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第4話『原稿は他人にチェックして貰うのもいいよ』




 原稿の校正作業を行う際にもっとも試練となるのは休憩の誘惑である。

 自分の作品を客観視しながら、細々と誤字報告をするなろう読者のような執着心で誤字を探す。

 プリントアウトした紙の原稿など、予めパソコンで修正済みだから全然見つからないのでは?と ドリル子は言ったがそんなことはなく、13章に分けた1章目だけで20箇所は赤ペンが入った。

 誤字脱字に誤タイプミスなどもあるからとにかく細かく探す。例えば、


『曽我兄弟ははお互いの継ぎ接ぎだらけで、土色に変色した顔を見てぎょっとした。。これではゾンビィではないか!』


 ここでうっかり『兄弟は』を『兄弟はは』とタイプしている。また、句点をうっかり2つ打っている。

 そこを赤いペンで二重線で消しておき、後でパソコン修正する際に見落とさぬように付箋を貼っておく。

 ひたすら原稿を読んでネチネチと自分の文章力、タイプミスにケチを付けまくり赤ペン先生をしていく。愚かな自分め。このようなミスをしおって。貴様の不始末には堪忍袋の緒が切れる。そう心の中で罵りながら。


 そんな自己否定を繰り返すので、ひたすら気分は悪くなっていく。胃は痛いし、目を逸したい。寝転がってゲームをしたい。そんな欲求に襲われる。

 それが自宅だと誰に止められるでもなく中断し、ネットやゲームに逃避できてしまう。

 なので原稿修正作業はサボれる道具が無い環境で行うと、苦痛は多いもののある程度捗る。漫画家がファミレスや喫茶店で作業をするようなものだ。


 カレーちゃんはその日、アパートの庭(家庭菜園が作られている)に設置されているガーデンテーブルで、麦茶を片手に原稿と勝負をしていた。あるいは過去の自分との勝負か。

 赤ペンを時折殴りつけるように動かして修正し、付箋を叩きつける。その度に「あーあーうーうー」などと知能を破壊されたようにうめいて頭を振るが、寝転がるスペースも心を癒やすゲーム機も無いので、仕方なくまた原稿に戻る。


「……喫茶店とかでやりませんの?」


 庭のミニトマトやナスに水やりをしていたドリル子が尋ねた。


「金が勿体ないし……コーヒー一杯で500円も払うような店は入りたくない」

「長居すれば元は取れると思いますけれど」

「儂の若い頃の明治時代はマックがハンバーガー60円じゃったからのう。あれぐらいなら行くが」

「明治ほど古くないですわよね!?」


 喫茶店に行かずにアパートの庭で作業をしているのも、時折作業が嫌になって奇行とも言えるうめき声を上げるのを人に聞かれたくないからだが。


「というかこんな日中の屋外で元気そうに。カレーちゃんって吸血鬼と名乗ってませんでした? 太陽光大丈夫ですの?」

「そんな事言っても。チュパカブラとかチスイコウモリが日光を浴びて灰になるわけじゃなかろう」

「分類的にチュパカブラとかの仲間ですの!?」


 カレーちゃんは吸血鬼だがイマイチファンタジー味の無い存在なのだった。どちらかと言うと人型のUMAである。あるいはチスイコウモリが人型に化けているお化けか。

 別に霧やコウモリに化けたりは出来ないし、ニンニクも平気であった。ただ銀の銃弾や杭を打たれたり燃やされたりすると死ぬ。だが死んでもそのうち復活するらしい。謎な生態である。


「そんなことより問題は、じゃ」

「?」

「原稿作成・校正作業に入ってそろそろ二週間過ぎたぐらいになるんじゃが……まだ販売まで行き着かんのじゃ」

「一ヶ月も経過していないのでしょう? 出版を専門にする会社だって何ヶ月も掛かるものなのだから、個人でやるものがそんなに早くなるわけが」

「そんな正論はわかっておるのじゃ! しかしこのままだと預金が干上がりそうじゃから早く作らねばならんのじゃ! っていうか二週間カレーしか食っておらんから飽きた! 毎日毎日安い百円以下のレトルトカレーと半額になった食パンを一食だけ食べる生活……こんな惨めな生活を送る吸血鬼がおるか!?」

