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第2話『原稿の下書きをするって簡単に言いますけどこれ一番大変』





 自作小説を直接インターネットで電子書籍として販売する。


 言ってみれば同人小説のDL販売だ。ケモミミ吸血鬼のカレーちゃんは、これまで同人誌なんて作ったことも買ったこともなかった。

 虚を突かれたような大家・ドリル子の意見にカレーちゃんは、


「それじゃ! ……それなのか?」

「後はゲームやってる姿を撮影してチューバーになるしか、カレーちゃんの取り柄を利用した稼ぎ方なんてありませんわ」

「儂が一人でオセロゲームをCOMと対戦しておるのを?」

「物悲しすぎますわね……オンラインゲームとかやりませんの?」

「なんでゲームの世界でまで他人と関わらねばならんのじゃ……」


 コミュ障通り越して対人恐怖症に軽く入っている。

 不便だというのにこんなコンビニも無い田舎に住んでいるのも、人間関係に疲れたからというOLみたいな理由があった。

 一昔前まではなんとも言われなかったのに現代だとケモミミ吸血鬼なカレーちゃんは目立って仕方ない。吸血鬼要素は外見にほぼ無いが。もんぺ姿も無駄に目立つ。いっときは都会の大学に通い、アルバイトなどもしていたのだがすっかり人の目に嫌気がさしていたのだ。

 田舎だと割とそこらのおばちゃんが畑仕事や庭いじりでもんぺを着ているのでカレーちゃんが着ていても不自然ではない。


「ともあれ、ネット自費出版じゃな。その可能性について調べて見ようかの」

「誰か詳しい知り合いとかいますの? 出版社の編集者さんとか」

「グーグル先生が詳しいじゃろ一番」


 カレーちゃんは持ち歩いているタブレットを取り出して検索してみた。

 

「『小説 電子書籍 自分でやる』……と」

「凄いストレートな検索ワードですわね……」

「ググるコツは恥も外聞もなく、ふわっとした知りたいことをそのまま入力して検索することじゃ。便利な世の中じゃのう……儂の生きた明治時代では検索エンジンなど無かった。パソコン通信雑誌に書かれているURLを直接入力しておった……」

「明治時代に!?」


 とりあえず大雑把に検索してみたところ、複数の個人ブログがヒットした。

 自分の創作品を電子書籍で出版しようという人は割といるらしく、真っ先に目についたのはAmazonが配信している電子書籍サービス『Kindle』で売り出すというものが多いようだ。

 

「おお、なんかできそうな感じじゃな」

「それは良かったですわ。……ところで調べるなら自室でやってくれます? ネットに上げる動画の編集をしないといけませんの」

「あの全然チャンネル登録者数がおらんやつの?」

「余計なお世話ですわ! 余計なお世話ですわ!」

「一回見たがつまらなすぎるぞ、お主のドリル動画。手元とドリルしか映っとらんから他のドリル動画に比べても特徴が無いのう……」


 割とYouTubeではドリル・工作系の動画は鉄板で数多くある。今の所ドリル子のチャンネルはそこまで目立っていないのが問題だった。


「画面の端でホモ動画を流してウケを取るとかせんか」

「なんでホモ動画なんて流さないといけないんですの!?」

「ならせめてお主の全身を映せ。若いおなごがやってるというだけで多少は登録者数が……若いといっていいかのう?」

「二十代ですわ! 二十代ですわ!」

「明治時代じゃもう完全にアレじゃぞ。そのトシで独身じゃと病気持ちとかそういう噂される段階」


 追い出された。カレーちゃんは仕方なく部屋に戻り、落ち着いてプランを再検討することにした。

 ちゃぶ台に置いてあるノートパソコンを起動させる。すぐに画面が起ち上がるのを見るたびにカレーちゃんは感心する。明治時代のノートパソコンはもっと起動に時間が掛かった。時計のマークが延々動かなかった。最近は便利になったものである。

