第14話『カレーちゃん書籍化!』
大事なお知らせが後書きにあります
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カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
ジャッジャジャーン。
復活なのじゃー。わりかし無事なのじゃ。
病院から帰ってきてドリル子さんと、この前の動画確認したら投げ銭が590万とか入っておった……なんなの怖い。
まあyoutueに3割ぐらい取られるらしいのじゃが。とりあえず治療費と住居の防犯設備改築費にするらしいのう。ドリル子さんの収入じゃからな。
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カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
うわあなんか大量にコメント来て説明めどいのう。
儂→腹を24針縫った。死ぬほど寿司で怒られた。
ドリル子→頭を5針。頭蓋骨も脳も異常ゼロ。頭蓋骨の強度が鋼鉄並。頭おかしいのじゃ。
男子高校生(救助に来た子)→腕をやられて手術。
じゃから男子高校生の子が一番重傷じゃったのう。暫くは不自由じゃが、後に障害とかは残らんようじゃ。名医が駆けつけてよかった。
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カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
コメント大杉。
5分後にドリルチャンネルで報告配信すればええんじゃろ……
片付けもまだ済んどらんから適当にのう。
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「はーい、ご心配をおかけしまして、頭を5針のドリル子ですわ~」
「チャンネル登録よろしくのう。腹を24針縫ったカレーちゃんじゃよー」
カメラの前で頭に包帯を巻いたドリル子とカレーちゃんが手を振って挨拶をした。
突然始まった配信だがモリモリと視聴者数は伸びていき、挨拶と二人を心配するようなコメントが流れていく。
カレーちゃんはドリル子の方を向きながら「ううむ」と口元に手を当ててわざとらしく告げる。
「痛々しい度で言えばドリル子さんが上じゃのう。頭に包帯じゃから」
「どうってことは無いのですけれど、殴られて切れたところが一部分ハゲたのがちょっと目立つから包帯巻いてるだけですわ」
「よくアレで大丈夫だったのう……あ、これ無断アップされてた殴られ映像」
カレーちゃんが手元のタブレットで、カメラにも見えるようにしてドリル子がバットでフルスイングされている映像を流した。
ドリルチャンネル襲撃事件はネットで大いに取沙汰されて、二人は知らないがTwitterのトレンドにも入ったぐらいだ。
なにせどこぞのおっさんが配信していたチャンネルで事故ってセルフバーニングの実況になっただけでもネットでは死ぬほど拡散されるのだ。わりかし可愛い女性二人がやっている、元々視聴者数が多い配信で傷害事件の現行犯など出たものだからネット人口に膾炙された。
配信映像を録画して切り貼りされたものが動画サイトには散らばり、海外でも評判となってカレーちゃんは4chanで腹切り寿司食いキャラとしてミーム化されているほどだ。
「いやー……映像で見るとガッツリ殴られておるのうお主。カキーンって音が鳴っておるぞ。よく死んでおらんな」
カレーちゃんが映像を確認してしみじみと呟く。あのときは彼女もかなり焦っており冷静に見れなかったが、カメラに映った限りでは画面の隅っこに『LiveLeak』と書かれていてもおかしくないショッキングなものだ。