「まあ居ないでしょうけれど」

「誇り高き吸血鬼の儂が!」

「カレーちゃんに誇り高い要素を感じたことがないですわ」


 そんな不摂生な生活だというのに、太らないし胸やせもしない、肌荒れもムクミもなく髪の毛もケモミミも艷やかなのは、まあ人間離れした生命力かもしれないが。

 

「しかしこのままだとガチで預金が尽きてしまう……もう年金は今月入ったから、次に入るの再来月じゃし……こうなれば預金を全部引き出して家賃と奨学金を引き落とされんようにするしか」

「止めなさい! わたくしの収入がどん底になりますわ! ……それに家賃はともかく、奨学金未払いするとガチで差し押さえが来ますわよ」

「うぬー!」

「連帯保証人とか必要じゃなかったかしら。奨学金って」

「その時住んでた近所の身寄りのない爺さんに頼んだがもう死んだ」

「詐欺みたいですわね……」


 ドリル子が水やりを一旦止めて、腕を組みながらため息混じりに告げる。


「奨学金のことなら2つ、どうにかする手段がありますわ。まっとうなやつとまっとうじゃないやつ」

「おっ? 詳しいのうドリル子さんや」

「カレーちゃんが困っているようだから調べたの。まずは電話して減額・猶予申請をすること。月ごとの支払い料を二分の一から三分の一に減らすか、暫く待ってくれますわ」

「まっとうじゃないやつは?」

「放送大学に入学手続きを取って『今まさに学生なので返済できない』と主張すること。入学料は奨学金返済料より安いですわ」

「詐欺みたいじゃの……あれ? それ放送大学卒業時期になったらまた払わねばならんのでは?」

「もう一回入学できますわ」

「詐欺みたいじゃのう……」


 とりあえずカレーちゃんの場合、大学に入学する際には手続きが面倒なことになる明治生まれの吸血鬼だから減免申請をすることにした。

 電話した後オンラインで申請書を印刷して減額希望理由をつらつらと用紙に書く。


「おおっ……小説書いておるおかげで、スラスラと言い訳が悲壮な感じで書けるぞ。まるで儂は極貧にあえいで明日もしれぬ身のようじゃ。これで申請落とすなど鬼畜でもすまい」


 無駄な才能を発揮するカレーちゃんに感心したようにドリル子が言う。


「カレーちゃん、大学の卒論も割とあっさり書き終えてましたものね」

「えへん!」

「でもわたくしもカレーちゃんの卒論読みましたけれど、アレって論文というか食レポみたいでしたわよね。よくアレで卒業できましたわね」

「Fラン大学じゃからな。提出さえすればよかったのじゃないか?」


 ひとまず支出で大きな奨学金を減額申請することにした。

 それからカレーちゃんはドリル子に提案をする。


「本来なら原稿を何度も死ぬほどチェックしなければならぬのじゃが、そんなことをしておるとなろうで改訂ばっかりして本編が進まぬ作家のように、いつまでも完成せんことになってしまう。そこでじゃ、家賃を稼ぐために必要なことなので、ドリル子さんにもチェックして貰おう」

「わたくしに?」

「作者が客観的視点から見るのにも限界があるからのう。他人にチェックしてもらうのが一番いいのじゃよ」

「うーん、でもあまり国語は得意でも無かったのですわよね……素人がやると結構時間掛かりそうですわ」

「安心せい。なろうなんぞ素人読者が死ぬほど誤字報告先生になってきよる」

「前から気になっていたけれど、カレーちゃんその誤字報告してくる読者に恨みでもあるの?」

「恨みなぞない。なにせ確認せんから」

「しなさいよ……」


 げんなりしつつもカレーちゃんはこれまでに作者チェックの終わった原稿の束、全文の三分の一程度を押し付けてくる。

 嫌そうな顔をしながらドリル子は受け取るが、あまり気が進まない。


「頼むドリル子さんや……儂を助けると思って! 金以外だったら礼をするから!」

「……でしたら、今度わたくしの動画に出て貰いますわよ。この前チラッとカレーちゃんが映った動画で再登場希望のコメントがありましたもの」

「芸なんかはできんが、出るだけなら構わんぞ」


 ということで校正要員も手に入れたカレーちゃんだった。

 