 再度、電子書籍を自作するための検索画面を開くと複数のブログでやり方が紹介されている。


「フムン……趣味の延長、ちょっとしたアルバイトみたいな書かれ方をしていることが多いのう。本当に稼げるんじゃろうか……印税70%!?」


 思わず声を出した。Kindleで個人出版した場合の最大印税率はなんと70%である、と書かれていたのだ。

 大手出版社が電子書籍にしてくれたカレーちゃんの作品は同じくKindleでも販売されているが、印税率は13%である。その5倍以上。物理書籍が印税8%だが多めに10%(増版などをしたらそうなる)で見積もっても7倍になる計算である。

 つまり同じ値段で販売をしたとすれば、物理書籍7000冊刷った際の印税と、自分でやった電子書籍が1000ダウンロードされた際のロイヤリティはほぼ同額ということだ。

 

「仮に書籍だったら重版が掛かる量、つまり1万ダウンロードされたとして、1000円で販売したら印税700円だから700万円!! ナナヒャク! 儂の作家生活7年分に匹敵する!」


 微妙に悲しい概算である。

 

「こ、これは凄いのじゃ……震えて来た……酒を飲もう」

 

 おののいたカレーちゃんは常備している紙パックの麦焼酎をコップに注いだ。一升で798円の安酒である。数多くある安酒の中でも、麦焼酎は一番癖も味も無いので気にせず飲めるというライフハックだ。

 カレーちゃんは見た目こそ少女だが、なにせ長生きなもので容赦なく酒を飲む。酒を店で買う際の年齢認証のため免許証(原付き)も取ったぐらいだった。生まれが明治になっている免許証を持っているのはカレーちゃんぐらいだろう。

 震える手でビオフェルミン錠剤とマルチビタミンサプリを口に含んで酒で流し込む。これで今日の栄養は大丈夫だ。彼女はそう信じている。まだアルコール依存を治すための施設には一度しか行ったことがない。

 

「ハァ……ハァ……ゴクッ! シャキッ! よし。冷静に情報収集再開じゃ」


 アルコールを摂取するとその間の記憶を大部分消失する体質なのだがカレーちゃんは上機嫌に電子書籍化について調べる。

 ブツブツと独り言を呟いているのは長い年月をほぼ一人暮らしで過ごしていることから生まれた癖であり、有り体に言えば寂しいので声を出しているだけだった。


「ナルホド……このよくわからん聞いたこともない作者の書いた、ブログのまとめみたいな電子書籍でも月に5000円程度の儲けが発生しておるわけか」


 故にその解説サイトでは『ちょっとした小遣い稼ぎ』として紹介されている。

 月に5000円。

 たかが、と言われるような額ではあるが……


「重要なのは『継続的に』月5000円ほどの収入が得られているということじゃな」


 基本、物理書籍は一回刷ればドンと印税が振り込まれて増版されなければおしまいである。

 客が幾ら買おうが刷られなければ作者にお金は入らない。例えば発売されて一年後とかに買ったところで、もはや増版の望みが無い作品では無意味である。(だからといって中古で買われると弱い作者は心が死ぬ)

 だが電子書籍は、買われたら買われた分だけ作者に利益が行く。

 もちろん買ってくれる客というのは無限ではないが、もし将来的に有名になったとか作品がバズったとかで過去作を電子書籍で買う客が増えれば儲けが増えるのだ。

 余程の事情が無い限りは物理書籍だと将来なにかヒットしたからといって過去作を増版することなどない。それこそ直木賞だのノーベル賞だの取れば別だが。

 

「そして仮に、月5000円程度売れてくれる本を10冊出したとしたら、毎月5万円の儲けになるわけじゃ」


 そうするとゴロゴロしているだけで年60万円の儲け。年金と合わせればギリギリ生活が出来る。働かずとも(重要)。

 

「そ、そして、もし! 百冊ぐらい出したとしたら……月50万の儲け! 遊んで暮らせる!」


 遊んで暮らすために百冊もの本を出すという労苦を考えないようにすれば、だが。


「えーと何々、割と昔に流行った漫画家でも、電子書籍サービスによって印税が再び入ってくるようになって儲けている人もいる……と。ううむ、やはり夢がモリモリ。出して損は無さそうじゃのう! やるぞ!」


