第1章 閑話 出現
オオヒルメの塔から離れれば離れるほど、神光が届かなくなるため、イズモの国境線はヨモツが出てれないとされる、ギリギリのところに設定されていた。
そのイズモ国境線では、1体の神衣が飛行モードで上空から哨戒任務に当たっていた。
「こちらぁ〜コトシロ〜哨戒ポイント①に到着したよぉ〜。 上から見える範囲で異常なしぃ〜みたいな」
「コトシロ、報告は端的に行え」
「ミナカタちゃんはメジマ〜だなぁ〜。 配属されてこの1年、異常があったことなんてぇ〜一度も無いんだよぉ〜」
建国から20年、ヤマト中央はもちろん、イズモ以外のヤマシロ、オウミ、カワチでも、国内でヨモツが確認されたことはなかった。
「コトシロ、哨戒ポイント①に到着後、予定通り降下して周囲を索敵。国境線の安全を確認しろ」
「へいへ〜い」
「コトシロ、任務中だぞ! きちんと復唱しろ」
「AyeAyeMom! コトシロ、降下して索敵しまぁ〜す」
「だから、マジメにやれ!」
コトシロはミナカタの文句を無視して、国境線付近にある哨戒ポイント①で神衣を地上に下ろした。
着陸すると操縦席から御霊に指示を出した。
「タマクシ、周辺のぉ〜索敵を頼むよぉ〜」
「承知致しました」
神衣には、ヨモツが発する微弱な電波のようなものを感知するセンサーが取り付けられていた。
コトシロは索敵が終わるまで眼前に広がる大きな川を見ていた。
コトシロが神衣で降りた大地の先には、かつて淀川と呼ばれた河川があり、現在も生活用水などをこの川から給水していた。
この旧淀川は自然の要害としても、ヨモツの侵攻を防ぐことに役立っていた。
川を渡るための大きな橋はすでに破壊されており、小さな人型ヨモツは川を越えて侵入しようとしても、川に流されて渡ることはできなかった。
万一、巨大なヨモツが川を渡ろうとしても、川には神光を遮るものがない為、渡り切る前に浄化されてしまうと考えられていた。
「神光を浴びたヨモツはぁ〜灰になっちまうんだからぁ〜侵入もなにも無いよねぇ〜」
「そうとも限らないのでは? ヨモツの浄化には直接神光を浴びせる必要があります。 何か遮るものが有れば入ってこれるのでは」
「川を渡るときにはぁ〜神光を遮るものはないからぁ〜大丈夫じゃなぁ〜い」
コトシロは17歳になったばかりの神衣主で、イズモに派遣されてから1年半あまりが過ぎていた。
独特なイントネーションの喋り方は、訓練生時代に教官から徹底的に矯正されたが、決して直さなかったという。
神衣主になるための訓練は、一般的な軍隊の訓練とは逆に、個人主義で利己的な人間を矯正するのではなく、矯正されてもしごかれても自分を曲げない人間を見つけ出すことが目的だった。
集団行動で指揮官に従うことを優先するため、個人の考えを不要とする軍隊とは違い、単独行動で常に自分で判断する必要がある神衣主には、自分を信じて何事にも折れない心が必要だった。
コトシロは同期では2人しかなれなかった神衣主の1人だった。
「コトシロ様、周囲にヨモツの反応はありません」
「Okey! 異常なぁ〜し。ミナカタちゃん、お聞きの通りよぉ〜ん」
「だから、報告は……」
「では、撤収しまぁ〜す」
面倒になったコトシロはタマクシに通信を切断させた。
そして、神衣を離陸させようとしたときだった。
BeepBeepBeepBeep……
操縦席にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「タマクシ、なんの反応かなぁ〜」