「どうせなら御符箱沢(おふぱこざわ)くんにも頼んでみたら? 現役の高校生だから現代文とかの授業も受けてるし、文法の間違いを正すのに慣れているかもしれませんわ」

「あやつか~……でもあやつお世辞にも成績良さそうじゃないからのう……なんというかツッパリ少年って感じじゃしちょっと怖いっていうか」

「今どきツッパリて」


 二人が話題に出しているのはこのアパートのもう一人の住民、地元高校に通っている御符箱沢(おふぱこざわ) 槍鎮(やりちん)という名の少年だった。

 元々K県の離島に生まれたのだが高校に通うために一人暮らしをしている。学業とバイト生活であまりカレーちゃんは会うことはないが、髪の毛を茶色に染めてピアスも空けた不良のようだった。

 彼より先にカレーちゃんがアパートに住んでいたので、槍鎮が引っ越してきた際に挨拶された。その時貰った引越し蕎麦はカレー南蛮にして食べたのを覚えている。


「ああ見えて真面目ですのよ。ゴミはちゃんと分別して出しているし、挨拶もするし」

「ええー……ドリル子さん、他人のゴミ袋の中もチェックしておるのか? こわ……ストーカー……」

「分別が出来てないとわたくしに苦情の電話が清掃会社から入るのですわ! カレーちゃんも生ゴミ一歩手前ぐらいレトルトカレーがべったりついた紙皿を燃えるゴミで捨てるのはおやめなさいな」

「カレーは燃えるものじゃ」


 自治体の指示に従ってゴミは分別しよう!

 とりあえず流れで、原稿をドリル子がチェックしてから槍チンに頼んでみようということになった。

 テーブルでカレーちゃんの対面に座って、まず最初の方の原稿をチェックするドリル子。


「ふむふむ……なるほど……それで……ほうほう……」


 くるくると指で赤ペンを回しながら、A4用紙に印刷された原稿をめくっていく。

 そして、約1万字ほどほどの原稿を読み終えて、綺麗に整えて満足気に息を吐いた。


「それで続きはどこですの?」

「赤ペンを入れろよお主! 一回も修正せんかったじゃろ!?」


 テーブルを叩きながらカレーちゃんがツッコミを入れた。


「だってどこが悪いかわかりませんもの。物語は面白い感じではありますわ。カレーちゃん凄いですわね」

「凄いとか凄くないとかじゃなくて、誤字脱字が問題なんじゃー! あのなろうの誤字報告することを生きがいにしておる読者の目に入ったら容赦なくTwitterとかで報告してくるのじゃぞ! 多分!」

「どれだけ嫌ですの誤字報告が……」


 誤字脱字、誤表現に文法ミスを見つけるにも才能というか、よく見つける人と全然見つけられない人がいる。

 カレーちゃんもどちらかと言うと他人のWEB小説などを読んでいても見つけない方ではある。気にしないと言い換えてもいい。それでも今は自分のものを売り出すために必死に修正しているのであったが。

 

「だってなんかおかしいかなーって思うようなところはもうカレーちゃんが赤ペン入れてますわ。カレーちゃんが誤字修正上手にできているのも、WEB投稿してるときに報告してくれていた人たちのおかげではなくて?」

「いや。単に物理書籍化のとき、担当編集と校正会社が赤ペン入れるようなポイントを覚えただけじゃ。あやつら本当に執拗に赤ペン入れてくるからのう……」

「プロですものね……」


 一度ぐらいは出版社を通しての校正作業を経験しておくと、自分で校正する際の手順やノウハウが掴めたりもする。推敲に苦手意識のある人は物理書籍化を狙ってみよう!

 カレーちゃんから文句を言われたので改めてドリル子は眉根を寄せてジッと原稿を確認する。


「……あっ。ありましたわ! ここだけ『ゾンビぃ』って、小文字のィがぃになってますわ!」

「うむ。そういうのを探すのじゃ。その、『ぃ』を赤ペンで二重線を書き、隣の行間に『ィ』と正しい字を書いておいてくれ。そして文頭に付箋な」

「間違い探しみたいですわね……ここ、『はいお前ら生きてるままだと敵討ちなんてできますぇーん』は『すぇーん』じゃなくて『せぇーん』ですこと?」

「いやそれは単に口調じゃからそのままでいい」

「ややこしいですわね……」


 セリフの校正の場合は方言や訛っていたり、妙な言葉遣いをしたりするので作者以外には一概に間違いだとは判断できなかったりする。

 微妙なパロネタも伝わらないと修正されることもあるが、もう読者にも伝わらなさそうな唐突のネタはいっそ消してしまったほうがスッキリすることは確かだ。

 

