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第9話『校正作業:Word→紙→Word→紙』



 ふとカレーちゃんは気になって、小説家になろうにて『ゲリュオン太郎』という作者の作品を調べてみた。

 作者名で該当するのは一人。12話ぐらい連載しているものと、短編が二つ投稿されている。阿井宮高雄の作品だ。そこまで多くの評価、お気に入りは付けられていない。


「うーむ、一応向こうも名乗ったわけじゃし、確認してみるか」


 連載中の作品を開いてみた。どうやらカレーちゃんと同じく歴史ジャンルのようだ。カレーちゃんは歴史とか神話とかそういうジャンルの作品を多く投稿している。

 一話目を開いてみるとビシッと難しそうな漢字が左から右に並び、カレーちゃんはびっくりして思わずブラウザバックした。

 

「ふう……よし、気合を入れて見てみよう」


 再びゲリュオン太郎の作品に目を通す。場面の情景描写から始まる剣客の物語だ。微に入り細を穿つような、場面に舞い散る木の葉の一つまで文字の海に記されている文章は想像力よりもリアリティで場面が連想される。

 人物描写も息遣いどころか血の流れまで聞こえてきそうなぐらい深く書かれていて、カレーちゃんは読みながら思わず作中の人物が呼吸を荒くしているのと同調し息をしていた。


 ──2ヘクタールほどの原っぱにある薄の穂が風速3メートル前後の風に揺られて動き、粘度3.0パスカル/秒の泥道を草鞋で時速4キロメートルの速度で進みながら剣客は追いかけてくる5人から6人程度の刺客の気配に、腰に帯びた刀の鞘の角度を23.4度水平に傾けて抜刀する予備動作を行った──


「窒息しそうじゃ。説明がくどいのう……」


 カレーちゃんは思わず呻いた。とにかくそんな調子の描写がびっしりと1話あたり4万字ぐらい書かれている。

 小説家になろうのサイトで、軽く小説でも読むかなと思って検索した人がこの作品を目にしたら呻いてブラウザバックするだろう。そんな文量が目に飛び込んでくる。描写は長くて細かいし、一文が長い。漢字も多く、目が疲れる。

 これが悪い小説か、というわけではないだろう。カレーちゃんは割と小説は読む方だが、昭和ぐらいの時代小説は結構読んでいて難解な文章が続くものも少なくなかった。恐らくゲリ太郎はそのあたりの小説に影響を受けている。それはそれで重厚な話で、読むのに時間が掛かるが面白いものも多い。

 だが軽く読むのを目的になろうへ読みに来た層にはあまり受けないかもしれない。

 実際、カレーちゃんも歴史ジャンルで書いているが割とスカスカな文章で気軽に読めるように書いていた。「時代小説は難しい話が多くて読みにくい」という層でも取り込めるように……というわけでは全然なく、単に難しい文章を書くことが面倒だからなのだが。それでもそこそこ人気は出ているのだから、そう間違っているやり方ではないと思われる。

 こういったゲリ太郎のような小説はそれこそ歴史小説を出しているようなレーベルに投稿した方がいい評価もされるかもしれないのだが。


「まあ、じゃからと言って、本人の作風や書きたい気分にケチを付けるのも悪いしの。せめてお気に入りに登録して紹介をしておこう。こういうのは読み出すのが面倒がられるが、読むと面白いのじゃ……っていうかなんで時代小説なのにメートルとかパスカルとか出てくるのじゃ……ちょっとギャップがウケるかもしれん」


 目に見えてわかりやすいツッコミどころを用意するというのは読者のレスポンスを良くするためのテクである。カレーちゃんもよく使っている。

 とりあえずXで紹介することにしたカレーちゃんであった。そのXは特にバズりはしなかったが、ゲリ太郎の読者は一定数増えたという。




 *****

  



「これぞ添削用に開発したWordアプリ、その名も『国語ドリル』ですわ!」

「ふむふむ」

「このアプリを使うと文字をBackSpaceで消した際にドリルで削った音が出るようになりますわ」

「……」


 チュイーン! チュイーン! チュイーン! チュイーン! チュイーン!