「コトシロ様、前方100メートル、川から何か浮上してきます」
「WhataFuck! ありゃ〜何かしらぁ〜? 海坊主?」
川から上がってきたのは、水分を含んでパンパンに膨れ上がった2メートル弱の巨大なヨモツだった。
しかも神光を浴びているはずなのに、なぜか緑色に燻んだ体は一向に燃えることも、灰になることもなかった。
「あららぁ〜? タマクシ、なんであのヨモツはぁ〜神光の中で自由に動いてるのぉ〜?」
「そんなこと知るわけありません。 正体不明の生物から微弱ながらヨモツの反応を確認。こちらに向かってきます」
「反応も何もぉ〜見たまんま土左衛門のヨモツじゃなぁ〜い?」
「こちらに向かってきてます。指示を」
御霊タマクシの声が操縦席に響いたが、コトシロは、ブヨブヨと膨らんだ巨体を揺らし、腐った液体を吹き出させながら、ヨタヨタと向かってくるヨモツをジィーっと見つめていた。
「コトシロ様!」
「右にぃ回避ぃ〜っと」
タマクシは間の抜けたコトシロの指示に返事をすることなく、神衣を向かってくるヨモツを右にギリギリ回避させた。
そのブクブクと膨れ上がった巨体から吹き出した腐汁が、ジュージューと音を上げながら神衣に降りかかった。
「ぎゃー! 汚い汁が神衣に!? 嫌ぁー!」
普段、冷静なタマクシが悲鳴を上げた。
「大丈夫よぉ〜タマクシ落ち着いてぇ〜」
「コトシロ様、失礼しました。 でも、気持ち悪いですぅ〜」
「よぉ〜く見なさい。 何もぉ〜ついて無いでしょう」
「あれ? 本当です。 何もない?」
確かに神衣にヨモツから吹き出した体液がかかったはずだったが、なんの跡も残っていなかった。
「なるほどねぇ〜よく分かったよぉ〜」
「コトシロ様?」
「あれがぁ〜浄化されない理由がぁ〜」
神衣に避けられたヨモツは、体からジュージューと煙を上げながらヨタヨタと振り返った。
「どういうことですか? コトシロ様」
「あれはねぇ〜苔だねぇ〜」
「はい?」
「あのヨモツくんがぁ〜どれだけぇ〜川の中にいたのかぁ〜わからないけどぉ〜、長ぁ〜い時間、水の中にいたからぁ〜苔や水草がぁ〜表皮にびぃ〜っしり生えたんだねぇ〜」
「それは、体に生えた苔が神光を防いでいるってことですか?」
「そういうことぉ〜なかなかぁ〜興味深いぃ〜ねぇ〜」
コトシロの言う通り、川から出てきたヨモツは全身を緑色の苔で覆われているようだった。
動くたびに体から吹き出した腐った液体は、神光が当たると同時に浄化され煤化して煙になっていた。
「謎が解けたらぁ〜やるこたぁ〜ひとつだねぇ〜」
「はい。コトシロ様」
水分を含んでブヨブヨの体になっているヨモツの動きは鈍かった。
ヨタヨタと神衣にゆっくり向かってくるヨモツを前に、コトシロは余裕を持って祝詞を唱えた。
「かげまくもあやなかこき つみはやへことしろぬしのおおかみのまへに」
タマクシは祝詞に合わせて、神衣が帯剣していた両刃づくりの玉鋼で作られた剣を引き抜いた。
神衣が剣を両手に持ち上段に構えると、刀身に神光が集まり輝いた。
ヨモツは剣を構えたコトシロに気づいてさえいないのか、相変わらずヨタヨタとゆっくり近づいてきた。
「出力全開でぇ〜行くよぉ〜」
「いきます!」
コトシロの気の抜けた掛け声と共に走り出した神衣は、ヨモツを袈裟懸けに叩き斬ると、返す剣でさらに下から斬り上げた。
DeBaBaBaByaaaAaaー!!!