「まあ間違ってるのか怪しいなってところは赤ペンで『?』とか『大丈夫?』とか横に書いておくと安心かの」

「わかりましたわ」

「編集と校正会社から散々セリフの度に大丈夫か疑問視されて自信喪失した覚えがあるが……」

「本当に嫌いになってますのね……校正作業」


 それでも初稿の校正はカレーちゃんがゲロを吐きそうなぐらい集中してどうにか4日で終わらせ、それをドリル子が目を皿のようにしたものの一日掛けて読み終わってそこまで修正できずにお手上げをした。

 これで動画出演の報酬を得るつもりなのかと言わんばかりのジト目を受けたので、ドリル子が槍鎮に校正を頼むことになった。

 



 *****




 夕方、アパート『メゾンドビヨンド』に高校生が戻ってくる。胸元を開けた半袖のシャツ。シルバーのネックレス。腰に下げたズボン。髪の毛を染めてピアスを付けている。眉毛は細く、目つきは悪いのと軽薄さが両方にじみ出ているやや背の高い少年だ。片手に持って歩きスマホをしている画面には英単語学習アプリが次々に単語や短文を映し出していた。

 件のアパート住民、御符箱沢槍鎮である。放課後に軽く友人らとゲームセンターで遊び帰ってきたところだ。しかしながら夜には生活費を稼ぐためのバイトもあるので、あまり遅くまでは遊べない。

 一人暮らしをしているのだが学費・アパートの家賃こそ実家から出してもらっているものの、生活費は自分で稼いでいる。朝にはバイクで新聞配達、夜には中華料理屋で働き、週末には遊びに精を出しているためアパートではあまり普段見かけない。

 今度テストに出る範囲の英文を読みながらカンカンとなる階段を上がり、2階に並ぶ彼の部屋の前にドリル子とカレーちゃんが待ち構えていた。

 

「えーと『even though they’re useless and unattractive』……例え彼らが役立たずで何の魅力が無くても……っと。ん? あれ、オーヤさんじゃねっすか。それに隣のカレーちゃん。ちぃーっす!」


 部屋の前にいる二人に気づいて槍鎮は顔を上げ、携帯をポケットにしまいながら軽い調子で挨拶をした。

 カレーちゃんはササッとドリル子の背中に半身を隠す。


「……なんで年下の子の挨拶程度で怯んでますの」

「陽キャっぽくて怖いのじゃ」

「明治生まれでしょうに……それより御符箱沢くん、ちょっと時間いいかしら?」

「全然オッケーっすよ?」


 槍鎮はチラッと腕時計を確認しつつそう返事をする。6時からバイトに行かねばならないが、まだ時間がある。

 カレーちゃんはコミュ障なので説明したがらないし、自分に回された校正の仕事を下請けに渡すような形になるでドリル子が原稿を手にしながら告げた。

 

「これはカレーちゃんが書いた小説なのだけれど、これに誤字脱字や文法ミスが無いか読んでチェックして欲しいのですわ」

「カレーちゃんが? え、なんすかマジすか。どっかの賞に応募とかするやつっすか? ってか、ええええ? 小説書くって、カレーちゃんマジっすか」


 戸惑った槍鎮は言いつつ、カレーちゃんの方を向いてまるで珍獣でも見つけたかのように目を丸くした。

 槍鎮はカレーちゃんとあまりアパートでも合わないのでなにをしているのかこれまで全く知らなかった。見た目は外国人の少女だから、まあ特殊な事情でもあって大家が預かっている子だろうかと漠然と考えていたようだ。