「癒やされますわぁ……」

「やかましいわバカ者! ドリル音で癒やされるのはお主みたいな変態だけじゃ!」


 その日は校正作業をしているカレーちゃんにドリルアプリを使わせつつ撮影をしているドリル子であった。

 もう少しでWordの校正も終わる。人に見られているどころか撮られているので、とにかく作業してる感を出すためにバシバシとキーボードを打ちながら仕事を進めるカレーちゃんである。

 

「お友達のカレーちゃんは小説家をしていますの。今は新作小説、『ゾンビランド・曾我兄弟』という話を書いている途中ですわね。出版社に持ち込んだら『売れなさそうだから』ってダメ出し食らったものを、自分で電子書籍にして売り出す計画ですわ。近日発売予定ですわ」


 ドリル子が宣伝として解説をする。実際のところカレーちゃんのおかげでドリルちゃんねる登録者数がかなり増えたので、彼女の本も紹介して利益還元したい気持ちもあった。

 まあ宣伝費として家賃の一ヶ月分ぐらいは持ってあげてもいいとも考えている。これからも撮影させてくれれば。


「5万人ぐらい見ておるなら100人ぐらい買っておくれ」

「微妙に控えめな数字ですわね……」

「そんなもんじゃ。儂のWEB小説じゃって、お気に入り登録者やPV数だけ書籍が売れたなら大ヒットしておる。しかし世の中そうはならん。なろうで日刊を取れたから売れる。Xでバズったから売れる。pixivで賞を取ったから売れる。そう考える出版社もおるじゃろうが、実際はなにが売れるのかわからん」

「売れるといいですわね……」

「うみゅ。儂も自信作ではあるが、売れるかどうかなんてさっぱりわからん。まあ『売れるような要素を盛り込んで書いたから売れるのは当たり前で、ヒットしても予想通りだったから別に驚かない』とか言ってる作家は妬ましいから理不尽な不幸になれとは思うが」

「それは荒れるから言わないでいいですわ」


 三流作家の僻みである。博打のような作品を出して、多くのなろう作品に埋もれて消えていきそうなカレーちゃんはそうでもしていないと正気でいられない。

 しかしながら実際にカレーちゃんからしても、書籍化打ち切りを食らったなろう小説でも「こりゃ面白い」と思うようなものはあるし、打ち切られず何巻も続いている小説でも「全然合わん」と思うような作品だってある。

 もちろん個人個人の好き嫌いはあろうが、似たような設定、世界観、あるいは俗にテンプレなんて言われる条件であっても売れるものと売れないものは分かれる。チートハーレムだって売れたり売れなかったりする。下剋上だって打ち切られることもある。追放されても低評価だったり、悪役令嬢なのにパッとしないまま消えていくものもある。

 出版社がとにかく推す、という力技でヒットへと持ち上げるパターンもあるが、なんか知らないまま売れているものもあるだろう。 

 結局出してみなければわからないのだ。小説がヒットするかどうかなんて。


「しかし小説の校正してるだけのシーンとか撮って盛り上がるのかえ?」

「そうですわね……じゃあカレーちゃん、わたくしの作った服にでも着替えてくださる?」

「なんでじゃ」

「画面が地味ですもの。もんぺ姿でパソコンに向かっていると機織でもしてるみたいですわ」

「別に構わんが黒ゴスとかは止めろよ」

「……どうしてですの?」

「金髪ロング黒ゴス吸血鬼少女なんぞ、コスプレになるじゃろーが。なんか居るじゃろ、そういうキャラ」

「そう言われるとなんか居ますわね……むしろなんでカレーちゃんが吸血鬼少女なのにもんぺなんて着ているんですの?」

「楽だからじゃが」


 きっぱりと言うカレーちゃん。ファッションのかけらもない彼女の言葉に呆れるドリル子であったが、カレーちゃんも気に入っているのだから仕方がない。

 とりあえず画面に動きを出すためにカレーちゃんにドリルミシンで作った衣装を着せてみた。


「うふふ、寸法バッチリですわね!」


 ドリル子が着せたのは黒いTシャツに作業ズボン、腰にエプロンというシンプルな格好で、頭にバンダナが巻かれている。

 なお全部ドリルミシンで作ったものだ。カレーちゃんは思わず腕組みしてふんぞり返るようなポーズを取った。通称、こだわりラーメン屋の親父ポーズである。


「いい感じですわ! 今度から料理動画撮るときはこの格好ですわ!」

「なんでラーメン屋の店主みたいな格好なのじゃ!?」

「なんとなくラーメン食べたいですわ~それ終わったら食べに行きましょう」

「ラーメン食べに行くのにラーメン屋の店主の格好するやつおらんと思うが……まあもうちょい待つのじゃ。後少しで一段落つく」


 カレーちゃんは『原稿・13c』ファイルを保存して終了する。やっと赤ペンを入れた校正原稿を打ち込み終わったのだ。

 