 なにせ、『明治なのである』は3巻で打ち切りを食らってしまったが、ウェブ掲載している部分を全て本にすれば10冊以上は文量がある。

 他にも色々短編などを書いているのでそれも本にできれば収入になる。

 一つ一つは多く売れなくても数を出せばいいし、もし今後再び物理書籍を出すようなヒット作が生まれれば、Kindle限定の電子書籍を買う人も出てくるだろう。


「はっはっは! もう勝利したも同然じゃな! 祝杯じゃ!」


 カレーちゃんは麦焼酎を一気に煽った。彼女は吸血鬼だが、麦焼酎は血液に似ているためそれも好んで摂取するのだ。液体なところとかが似ている。

 上手く電子書籍で儲けることができたら労働なんて行いに頭を煩わせることもなく、こうして昼間から酒が飲める。なんと素晴らしいのだろう。

 カレーちゃんは幸せな気分のまま泥酔するまで酒を飲んだ。僅かに脇腹や背中の内側が痛んだ気がしたが、吸血鬼内臓は酒なんかに負けないと自分に言い聞かせて。




 ******




 夜になり目覚めたカレーちゃん。

 吸血鬼なので夜のほうが行動力がアップするため、昼間は寝て過ごしたのである。決して自堕落なわけではない。

 痛む肝臓とかを、水さえ飲めば治ると信じて水道水をごくごくと飲んでから再びパソコンの前に座る。


「さて……電子書籍を売るのに差し当たって必要なのは原稿じゃな……」


 例えば打ち切りを食らった『明治なのである』はいつでも続刊を出せる程度にストックはあるのだが、仮にも出版社を通して売り出していた作品の続きを勝手に出しては問題があろうものだ。

 連絡を取れればいいのだが、当時の担当さんは蒸発してしまったので(日光を浴びて蒸発するタイプの吸血鬼だったのかもしれない。詳細は不明である)、後は殆ど関わっていない相手しか編集部へのツテは無く、打ち切りなろう作家が連絡してきては相手も『はぁ? 打ち切りなろう作家が話しかけないでくれます?』みたいな対応を取ってくるかもしれない。これはカレーちゃんの被害妄想だが。


 となれば『明治なのである』のタマは、少なくともちょっと今すぐ使うには気が引ける。

 なのですぐに出せそうなのは、ボツを食らった『ゾンビランド・曾我兄弟』という作品であった。

 これは『曾我兄弟の仇討ち』にゾンビ要素を足した名作映画めいたストーリーの物語であり、小説家になろうに短編としていたものだ。死んだ曾我兄弟を北条時政がゾンビィとして蘇らせて仇討ちさせる展開である。

 曾我兄弟の仇討ちに関しては有名な芝居や歌舞伎の原作にもなっているので説明は省いても読者にある程度通じるだろう──という方針だったのだが。


「感想で『曾我兄弟の仇討ちってなんだっけ』『名前だけしか知らん』『大化の改新のことですか?』とかあったからのう。最近の若いのは曾我兄弟のことも知らん。大化の改新のは曾我じゃなくて蘇我じゃろうが」


 赤穂事件、鍵屋の辻に並んで日本三大仇討ちだというのに、微妙にマイナーなところがあるのは他2つが江戸時代に起きた仇討ちなのに、曾我兄弟だけ鎌倉時代だからだろうか。

 時代劇のセットも江戸時代のものと違って作りにくいのか映画やドラマになっている回数も少ない。『吉良上野介』や『大石内蔵助』、『荒木又右衛門』の名前は聞き覚えがあるが『ソガスケナリ』『ソガトキムネ』と言われてパッと漢字まで思い浮かべられる人は多くない……のかもしれない。

 

「儂の作品を追ってくれる読者は、やけにマイナーな題材に詳しかったり、元ネタ知らんでもノリで読んでくれる変人が多いが……仮にも金を取って売り出すわけじゃから、色々と新規読者に向けた配慮なども必要じゃろうなあ」