「実はカレーちゃん、本を何冊も出しているプロの小説家先生なのよ」

「え!? ホントっすか!? マジ!? マジプロ!? ちょっちょっちょ、なんて本出してるんすか!?」

「ほら、カレーちゃん。ダイレクトマーケティングしなさいな」

「う、ううううう……面と向かって自分の作品を紹介するのは割と恥ずかしいものが……」

「なにも恥じることはないでしょうに。むしろ誇るぐらいしないとファンに失礼ですわよ」


 もじもじとしながらカレーちゃんは携帯電話いまだにガラケーであるをポチポチといじって自分の作品の表紙画像を出し、それを槍鎮に見せる。


「こ、これじゃ……『転生したら明治なのである』……もう打ち切られたがのう」

「うわっマジマジじゃねっすか! すげえ! カレーちゃん先生! え、これ売ってるんすよね!? やっべえ後で本屋で探さねえと……」

「な、なんなら余っとる献本をタダでやるが……」

「え!? 駄目っすよタダなんて! えーとよく知らねえけど、俺が買ったら売上アップするんじゃねっすか!?」

「いやあ……今更じゃからのう……売っとるかわからんし……」


 そもそも今本屋で探したところで見つかるとも限らない。毎月沢山の本が新しく発売し、なろう小説の書籍だって幾らでも新作が出てくるのだ。人気が無い上に続刊もしないカレーちゃんの本などさっさと返本されていることだろう。

 印税だって刷られた時点で発生するので、もはや今更書店に並んでいる実本が売れたところでカレーちゃんにお金が入るわけでもない。 

 ドリル子が思いついたように言う。


「あら。それでしたら、校正作業をするお礼として本を差し上げたらどうかしら。三冊で3000円ぐらいするでしょう、買うと」

「そうじゃのう。……いや、校正やってくれるのかのう?」


 そもそも引き受ける前提で話を進めているが、まだこの男子高校生はやるとも言っていない。


「よくわかんねえっすけど、俺に手伝えることなら手伝うっすよ! マジ!」

「うううう」


 やる気十分、といった笑みを見せる槍鎮だが、カレーちゃんはどこか抵抗を感じて呻く。

 そもそもこういったチャラい男が好き好んで小説やライトノベルをよく読むとはとても思えない。

 ライトノベルにある程度慣れ親しんだ人ならば、例えば作中に魔法が出たり、キャラクターが漫画チックな個性を持っていたり、やたら主人公が美少女にモテモテだったりしても前提知識という名の耐性があるので「そういうもの」と容喙しないだろう。

 だがそういう文化に慣れていない人が読むとなると「なんだこれ」と思われるのではないだろうか。

 「あのケモミミロリ、こんな変な小説書いてやがる」と小馬鹿にするのではないだろうか。

 「おーいうちの隣に住んでるやつ、こんなの書いてるぞー」と教室の黒板に張り出して笑いものにしないだろうか。

 カレーちゃんはほとんど人間不信的に、そんな嫌な想像をした。

 しかし流れ的にはもう槍鎮は興味津々だし、頼む他はない。

 

 とにかく献本を渡すのと、作業手順を説明するためにカレーちゃんの部屋に三人は入った。

 部屋に物は少ないがカレー臭がほのかに漂う。室内干しの物干し竿には何着もモンペが吊られていて、もはやそれにもカレー臭は染み付いているだろう。壁紙がほんのり茶色い気すらする。


「えーと……これじゃな」

「カレーちゃん……出版社から送られてきた本、紙袋の中からすら出していませんの?」

「仕方あるまい。お主ぐらいにしか配っておらぬし……ほい!」


 カレーちゃんは『転生したら明治なのである』の1巻から3巻までを槍鎮に渡す。


「うお! マジ! あざーす! 今晩読もうっと」

「いや……まあ無理して読まんでもええぞい……でも古本屋とかに売らないでくれると嬉しいが……どうしても手放したくなったら燃えるゴミに出してくれれば……」

「どうしてそこまで卑屈になれますの」


 呆れたようにドリル子が言う。カレーちゃんが思うに、あまり興味のない本を押し付けられた人は表面上お礼ぐらいは言うが実際は読まずに詰むパターンが多い。むしろ余計なゴミを押し付けやがってと嫌がっているかもしれない。完全に邪推である。

 しかしながら槍鎮はまるで誕生日プレゼントを貰った子供のように目を輝かせてカレーちゃんの本を手に取り眺めている。素直に感激しているようであった。


「……それで、作業手順を説明しようかの。いやもうホント、無理そうなら先に断っても構わんから……」

「頼む前からどんどんネガティブになっていきますわこの子……」


 カレーちゃんはテーブルに原稿を広げて、ドリル子にやったように赤ペンでのチェックを説明する。

 実際にその原稿にはカレーちゃんとドリル子が赤ペンをいれた形跡が残っているので、そういった部分を修正するのだという見本にはなっている。槍鎮は「ふむふむ」と興味深そうに聞いて頷いていた。