「よし。次は原稿を統括するのじゃ」

「味方のメンバーにだらしないとか難癖付けて粛清するやつですの?」

「そりゃ総括(そうかつ)じゃ。今どきの若いもんはわからんネタじゃぞ……13分割していたファイルを一つの文書ファイルに纏めるのじゃよ」


 テンプレート用のWordファイルを開き、そこに原稿ファイルを1から順番にコピーしていく。

 

「このとき、分割していたファイルの冒頭にはそれぞれ『章のタイトル』を『見出し』で入れておくと、統合して文章全体が長くなってもWordの左側にナビゲーションウィンドウとして各タイトルが表示されてワンクリックで移動できるようになる。それに目次を作るのにも必要じゃから、多少面倒でも適度な節目で見出しを付けておくといいのじゃ」

「えーと『一話:グッドモーニング曾我』『二話:アイラブ仇討ち曾我』『三話:デッドオアアライブ曾我』『四話:ウォーミングデッド曾我』……『九話:一度は尽きたこの命なんの因果か蘇り仇討ち果たすが宿命なら義父への想いを胸に秘め貫くまでよ己の曾我 』……なんか統一感が無い上に、タイトルだけ見たらどういう話なのかわかりませんわね……」


 ドリル子の意見にカレーちゃんは「う」と詰まった。

 特に歴史モノなどは後々読み返す際に目次で追おうとしても、時系列がどこだったか混乱しやすい。戦記ものだったらいっそ年表にして欲しいと思うことさえあった。

 とりあえず仮でつけた章タイトルだったが、実際にやるときはパッとタイトルだけ見てせめて山場ぐらいは把握できるようにした方がいいだろう。


「ま、まあ自由にタイトルは付けていいのじゃが、後々編集するなり見直すなりしやすくするためにはその章の内容を含めたものがええじゃろうな。『曾我兄弟、蘇る』とか『頼朝死す! 北条の幕府へレディー・ゴー!』とか。とにかく、全部移し終えたら文書の最初あたりを空白にして『参考資料』から『目次』をいれる。これをしておけば各見出しへリンクも自動でつくはずじゃ。たぶんな」


 目次のレイアウトを軽く調整して、とりあえずは完成である。


「随分手慣れていますわね……」

「まあ物理書籍化のときにチョロチョロとやっておったからのう。基本は変わらんじゃろ。わからんところはググればよい」

「これで出来上がりましたの?」

「そしてこの統合した文書ファイルを全ページ印刷する! 第一最終校正チェックじゃ!」

「またですの!? っていうか第一ってことは第二がありますの!?」


 校正された原稿をWordに打ち込み終わって統合も済んだら、また校正が始まる。カレーちゃんとて凄まじくうんざりすることはわかっているのだが、不安なのだ。

 大体、出版社や校正会社というプロに頼んでも相互チェックを2度も3度も繰り返すのだから、素人の校正など何回しても怪しい部分は出てくるだろう。

 ドリル子のプリンターが今までにないぐらい酷使されてガーガーと百数十枚の紙を吐き出すのだが……


「……ぬ。止まってしもうた」

「インク切れですわね。この前から印刷しまくりですもの。黒インクが無くなりましたわ」

「そりゃあ……すまんのう。割と高いじゃろ。インク」

「別に構いませんわ。カレーちゃんのためですもの」


 やたらニコニコして言ってくるドリル子にカレーちゃんは不審な目を送る。お前そんなに友情に厚い女だったか? 