 カレーちゃんは意外にも真面目にそう考える。彼女の書く作品に何故かいつも感想をくれる固定読者が幾らかいるのだが、そういった読者は『いつものですね』とか『タイトルで作者が誰かわかったわ』とか理解力というかよくわからないアレさがあるが、そういう重篤な読者にだけ売れても駄目なのだ。

 広く売れるようにしなければならない。となれば用語を詳しく説明したり、キャラをもっと立たせたりするために描写が必要だった。


「それにウェブ版をそのまま金取って売ってます、などと言っても買う者は少なかろう。少なくとも金を出して買ったことで無料読者よりも得をさせねばならん。つまり加筆が必要じゃな」


 実際、短編として出した『ゾンビランド・曾我兄弟』は本一冊分よりも随分と文量は少ない。

 大体小説一冊分の文字数が10万字~20万字ぐらいだろう。現在『ゾン曾我』は3万5000字程度。7万字から10万字程度の加筆をして本一冊分にしたほうがいい。

 金を出して買った電子書籍が、ほんの十分で読み終える程度の文量だったならばがっかりするだろう。客をがっかりさせるということはSNSの発達した昨今では悪評を垂れ流されると現在では同義であり、それは売上にも関わる。



 なろう小説電子書籍化プラン1:原稿を用意しよう。普通のラノベサイズを意識するなら10万字~20万字が目安だが、自分で作るものなので好きにしよう。



「さあ、書くのじゃー!」


 カレーちゃんは勢いよくキーボードを打ち始めた! カタカタカタカタ──ッターン!

 10分経過。


「ちょっと息抜きするかのう……別に締め切りがあるわけじゃなし」


 自炊電子書籍化は締め切りも納期も自分次第だから焦る必要はない。

 だが逆に、自分を律して書く意志を強く持たねばいつまで経っても完成しないということでもある。

 カレーちゃんは強く意志を持てるのだろうか。既にブラウジングを始めてしまっている。

 彼女はふと、小説家になろうのマイページを開いた。


「うぐっ」


 『新着メッセージが10件届いています』

 『感想が書かれました』

 『活動報告にコメントがあります』


 という通知が彼女の視界に入った。

 読者からのメッセージ、感想、そして励ましのお便りだ。これを見て多くの作家は奮起し、書くための栄養としてありがたく頂戴するのである。

 カレーちゃんもそうするだろうか。彼女はおもむろに、マイページを閉じた。


「ふぅー……どうせ感想で『次回作は?』とか『続きはよ』とか『体調に注意して頑張ってください!』とか急かすような内容が書かれているに違いない……心の安寧のために見ないようにしておこう」


 無様! 

 読者からの励ましが逆に後ろめたくなって確認できないという駄目っぷりを発揮しているのだ!

 ※あくまでカレーちゃんの話でありこの作品への感想は歓迎です。

 カレーちゃんは、まあ書籍化しているだけあって割と作品に感想が多く書かれている。なろうに投稿されている作品の中には感想の一つも付けられていない作品だって数多くあり、それでも続きを書いている作家だって多くいるというのに。贅沢で罰当たりである。

 なら最初から感想を書き込めないように設定していろ、という話でもあるが、なんかそういうことすると感じ悪いかなというネガティブ思考なのでそのまま放置しているのだった。


「感想を見るのはメンタルを削るが、こういった読者が買い手になるのじゃから見捨てられても困る……やはり小説を書かねば忘れられてしまうのう。よし、続きじゃ続き!」


 カレーちゃんは多くの貴重な読者の励ましのお便りから目をそらしながら続きを書き始めた。

 大変ありがたい感想の数々は勝手に重荷に感じているものの、人からの評価が無ければ無いでつらいという面倒くさい作者なのだ。自己顕示欲の塊でありながら引きこもりのコミュ障というクソみたいなメンタルをしているのである。 

