第6話『振り込み口座を作っておこう&カレーちゃんのカレークッキング』
「うげ……なんかバズってコメントいっぱいついとる……」
自室にてカレーちゃんは数日に一回ぐらいしか見ないXをチェックして呻いた。ドリル子の動画に出演したことを報告した呟きに多くのコメント、RT、いいねが付けられている。
だが彼女は全く嬉しそうでなく、眉根を寄せた。一応開いてみるとコメント欄に「どこ住み?」とか「次動画いつ?」「もっと野菜食べた方がいいですよ」とか知らん相手からクソリプが無数にあったので見ないことにした。本名と顔出しで二人して出演したのは早まったのではないだろうか。
それでも『ゾン曾我』を売り出すときはまたXでも宣伝せねばならないだろう。だいたい、なろう作家なんてXか活動報告でもしてないと音信不通になり死亡説まで流れるものだ。
「まあ今度小説の宣伝を入れてもいいらしいからのう……これで少しでも売上が上がれば……売上?」
カレーちゃんは不意に首を傾げた。
「そういえば電子書籍を出版したとして、売上はどう受け取るのじゃ?」
普通に考えれば、銀行振込だ。カレーちゃんはゆうちょ銀行に口座を持っている。前に出版社を通して出した本の印税はそこに振り込まれた。
こういうときは公式サイトだ。『Kindle Direct Publishing』では出版のためのヘルプガイドが充実している。カレーちゃんはググってそのページを開いた。
「ふむふむ……Kindle出版のロイヤリティ支払いを受けるには『銀行振込』『電信送金』『小切手』の3つがあり、銀行振込が一番簡単で安全……となるほどのう。まあ当たり前か」
そもそもカレーちゃんは電信送金なんて聞いたこともない方法だった。小切手も漫画とかでは見るものの、実物を使ったことは一度もない。
「まずはKDPアカウントに著者情報を登録して、銀行の番号を入力する、とな。よし、原稿もまだ来んから先にこっちをやっておくかのう。なろうのアカウント登録みたいなもんじゃろ」
カレーちゃんはKDP出版のアカウント入力をすることにした。幸い、Amazonアカウントは既に持っているのですぐに始められる。
著者情報として住所氏名電話番号を入力する。そして振込先の銀行を選択。
「えーと……日本の銀行で選べるのは、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、みずほコーポレート銀行、埼玉りそな銀行、PayPay銀行、セブン銀行、ソニー銀行、楽天銀行、新生銀行、SMBC信託銀行、あおぞら銀行……あれ!? ゆうちょ銀行入っておらぬ!」
更に言えば、
「……どの銀行も近所に存在せん! おのれ!」
クソ田舎に住んでいるせいで大きな銀行は100km圏内に存在しなかった。せいぜい近所で口座が作れるのは地方銀行とゆうちょ銀行とJAバンクぐらいだ。
「しかし……どれを作れば……そもそも大銀行の口座なんて儂作れるのかのう。身分証が怪しいから拒否られることがままあるのじゃが……」
一応住民票や免許証、戸籍の写しなども持っているものの、なにせ明治生まれになっている上に見た目は10代の少女だ。
常識的に考えれば老婆の戸籍を盗んで使っている身元不明外国人の少女だと思われることが多々あった。
それ故に定期的な免許の更新、マイナンバーカードの所得、印鑑登録証明書の発行などで身分証明を行わねばならない。あまりに信じられないときは老婆のメイクもしたことがあった。
「うーむ、こういうのはひょっとしたらドリル子さんの方が詳しいかの」
なにせ動画収入を得ているのだ。なにかしらインターネットに銀行を登録しているのだろう。
あの部屋にいるとドリル子が動画再生回数上がり、ドリル注文のメールが届くたびに「おほぉん」とか声を上げて興奮していたので集中できないため避難したのだが。
やむを得ずカレーちゃんは一階に向かおうと、ノートパソコンを持って部屋を出た。
ちょうどその時、別の部屋から槍鎮が出てきたところだった。夜のバイトへ向かう前なのだろう。
「あ、こ、こん」