 説明を終えてカレーちゃんはどこか、まるで粗悪品をマルチ商法で押し付けるのに罪悪感があるといったような微妙そうな顔で聞いた。


「やれそうかのう……?」

「うっす! とりあえずやれるだけやってみるっす! 先生!」

「うううう」

「なんで嫌そうな顔ですの……」


 親指を立てて引き受ける槍鎮にカレーちゃんは引け目を感じる。爽やかに頼まれごとを受けているが、本心ではクソ面倒なことを頼んでくる厄介な隣人で、SNSに悪口を書き込もうとしているのかもしれない。そんな考えがひたすら浮かぶ。

 

「……あっ、ところでこの校正? なる早で終わらせた方がいいっすかね? 今晩中とか……オール余裕っすよ?」

「あ、いや。そこまでは……儂でも数日掛かったし、早く目を通すより間違いをじっくり探す方が重要じゃから、時間を掛けても構わんぞ。一週間とか……」

「あざっす! じゃあちょっと借りまーす。今日これからバイトあるんで、夜中と明日ガッコで読ませて貰うっす!」

「お、おお。バイト前にすまんかったのう……」

「いやいや、先生のお役に立てるならマジ頑張るっす!」


 ──そうして槍鎮はゾン曽我の初稿を受け取って、校正することになるのであった。




「……不安じゃのう」

「いい子っぽいじゃありませんこと?」

「小説家に優しいツッパリなんぞ、オタクに優しいギャルぐらい実在性が怪しい。ああ、本心ではバカにしておるのではなかろうか……あの原稿とか渡した本を読んだらつまんねーって失望するのではなかろうか……」

「もうなんかそういう不安になる精神病ですわよカレーちゃん貴方」


 ドリル子はいつもふてぶてしいのに、小説のことになるとやけに卑屈なカレーちゃんにため息をついた。

 そこまで自分の小説に自信が無いのならばWEBで発表することもなさそうなのだが。作家の精神とは不思議なものである。だいたい、少なくとも書籍化されるぐらいには自分の作品が他人に評価されているしコアなファンもついているのだから自信の一つや二つぐらい持っても良いはずなのだが。





 自作電子書籍化作業進展状況。


 1:下書きを作る CLEAR!

 2:下書きを推敲・校正して初稿を作る CLEAR!

 3:初稿を更に校正・他人に確認して貰う 進行中!





 ******







「フーン、これが売り物になるわけか……おもしれーじゃん」


 槍鎮は原稿を流し見しながら、誰にも聞かれぬようにそう呟いた───










 ****** 







 人物紹介



 御符箱沢 槍鎮


 寺生まれの次男坊。高校2年生。

 槍のようにまっすぐに生きて、落ち着いた人になって欲しいという願いから槍鎮と両親に名付けられた。

 人生経験も兼ねて親から生活費を自分で稼ぐように言われ、本人も納得して一人暮らしをしている。

 ちょっぴりスケベで可愛い子に弱い。女の子からの頼まれごとはつい引き受けてしまうが、奥手。男女ともに友人が多い。趣味は山の中でパルクール。



他人に校正頼むの無理なら自分でその分をカバーできるぐらい頑張って校正しましょう


オフパコザワ・ヤリチンって口に出して読むとなんか楽しいよ


次回は日曜日。評価・感想ありがとうございます!(カレーちゃんはネガティブだけど気にせず評価ください)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライトノベル文化的にアルアルごった煮成分な文章が恥ずか死レベルのカレーちゃん(´ω`)だけど『転生したら明治なのである』が例の江戸モノみたいな作劇だったらかえってテンプレ要素は少ない気がし…
[良い点] スゴイ名前だ(´・ω・`) [気になる点] しかも名前の割に良識あるっぽい [一言] 年増吸血鬼と陽キャの恋が今!始まらない(´・ω・`)
[良い点] こういうの好き 小説書いたことないけど、林トモアキとか時雨沢恵一のやつのも好き [一言] 忙しすぎてリアルタイムではなかなか追っかけられん 面目ねぇ イツエさん元気にしてるかな 何で予…
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