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第1章 遭遇

 マーガレットに格納庫から叩き出されたナムチは、イズモ師団本部にある寮に向かって、旧時代の繁華街跡をぶつぶつと独り言を喋りながら歩いていた。


神光テラのコントロールに祝詞……あぁーっ! ぜんっぜんわかんねぇー!!」


 かつて多くの飲食店や居酒屋、クラブなどがあった雑居ビル群は崩れ落ちて廃墟と化し、往時の賑やかさはかけらも感じられなかった。


 建国から20年が過ぎたとはいえ、復興はヤマト中央を中心に進められており、イズモエリアには未だこうした廃墟が多く残されていた。


「ナムチ、何しょぼくれて歩いてんだ?」


 突然、呼びかけられたナムチが振り返ると、瓦礫が散乱する道路に、ボロボロの服をきた2人の子どもたちが立っていた。


「なんだキマタとミイじゃねぇか! まだ遊んでんのか? 子どもはもう帰る時間だぞ」


 キマタは10歳の男の子、妹のミイは6歳で、2人ともナムチとは顔見知りだった。


「帰る家なんかねーよ!」


 キマタは泥で汚れた顔を腕でこすりながら、怒ったように言った。


「ナムチ兄ちゃん、お腹空いた」


 その横でミイが悲しげな表情を浮かべて、両手でお腹を撫でていた。


「お前ら、また、食いもの取られたのか?」

「うっせぇ! そんなことねぇーよ」


 キマタがすかさず否定して怒鳴ったが、その瞬間、キマタのお腹もぐぅーっとなっていた。


「しょうがねぇなぁ~」


 ナムチはポケットに手を突っ込んでさぐってみると、中には携帯用食料として以前に配られたレーションが入っていた。


「これ食えよ。 1本しかないけど」


 ミイはナムチに駆け寄ってきて「ありがとう」と言ってレーションを受け取ると、キマタのところに戻って差し出した。


「お兄ちゃん、一緒にたべよう」

「お前ひとりで食べろ。 俺は腹減ってないから」


 キマタはプイっと横を向くと、ミイが差し出したレーションを受け取らなかった。

 ところがその瞬間に、またキマタのお腹がぐぅーっとなった。


「嘘! お兄ちゃんもお腹空いてるんでしょう? 一緒に食べようよ」


 ミイはレーションを包みから出すと、小さな手で半分に折ってキマタに渡そうとした。

 しかし、ミイの小さな手では固いレーションをうまく割ることができず、手を滑らせて落としてしまった。


「あーっ!?」


 地面に落ちたレーションには泥と土がついてしまった。

 汚れて食べられなくなってしまったレーションを見てミイは泣き出した。


「うわあぁぁぁーん!」

「あぁ……」


 キマタも泣きそうな顔で地面に落ちたレーションを見つめていた。

 ナムチは2人に駆け寄ると、地面に落ちたレーションを拾い上げた。


「落としたくらいで泣くな! こんなの水で洗えば大丈夫だよ」


 ナムチはレーションに水筒の水をかけ、泥や土を洗い流した。


「ほら、きれいになった」


 ナムチは泣いているミイの目の前にレーションを差し出した。


「ぐすっ……ぐすん……これで食べれるの?」


 ナムチを見上げてミイが聞いてきた。


「大丈夫だ! もう汚れてないだろう?」

「うーん……」


 水で濡れたレーションをじぃーっと見て、汚れていないことを確認すると、ようやくミイは笑顔をみせた。


「えへへ……キレイになったね!」


 ミイが笑いながら両手で涙をぬぐうと、今度はミイの顔に泥がついて汚れてしまった。


 ナムチはレーションをミイに渡すと、ポケットからハンカチを出して顔をキレイに拭いてあげた。


「ありがと、ナムチ兄ちゃん」


 ミイはレーションを持ってキマタの下に走っていくと、もう一度、一緒に食べようと声をかけた。


「……食べる」


 落ちたレーションを見て、涙ぐんで目を真っ赤にしていたキマタは、今回は素直に頷いた。


 ミイはまた、レーションを手で半分に折ろうとしたが、さっきのように落としてしまうのではないかと躊躇していた。


「よぉーし、俺が2つに分けてやるからな!」


 ナムチはそう言うとミイからレーション受け取り、腰につけていた軍用ナイフを取り出した。


 道端にあった比較的キレイな大きな石の上にレーションを置いて、ちょうど真ん中あたりで2つに切り分けてキマタとミイに一つずつ渡した。


