第18話『表紙を書いてもらうために連絡を取ろう!』
カレーちゃんが、自分自身が電子書籍化作業をしたことを小説に書く。
その事自体は簡単だった。なにせ自身の体験談だ。明治時代なんて遡らなくてもここ二ヶ月ぐらいのことなので明確に思い出せるだろう。
なろうに投稿する分には余裕で書けそうだが、それを電子書籍として売り出すには一つ問題があった。
「絵面がメチャクチャ地味じゃ!」
「……どうしましたの?」
ドリル子にそう訴えかけてカレーちゃんは説明をする。
「『ゾンビランド・曾我兄弟』は歴史系じゃし、男臭い連中しか出てこんからなんとなく鎌倉武士を想像すれば読者の頭にもイメージは浮かんでくるじゃろ?」
「鎌倉武士のイメージっていうのが一般人だと掴めない気がしますけれど……」
「みんな『男衾三郎絵詞』とか読んどるじゃろ。あんな感じじゃ」
「知りませんわ」
『男衾三郎絵詞』はジャンプ漫画でも紹介された、鎌倉時代に書かれた絵物語である。
鎌倉武士の生き生きとした野蛮な姿が写し出されていて、中学校高校の資料集に載ることもある。タブレットにウィキペディアのページを写し出してドリル子さんに見せる。
「話は逸れるがこの『男衾三郎絵詞』、鎌倉武士ファンにはバイオレンスさが人気なのじゃが、後半が散逸して見つかっておらんせいかストーリーが中途半端でアレなのじゃ」
「どこがですの?」
「この絵物語、主人公は鎌倉武士ではなく超心優しくて美しい少女の慈悲ちゃんという人物なはずなのじゃ。しかしどん底に不幸な目に合う上に、この三郎というおっさんが慈悲ちゃんをイジメまくって終わるのじゃ。下剋上は!? ざまあ要素はどこなのじゃ!? なろうに連載しておったら読者から感想で三郎を処刑しろと要求されるぞ!?」
「で、でもタイトルが『男衾三郎絵詞』なのですわよね? その嫌なおっさんが主人公なのでは?」
「絶対序盤の描写からして違うのじゃ。シンデレラで継母と意地悪な姉たちがシンデレラをイジメ倒すシーンで終わってる感じなのじゃ。もやもや感が……」
男衾三郎絵詞をそんなもやもや感で見ている者などあまりいなそうだが、カレーちゃんはそう感じているようだった。
なんなら欠落している続きはきっと、慈悲ちゃんが覚醒して成り上がりおじの三郎を犬の餌にして首を門に飾るとかそういう痛快な展開になるに違いない。慈悲は無い。
「……ところで話を本道に戻すと、なんでしたっけ?」
「そうそう。鎌倉武士なら一般読者でもイメージできるのじゃが、なろう作家が部屋で出版・校正作業をやってるシーンなんぞ、読者はどう想像するか考えて見るのじゃ」
なろう作家という存在のイメージはいかなるものだろうか。試しにググってみると、黒髪ツンツン主人公が多いようだ。なろう作品がメディア化された場合、結構な割合でそんな感じに主人公が描かれるのは実のところ作者の容姿を参考にしているという説がある。
なろう主人公は作者の投影と言われるがなるほど、実際ああいう姿のなろう作家が多いならば納得ができる理屈であった。他にも目付きが悪役なお嬢様作家とか、人化したらそれがデフォ形態になってしまう系の魔物作家も多数存在するはずだ。
「……浮かんできたのじゃ! 黒髪童顔地味系の少年が、暗い部屋でポチポチ校正作業をしながら『フッ……単に本文内検索で置換しただけだが?』とか『俺の文章が変って……冒頭に「まあ」って使いすぎって意味だよな?』とか『誤字報告黙れ!(ドン!)』とかリアクション誰も返さないのに独り言でやってる姿! 絵面が壊滅なのじゃ!」
「別にそうなりませんわよ!? カレーちゃんのリアルな姿はむしろなろう作家の中だと知られてますわ!」
自分のことを書けと言われているのに何故かなろう主人公に置き換えてイメージしているカレーちゃんである。しかも偏見まじりだ。
ドリル子が指摘したようにカレーちゃんの容姿はネット上で広まった上にコラージュ画像、動画まで出回っているのでむしろ有名である。そんな彼女が自伝的な作品を書けば、イメージはちゃんと作者本人の姿でされるはずであるが。
しかし妄想に捕らわれたカレーちゃんは深刻な表情で呟く。