 カレーちゃんはメモ帳テキストドキュメントに『ゾンビランド・曾我兄弟』の加筆版をタイピングする。


「フムン。大雑把に章分けして書いていくかのう」


 短編で投稿サイトに載せたときはテキストファイル一つで纏めたのだが、小説一冊分の文量を一つのテキストに纏めると非常に長く見づらくなるだろう。

 後々でテキストからWordファイルに移して校正などをすることも考えると、やりやすいようにこまめに分けたほうがいい。

 1万字~2万字程度で章を分けてそれを10章分書いて最終的に統合させよう、と思った。書籍化した『明治なのである』でも同じような手法を使ったからだ。

 カレーちゃんは夜なべしておおよそ1万字ほど『ゾンビランド・曾我兄弟』の加筆部分を書いた。


「よし! 儂だって頑張れば一日で1万字は書けるんじゃーい! どんなもんじゃーい! 計算上、毎日1万字書いていけばあと7日ぐらいで一冊分の下書きが出来上がるのじゃ!」


 カレーちゃんの執筆速度ならば本一冊は調子が良ければゼロからでもだいたい1週間で書き上がるのである。

 

「こうやって月に一冊書いていけば一年で……まあ予備日をいれて10冊。十年で100冊の本を出せる! 百年で1000冊じゃ! ふははは未来は明るいのう!」


 満足気にのけぞって、今日はここまでということにしてファイルを保存し、カレーちゃんは寝る前に朝ごはんを食べることにした。一パック70円程度のレトルトカレーに、6枚で60円で売っている食パンを3枚食べることで100円の食事だ。

 

「安いレトルトカレーはご飯よりパンで食べたほうが味が気にならぬような感じがするのう……」


 などと言いながらも食事を終えて、紙皿をビニール袋で包んでゴミ箱へ捨てた。洗い物はクリエイティブではないので、紙皿を主に使っているのだ。

 栄養を摂取してから麦焼酎を飲んで眠りについた。久しぶりに、漠然と抱えていた不安から解消される寝付きだった。




 *****




 次の日もカレーちゃんはひたすら原稿に向かう。合間合間にブラウジングをしながら。途中で確認したドリル子さんの裁縫動画は、ちょっとだけドリル子さんが映っていたものの恥ずかしいのかすぐに消えてとても客は呼べ無さそうだ。ドリルで裁縫をするという謎の技は見どころなのだが。


「よっしゃー! 今日は1万2000字も書けたぞー! いいペースじゃのう!」


 元々の投稿時の『ゾン曾我』の文字数が3万5000字+初日1万字+二日目1万2000字で、合計5万7千字。

 10万字まで残り4万3000字。




 更に翌日。


「うーみゅ、今日は8000字から先に進まん……まあキリはいいところで章を区切ったから、ここまでにしよう」


 合計6万5000字。

 残り3万5000字。




 翌日。


「……6000字か。今日はまだ6000字か……でも、毎日頑張っとるからこれぐらいでいいか」


 残り2万9000字。




 翌日。


「連日努力しておる儂自身へのご褒美じゃー! 酒! そして今日はリッチに中村屋のカレー(レトルト)じゃ!」


 その日の進展、0字。




 翌日。


「う、ううう……二日酔いで具合が悪い……でも頑張らねば……」


 1000字執筆。残り2万8000字。




 翌日。


「いかん! こんなことじゃ駄目なのじゃ! 奮起奮起!」


 1万字執筆。残り1万8000字。




 翌日。


「……文字数ばっかり増やしても起承転結の展開が怪しくなってきたのう。バランス調整せねば……」


 8000字執筆。残り1万字。


 


 翌日。


「クッ……10万字までいったのに、まだ終わりそうにないのじゃ!? 計画的に書けよ儂!」


 1万5000字執筆。現在10万5000字。




 翌日。


「ううう……そもそも儂は研究者とか専門家とか言うほど曾我兄弟や鎌倉時代に詳しいわけじゃないのじゃ……持ってる資料も少ないのじゃ……最終手段でググって調べるのじゃ……」