「ナムチ兄ちゃん、ありがと!」


 ミイは笑顔で受け取ると、半分に切った小さなレーションを少しずつ味わいながら食べ始めた。


 キマタもミイが食べ始めたのを見てゆっくりと食べ始めた。


 ナムチは2人が小さなレーションを大事にちょっとずつ食べている姿を、複雑な思いで見ていた。


 ナムチがキマタとミイに出会ったのは2カ月ほど前だった。


 2人の両親は東南アジアから船でヤマトに逃げてきた難民だったという。


 両親はヤマト入国時の適性検査で、有用な能力があるとは認められなかった。

 ヤマト中央で暮らすことは認められず、イズモにある難民施設に送られてきたのだった。


 現在のヤマトの全国土は、オオヒルメの塔が神光テラで照らすことが可能な半径5キロ圏内の範囲しかなかった。


 食糧事情も決して余裕があるとは言えなかったため、ヨモツから逃げて世界各地からやってくる難民を、その能力によって選別して受け入れていた。


 そもそも建国当初から、帝の血縁者やヤマト建国に携わった人たち、建国後のヤマトにとって有用と認められた人たちだけが、最も安全なオオヒルメの塔から2キロ圏内の、巨大な壁によって囲われたヤマト中央に住んでいた。


 当時は壁の内側だけがヤマトであり、外からくる人々をほとんど受け入れてもいなかったという。


 しかし、日本だけでなく、世界各地から多くの人々が、ヨモツから逃れ、安全な暮らしを求めてヤマトに押し寄せた。


 そこでヤマト政府はやってくる人々を篩いにかけて、有能な人たちだけを受け入れるようになった。

 認められてヤマト中央で暮らすことを許された人々は、ヨモツに命を脅かされることはなく、衣食住はもちろん、仕事や教育も保障されていた。


 しかし一方で、ヤマト中央で暮らすことを許されなかった人たち、特に旧日本以外の国からやってきた人たちは、異民などの蔑称で呼ばれ、蔑まれながら壁の外側で廃墟の中や小屋を立てて暮らしていた。


 彼らは、破壊された旧時代の物資をヤマトに持ってくることで生計を立てるようになった。

 また、想像以上に神光テラの影響力が強かったため、オオヒルメの塔から半径5キロ圏内もヨモツが現れないことがわかってきた。


 建国から10年が過ぎた頃、ヤマト中央を囲う壁の外側は、中央に入ることが許されなかった人たちや、ヨモツから逃れて世界各地から新たにやってくる人たちで溢れていた。


 ヤマトの政府は、このままでは壁を破壊して人々が中央に侵入してくる恐れがあると考え、オオヒルメの塔から5キロ圏内のエリアをヤマシロ、オウミ、セッツ、イズモの4つに分け、改めて統治することを決定した。


 他のエリアからヤマト中央に入国するための入り口は、近衛師団兵が24時間体制で厳重に警備しており、許可を得ないものが立ち入ろうとすれば、問答無用で射殺されることもあった。


 厳しい審査をクリアした者だけが、各エリアに1つだけある、ヤマト中央に入ることができる入り口から入国を許された。


 数年前には、ヤマトの政府は各エリアをヨモツから守るという名目で、ヤマキ、オウミ、セッツ、イズモの各エリアに、神衣主カムイムチを配属した強力な師団を創設して配備した。


 名目はそこに暮らす国民を守るということだったが、それぞれの師団は中央への入り口を囲うように配備されており、実質は増え続ける難民が、ヤマト中央に流入してくるのを止めるためだった。


 理由はどうあれ、中央から一個師団が常時駐屯することになれば、そこで働く人たちも必要になるし、食料や物資など現地調達できる物の買い取りなども行われ、それなりに各エリアが賑わうことにつながった。

 

 キマタとミイの両親が送られたイズモの難民施設は、施設とは名ばかりで、最低限、雨露をしのげる小屋が建てられているだけだった。


 食料が配給されることもなかったが、イズモエリアにいれば、もうヨモツから襲われることはないと思っていたキマタとミイの両親は、ここで働いて子どもたちを育てることにした。


 新参者が比較的楽に始められる仕事は、廃墟から使える物を集めてくる回収屋だった。


 キマタとミイの両親は、今では廃墟と化している旧時代の市街地の廃墟から、貴重な金属や使える家電などを集めては、イズモ師団やヤマトに売って金銭や食料を得るようになった。