「黒髪童顔量産型主人公はアクションシーンでもやらない限り、単なる大人しそうな少年なのじゃ……電子書籍化なんて地味男が地味作業をする地味作品をイメージされてしまうのじゃ!」
「もうそれはジャンルからして仕方ないのではなくて?」
「仕方なくはあるのじゃが……多少は目を引かんと人気も出んじゃろ。文字で『絶世の美少女であるカレーちゃん』なんぞと貧困な語彙で設定したところで伝わらんじゃろうし」
「ならカレーちゃんの自撮り写真でも一緒に出せばどうですの?」
「それもちょっと自意識過剰みたいで恥ずかしい……」
面倒な子ですわね、という言葉をドリル子は飲み込んだ。散々これまでも、そういう自己顕示欲と羞恥心に挟まれているカレーちゃんの姿は目にしている。仕方がない性格なのだ。
「というわけで、作者である儂のアバターとして、ちょっと可愛くデフォルメされたキャラクターイラストをつけようと思うのじゃ!」
「……イラスト、できますの?」
ドリル子が訝しがりながら聞いた。以前にゾン曾我を作る際にもカレーちゃんのイラスト能力を見たが、幼稚園児並であったのだが。
「くっくっく、見ておれ。ハアーッ!」
カレーちゃんが紙に向かってシャッシャとペンを動かし、名状しがたき冒涜的な生物の出来損ないみたいな物体を描く。恐らく四つん這いで顔だけはなんか笑顔なのは判別できそうだが。
「……またチュパカブラですの?」
「ドリル子さんじゃ」
「素粒子レベルで似通ってる部分が存在しませんわ! どこがどうわたくしですの!? せめてドリルを付けなさいドリルを!」
「ドリルが付けばいいのか……」
カレーちゃんが懲りずに再びペンを動かす。三角錐の形にドリルっぽい横縞模様を付けた適当すぎるドリルに、棒人間の手足みたいなのを生やして描いた。まともな絵が描けないカレーちゃんでもこれぐらいはできる。
ドリル子は出来に頷いて、
「これならまあ……」
「納得された!? ……どちらにせよ、こんなもんを出したらシュールじゃのう」
「こんなもんて……わたくしもイラストに出しますの?」
「うみゅ。主人公一人がブツブツと書籍化作業についての説明セリフを呟きながら、延々と原稿に向かっておるだけの話が本一冊分続いて誰が読むのじゃ。なんなら儂を高校生の文芸部にして、他の部員とかと青春しながら書き上げる作品の方が売れるじゃろうが……」
「カレーちゃん、高校生の生活とか想像できますの?」
「無理じゃ……高校どころか小学校すら出とらんのに……大学の常識程度しかない。高校生も学内で全裸になってハンガーストライキして学費下げるように要求したりするのかの?」
「それうちの大学でも一部しかやってませんでしたわ」
「学内の飲み会で死人が出たりとか」
「めちゃくちゃ問題になりましたわよね」
二人が通っていた大学なら毎年ハンストを行う学生がいて、大豆や胡麻粒などを投げつけて他の学生が遊んでいたのだが高校ではそういうことをやる学校は少ないだろう。飲み会もだ。
カレーちゃんは人並みにオタクではある。ゲームもするし漫画も読む。ラノベだって嗜んでいる。だが、中高生が楽しげに学校生活を送る作品は殆ど手を出したことがなかった。若くて青春をきらめいている姿が羨ましかったのである。
明治時代に自我を取り戻して言ってみれば転生した時点でカレーちゃんは今の姿と大差ない、少女とも大人とも言えるような状態であった。拾ってくれた三文小説家も別段子供扱いしなかったこともあり、生まれてから青春時代をすっ飛ばして生きてきたようなものである。
現代では夜間中学という、様々な理由から中学校へ通えなかった人向けの教育課程もあるのだが、基本的に活動的でないカレーちゃんがわざわざ制度を調べて通うこともなかった。大学は自由そうに思えたのと、面接一発合格だったので入ったのだが。
「しかし前も言ったがのう。現代っ子に比べて儂は絵を描くスキルがまったく伸ばす環境になかったのじゃ。今から練習するのもなんかのう……」
「現代技術を活かして、生成AIでも使ってイラスト作るとかはどうですの?」