「あっ! 先生! ちょっ……待って待って!」
カレーちゃんの姿を確認するとドタバタと槍鎮は部屋に戻り、すぐに出てきた。手には何やら本屋の紙袋を持っている。
「カレーちゃん先生! 俺ェ、めっちゃファンになりました! うぇい! すげえ面白えじゃねえっすか先生の小説!」
「ひ、ひぃ。そ、そうか……」
「んで、今日街の本屋回って売って無くて、ちょっと遠出してカレーちゃん先生の本買ってきたんで、サインお願いしまーっす!」
「か、買ってきた!? くれてやったのではなかったか!?」
槍鎮が紙袋から取り出したのは新品の『明治なのである』全巻だった。しかし彼には校正の報酬として既に三冊渡していたはずだが。
もしかしたら捨てたのかもしれない。カレーちゃんは不意にそんな被害妄想を覚えた。
だが槍鎮は頭を横に振って、
「いやもうこれ、タダで貰ったらマジ申し訳ない気がして、やっぱ? ファンだったらもう一冊セットぐらい持っておけばダチにも勧めやすいじゃないっすか! んで買ったわけっす!」
「う、うううう……」
キラキラとした、憧れの作家先生を目の前にしたような若者の勢いにたじろぐカレーちゃん。
そんな褒められるようなデキではないんだ。打ち切りになった不人気作で、WEB時代からついてきてくれた古参読者も「話の順番とか変えたのがダメだったかなー」とか「地味すぎたかー」とか苦笑いの感想をくれる。そんな本なのだ。(カレーちゃんの被害妄想である)
褒められれば褒められるほど、嬉しいよりも先に後悔が訪れる。終わってしまった話だからだろうか。カレーちゃんは胃が痛むのをこらえた。
「あ、もうカレーちゃん先生のXのアカウントもフォローしてますんで。あとWEBで? 書いてるやつも後から読むっすよ! そうそう、昨日の動画も見ました! ドリルパねえっすね! 今は新作の校正に集中してるから……あともうちょい貸しててオナシャース!」
「そ、それはいいんじゃが……」
「そんで、本にサインを!」
「ぬぬぬぬ、ぬぬぬぬぬ」
思わず陽キャの勢いに目を回しながら変なうめき声を上げるが、とにかくこの眼の前のチャラそうな若者は新作の協力者なのだ。
しかも自分の作品のファンでもある。そんな彼に頼み事までしているのに、サインの一つも断るというのか。カレーちゃんは差し出されたサインペンを手に取り、本に向けた。
サイン。
そう、サインである。作者の。創作者の笑い話に、自分が有名になったときのサインをノートに練習するというものがあるが──あいにくとカレーちゃんはやったことがなかった。
それどころかまともな教育も受けていないので、正直なところ字が汚いのがコンプレックスでもある。ピタリと彼女の手が止まるが、期待した槍鎮がジッと見てくる。
「ええい、ままよ!」
勢いに任せて『カレーちゃん』とデカデカと書いてしまった。サインとも言えない。まるで落書きみたいだ。失敗した。こんなことなら練習もしとけばよかった。カレーちゃんはもう死にそうな気分になった。
だが槍鎮は宝物を貰ったように、笑顔で礼をした。
「あざーっす! あ、俺これからバイトなんで……サインのお礼に出前しますよ! おごりで!」
「え、い、いや、別に……」
「やっぱカレーっすか!? うち中華料理屋だけどカレーが密かに人気っていうか、賄いなんかでも食いますけどマジウマっすよ!?」
「じゃ、じゃあそれで……今から大家の部屋に行くから、そこにな」
「うぃーっす!」
勢いで押されてカレーちゃんは小さな声で応対し、槍鎮は機嫌良さそうにスクーターに乗ってバイトへ向かっていった。
それを見送ってからカレーちゃんは階段に座り込んで大きくため息をついた。
「疲れた……なんじゃ、世間のファンサービスしとる作家やら歌手やらは、よく平気じゃのう……」
褒められ慣れていないカレーちゃんは、とにかく好意を向けられるのに弱いのであった。
素直に喜ぶより先に、気疲れしてしまう。相手が見えないパソコンの先にいる不特定多数ならまだ良いのだが、面と向かってあそこまで言われるのは作家になってから初めてであった。
「……ドリル子さんのところへ行くか。晩飯の都合は出来たしのう」