 当初は、比較的近いエリアで見つけた廃材や銅線などを売っていたが、同業者も多くすぐにめぼしいものは見つからなくてなってしまった。


 両親は少しでもお金になるものを集めようと、ヨモツに襲われる危険もある、イズモエリアの外周付近まで拾いに行くようになっていた。


 半年前、神光テラの中でも動けるヨモツが出現して以降、イズモでは黄泉平坂ヨモツヒラサカが突如現れ、出てきた新種のヨモツが人々を襲う事件が散発的に起きていた。


 古くからイズモに暮らす人々は、ヨモツに襲われることを避けるため、なるべく中央の壁に近いところで生活していた。


 しかし、新しくイズモに来たキマタとミイの両親は、そのことを余り真剣に捉えてはいなかった。


 これまでの調査で、最近出現し始めた新種のヨモツは体長2メートル程度と小型で、人間の生きた細胞を表皮に持ち、神光テラの中でも行動できるようになっていた。


 半年前に現れた生きた人間を纏ったヨモツよりも、さらに進化を遂げているようだった。


 新種のヨモツは、その見た目から男をベースとしているのはヨモツシコオ、女をベースとしているのはヨモツシコメと呼ばれていた。


 ヨモツシコオとヨモツシコメは、時に廃墟となった旧市街地の倒壊したビルの影や建物の中に隠れ、やってきた人たちを襲うこともあった。


 キマタとミイの両親はイズモ外周に近い廃墟で、隠れていたヨモツに襲われたのだった。


 たまたま近くを哨戒任務中だったナムチが、襲われているキマタとミイに気が付いた時には、すでに2人の両親はヨモツに喰われかけていた。


「パパ、ママ!」

「ダメだ、ミイ!」


 泣きながら両親を呼んで飛び出そうとするミイを、キマタも泣きながら、後ろから抱きかかえて必死になって止めていた。


「Fuck! ヨモツが~!」


「あれはヨモツシコメね。 周辺には他のヨモツの反応はないわ」


 ハクトが周辺を索敵してナムチに報告した。


「なら、俺たちだけで殺れそうだな!」


「そうね、ナムチが失敗しなければね」


「しねぇーよ!」


 ナムチはヨモツシコメから守るように、神衣カムイを子どもたちの前に立たせた。


「ガキ共! さっさと瓦礫の物陰に隠れろ!」


「なっなんだコイツ!?」


 突然、巨大な神衣カムイが目の前に現れて、キマタとミイは驚いて固まっていた。


「いいから、早く物陰に隠れろって!」


 ナムチはそんな2人に苛立ってもう一度隠れるように伝えた。


 この巨人はどうやら自分たちを助けてくれるらしいと気が付いたミイが、神衣カムイに向かって叫んだ。


「お願い! パパとママを助けて!」


「残念だけど、もうパパとママはヨモツシコメのお腹の中ね」

 

 操縦席に冷たく答えるハクトの声が響いた。


 神衣カムイの影になってキマタとミイからはよく見えていなかったが、ナムチの目の前ではヨモツシコメが2人の母親の頭を、今、まさに飲み込んだところだった。


ナムチが外への音声を遮断して叫んだ。


「ShutFuckup! ハクト、それをあいつらに言うなよ」


「わざわざあの子たちから見えないように、目の前に降りたんでしょう? 言わないわよ」


 両親の姿が見えないミイは、キマタに抱きかかえられたまま、必死に「パパとママを助けて」と神衣カムイに向かって叫んでいた。


「Sorry……でも、お前たちは守るから」


 ナムチは両親を喰い終えて満足そうな表情を浮かべているヨモツシコメに向かって突進した。


Gruee?


 人間を捕食することに夢中になっていて、神衣カムイが自分に向かってくることには全く気が付いていなかったヨモツシコメは、間抜けな声を上げてこちらを見た。


 ナムチは神衣カムイの右拳で思いっきり、こちらを向いたヨモツシコメの顔面をぶん殴った。


Bubbberraaaaaa!?