「アンチAIに目を付けられたら延々と悪評を垂れ流されそうで怖すぎるのじゃ。一応、Kindleの自費出版コーナーにも生成AIで表紙とか作っておる作品はそれなりにあるが……」
カレーちゃんがただの無名作家ならば、厄介なのに目を付けられてもアカウントを消して逃亡すればよいのだが仮にも既に何作か出している身分だ。
おまけに彼女の本を買ってくれているのは謎の強火ファンが9割。下手に転生(新たなアカウントとペンネームで再スタートすること)するわけにはいかない。
「AI画像で表紙作るとどうしても量産品感が拭えん気がするのじゃ。いや、上手な人が作って加工まですればわからんのかもしれんが、まず儂は上手じゃない自信がある。使ったことないし。だからここでは使わんでおこう」
「となると……やっぱりプロの絵師さんに頼んだほうがよろしくなくて?」
真っ当な意見である。もはやどうしようと悩み、或いは下手な誤魔化しの練習をするよりもサクッと頼んで報酬を払ったほうがタイムパフォーマンスに優れているとも言えよう。
「うーーみゅ……A案『SNSで絵師募集する』B案『前の書籍で担当してくれた絵師さんに連絡してみる』……どっちかのう」
「B案でいいのではなくて? 上手だったし、前のときもちゃんと直接やり取りをして居たのでしょう」
「そうじゃのう。ラノベ作家とイラストレーターさんは中間に編集さんが入って『作者⇔編集⇔絵師』みたいにやり取りをするパターンも多いらしいのじゃが、儂のときは直接やり取りをしておったのう」
「どうしてそういう、迂遠なやり取りになっていますの?」
「トラブル回避のためじゃないかえ? そもそも書籍化したてのなろう作家なんぞイラスト発注のノウハウがゼロなんじゃから、下手な要求を直接言って関係が悪くなることもあるかもしれん。イラストレーターさんが出したキャラ原案を『凄くいいんですけどあと2パターンぐらい見たいです! 週明けまででお願いします!(金曜日に言う)』とか言って無駄に仕事増やしたりとか。そういうのを、間に入った編集がいい感じの言葉で中継して仕事を増やさんようにするのじゃろう」
「カレーちゃんは無茶な注文を言わなかったですわよね」
「……言ったかもしれん。ごめんなさい」
「駄目じゃない! でもそれならなんでカレーちゃんのときは直接やり取りさせていたのかしら」
「たぶん編集さんが忙しかったからじゃなかろうか。同時になろう小説を6作品ぐらい担当しておったとか聞いたし」
「大変ですのね、出版社の編集も」
「最後あたり全然レスポンスが無くなったと思ったら蒸発した」
「怖いですわね」
※業界ではよくあるらしい。編集のみならず、作者やイラストレーターや企画そのものが蒸発するパターンもよくある。
「では前の絵師さんに連絡するということで……ううむ、予算の問題もある……そもそも幾らイラストに掛かるのか相場もわからん……」
「絵師さんとの相談が必要ですわね」
「その前に大まかな価格をググってみるかのう」
『イラスト 料金 相場』という直球な単語で検索し、適当に出てきた日本イラストレーター協会とやらのサイトを参考にしてみることにした。
イラスト、と大まかに言ってもどれぐらい手間を掛けるのかで相場は変わる。当然のことだが。
とりあえず参考にするのはキャラクターが全身表示されていて描き込まれたものだ。
「あくまで参考じゃが……1枚8000円から1万5000円ぐらいかのう」
「ふむふむ」
「表紙イラストはまた値段が上がるらしいのう……カラーじゃし、文字も入れて貰うし、気合入れて描くからか? 5万円から9万円ぐらい」
「結構しますわね」
「これをペイできるだけ儂の同人小説が売れるんじゃろうか」
普通のライトノベル並に、表紙と挿絵数点を頼むとおおよそ15万円ほど掛かる計算だ。
カレーちゃんが以前に売った『ゾン曽我』は300円、ざっとカレーちゃんの印税がひとつあたり200円で計算すると、750ダウンロード分の料金になる。
オリジナルジャンルの同人小説を750部売れたら大したものである。同人小説即売会のオリジナル島なんて、10部売れたら両隣から拍手されるぐらいだというのに!