間違いなく犯人も殴り殺すつもりで殴っただろう。だというのに、被害はバットが直撃したところの皮が多少裂けて、脳震盪を起こした程度。金属バットはへし曲がったのに。
「わたくしドリルとのハーフですから骨が鉄で出来ているのですわ」
ふふん、と無駄に自信ありそうにドリル子は言う。
「えー、この調子じゃが脳をスキャンしても異常ナシ。もうなんか奇跡の人体じゃな。もし脳に異常があっても開頭手術とかできんらしい。頭蓋骨硬すぎて切れんから」
「なんとかなりますわよ。多分。ドリルで穴を開けるとかで」
「しかし漫画とかドラマとかで頭をぶん殴られて気絶させられるやつよくあるじゃろ。あれって実際気絶するぐらい殴ったら三回に一回は目覚めてこないらしいのう」
「どこ情報ですの?」
「実話なんとかいうコンビニで売っておるカストリ雑誌に書いておった」
「実話ってタイトルにつく雑誌に実話が書かれていることはありませんわ」
そして、とカレーちゃんは服をたくし上げて下っ腹を見せる。そこには若干肌が変色した縫い跡がまだ痛々しく残っている。
「儂はこの通り腹をぶっ刺されて縫っただけじゃな。まあちっとハラワタも切れておったが縫ったらセーフじゃった。吸血鬼じゃからすぐ治るじゃろ」
コメントに『うわっ……痛そう……』『若干グロい』『カレーちゃん可哀想』
『¥1919 カレーちゃん(*>_<*)ノ お腹大丈夫?? すぐにでもおじさん駆けつけて(*ノェノ)キャー お腹をペロペロしてあげたいネ(ΦωΦ)フフフ… でもおじさんも割腹して傷口が膿んで入院中だから行けない。・゜・(ノД`)・゜・。 カレーちゃんに慰めて欲しいナ???』
『どうかそのまま入院し続けてくれ』『頭の病院だぞ』『すぐに引っ越してカレーちゃん』
気色の悪いおじさんコメントに二人して嫌そうな顔をする。
「というかわたくしの傷と心配するコメントの数が違いますわ。カレーちゃん超心配されてますわ」
「ドリル子さんは無駄に頑丈じゃからのう……なんかバットで殴られてるのもコントみたいじゃし」
「平気でしたけど失礼ですわ!」
「ドリル子さんが殴られてるシーンをリピートされてクソコラ動画作られてそう」
「肖像権を主張しますわ!」
そうドリル子が顔を赤くして宣言するが、コメントですでに作られたネタ動画のURLを紹介されたりもした。
カレーちゃんの持つタブレットの配信映像が進み、カレーちゃんがナイフで突き刺されるシーンだ。
「うわあ……気絶してましたけど危ないですわね。カレーちゃんべそ掻いてるし」
「ナイフで刺されそうになればべそぐらい掻くわい。久しぶりに危ないところじゃった。前にヴァンパイアハンターに銀の銃弾で撃たれたとき以来じゃな」
「撃たれましたの?」
「うみゅ。びっくりした。撃たれながら交番に逃げ込んだらハンターは過激派だと思われて、警官に囲まれ警棒でボコボコにされておった」
そもそも善良なる市民を銃撃する危険人物を許す警察ではないのだが。
まさかハンターも吸血鬼が警察を頼るとは思わず、困惑したまま足腰が立たなくなるまで殴られ、その後取り調べを受けて妄言を吐く外国人は全国ニュースになって名前と顔を晒され懲役刑を受けたようだった。
再生されている動画で、ゴォンと衝撃音。部屋の外から叫び声が僅かに聞こえる。
「おっ槍鎮が駆けつけてきたところじゃな」
「ドリルで鍵を開けているみたいですわね……犯人がナイフをカレーちゃんのお腹から抜いて構えましたわ」
「危ないのう……うわっ槍鎮の腕に刺さった!」
「痛そうですわね……」
他人事のように言っている二人だが、動画の中ではもう死んでるのではないかと言わんばかりにぶっ倒れている最中である。
槍鎮が抵抗して挑発し、犯人を外におびき出す。その後で、
『いたたー死ぬかと思うたわーおのれ許すまじ』
のっそりとカレーちゃんが起き出した。
「……呑気すぎる声ですわね」
「ほら……慌てすぎると逆に冷めてくる的な」