「GotoHell! ModaFucker!!」


 さらにナムチは神衣カムイの拳で、ヨモツシコメの顔面を叩き潰すように滅多打ちにした。


 ヨモツシコメはフラフラと倒れ込んだが、大して効いた様子はなく、叩き潰された顔面もすでに再生が始まっていた。


「ナムチ、ComeDown……いくらぶん殴ってもヨモツには効かないわ。 ちょっと落ち着きなさい」


「はぁはぁ……わかってるよ」


 怒りに任せて強い思念を送って神衣カムイを動かしたナムチは、興奮しすぎたのか息切れを起こしていた。


 神衣カムイに一方的に殴られて倒れ込んでいたヨモツシコメは、ゆっくりと立ち上がりながら再生させた頭をナムチに向けた。


「……ママ?」


 キマタに腕を引かれ、崩れたビルの影に隠れようと走っていたミイが、ヨモツシコメの再生された顔を見て叫んだ。


「ママよ! ママーっ!!!」


 ミイはキマタの手を振り解いて、ヨモツシコメに向かって走り出した。


「来るな!」


 ナムチは大声で呼びかけながら、神衣カムイを前に出して、走っているミイの進路を塞いだ。


「きゃあっ!?」


 飛び出してきた神衣カムイに道を塞がれ、驚いたミイは躓いて転んでしまった。


 その間に追いついてきたキマタがミイを捕まえた。


「早く逃げろ!」


「でも、ママが!ママァーっ!!!」


「ママ……」


 キマタも母親と同じ顔をしたヨモツシコメを見て、ミイを抱きかかえながら呆然としていた。


「ヨモツシコメは人間を捕食するとき、以前に捕食した人間に擬態して呼び寄せることがあるわ」


 ハクトは、ヨモツシコメがキマタとミイを捕食するために、さっき捕食したばかりの母親に擬態したのだと説明した。


「み゛い゛ぃぃ?」


 ヨモツシコメは口を大きく開け、不気味な声でミイの名前を叫んだ。


「ママ!!」


「違う、あれはママじゃない! ヨモツだ」


「でも…ママと同じ顔をしてるよ…ママァ……」


 ナムチはヨモツシコメは母親では無いことを説明しようとしたが、ミイは「ママ、ママ」と言って泣いていて話を聞いてくれなかった。


 ナムチはミイを後ろから抱き止めているキマタに声をかけた。


「おい! お前は兄ちゃんか? 俺はナムチ、お前の名前は?」


 突然、声をかけられたキマタは、驚いた様子だったが返事をしてくれた。


「えっ……ぼっ僕はキマタ。 ねぇ……あれはママじゃないの?」

「キマタ、よく見ろ! お前のママはあんな化け物か?」


 ゆらゆらと立ち上がったヨモツシコメは、キマタの母親にそっくりな顔をしていたが、体はブヨブヨと醜く垂れ下がり、動くたびに垂れ下がった肉塊が揺れていた。


「み゛い゛ぃぃ? ぎぃばた? マ゛マ゛ァよぉ」


 ヨモツシコメは、母親が生前に呼びかけていた声を真似して、ミイとキマタの名前を呼ぼうとしているようだったが、まだ再生が完全ではないのか、その声まではうまく出せないようだった。


 母親と同じ顔をして、醜く蠢くヨモツシコメを見て、キマタは涙を流しながらナムチに言った。


「うぅぅっ……違う……ママは……ママはあんな化け物じゃない」


「キマタ、仇は取ってやる! 妹をしっかり押さえておけよ」


 キマタは母親を呼んで泣き叫ぶミイを抱きしめながら、黙って頷いた。


「ハクト、あのFuckinヨモツシコメをぶっ殺すぞ! 協力しろ!」

「……わかったわ。八咫鏡ヤタノカガミを展開」


 ヨモツシコメはナムチの神衣カムイは眼中にないのか、キマタとミイに向かって呼びかけていた。


 その声色は段々と本物の母親に近づいている様だった。


「ぎぃきぃ……キぃマタ……ミ゛……ミイ、ママよぉ〜こっちにおいで〜」


「ママー!! ママァーっ!!!」

「ダメだ、ミイ! あれはママじゃない!」


 ミイが手を振り払ってヨモツシコメに駆け寄ろうとするのを、キマタが必死になって止めていた。


「 おい! 手前の相手は俺だよ、FuckinBitch!!!」


 神衣カムイの両掌に着けられている八咫鏡ヤタノカガミに文様が浮かび上がり光始めた。


 それでも、ヨモツシコメは神衣カムイに反応を示すことはなく、母親の声真似を続けてキマタとミイを呼び続けていた。


「キマタ、ミイ、こっちにおいで」


 ヨモツシコメは、もうほとんど本物の母親と変わらない声でキマタとミイを呼んでいた。


「ママァァァー!!!」


 ミイを必死で止めていたキマタが母親を呼んで泣き叫んだ。


「俺を無視すんな! ModaFucker!!!」


 ナムチは雄叫びと共に両掌を正面に突き出すと、神衣カムイの手からすさまじい勢いで神光テラが照射され、ヨモツシコメを浄化して焼いていった。


BiGyaGyaAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!