 実際のところ、カレーちゃんの動画のおかげで動画再生数+ドリル販売数でインク代ぐらい気前よく払ってあげる程度に儲けているので機嫌を取っているのだ。


「インクを買いに行くついでにラーメンでも食べに行きましょう。ね、カレーちゃん」

「お主の奢りで?」


 臆面もなく年下に奢らせようとする明治生まれの年金生活者である。


「構いませんわ」

「ビールを頼んでもいいかえ?」

「それぐらい平気ですわ!」

「酔いつぶれるぐらい頼んでも!?」

「それは駄目ですわ。カレーちゃん、大学のときビールは薄いとか言って無限に飲んでいたでしょう」

「いやあれはあれで酔っ払って飲んでおったのじゃが……たぶん」

 

 自信無さそうにカレーちゃんは言う。肝臓の数値は悪いのだが、彼女は割と飲兵衛である。

 ビールは一杯だけと決められたが、食費に困っているカレーちゃんだ。最近は自宅でカレー粉をパンやご飯に直接まぶして食べるという貧しい食事をし、ドリル子の動画ぐらいでしかまともな料理もしていない。奢りで外食できるなら喜ばしいことだった。

 ラーメン屋の店主風の服装のまま、ドリル子の軽トラに乗って街に出かける。軽トラの荷台にはパイロンや土のうなど工事道具が積まれているし、ドリル子は青い作業着を着ているので二人して現場仕事に行くみたいな雰囲気だとカレーちゃんは思った。実際にドリル子は重機免許やコンクリート破砕器作業主任者、発破技士の資格などを持っていて工事の仕事を受けることもある。

 基本的に二人の住んでいる地域は田舎なのでどこに出かけるにも車は必須だ。電車など走っていないしバスは一時間に一本だ。カレーちゃんは移動する車を持っていないので普段から出不精になっている。一応は近所にスーパーがあるので食料品はどうにかなっているが。

 

「小説が売れて金を儲けたら原付きでも買おうかのう」

「目標が低いですわね……」

「前も言うたが、小説家なんぞ生活費がギリギリ稼げるかどうかの仕事じゃからなあ。車なんぞとても買えんし、そもそも免許も原付しか持っておらん」

「一応原付は取ってますのね」

「身分証は大事じゃからな。あれこれ用意しとかんと酒も買えんし、年金不正受給疑惑が掛けられる」


 特に今の、Tシャツにズボンを履いている姿のカレーちゃんなんて男物の服装をした女子中学生ぐらいにしか見えない。見た目は西洋人なのを抜いても、国民年金を貰っているなどと普通の人は信じられないし、怪しむだろう。

 例えば曾祖母や高祖母、あるいは全く他人である『華麗山カレー』という明治生まれの女性の身分を騙って年金を受け取っていると疑われるかもしれない。

 なので顔写真付きの住民基本台帳カード、免許証、大学の学生証、マイナンバーカードなどはしっかり持っているカレーちゃんである。

 不老長寿だというのに、特に後ろ盾となる組織や仲間もいなければ身分を隠しているわけでもないというカレーちゃんは社会に溶け込むのも一苦労なのであった。というか一度南米に行ってしまったので身分証明に非常に苦労した過去から、今でもそれにだけは気をつけている。