カレーちゃんは精神的な疲労を感じていたが、出前をもらうとまで約束したので仕方なくドリル子の部屋へと向かった。
部屋に入るとドリル子が作業着の上をはだけてタンクトップになっている楽な姿で、一心不乱にパソコンへと向かってなにやら作業をしていた。
「む? おーい、忙しかったかのう」
「カレーちゃんですの? いえ。大丈夫ですわよー。うふふ、ドリルの在庫がはけて行く……あの実家の連中を見返してやれますわ……」
「あの動画でなんでドリルが売れるんじゃろうなあ……」
動画がバズったのでネタで購入している客と、買い支えればドリル子とカレーちゃんがまた動画に登場するかもしれないという投げ銭感覚で購入している客がいるようだった。
実際に売れている数は動画再生数からするとそう多くなく十数個といったところだが、個人が売買している工具が一日でそれだけの数売れたとなればこれは驚異的な売上で、ドリル子が興奮するのも仕方なかった。
「今度はカレーちゃんが挽き肉カレーを作るんでしたわね! ドリルで!」
「ドリルで!?」
「宣伝ですもの! ドリル料理の基本は昨日全部教えましたわ!」
「こやつ……目は正気でないが、本気だ」
ドリル子はオール電化ならぬ、オールドリルの生活を目指して日々ドリルの研究開発、そして実演販売に勤しんでいるのだ。
難易度の低いものでドリル洗濯とドリル掃除は既に実用化済みである。ドリルミシンも衣服を作れるぐらいになり、次はドリル料理を手掛けている。
世界をドリルに。部屋にある掛け軸に不気味さを感じつつ、カレーちゃんは要件を伝えた。
「ところでネットで売買する際に振込先として使えて、それで登録が楽な銀行を知らんかのう」
「ああ、電子書籍を売るときの振込先ですの? なら……まあ、別にわたくしも沢山口座を持っているわけじゃありませんけれど、PayPay銀行にでも開設すればいいと思いますわ」
「ふむふむ」
「ネットで簡単に登録できますし、通帳とかはなくてカードだけですけれどネットから簡単に預金は確認できますわ。それに確かカレーちゃんが持っているゆうちょ銀行とも提携しているから同じATMから預金を引き出せますわ」
「おおーそれじゃな。それにしよう」
「一度開設したことのあるわたくしが代わりに手続きしてあげますわ」
「うみゅ。ありがたい」
「ですから今日も動画に出ましょうね、カレーちゃん」
「それが目的か……嫌じゃのう……」
とにかく代行して貰えるのなら手早く終わる。口座に必要なログインパスや暗証番号を入力するときはカレーちゃんに交代して、開設手続きが済んだ。
後はキャッシュカードが送られてくるのを待つだけのようだ。
ネット口座の問題が解決した頃合いで、部屋のドアが叩かれた。
「ちーす! オメガ軒の出前でーっす」
「あら? 御符箱沢くんの声ではなくて?」
「あ、ああ。あやつが出前を奢ってくれるというのでな」
ドアを開けるとエプロン姿で頭にヘルメットを被っている槍鎮が、岡持ちを持っていた。
「ちゃっす! 大家さんの分も持ってきたっす! オメガ軒のカレー、マジ最高っすよ」
「ありがとうね。お代は幾らだったかしら?」
「あーいやいや、これもう大丈夫っす、奢りですんで!」
「まだ高校生なんだからそんな大人に奢るなんて早いですわ。ねえカレーちゃん」
「う、うみゅ……」
奢りでカレーか、ラッキー程度に思っていたカレーちゃんは小声で呻いた。確かに高校生に、二人分の料理を支払うのは結構な負担になってしまうだろう。それに槍鎮は家賃以外の生活費を自分で稼いでいるぐらいなのだ。むしろ大人が感心な若者だと奢ってやるべきである。
だが槍鎮は代金を払おうとするドリル子を制止するように手を振りながら言う。
「ホント大丈夫っすこれマジ! どうせ今日のカレー余っててオメガ軒の親父さん持ってけって言うんで、ええ! 今度本を買ったらサインくれればこの出前分タダでいいって言ってましたんで」
「ううううー」
「なんで苦しがりますのカレーちゃん」