 9000字執筆……




 ******




「カレーちゃーん? 最近出てきてないみたいですけれど生きてますのー? 死んでるー?」


 ドリル子が玄関をノックする。なにせ不健康な生活を送っている独居高齢者なので、孤独死している可能性もあるから確認に来たのだ。あるいはヴァンパイアハンターとか陰陽師によって灰にされたか。カレーちゃんは以前、実際に陰陽師らしき人物に燃やされて死んだことがあるらしい。

 だが返事がない。


「死なれでもしたら余計に入居者が出なくなりますわね……ロリ吸血鬼が死んだ部屋とかだと逆に幽霊狙いでマニアックな人が入居しませんかしら」


 中に死体が残っていたら嫌だなあと思いながらドリル子は合鍵でドアを開けた。

 部屋ではテーブルに開いたノートパソコンの前で突っ伏しているカレーちゃんがいる。部屋からはカレー臭が漂い、捨てに行っていないビニール袋は茶色くなった紙皿でいっぱいだった。

 何日も洗っていないようなくたびれたもんぺ姿の少女を恐る恐るドリル子は揺する。


「か、カレーちゃん? 大丈夫ですの? 干からびていますわよ?」

「ううう……さすがの吸血鬼でも缶詰で執筆してたら死にそうなのじゃ……血を飲ませるのじゃ……」

「普通に嫌ですわよ」

「じゃあ水でいいのじゃ……」


 水と血は成分が似ている。血液の半分は水分で出来ているからだ。ドリル子が水道水をコップにいれて飲ませると、カレーちゃんはどうにか干物状態から復活してギラギラした目を開いて叫んだ。


「ふ、ふふふふふ……出来た! 出来たのじゃ! 13万6000字の原稿完成じゃー! 儂頑張ったー!」

「よ、よかったですわね……」

「うううう辛かった……でもどんなアイデアを持っておろうが、まずは原稿を完成させぬと小説家にはなれぬ……ここで躓くわけにはいかないのじゃ……」


 カレーちゃんは朝日が目に染みるように涙を流しながらテキストドキュメントを上書き保存し、念の為にグーグルドライブにアップロードして保存した。

 グーグルドライブはGoogleにアカウントを作れば使える無料の保存領域で、15Gまで保存できる。ちょっとした小説の文章ファイルやメモ帳を保存するには充分である。なお違法性のあるファイルを保存していた場合通報されることがあるので気をつけよう!

 いざという時にPCが故障して創作物のデータが消滅という危険性は割と高い。バタートーストを床に落とすとバターを塗った面が落ちやすいように、普通の人より作家のHDの方が壊れやすい。


 なにはともあれ、電子書籍化計画の第一段階。原稿の下書きが完成した。

 

 この計画においてあらゆる手順の一番最初に必要なのが原稿である。これが完成しないことには話が進まない。カレーちゃんの印税ウハウハ生活、一歩前進である。



「……そんなことよりカレーちゃん、貴方臭いますわよ」

「美少女臭じゃな!」

「いえ……なんか見た目小さい女の子でお風呂入ってない匂いだとネグレスト受けてるみたいで哀れですわ」

「……水とガス代が勿体ないのう……ドリル子さんの風呂を貸してくれ……」


 


 原稿を書いた段階ではまだまだ収入は発生しない。頑張れカレーちゃん!





 人物紹介


 取山ドリル子


 人間とドリルのハーフだということが最近判明して実家から追放されたと本人は主張している。

 実際は妙なドリル開発・試作に数億円の赤字を実家に出したからかもしれない。

 28歳。年齢よりは若く見られることだけが救い。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかんだ干物になりながらもテンポよく新書1冊分を書き上げるカレーちゃん(´ω`)才能と燃やせる情熱は常人ではないんですよね。 『ゾン曾我』のだいたいの流れとレトルトカレールーのみなの…
[一言] 桜庭一樹の「砂糖菓子の弾丸は~」でしたっけ直木賞と合わせて出版し直した作品。 個人的には「なんでコレがミステリー文庫で出たの?」って当時思った。
[一言] >タイトルで作者が誰かわかった そりゃあまあ……歴史物でタイトルのネタの走り方を考えたら多分貴方くらいだよなあって
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