『許すまじって許す! マジ!って感じであんまりしっくり来ぬよなあ』
動画の中でぼやきながらカレーちゃんは腹を押さえつつ周囲を見回す。腹を刺されたばっかりだというのに緊迫感も無い。
「馬鹿みたいなこと言ってますわね」
「うるさいのう」
「痛くなかったんですの?」
「このとき結構酒飲んでおったからなあ……酒飲むと痛みがわからなくなるじゃろ?」
「あんまりお酒飲む時に痛いことしませんわ」
「ほら脇腹とか背中とか普段痛いのに酒を飲むとマシになったり」
「それはお酒で誤魔化したら駄目な痛さですわ!」
ひたすら呑気なことを言い合う二人だ。
家に闖入してきた男に殺されかけたというのにトラウマになるどころか、まるで他人事だった。百年以上生きているカレーちゃんはともかく、ドリル子もやたら図太い精神をしている。
そして動画のカレーちゃんは部屋をのそのそ這って歩き、ボウガンを手に取った。ズボンには染みた血がべったりと染み込み、片手の隙間から血が漏れているというのに怒り顔で玄関へと向かっていく。
「おー、こっからは動画に映っておらんが、儂が犯人の足を狙撃してやったのじゃよー。それで膝に矢を受けて動けなくなったやつを若者が取り押さえてくれた」
「ドリルボウガンの力ですわね!」
当たったのは偶然に近いが、ドリルボウガンは3連射可能だったのでこちらに気を引いて向かってきたら二発目で仕留めるつもりだった。少なくとも単一電池大の大きさをしたドリルを150m水平に飛ばすボウガンの射撃に直撃すれば、体のどこに当たっても行動不能にさせられる算段であった。なおボウガンは警察に押収された。一応そのうち戻ってくるらしい。
「関係ないが、あのドリルボウガン……どういう目的で作ったのじゃ? 狩猟用にしてはドリル矢がクソデカすぎるし、ドリルを飛ばすことが必要な穿孔工事があるとは思えぬが……」
「アニメとかゲームの武器でドリルを飛ばすやつありますわよね。あれですわ」
「武器にしか使えんものを開発するな」
そして動画で腹から血を流したカレーちゃんが帰ってきて、コメントを見ながらドリル子とうだうだ重傷だというのに言い合い、寿司を貪る。
救急隊員に怒られるシーンまで撮られて、ドリル子がPCを操作して動画は終了していた。
「海外ではこのシーンが切り取られて『卑しい寿司ガール』って名前で呼ばれてますわ」
「結局三分の一も食えんかった……」
がっくりと項垂れるカレーちゃん。
部屋に置いて救急車に二人とも運ばれた後の寿司は、ドリルラミッドに入れていたにも関わらず帰ってきた頃には完全に傷んでいた。本当に効果があるのだろうか。ドリルラミッド。
「えーまあ、こんなことがあったのじゃが、儂もドリル子さんも元気なのじゃよ~」
「駆けつけた高校生の子の方が心配ですわね。まだ入院中ですけれど、帰ってきたらご飯ぐらい作ってあげませんと」
「そうじゃのう。えーと質問とか」
コメント欄を見ると二人の体を心配するものや、犯人に対する憤り、または事件の詳しい経緯などを聞こうとするものが多かった。
「犯人の詳細は警察沙汰じゃからあんまり言えんが……どうも刑事の話によると『成り代わり』とか『乗っ取り』のたぐいじゃったらしいのう」
「どうもカレーちゃんの小説を読んでいるうちに、自分でも似たような話が書けると思うようになり……そのうちカレーちゃんの立場を自分のものにしたいという妄想に取り憑かれていたそうですわ。えーとつまり、カレーちゃんを襲って皮を剥いで着込んで自分がカレーちゃんだと名乗ろうとした的な」
「サイコホラーな殺人鬼じゃのう。っていうかあのままじゃとなろう作家皮剥ぎ配信動画になるところじゃった」
確かにあの犯人が持っていた凶器は獣の皮を剥ぐためのナイフであった。