 軽トラはひとまず文房具屋にてプリンターのインクを購入する。二人が住む田舎には電気量販店などというものは存在しない。

 インクも割と高いのだが、動画出演代ということでドリル子が出してくれた。他にも添削に使う付箋などを選んでいると、


「……?」

「どうしましたの? カレーちゃん」

「いや、どこからか敵意みたいなのを感じたような……」


 カレーちゃんが獣耳を動かしながら周囲を伺い呟いた。


「感じるんですの? そんなの」

「蝙蝠の耳は超音波を捉えるじゃろ? これは人間で言うとこっちに向けた舌打ちとか聞こえやすくなるのじゃ。誰かが儂を見て舌打ちして悪口を言っておる気がする」

「それ被害妄想ですわよね……」

「しっ! 相手に気づかれないように関係ない話をしながら、早く店を離れるのじゃ。面倒事はごめんじゃからな」

「えーと……この前ダンクーガのアニメを見たのですけれど、敵のマシンはミサイルが当たっても無傷なのにゲリラの火炎瓶で破壊されるのか不思議ですわ」

「なんでダンクーガの話なのじゃ」


 そそくさと買い物を終えて二人は周囲を注意しながら文房具屋を出るが、怪しい影は見えなかった。カレーちゃんの被害妄想だったのかもしれない。


「気の所為じゃありませんこと?」

「じゃったらいいのじゃが、下手をするとヴァンパイアハンターとかやってくるかもしれんからのう」

「やってくるんですの!?」 


 こんな吸血鬼というか吸血フリーターを倒しにやってくる暇人がいるなんて思えなかった。だがカレーちゃんは頷いて、


「儂がこれまで幾度ヴァンパイアハンターを撃退したことか……」

「カレーちゃんがそんな激戦を繰り広げていたことも驚きですわ」

「対ハンターの必殺技は『通報』じゃ。あやつら、銀の弾丸入り拳銃とか杭とハンマーとかムチとか持ち歩いておるからの。警察に捕まれば一発じゃ」

「吸血鬼がする対応じゃありませんわ……」


 これでもちゃんと日本国に国籍を持っているカレーちゃんである。一国民として公権力に守られる気満々であった。

 とにかく、何者かが居たか居なかったかは定かではないが、見つからなかったために次の場所へと移動することにした。


 その後にラーメンを食べに中華料理屋『オメガ軒』へと向かう。二人が住む田舎には中華料理屋も一軒しかない。ラーメンが食べられる食堂的な店、という分類なら数軒あるが。


「そういえば出前はこの前食ったが、食べに来たことないのう。オメガ軒」

「カレーちゃん、こっちに引っ越してきてもう三年ぐらいじゃありません? 全然お外に出てませんわね……」

「仕方あるまい。っていうか見るような場所は無い田舎じゃし。カレー屋は一応寄ったが。ヒッピーみたいな連中がやっておるやつ」

「あれなら数ヶ月前潰れましたわよ。裏山で大麻を栽培してたのが警察に見つかって」

 

 オメガ軒は主要道路からも外れた場所にある、古びた2階建て民家の1階部分が店になっているタイプのどこにでもありそうな店だった。そんな店の暖簾に『オメガ』なんて物々しい言葉が書かれているのがある種異様だったが。

 店を始めて何十年か知らないが、行列なんて出来たことはなさそうな、街に溶け込んでいる地元客向けの小さな店。そんな雰囲気だった。


「こう、チェーン店には無いギャンブル感あるのじゃ。こういう店」

「こんなクソ田舎にチェーン店なんてありませんもの。それに昔から時々食べてますけど、普通に美味しいですわよ」


 ドリル子はそう言う。このあたりは彼女の亡き母の地元であり、子供の頃から何度も来たことがある。実家を勘当されても母親の実家を改装したアパートは生前分与されていたのでどうにか住処と家賃収入を得ることは出来たのだ。


「前に食べたカレーが旨かったから、まあ大丈夫じゃろうしな」


 二人が店に入ると、店内は20人ほど入れる作りで客が4組ぐらい来ていた。カウンター席や座敷にそれぞれ座っている。


「らっしゃっせー──あっカレーちゃん先生と大家さん! 珍しいっすね! 今日イメチェンっすか!?」


 高校の制服の上にエプロンを付けている槍鎮が出迎えた。彼は夕方から夜までこの店でアルバイトをしている。生活費を稼ぐためと、夕食が賄いで出るので食費も抑えられるためだ。社会勉強のためもあって実家からは家賃と学費しか貰っていない槍鎮にとってこの田舎で数少ない飲食店バイトは生命線でもあった。(そもそも学生がアルバイトできる場所が少ないほどの田舎だ)


「さあさあ座敷にどうぞっす──マスター! この前言ってた小説家の先生が来てくれたっすよー」

「おう? そうか……ちょっと待て」


 呼ばれると厨房で中華鍋の前にいた店主らしき50代ぐらいの男がのっそりと出てきた。どうやら注文が一段落しているところのようだった。

 短く刈った髪の毛に鉢巻を巻いている厳しい顔つきの男である。名を御目崎(おめがさき)目賀男(めがお)。マスターと槍鎮は読んでいたが、どう見てもマスターというより店のオヤジといった雰囲気だ。あまり見慣れない金髪のカレーちゃんを見て一瞬驚いたように目を見開いた。