「えっあぐっ……ママァ……ママァ……」


 燃えながら消えていくヨモツシコメを見つめて、ミイは泣きながら母親を呼び続けていた。

 キマタもミイを抱きしめながら黙って泣き続けていた。

 ヨモツシコメは燃え尽きる直前、母親にそっくりな顔に笑顔を浮かべて、キマタとミイを見た。


「キマタ、ミイ、愛しているわ」


 ヨモツシコメはそう言って灰になって消えた。


「ハクト、今のって?」


「ヨモツは捕食した人間の脳から記憶も奪うと言われているわ。だから記憶から相手が一番喜ぶ言葉を使って獲物を誘き寄せるのよ」


「うーん、そうなのかな……」


 ナムチはハクトの説明に納得いっていない様子だった。


「でもさっきのは、最後に母親の思いがヨモツに打ち勝って、あの子たちにメッセージを伝えたのかもね」


「そうだよな! きっとそうだよ!」


 ナムチは神衣カムイの中で明るい声を上げた。


 神衣カムイの両掌に装備されている八咫鏡ヤタノカガミにはひびが入っていることにハクトは気づいていたが、そのことをナムチに伝えて責めることはなかった。


 ナムチは助けたキマタとミイをらイズモ師団の本部に連れ帰った。


 2人はイズモ師団が運営する孤児院に引き取られることになったが、そこはお世辞にも暮らしやすいところとはいえなかった。


 孤児院とは名ばかりで、数日おきに配給として最低限の食事が配られるだけで、人手不足から常駐するスタッフもおらず、なんとか雨露をしのいで眠ることができる、というだけの場所だった。


 幼い子供だけで生きていくには厳しい環境で、孤児たちの中でも幼かったキマタとミイは、年長の孤児たちから配給の食べ物も取り上げられていつもお腹を空かしていた。


 ナムチは非番のときに、食べ物を持って2人の様子を見に行っていた。


 当初ミイは、ナムチを受け入れてくれなかったが、何度も訪ねるうちに少しずつ心を開いてくれるようになっていた。


 小さなプロテインバーをようやく食べ終えたキマタとミイにナムチは声をかけた。


「うまかったか?」

「うん!ナムチ兄ちゃん、ありがと」


 ミイが笑顔でナムチに応えた。

 キマタは名残惜しそうに指についたレーションの粉くずを舐めていた。


「きょうはこれしか持ってないから、また明日、食いもん持っていってやんよ」


「本当に!よかったね、お兄ちゃん」


「ナムチ、ありがとな!それで何しょぼくれた顔してたんだ?」


 キマタは落ち込んでいる様子で歩いていたナムチを気遣って言った。


「ナムチ、元気ないの?お腹空いた?」


 ミイもキマタの話を聞いて、心配そうにナムチを見上げた。

 ナムチはニカっと笑うと、両手でミイとキマタの頭をガシガシと撫でた。


「なんだ一丁前に俺の心配してくれんのか?」


 2人の頭からフケが大量に落ちていたが、ナムチは気にしなかった。


「やめろよ!」


 ミイは頭を撫でられて嬉しそうにしていたが、キマタは恥ずかしそうにして嫌がった。


「2人ともありがとな。お前らの顔見たら元気出たよ」


「それなら良いけどよ。何かあったら言えよ」


 キマタは右手で鼻をこすりながら照れ臭そうに言った。


 ナムチたち3人は話しながら一緒に歩いて、寮がある師団本部まで帰ってきた。


「孤児院まで送って行かなくて良いのか?」


「すぐそこだから大丈夫だよ」

「ナムチ兄ちゃん、またね!」


「気を付けて帰れよ!」


 基地の前で2人と別れると、ナムチは急いで食堂に向かった。


 オオヒルメの塔から照らされる神光テラのお陰でまだ昼間のように明るいが、すでに午後8時を過ぎていた。


 そろそろ寮の食堂に行かないと、ナムチも夕飯を食いそびれてしまうからだった。


「考え過ぎたら腹減ったわ!メシ、メシ、メシ!」


 ナムチは食堂に向かって走り出した。


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