正気とは思えないやり方だが、それでなりすませると思い込んだのだから非常に迷惑な話である。同じアパートに配信を見ていた槍鎮が住んでいなければ、犯人が通報によって逮捕されはしたかもしれないがカレーちゃんはとても映像に残せない状態にまで刻まれてしまっていただろう。
さすがの吸血鬼でもそこまで切られれば死ぬかもしれない。やられたことは無いのでカレーちゃんも自分の生命力の限界はわからないのだが。
「まー意外とネットの噂とかでよく聞くからのう。作家なりすましとか、偽アカウントとか。儂もこれまで『あなたの小説のファンです! 友達に自慢したいので、僕が書いたってことにしていいですか!?』とかメール送られたことあるし」
「わたくしのドリルのファンで友達に自慢したいってメールは送られたことありませんのに……」
「絵描きなんかでもあるらしいのう。自分が描いたことにしたい厄介なファン。じゃが絵描きじゃと普段描けんとなりすませんが、ネット小説じゃと文章じゃからな。最低限日本語が書ければ真似というか、自分が書いたものじゃと誤魔化しも利くのじゃろう。中にはコピーして一部の固有名詞だけ書き換えて投稿したりとかしておる輩もいるらしい」
「通報とかされませんの?」
「時々されておるらしいのう」
さすがに現実の作者を襲撃してくる者は初めてかもしれないが。
カレーちゃんが『そこそこに読者がついていて』『そこまで売れているわけでもなく』『配信などで悪目立ちした』という条件下で狙われたのだろう。
というか動画配信で割とネット上にて話題になっているが、別に外見が特異だから作品が読まれているわけではなく、元からトンチキな内容が一部の読者にヒットして書籍化までいっただけだ。皮を狙われたところでカレーちゃんになれるわけでもない。
「ここまで直接的に来る輩は珍しいが、何かしら創作をしておる者は注意するのじゃよー」
「カレーちゃんはどんな注意をしていますの?」
「いや……特にしておらんが……否定的な感想を見るのが嫌でエゴサーチも絶対せんし……」
「ダメダメですわ!?」
「しかしこんなアレを未然に防ぐとかもう無理じゃし。出現しないことを祈るばかりじゃな」
犬に噛まれたようなものと諦めるというか、向こうから噛みに走ってくる犬を避けることは難しい。
ネット上でのことならまだしもダイレクトアタックに勝てる人間などそうそういない。
「儂が生きていた頃の明治時代でも、よく政治家がダイレクトアタックで大怪我をしたり死んだりしていたものじゃ」
「無数のファンネルがいるフォロワー強者だろうと、現実で刺されたら死にますものね」
それこそ常に警備を受けている有名人ぐらいでなければ、プロレスラーだろうと突然刺されて寿司を食えば死んでしまうのだ。
出会い頭に殺傷してくる危険な人物というものへの対処は普通考慮されていない。それに気をつけるのならば外も歩けなくなる。
カレーちゃんが配信コメントを読み上げて次の質問に移る。
「えー何々。『危ないから引っ越したらどうですか』……と。いやまあ、引っ越す金無いし。ドリル子さんも心配じゃしな」
「このアパートはわたくしが大家をやっているものですから引っ越すわけにもいきませんわ」
「『¥4649 コンバンワヽ(゜∀゜)ノ パッ☆ カレーちゃんとドリル子ちゃんダイジョブだった?(σ・∀・)σゲッツ!! 傷跡とっても痛そうだけどおじさんも腹を切った痕を縫ったからお揃いだネ(-。-)y-゜゜゜ ドリル子チャンアパートの大家なんだ((o(´∀`)o))ワクワク 心配だからおじさんが部屋を借りて守ってあげちゃう( ー`дー´)キリッ ぜひ場所を教えて欲しいナ!! おじさんこれでも寝技が得意だから……ネ!』……と、コメント来ておるが。入居者不足で困っておるのではなかったか」
ドリル子は画面から目を逸した。
幾らなんでも、ネット配信で下心丸出しな入居希望者しかもオッサンではまったくもって気乗りしない程度に常識はあった。