「いらっしゃい……お嬢ちゃんが作家の先生だって?」

「ま、まあそうなるかの」

「うちの槍鎮がやたら褒めてたもんでな……そうだ、あっちの棚に買った本があるから、後でサイン貰っていいか?」

「べ、別に構わんが……」


 どう考えても町中華一筋30年って感じの親父さんに、カレーちゃんのラノベは似合わないと思うので、気を使ってくれているのかとカレーちゃんは不安に感じていた。

 ぎこちなく応じるカレーちゃんと店主を見てドリル子は告げる。


「まあ……カレーちゃん、ほらほらそっち立って」


 急にそんなことを言って、カレーちゃんを店主の隣に並べてみた。

 二人揃って黒シャツ、腰エプロン、首にタオルで頭に鉢巻。腕を組んで流行りのラーメン屋のポーズ。


「親子みたいですわ!」

「笑うな! お主が着せたんじゃろーが!」

「写真いっすか写真!」


 ドリル子と槍鎮は笑いながらスマホで写真を撮りまくった。何事かと常連客から視線が集まるので、そそくさとカレーちゃんは座敷に上がって座る。さすがに恥ずかしかったのか店主も店の奥へと戻っていった。


「えーとドリル子さんはラーメンじゃったな」

「あと餃子も欲しいですわ」

「お主の金じゃ。ラーメン二つ、餃子二つ、カレー一つ、チャーハン一つ、瓶ビール一つ」

「へい了解っすー」


 手慣れた様子で槍鎮が注文表にそれを書いて厨房に持っていく。それからすぐに瓶ビールとコップが一つ持ってこられて、ドリル子の前に出された。

 ドリル子は当然ながら運転手なので飲まない。しかしカレーちゃんとドリル子が並ぶと、どう見ても酒を飲むのはドリル子の方に見えるだろう。

 カレーちゃんはそんな対応も飽きたように特に反応せず、ビールを手酌で注いでぐいっと飲んだ。


「うわちょっと、カレーちゃん先生!? ビール大丈夫っすか、年齢!」


 驚いた様子で槍鎮が言うので、これまた慣れたようにカレーちゃんは外出時に首から下げる免許証入れから免許証を取り出して、口の周りに泡を付けたまま見せる。


「ほれ。儂はこれでもお主の婆さんより年上じゃ」

「えっ、マジ。……生まれが明治!? ウッソ。カレー婆ちゃん? ひぇ~……あ!? じゃあ大家さんもまさか凄え年上!?」

「いやコヤツはただのアラサー──」

「言わなくてよろしい。御符箱沢くんも、女性に年齢を聞くものではなくてよ。えぐりますわよ」

「あっサーセン──えぐる!?」


 ドリル子から脅迫のような言葉を受けて、槍鎮は恐れるように厨房へと戻って、すぐにカレーを持って出てきた。作り置きが利くカレーは料理店のメニューでも最速で提供されるものの一つだ。

 カレーをスプーンで一口食べてからカレーちゃんはぐいっとビールを再び煽る。カレーは相変わらず、町中華のカレーといった旨さがある。家庭のカレーとひと味違うというか、ひと味しか違わないというかそんな感じの旨さだ。


「ぷへー! 旨いのう! 瓶ビールなんぞいつぶりか……麦茶と炭酸と焼酎を混ぜたやつは飲んでおったが」

「ビールぐらい買いなさいな。そう高いものではありませんでしょう?」


 ロング缶でも300円程度だ。イマイチな発泡酒を買うよりはちゃんとしたビールを買った方がいいのではとドリル子は思うのだが。

 なおドリル子は回転の力を愛しているのでドリルシェイカーで作ったカクテルなどの方をよく飲む。あるいはウォッカとオレンジジュースとビールを混ぜたカクテル『パワー・ドリル』などが好みだ。


「お主みたいにたまにはビール飲むか、みたいな層からすればそうじゃが常飲派は十円でも安い方に流れるからのう」

「吸血鬼ってワインとか飲むイメージがありますけれど」


 洋館や城で血のようなワインをくゆらせる吸血鬼。カレーちゃんもまともなドレスでも着たら似合いそうな気がするのだが。

 しかしラーメン屋店主のコスプレをしている吸血少女はすぐに否定した。


「あっ儂駄目じゃワイン。飲むと頭痛くなる体質で」

「カレーちゃんの吸血鬼要素がゼロすぎますわ……その獣耳ぐらいですけれど吸血鬼って獣耳あるものかしら」

「前に会った陰陽師?みたいなやつは儂のことを蝙蝠の経立(ふったち)とか言っておったが。実際のところよく覚えておらんからのう自分がどう生まれたかとか。多分一回陰陽師っぽいやつに焼かれたせいでそれ以前の記憶が部分部分曖昧になっておるせいじゃ。あの札から炎出す変な陰陽師め……次に会ったら即通報してやるのじゃ」

