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初恋を忘れられず

今、5年2組の教室にいる。

来るかも分からない彼女を待って。

今日会えなければ、何が変わるだろうか?

「変わらないだろうな」

呟きが漏れる。



長谷川匠。27歳。

忘れられない人がいる。


あずさ…


16年前にこの教室で初めて会った。

明るくてみんなを惹きつける魅力があった女の子。

俺もつい目で追っていたある日、友達の1人が

「昨日篠原にすきだって言ったらさ、ごめんって言われたわ」

と言ったのを聞いた瞬間、嫌な気持ちになった。

今考えたら、あれが嫉妬と言うものだったんだと気付く。


あずさの周りにはいつも友達がいた。

その頃からあずさと目が合う回数が多くなったと思う。


そしていつだったか、あずさと2人で帰宅するチャンスがあった。

「好き…」


えっ⁉︎今、好きって聞こえたよな⁇えっ⁉︎


とあずさを見ると

「ごめん。つい心の声が…」

と赤くなってる。


「それって俺の事が好きって事?」


「うん。ごめん。忘れて。つい言っちゃっただけ」


「忘れねーし。俺もだし」


って会話だったような。

気持ち悪いな。こんな事を覚えてるなんて。


それからしばらくは周りにからかわれたな。

懐かしい。


野球の練習を見にきてくれるあずさを、つい目で追ってしまいエラーを連発。

監督には怒られるし、来ないで欲しいと言ったこともあったな。



中学は違う所に行くと聞いた日、俺は呆然とした。

中学も同じとこに通って、高校では甲子園に連れて行く。

その後の事は分からない。でもずっと一緒にいるものだと思っていた。

まだ小学生なのに、運命の相手に巡り合って、手に入れた気分でいたのかもしれない。

別に大人びていたわけじゃないと思う。

ただあずさは側に居てくれるものだと思い込んでいただけだ。


高校は野球の名門校へ行った。

甲子園に行けばあずさが応援にくる。来てくれるはずだ。でも忘れてる可能性もあるよな。


寮生活をしていた俺は、たまにしか実家に帰らない。

帰った日に、偶然美希に会った。


「匠、久しぶり〜。元気にしてるの?

野球の名門校に行くなんて、よっぽど野球好きなんだねー。あずさと少年野球の練習見に行ったなー。懐かしいわ」


と久しぶりに会う同級生にも、普通に話してくる。

美希らしいな。


「あずさをさ、甲子園に連れて行く約束してるからな。まぁ、あずさは覚えてないだろうけど、その約束のおかげで、しんどい練習にも耐えれてるわけ。

全然会ってないのに、こんな事思われて、多分ひかれるだろうな」


なんて笑ってみる。

美希は


「へー、そんな約束してたんだ。がんばんなよ。バイバーイ」


と言って帰って行った。

美希があずさに俺の事を伝えてくれたら、思い出してくれるかもしれない。

まだ初恋を忘れられない女々しい男の事を。


バレンタインの日、練習が終わり寮へと戻る。

みんなクタクタだ。


「バレンタインだと言うのに、チョコの一つもないなー。可愛い彼女が欲しいー」

「寮生活してたら無理だな。まぁ慰め合おうや」


などの会話が聞こえてきた。


「そう言えばさ、可愛い女の子2人がグランドを見てたよな。遠かったから、可愛いかわ分からないけど、女の子はみんな可愛いからなー」


と1人の部員が言う。

真面目に練習しろよ!!とツッコミがあちらこちらから入っていた。


寮母さんに「長谷川くーん、これ預かり物」と渡された、茶色い紙袋。

「あざーす」と受け取り、部屋で開けるとメッセージカードとチョコレートが入っていた。


「応援してます  あずさ」


と書かれたカードは宝物だ。

この時ほど美希に感謝した事はない。


別にあずさが悪いわけじゃない。練習に力が入りすぎたのは自分のせいだ。

肩を壊し、野球の出来ない体になってしまった。

俺の大好きな野球ができない、そしてあずさとのたった1つの糸、甲子園まで失ってしまった。



それからの俺は荒れた。

荒れたと言うより、野球しか知らなかった人生、こんなにも楽しいことがあるのかと弾けた。女も何人も知った。容姿は整ってる方だったから、勝手に女は寄ってきた。

でも「私を見てくれないのね」と言われて去って行く。

女なんてそんなもんだ。だから追わない。今が楽しければ良いから。


成人式には行く気はなかった。

成人式当日、スーツに身を包んだ中学の同級生に偶然出会い、無理矢理連れてこられた。

そこには着物を着た、綺麗なあずさがいた。

俺は自分が恥ずかしかった。咄嗟に目を逸らす。

あずさを見てから、また俺の中にあずさが住み着いてしまった。いや、ずっと蓋をしていた物の蓋が開いてしまったのだ。


髪を黒くし、真面目に働こうと職探しもした。

その間に勉強もして、大学に行こうと努力もした。

車であずさがいるだろう辺りを走り、電柱にぶつけた事もあったな。その一度だけあずさをみたっけ。



そして今日、今、ここにいる。


「おー、匠、何してんの」


など、たまに知り合いが話しかけてくれるから、来るかわからない相手を待つのも苦痛ではなかった。


日も落ちてきた。そろそろ帰るかと廊下を見た瞬間


「ウソだろ」

と言葉がもれた。


あずさが立っていたのだ。

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