ヤバ気なおじさんの投げ銭アピールをゴリゴリと打ち消すようにコメント欄で乱闘の空中戦が起こり始める。もうなんというか、襲撃されたばかりの配信者相手に危険すぎるコメントであったからだ。
というかなんなら自分らが住みたいという輩も動画の視聴者には少なからず存在しているようではある。たとえ二人の住んでいるところがコンビニすら無い田舎であろうとも。それだけの行動力がある者は先の犯人と同じレベルで危険ではある。
ちなみに今どきのネットでの場所特定技術は悍ましいものがあり、拡散こそされていないがドリル子のアパートはバズった次の日には特定されている。なにせ二人して特徴的すぎる本名で活動している上に、ドリル子はアパート経営者だ。ネットリテラシーがゼロである。
「こほん。基本的にうちのアパートは防犯上の観念から入居希望者を面談することにしてますの。仲介業者も入れておりませんし、高校生が入居することもありますから」
「そんなことじゃから入居者少ないのじゃ……」
「面談といってもどうせ田舎ですから変な人はほぼ入ってこないのですわ。……たぶん」
ドリル子のようなワンルームアパートに入居するという人はこのろくな仕事も無い田舎では限られている。家庭の事情で一人暮らしをしている高校生か、異動の多い病院の職員。後は他所から移住してきて介護かサービス業についている極少ない者ぐらいだ。
他所からの移住者というのもまあ田舎に住もうというのだから割と素朴な者が多い。日本国民の平均並に遊びたい人はパチンコ屋すら一軒しかない田舎には来ない。後はヒッピーかハーブの栽培をやりたがる者ぐらいだが、ハーブの栽培をする者は山近くにある民家を借りたり買ったりすることが多い。なぜかハーブ栽培・販売だけで10人以上はこの田舎に住んでいるのが不思議だ。
「とにかく、アパートは防犯のために皆様の支援金で改築することにしましたわ。うちの入り口のドアなんか壊れたままですもの。カレーちゃんを助けるためでもあるからいいですわよね」
「うぇーい。ちなみに危ないから儂はドリル子さんの隣の部屋に移住したのじゃよー」
「なんなら部屋を繋げようかしら」
4部屋×2階建てのアパートのうち、1階の2部屋をドリル子、1部屋をカレーちゃんが使うようになったようだ。
なんなら2部屋分使っているドリル子のところに家賃削減のために入り込もうかともカレーちゃんは思ったのだが、カレーちゃんの家賃収入が減ることと、ドリル子の部屋は基本的に自分の生活スペース以外はドリル等資材置き場になっているので、とても人の住む環境ではなかったから諦めた。
『¥5000 カレーちゃん養いたい』『¥5000 間に挟まりてぇ~』『¥5000 これでモチでも買いなさい』『¥5000 どうだ明るくなったろう』
などコメントと投げ銭がされるのをカレーちゃんは軽く引いた顔で見ていた。
「いやお主ら……そんなポンポン5000円投げて……安い金ではないのだぞ!」
「まあまあ。改築にかなりお金掛かりますし……半分ぐらいは自分で工事するのですけれど。でも全部屋工事するから大変ですわ。玄関の扉はサムターン回し防止で穴を開けられない頑丈な螺旋ハニカム加工、鍵はピッキング防止に特注円錐ドリルタイプ。窓ガラスにはドリライズフィルムを張ることでハンマーで叩かれても壊れなくしますわ!」」
「怪しげな加工法の数々じゃが……あの犯人が入った来たのは鍵の掛け忘れが原因じゃったよな」
「……オートロックにもしますわ!」
オンボロで7畳のワンルームアパートだというのに防犯だけは充実するようだ。
ドリル子としても、ただでさえ特徴もなくて選ばれる価値のないアパートなのだから防犯ぐらい充実させてやれば入居率が上がるかもしれないという算段もあった。
「ま、何にせよ病院から戻ってきたのじゃから、今日は祝杯じゃな! 寿司を頼むか寿司を!」
「お金ありますの?」
「ふっふっふ……実はのう、ほれ見てみい!」