切り口から白煙を上げヨモツは、不気味な雄叫びを轟かせた。
しかし、まだ動きを止めてはいなかった。
「Shit! タマクシ、邪魔くさぁ〜い苔ごと斬り飛ばしちまうぞぉ〜」
「はい!」
タマクシは光り輝く剣で、縦横無尽にヨモツを切りつけた。
GusaZushaBusaaaaー!!!
元々、水分を含んでブヨブヨだったヨモツは、血飛沫ならぬ腐汁飛沫を撒き散らしながら、木っ端微塵に切り刻まれ、周囲には飛び散ったヨモツの肉片が……
飛び散ってはいなかった。
「切り刻んだぁ〜側からぁ〜あっという間にぃ〜浄化されちゃったねぇ〜」
「はい。ヨモツの消滅を確認しました」
神光に浄化されない膨れ上がった異様なヨモツは、コトシロに細切れにされると、あっさりと煤化して消えてしまった。
神衣の損傷もなく、周辺への被害も出ていないことから、タマクシはホッと安心していた。
しかし、神衣主のコトシロは憂鬱な表情でため息をついた。
「はぁ〜これはぁ〜報告が面倒だねぇ〜」
「なぜですか? 被害もありませんし、苔に気づいて即座に浄化できたのですから、そのまま報告すれば良いのでは?」
「苔は別に良いんだけどねぇ〜」
「どういうことですか……?」
「問題はぁ〜神光に照らされているぅ〜ヤマト国内のイズモでぇ〜ヨモツが動けちゃったってこぉ〜と」
そこでタマクシはコトシロが問題視していることに気がついた。
「いや、確かにそうですけど、本能だけで動いているヨモツが、神光から身を守るために苔を利用するなんて……」
「まぁ〜できないと思うけどねぇ〜」
気の抜けた表情でコトシロは答えた。
「でもねぇ〜……」
コトシロの話は強制的に入ってきた通信で遮られた。
「おい、コトシロ! 聞こえてるの? 撤収するって言ってから何分経ってんのよ!? 連絡もせずにいい加減にしてよ」
定時連絡をしてこないコトシロに、イズモ方面司令部にいるミナカタから怒りの強制通信が入った。
「あぁ〜ミナカタ。 ちょっとぉ〜撤収時に問題がぁ〜」
「問題? 問題があったなら、それこそすぐに報告だろ?」
「いやぁ〜ヨモツと戦闘中でねぇ〜」
「WhataFuck! ヨモツ? 戦闘? どういうことだ!」
「あぁ〜ややこしい話だからぁ〜帰投して説明するわぁ〜」
「はあぁ? 何を言っている、報告を……」
「タマクシ、通信を強制切断してぇ〜」
「ちょっとま」
Butt
「通信を強制切断しました。 良かったのですか?」
「どうせぇ〜本部で師団長にも説明しなきゃいけないしねぇ〜」
「そうなのですか?」
「実際に切ったのはぁ〜タマクシだしぃ〜」
「それはコトシロ様が命じられたから」
「そうだったぁ〜?」
コトシロは帰投しても面倒臭いなぁ〜と思いながら、文句を言っているタマクシに本部への帰投を命じた。
ヤマト建国以来、この日初めて、国内でヨモツが確認された。
しかし、その事実が一般に公表されることは無かった。
コトシロの予想通り、苔に覆われていたとはいえ、神光の有効範囲内でヨモツが動いていた、という事実が国民に無用の不安を与えると問題視されたのだった。
また、自然の要害であるとされていた河川も、ヨモツを防ぐことができないと明らかになったことも問題とされた。
イズモ師団長は神衣による国境付近の哨戒を増やすとともに、ヤマト中央に新たな神衣主の派遣を要請した。
それは、ちょうどナムチやスクナが訓練生になって半年が過ぎ、教官による地獄の訓練に明け暮れていたころのことだった。
今回も書き下ろしです。
思ったより時間がかかってしまった。
そして新キャラ登場。
話し方に特徴つけようと思ってやってみたけど、ちょっと後悔…
後から修正するかもしれません。
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