初恋を忘れられず
今、5年2組の教室にいる。
来るかも分からない彼女を待って。
今日会えなければ、何が変わるだろうか?
「変わらないだろうな」
呟きが漏れる。
★
長谷川匠。27歳。
忘れられない人がいる。
あずさ…
16年前にこの教室で初めて会った。
明るくてみんなを惹きつける魅力があった女の子。
俺もつい目で追っていたある日、友達の1人が
「昨日篠原にすきだって言ったらさ、ごめんって言われたわ」
と言ったのを聞いた瞬間、嫌な気持ちになった。
今考えたら、あれが嫉妬と言うものだったんだと気付く。
あずさの周りにはいつも友達がいた。
その頃からあずさと目が合う回数が多くなったと思う。
そしていつだったか、あずさと2人で帰宅するチャンスがあった。
「好き…」
えっ⁉︎今、好きって聞こえたよな⁇えっ⁉︎
とあずさを見ると
「ごめん。つい心の声が…」
と赤くなってる。
「それって俺の事が好きって事?」
「うん。ごめん。忘れて。つい言っちゃっただけ」
「忘れねーし。俺もだし」
って会話だったような。
気持ち悪いな。こんな事を覚えてるなんて。
それからしばらくは周りにからかわれたな。
懐かしい。
野球の練習を見にきてくれるあずさを、つい目で追ってしまいエラーを連発。
監督には怒られるし、来ないで欲しいと言ったこともあったな。
★
中学は違う所に行くと聞いた日、俺は呆然とした。
中学も同じとこに通って、高校では甲子園に連れて行く。
その後の事は分からない。でもずっと一緒にいるものだと思っていた。
まだ小学生なのに、運命の相手に巡り合って、手に入れた気分でいたのかもしれない。
別に大人びていたわけじゃないと思う。
ただあずさは側に居てくれるものだと思い込んでいただけだ。
高校は野球の名門校へ行った。
甲子園に行けばあずさが応援にくる。来てくれるはずだ。でも忘れてる可能性もあるよな。
寮生活をしていた俺は、たまにしか実家に帰らない。
帰った日に、偶然美希に会った。
「匠、久しぶり〜。元気にしてるの?
野球の名門校に行くなんて、よっぽど野球好きなんだねー。あずさと少年野球の練習見に行ったなー。懐かしいわ」
と久しぶりに会う同級生にも、普通に話してくる。
美希らしいな。
「あずさをさ、甲子園に連れて行く約束してるからな。まぁ、あずさは覚えてないだろうけど、その約束のおかげで、しんどい練習にも耐えれてるわけ。
全然会ってないのに、こんな事思われて、多分ひかれるだろうな」
なんて笑ってみる。
美希は
「へー、そんな約束してたんだ。がんばんなよ。バイバーイ」
と言って帰って行った。
美希があずさに俺の事を伝えてくれたら、思い出してくれるかもしれない。
まだ初恋を忘れられない女々しい男の事を。
バレンタインの日、練習が終わり寮へと戻る。
みんなクタクタだ。
「バレンタインだと言うのに、チョコの一つもないなー。可愛い彼女が欲しいー」
「寮生活してたら無理だな。まぁ慰め合おうや」
などの会話が聞こえてきた。
「そう言えばさ、可愛い女の子2人がグランドを見てたよな。遠かったから、可愛いかわ分からないけど、女の子はみんな可愛いからなー」
と1人の部員が言う。
真面目に練習しろよ!!とツッコミがあちらこちらから入っていた。
寮母さんに「長谷川くーん、これ預かり物」と渡された、茶色い紙袋。
「あざーす」と受け取り、部屋で開けるとメッセージカードとチョコレートが入っていた。
「応援してます あずさ」
と書かれたカードは宝物だ。
この時ほど美希に感謝した事はない。
別にあずさが悪いわけじゃない。練習に力が入りすぎたのは自分のせいだ。
肩を壊し、野球の出来ない体になってしまった。
俺の大好きな野球ができない、そしてあずさとのたった1つの糸、甲子園まで失ってしまった。
★
それからの俺は荒れた。
荒れたと言うより、野球しか知らなかった人生、こんなにも楽しいことがあるのかと弾けた。女も何人も知った。容姿は整ってる方だったから、勝手に女は寄ってきた。
でも「私を見てくれないのね」と言われて去って行く。
女なんてそんなもんだ。だから追わない。今が楽しければ良いから。
成人式には行く気はなかった。
成人式当日、スーツに身を包んだ中学の同級生に偶然出会い、無理矢理連れてこられた。
そこには着物を着た、綺麗なあずさがいた。
俺は自分が恥ずかしかった。咄嗟に目を逸らす。
あずさを見てから、また俺の中にあずさが住み着いてしまった。いや、ずっと蓋をしていた物の蓋が開いてしまったのだ。
髪を黒くし、真面目に働こうと職探しもした。
その間に勉強もして、大学に行こうと努力もした。
車であずさがいるだろう辺りを走り、電柱にぶつけた事もあったな。その一度だけあずさをみたっけ。
★
そして今日、今、ここにいる。
「おー、匠、何してんの」
など、たまに知り合いが話しかけてくれるから、来るかわからない相手を待つのも苦痛ではなかった。
日も落ちてきた。そろそろ帰るかと廊下を見た瞬間
「ウソだろ」
と言葉がもれた。
あずさが立っていたのだ。