カレーちゃんはカメラの方に見えないように、ドリル子にタブレットを見せた。
そこにはAmazonで出版したKindle版『ゾンビランド・曾我兄弟』の販売レポートで、一昨日からの売上が棒グラフになって表示されているのだ。
「見よ! ざっとこの3日で儂の『ゾン曾我』、300冊は売れておるのじゃー!」
「わー、凄いんですの?」
「凄いのじゃ! ざっと収益にして約6万円! 寿司ぐらいは余裕で食べられるラインなのじゃー!」
カレーちゃんは大喜びで両手を上げる。コメントで祝福が多数書かれる。
「それに! 考えてもみよ。儂が出したのは言ってみれば表紙も雑な同人小説じゃぞ。もし儂が仮に同人小説の即売会に自分の本を持っていったとしよう。何冊売れる? 一冊とか二冊とか、十冊売れればいい方かもしれん。じゃが同人小説の即売会で300売れたとすれば壁サーじゃ!」
「確か……電子書籍は物理書籍の十分の一程度売れるって言ってましたわよね。その法則で言うなら、ざっと3000冊売れた計算になりますわね」
「希望が溢れてくるのう!」
もともと『ゾン曾我』は割と自信作ではあったのだが、何回も推敲・校正をしているうちにカレーちゃんは徐々に読み飽きてしまい、もはや読み返してもどこが面白いのか疑わしくなるぐらいだったため、売れるかどうかはかなり不安ではあった。
宣伝のおかげか出だしは好調。カレーちゃんの不安も晴れて、むしろ殺されかけたことをスルーできるぐらいには喜んでいた。
しかしながら数万人の視聴者が見ていたり、ニュースで取沙汰されたり、大層ネットで刺殺Vなろう作家として噂になったカレーちゃんだが売れ行きはまあまあ好調とはいえ現実的な数値であった。
実際のところ、小説以外の部分でバズったところで本の売れ行きが爆発的に上がるというわけでは無いことが多い。たとえ事件になったとしてもだ。脱税や淫行などで全国ニュースになった作家の作品が事件後にいきなり売れたりしないのと同じようなものだ。
ちなみに棒グラフでダウンロードは確認できるが、更にKindle Unlimitedで無料読書も可能になっていて、それで読まれた場合もカレーちゃんにロイヤリティが発生することになっているので実際には売れた数以上に儲かっているはずである。
「よし! 早速口座の残高を調べてみようかの! PayPay銀行にログインして……と」
タブレットで今の利益を詳しく確認してみたのだが……
「……あれ? 一円も入っておらぬ」
「どれどれ……本当ですわね」
「なんで……? ううっショックで傷口が開いてきた……!」
『konozama』『どしたの』『僕は10冊買いましたが』『※コメントが削除されました』『なにこの削除されてるやつ』『おじさんアク禁食らってる』『ざまあ』
まったく入金されていない事実にカレーちゃんは口から火を吹かんばかりに怒った。
「どういうことじゃー! 儂の一ヶ月の苦労が、無料になっておるではないか! Amazonのサポートに電話じゃー!」
「落ち着きなさいな。それよりヘルプの方をよく読んでみたらどうかしら?」
「うううう~!」
歯噛みしながらKDPのヘルプページを開く。『支払いの受け取り方法』から『お支払いサイクル』という項目を発見した。
血走った目でそれを熟読し、文章の意味を咀嚼して飲み込む。
「えー……つまりぃ……本を出版した月に売り上げたロイヤリティの支払日は、約二ヶ月後の末になる……アアアー! 収入が二ヶ月先送りなのじゃー!」
完全に失念していたことだが、考えてみれば当然のことではある。
大抵の月払いの仕事で金が振り込まれるのは来月以降になるのは当然だ。
「……ちなみに、投げ銭が振り込まれるのも来月ですわよ」
「も、文無しじゃあー!」
カレーちゃんは頭を抱えて卒倒した。愚かしいことだが、本を売出しさえすれば全てが解決すると思い込んでいたのだ。