「実際のところ血、吸いますの?」

「レバーとか生で食っても腹を壊さんぞ」

「ちょっと羨ましい気はしますけれど、吸血鬼要素小さっ……」


 一応は血を吸えば元気になるのだが、現代社会ではあまりに吸う機会は少ない。森とかで野生動物を追いかけて血を吸うにも、カレーちゃんの運動神経は少女並なので、罠か猟銃が必要だろう。

 そうしているとラーメンが二杯やってきて、二人とも会話を一旦止めてそれに取り掛かる。

 中毒的に旨いとか独創的に旨いとかそういうジャンルと一切争ってこなかったような、田舎の町中華的ラーメン。ラーメン激戦区では争うことも許されないような平凡さだが、これはこれで下手に争いのない地域のこだわりの店主が二流の家系などを作るよりは、安定してしみじみとした味。誰もスマホで写真を撮ったりしないようなラーメン。店内が混雑して急いで食べなければならないと思うこともなく、手元に新聞や週刊誌でも置きながら食べるのに丁度いいラーメン。

 

「まあまあじゃのう」

「ですわ」

「チャーハンと餃子おまちどうっす!」

「旨い旨い。お主も餃子食え」

「……よく食べますわね」


 ビール・カレー・チャーハン・餃子にラーメンのフルセットを食べているカレーちゃんである。年金生活者とは思えない健啖家だ。


「お主若いのに食が細くないか? チャーハンも半分食っていいのじゃよ?」

「わたくしも若くはありませんわね……ラーメンは食べたいから来ましたけれど、これ一杯だけでオデコテカテカになりますわ。油の限界ですわ」

「そうか。残念じゃのう。儂は吸血鬼じゃからラーメンはスープまで飲み干しても健康じゃが。太らんし」

「ぶち殺しますわよ」


 吸血鬼要素は無いのに肉体が劣化しないという特性だけは便利に使っているカレーちゃんであった。まあ、酒の飲みすぎで内臓はかなり自己治癒の限界に来ているようだが。

 早々とビールを一瓶飲み干してしまったカレーちゃんはどうにか拝み倒してもう一瓶注文し、町中華の炭水化物メニューでビールを満喫するのであった。


『野菜食べた方がいいですよ』

『本当に酒飲んで大丈夫?』

『違法臭がヤバい』

『食い過ぎ』

『もうこれドリルチャンネルじゃなくてカレーチャンネルでは?』

『しゅき……』

『野菜たべた方がいいですよ』

『合法最高! 合法最高!』

『小説書け』

『野菜食べた方がいいですよ』


 カレーちゃんが旨そうに町中華を食べているシーンはドリル子さんに盗撮されていて動画としてアップされ、ドリル全然関係ない動画だというのに美少女が旨そうにビール飲んで食事してるだけでそこそこ見られて好き勝手にコメントされていたという。

 





 自作電子書籍化作業進展状況。


 1:下書きをメモ帳で作る CLEAR!

 2:下書きをWordに移して推敲・校正して初稿を作る CLEAR!

 3:初稿を更に校正・他人に確認して貰う CLEAR!

 4:表紙を描く CLEAR!

 5:KDPアカウントに登録 CLEAR!

 6:振込先の口座を作る CLEAR!

 7:返ってきた校正初稿をWordファイルに反映させる CLEAR!




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― 新着の感想 ―
[良い点] (カレーちゃん聞こえていますか…大量に文書を刷る時にはモノクロレーザープリンターとリサイクルトナーを使うのです…) (プリンターの保証対象外になるので自己責任で使うのです)
[良い点] 普通の町中華がやけに旨そうなところ。 ダイエット中の身にはなかなか辛い描写でした。 江戸であるの和食も旨そうだけど、こういう現代のざっかけない料理もホントいいわ。 [気になる点] (Twi…
[一言] やっぱりダンクーガはドリル付いてないからヒネた見方しちゃうんですかね
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