「サインという言葉に拒否反応と、明らかに購買層が違うであろう中華料理屋の親父さんが過度の期待をしているのではないかという不安で胃が痛むのじゃ。中年から初老男性世代はライトノベルなんぞマンガ小説といって実際に読む気は全然しないはずなのじゃ……」
「びっくりするぐらいメンタル雑魚ですわね……」
とりあえずはカレーもサービスというので受け取るが、
「せめて御符箱沢くんにチップぐらい渡しておきますわ。せっかく持ってきてくれたのだもの」
「ええ!? ……じゃ、ありがたく頂きまっす!」
あまり遠慮しまくるのも悪い気がしたのか、槍鎮はドリル子の提案を受けるようにしたようだ。
そしてドリル子が槍鎮の手を両手で包むように気持ち程度に渡したのは……
「……なんすかこれ」
「ドリルチップですわ」
小型のドリルだった。通常サイズのハンドドリルよりも更に小さく、キーホルダーサイズでちゃんと稼働する電池式ドリルである。アタッチメントを取り替えれば電動ドライバーや扇風機としても使える。
「ロックマンのパーツみたいな名前じゃのう」
「まあ……なんか、かっけっすね。あざす」
「カレーちゃんの小説を貰った時に比べて反応がしょぼいですわ……!」
それはさておき。
休憩の夜ご飯として二人はカレーを食べることにした。白い皿にいかにもオーソドックスといった黄褐色のカレーに真っ赤な福神漬けが載っているものだ。
「いただきますなのじゃー」
「はい、いただきます」
一口カレーちゃんが食べて「むむっ」と彼女は唸った。
「これはいいのう。ちゃんとした『中華料理屋のカレー』ってジャンルのカレーじゃ!」
「なんですの、ジャンルって」
「うみゅ。見るがよい。具は豚バラ肉と玉ねぎ。赤いカンカンに入ったカレー粉に片栗粉でとろみを付けておる。そしてダシが鶏ガラや豚骨なんかを煮込んだ中華のベーススープ。この中華丼とかノーマルラーメンに使うスープがいい味をカレーに付けとるわけじゃな。特別にカレーのために買うのはカレー粉ぐらい、後は中華料理屋の材料を流用。この適当さが中華料理屋カレーの良さなのじゃ……」
「美味しいことは美味しいですけれど凄く普通のカレーって感じですわよ……別に中華っぽい海鮮とか筍とかの素材が入ってるわけじゃありませんし」
お家で作ったカレーを少し美味しくした程度の味ではあるが、具の少なさを考えるとそう大したものではない。だがカレーちゃんはヤレヤレとした仕草をしながら旨そうにカレーを食べる。
「儂ぐらいエキサイティングなカレーに馴染んでいるとこの普通カレーの味が染みるのじゃよ……」
「エキサイティングなカレーって最近レトルトの一番安いやつしか食べてませんわよね……っていうかこの田舎にエキサイティングなカレー屋はヒッピーみたいな店主がやっててなんか大麻の匂いがする店があるぐらいですわ」
「なんで大麻育ててるヒッピーみたいなのって本格風カレー屋を始めるんじゃろうなあ」
「スパイスの匂いでアレの臭いを誤魔化してるとか……ハーブを輸入する際に別のハーブも一緒に買ってるとかじゃありませんこと?」
※カレーちゃんたちの個人的感想です。
なにはともあれ中華料理屋オメガ軒のカレーは中々の味なので、電子書籍で儲けたら食べに行こうとカレーちゃんは思った。
実際のところカレーちゃんはカレー好きだ。明治時代から日本にやってきた外国人と仲良くなり日本に輸入されたスパイスや西洋野菜を使ってカレーなどを各国大使館などで作っていたこともある。(当時の記録に国籍不明の少女がパーティに混ざっていたりするのが幾つか残されている)
今では考えられないコミュ力だが、カレーちゃんが転生復活した際から暫くの間面倒を見てくれていた三文小説家が通訳もやっていたのでその縁もあってのことだ。今カレーちゃんが三文小説家になっているのもその当時の知人の影響かもしれない。
その時に戸籍を得る際(戸籍も小説家の保護者が色々手を回してくれた)、好物だったので華麗山カレーなんて奇妙な名前を名乗り始めたのだった。
まさに日本式カレーと共に生きてきた吸血鬼である。
