ったら突っ込む」
「……了解」
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