口座の残金は、Kindle化を始めようと思った頃には12万3000円。
そこから家賃が引かれ光熱費が引かれ、奨学金は減額制度を申し込んだもののそれが適応されるのも1~2ヶ月掛かるので満額引かれる。
そして多少は食費が浮いたものの、先月分のカード使用料(主にゲーム代)が口座から引かれた結果──口座はほぼゼロ。財布の中に1200円入っているばかりだった。
「のののの、残り1200円じゃ……! 手が震える! ドリル子さん、酒をくれ!」
心が折れそうなときは酒が支えになってくれる。カレーちゃんはそう信じている。カレーは体の健康のため、酒は心の健康のために必要なのだ。
「はい缶ビール、200円で売ってあげますわ」
「残り1000円……」
『買うな!』『飲んどる場合かァー!』『ご覧の通り酒をやっていると冷静な判断がつかなくなるのです規制しましょう』『¥200 ドリル子さんも売るなや!』
コメントで叱られるがカレーちゃんは目をそらしてビールをカシュッと開けて飲んだ。
人生の問題に関して目をそらすことは慣れている。もはや目を逸し続けて生きながらえてきたようなものだ。
それでも残金が1000円しかないという事態は好転などしないが。年金支給日にパチンコ屋で全部スッた老人のようにカレーちゃんは遠い目をした。
「……もう寝るのじゃ。目が覚めればきっとお金が振り込まれているに違いないのじゃ……」
「そんなことあり得ないと思いますけれど……」
「皆は電子書籍化するにしても印税の入るタイムラグに気をつけるのじゃよー! おやすみなのじゃー!」
「……というわけで、カレーちゃんがおネムですから今日の配信はここまでですわ。ドリルの紹介をしていませんわね……じゃじゃーん、カレーちゃんが使ったドリルボウガン、今なら19800円ですわ! 小型だから取り回しも利きますの。え? なに? それが犯罪に使われたら凄い叩かれるから売らない方がいい? 逆にここでしか売ってないから完全に足がつくと思えば犯行に使わないかも……駄目かしら? 在庫が……」
未練がましくドリル子が宣伝をして、その日の配信は終了するのであった。
さておき、カレーちゃんの自作電子書籍化はこれにてひとまず完成を迎える。
彼女が生活苦なのはともかく──ネットで売り出すことにより、少なくとも彼女がWEBで掲載していた誰でも読めるなろう小説『ゾンビランド・曾我兄弟』は、書籍化作品へとランクアップすることに成功したと言えるかもしれない。
自分が書いた小説があるのならば、誰だって自分の作品を商売の場に出すことは容易になっている。出版社を通さずとも、小説のタイトルをキャッチーなコピーに変えられずとも、まあとにかく自分が良いと思ったものを、自分の責任だけで勝負にいけるのだ。
自信作だったが評価が付かず埋もれたりした作品を持つ人もいる。題材がマイナーすぎて一部のファンからは評価が高いものの、メジャーになりきれない人もいる。そうした人が書籍化を目指した場合、宝くじに当たるのを待つように出版社の目に止まることを祈るよりもやってみて損はない。
小説家になろう。そう思って物語を書けたのならば、いつだって書籍化作家にはなれるのだから。
「くぉ~! 明日からどうやって暮らすのじゃ……コンビニバイトはもうしたくないのじゃ~」
「この田舎にコンビニはありませんことよ」
まあ、それで食っていけるかどうかは神のみぞ知ることなのだが。
なんと!!
この度、カレーちゃんの電書作成編が書籍化することが決定しました!!!!
作者の中で(自作電子書籍化的な意味で)
現在書籍化作業中です。カレーちゃんと同じ気分を味わう校正のダルさ
書籍化の目玉は、カレーちゃんとドリル子さんのイラストです! たぶん!
発売日未定だけど出るまでボチボチとカレーちゃんの駄小説家日常が続きます。二冊目編とか。イラスト発注編とか。バイト編とか。生活習慣病編とか。