カレーちゃんはそれほどの自信はなかった。いやまあ、現状でゾン曽我はちゃんとそれ以上に売れてはいるのだが。ただ、無条件に前作が売れたからと言って新作が売れるわけではない。
「ううーみゅ……ひょ、表紙だけ頼もうかのう……とりあえずは。売れるかわからんし」
「弱気ですわね……」
「まあ、まずは連絡じゃ! 絵師さんのダイレクトメールに……いきなり送ったら失礼かもしれんし……アポってどうやるのじゃ?」
「うわ、社会人経験がゼロですわ」
「吸血鬼じゃぞ!」
そもそもが他人とコミュニケーションを取るのが苦手で田舎に引っ込んできているポンコツクリーチャーなのだ。仕事の依頼などしたことがない。その前段階の連絡もだ。
「Xで話しかけたら変な業者かと思われるかもしれんし……」
「さすがに以前仕事した関係だからそうは取られないと思いますけれど」
「あっ! そうじゃ。打ち切りになった前作のグループチャットがまだ残っておる。そこなら何度かやり取りしておるから声を掛けやすいかもしれん」
「消滅した作品の仕事用チャット跡地を使っていいのかしら……」
「知らんが、駄目だったら誰か駄目って言うじゃろ」
カレーちゃんはブックマークに登録している、出版社の編集さんが用意した仕事用グループチャットに連絡を書き込むことにした。どうせ使用料が掛かっているわけでもない場所なので大丈夫だろう。そんな軽い気持ちで。
それに編集さんは蒸発したので見ていることもあるまい。
「えーと、こういうのの文頭は『お世話になっております カレーちゃんです』から始まって、なるたけ丁寧に仕事のお誘いを……」
「カレーちゃん、2行毎に『いえ、忙しいのならば断ってくれても全然構いませんが』って入れるのしつこくありませんこと? 3回は入れてますわよ」
「不安じゃろ! 締めは『何卒よろしくお願いします』……と。送信!」
これでまだ絵師さんが、グループチャットの通知設定をしていれば携帯かPCに連絡が行くはずである。
「よし! 連絡した! 一歩進んだ! あとはお酒を飲んで寝るのじゃ!」
「えええ、返信を待ちませんの?」
「返信が来るかどうか不安じゃろ! 夜も眠れんかもしれん! というわけで酒を飲んで忘れるのじゃ!」
「仕方ありませんわねえ。 では飲み会の動画を撮りますわよ。今回はカレーちゃんコラボで新作のお酒、『カレー・スクリュー・ドライバー』を作りますわ!」
「おお! なんじゃそれは!」
「カレー味のサイダーをウォッカで割ったやつですわ」
「美味しそうじゃのう!」
まだ出版するべき原稿に一切手を付けていないのに、イラストレーターに連絡を取ってみたというだけで百歩ぐらい前に進んだ気持ちで飲み耽るカレーちゃんであった。
頑張れカレーちゃん! 新たな自作電子書籍(イラスト付き)を作るために!