まあ最近は金欠と、レトルトカレーのレベルが全体的に向上してきたこともあってレトルトカレー漬けだったが。それに本格カレーは本格カレーとして、チープなカレーも好きなのだ。
「しかし、余り物のハンバーグで料理するとか言ってましたけれど大丈夫ですの? 晩ごはん食べて」
「構わん構わん。というか今日朝起きてから、この中華カレーしか食っとらんし。胃袋はまだまだ入るしの」
「吸血鬼にしても不健康な生活ですわね……」
「献血に行ったら血液が不健康すぎて使うの無理って結果が帰ってきた」
「吸血鬼が献血に行きますの!?」
「だって心配じゃろ……γ-GTPとか……」
「肝臓の心配する吸血鬼初めて見ましたわ」
そしてカレーの皿を片付けて再び動画の撮影に入ることにした。
小説家として自作出版をしている最中だというのになんでYouTuberみたいなことをしないといけないのかカレーちゃんは甚だ疑問に感じていたが、大家であり協力者であり、いざとなれば寄生しようと考えているドリル子の収入を増やすためだと思ってイヤイヤながら手伝うことにした。
「なんで素人が変な道具で素人料理を作ってる映像なんぞネットにあげて笑いものにされねばならんのじゃ……それで金が稼げるんじゃから世の中どうにかしとる」
「はいはいカレーちゃん、そんな黎明期に百万回ぐらい議論されたことなんて今更言わない。もう動画撮ってるんだから」
「吸血鬼のカレーちゃんじゃよー。今日もお友達であるドリル子さんのドリルを使って料理をするが、本業は売れない小説家なんじゃよー」
やる気無さそうに手を振ってエプロン姿のカレーちゃんは言う。一応、なんだこの前から出演しているこいつはと思われているかもしれないので自己紹介もする。
売れない小説家、と名乗ったものの実際に自分が出した売れない小説本などを見せないのでドリル子が疑問を口にする。本自体はドリル子も貰っているのでこの部屋にあるのだが。
「……自分の本とか出してアピールしませんの?」
「いやこんな動画見とる者がなろう小説の書籍化なんぞ買うわけもないじゃろうし……そもそも、打ち切りくらって増版も無さそうな本の宣伝を今更してものう……」
「ネガティブですわね……」
「はい、それじゃあ余った挽き肉と余ったご飯で、今日はビリヤニ風のご飯を作ろうかのう」
「ドリルを使ってね」
「……ドリル使わん方が楽なのじゃが」
「ドリル販促動画ですわ! ですわ!」
嫌そうな顔をするカレーちゃんにツッコミを入れる。ドリルチャンネルなので仕方ない。
「さて『ビリヤニがカレーか否か』でまず議論があるところじゃろうが儂が判断するにカレーでいいじゃろ別に。まず用意するのは昨日余ったハンバーグ。カッチカチじゃのう。もちろんドリルで作ったやつじゃが」
「ネガキャンは止めてくださいまし」
「このハンバーグを木べらで崩してカレー粉と炒めるだけでまあ割と美味いのじゃが、今日はビリヤニ風のものを作るぞい。あくまでそれっぽいものじゃが。冷蔵庫の中にあるもんで作ってみよう」
カレーちゃんが冷蔵庫の中を漁って調味料や飲料などを取り出す。
「おお、運良く牛乳があったぞい。しかも高くて濃厚なやつ。儂ならこれ買うより低脂肪乳二つ買う」
「カレーちゃんでも牛乳は飲みますの?」
「牛乳は血と成分が似てるから吸血鬼の好物なのじゃ。カレーを作るのにも使うしのう。今日はせっかくドリルがあるので、牛乳を使ってギー……ぽいものを作ろう。本格ギーは時間掛かるからあくまでそれっぽく。ギーが無かったらバターでも構わんぞ。高いけど」
牛乳を鍋に入れてホットドリルを中に差し込み、熱を加えながら撹拌する。
風呂に入れる湯沸かし器を改造したものだというホットドリルだが、鍋にいれた牛乳が沸騰するほど出力が出ているのは如何なものだろうか。グツグツと湧きながら牛乳がかき混ぜられていく。
「こうして熱を加えて水分を蒸発させながら混ぜると脂肪分が多くなり溶け込んで、牛乳自体が黄色くなっていくわけじゃな。さっさとそれっぽくするにはバターを溶かし込んで混ぜるといい。油分がいい感じに混ざる。ドリルの回転力で纏まりが良いのう。インドカレーには欠かせんのがこのギーじゃ。こうして作るのは簡易的なものじゃが。いやでも便利じゃなこのドリル、ギー作るのに」
「ホットドリルにこんな使い道があるなんて……」
「なんのためにこんなの作ったのじゃ!?」
そして次にハンバーグをボウルに入れる。
「ビリヤニのソースを作る。挽き肉は長時間煮込まんでもいいダシが出るからオススメじゃぞ。まあ簡単に今回はハンバーグをドリルで粉砕。昨日作ったハンバーグソース、ガラムマサラ系やオールスパイス系、カレー粉なんかの最初から混ざっとるスパイスをいれる。全部スパイスを個別に用意してもいいが、面倒じゃし配分も大変じゃから適当でいいぞ。小麦粉と炒めてルゥっぽくし、水を入れて鍋で煮込み、肉汁を出させる。……これもホットドリルで撹拌しながら熱したら、なんかいい感じじゃな」
「ホットドリル、今なら特別価格2万9800円ですわ!」
「高ッ! こんなアホみたいな道具なのに!」
回転しながら激しい熱を発している、なんか危険な道具を両手で押さえながらカレーちゃんはびっくりした。なんでこんなもので料理をしているのだろう。普通にコンロとハンドミキサーでやっても似たような効果は出るというのに。
「肉の旨味がスープに出たらそれに無果汁の野菜ジュースを適当に。野菜の絞り汁じゃから野菜ダシみたいなもんじゃ。それにギーを入れて塩味を適度に付けて完成じゃ。ちょっとドロドロしとるぐらいの粘度じゃな」
「割とカレーっぽい感じですわね」
「後は別の鍋に作ったソースすこーし入れる。そのソースの上から冷蔵庫に入っとったカピカピの硬い残りご飯で蓋をするように入れる。そのご飯の上からソースを掛けて、ソースの上にご飯を乗せ、またソースを掛ける。最後は火を入れて残りご飯にソースを吸い込ませ温める。交互に層を作りながらソースの掛け方を工夫することで、味の濃い部分や薄い部分が作れて旨いぞい。全体に熱が通るぐらい蒸して、軽く焦げ目を付けたら『残り物で作った簡単ビリヤニ風』の完成じゃ」
鍋で炊きあがったご飯を、鍋ごと大皿にひっくり返して中身をプッチンプリンのように取り出すと、マーブル模様にカレーの層が出来たホカホカの混ぜ飯が出来上がっている。
あるところではカレー色が濃く、あるところでは薄い。また軽く焦げて香ばしい匂いを出している底面の部分もある。全て混ぜて食べる方法では味わえない旨さだ。
「わあ、いい匂いですわね! これもドリルのおかげですわね!」
「そうじゃのう。美味しいビリヤニも作れるホットドリル、今なら2万9800円じゃが……社長、もう一声」
「仕方ありませんわね……特別、今なら同じ値段で2台差し上げますわ! この動画が投稿されてから30分以内のスペシャル価格ですわ!」
「……相当在庫がダブついておるんじゃのう」
「うるさいですわ! うるさいですわ!」
──単に料理をするだけであり、手際も良かったのでまたしても動画はほぼ無編集で投稿されることになったのだが。
金髪碧眼獣耳なのにモンペ姿で自称吸血鬼でなろう作家でのじゃロリというキャラが濃いカレーちゃんのことを「リアルVチューバー」などと呼ぶ一部の動画ファンなどが拡散してまたしても再生回数はかなり増えたという。
ホットドリルは3セットだけ売れて、カレーちゃんは「何に使うんじゃ……」と唖然とした。
自作電子書籍化作業進展状況。
1:下書きを作る CLEAR!
2:下書きを推敲・校正して初稿を作る CLEAR!
3:初稿を更に校正・他人に確認して貰う CLEAR!
4:表紙を描く CLEAR!
5:KDPアカウントに登録 CLEAR!
6:振込先の口座を作る CLEAR!
私は愕然としましたよ
ガチで振込先の指定銀行が近所に存在しなくて
カレーちゃん来歴(仮)
~江戸時代? カレーちゃん、何者かに退治されて焼かれる。記憶の大部分を失う
明治初期 カレーちゃん転生復活、お人好しの三文小説家に養われる。戸籍を作る
大正後期~昭和初期 南米移民になんとなくついていってチュパカブラ生活を送る
昭和後期 南米レスラーについていって日本に戻る。戸籍を頑張って証明しなおす
その場のノリで生きてるなこの吸血鬼