第10話『原稿最終校正&中高生に尊敬されて心が痛いカレーちゃん』
紙に印刷した『ゾン曾我』を再度チェックする作業。
さすがにここまで来るとカレーちゃんも、もはや自作を読み飽きて来たところだ。集中力が途切れがちになり、近くにパソコンやゲーム機があるとそちらに逃げてしまうため、カレーちゃんは赤ペンと付箋だけを持ってその日は一人、アパートの庭にあるテーブルで添削をしていた。
テーブルには麦茶とカレー味の飴だけが置かれていて、他に集中を乱すものはない。北海道物産展で手に入れた、パッケージに『なまらうまいんでないかい』という謎のフレーズが書かれているスープカレー飴は脳を働かすのに必要だ。椅子に座るというのも作業のためには重要だった。部屋で床に座って作業をしているとつい寝転がりだしてしまう。
コロコロと口の中で飴を転がしながら原稿を読み進める。これだけ頑張っても1章に1つはミスが見つかる。そういうものである。
「ふぁー……眠いのう。もうなんか読みすぎて本当にこの話面白いのかどうかわからんようになってきた……」
危険信号である。
下手にもはや完成した物語に疑問を持ち出すと、大規模改訂の嵐となって終わらなくなってしまうのだ。
大事なのは「もはや話に付け加えるところはなく、実際面白いはず」と自分に言い聞かせることで、校正はあくまでストーリーラインではなく誤字脱字の修正に留めることである。
カレーちゃんがあくびをしながら文字を追っていると、少し離れたところからヒソヒソと声が聞こえた。
カレーちゃんはささやくような声に敏感だ。いつでも自分の悪口が遠くから言われているような被害妄想に取り憑かれ、蝙蝠の聴覚でそれを聞こうと耳を向ける。
「見ての通り……忙しそう……迷惑になるから……」
「せめてお菓子だけでも……」
「む? お菓子?」
カレーちゃんが耳だけではなく顔をそちらに向けると、アパートの生け垣に体を半分隠すようにしてこちらを見ている男女がいた。
男の方は見たことがある。ゲリュオン太郎こと高雄である。相変わらず銀行員が悪堕ちしたような容姿をしていて、今日は休みだからかチェックのシャツにジーンズを履いている。ファッションセンスが一昔前のオタクみたいだが、田舎なので気にされない。なにせまともな服屋が存在しないからだ。
もうひとりは少女だった。中学生程度だろうか。細い体つきをしていて日焼けしていない肌に眼鏡を掛けていることからあまり活発そうには見えないが、目つきだけは鋭い。カレーちゃんは図書委員が悪堕ちした少女といった印象を覚えた。
まあ単純に並んで見れば、高雄の妹であることは間違いがなさそうに見える、真面目そうなのにどこか目つきの鋭い兄妹である。
カレーちゃんは手を振りながら二人に告げる。
「おう、お客さんかの。なにか用事でもあるのかえ? こっちゃ来い」
いいながらも彼女は少女が手に持っている紙箱へと視線をやりまくっている。
とにかく金欠でまともなお菓子など持ってないので、お菓子を持ってきた客というのならば大歓迎だった。最近食べたお菓子はカレー飴とカレー粉に砂糖を混ぜたものを舐めた程度だ。
高雄がすっと頭を下げてから告げてくる。
「申し訳ありませんカレーちゃん先生。先生はお仕事でしばらく忙しいでしょうからお邪魔をするつもりはなかったのですが、妹がどうしても一度会ってみたいと」
「妹さんじゃな。まあまあ仕事のことは気にするでない」
どうせ集中力が欠けていたところでもあるので、カレーちゃんは原稿をテーブルに置いてにこやかに迎えた。
「は、はじめまして! 私、阿井宮鷹子といいます! 中学3年生です! 中学を卒業したら専業なろう作家になりたいです!」
「高校行け高校! なんじゃこの専業なろう作家に夢見てる兄妹は!」
小学校すら通っていないカレーちゃんが呆れたように言った。流石に中卒専業作家は無理がすぎる。相当なアイデアの泉があるのならば別だが。
兄も兄で、高校卒業後になろう作家になろうとしたり、どういうわけか将来有望な若者が低収入不安定な作家業に夢を見ている。
余談だが実は中学生に将来の夢をインタビューすると、女子中学生に関しては上位5位あたりにライターや小説家などの文章を書く仕事がランクインすることが多い。何気に女子というのは小説を読むのも書くのも好きなのだ。
「フッ……鷹子。夢を見るのは夜だけにするんだな。お前では無理だ。先生も言ってやってください」
「いや知らんが……そやつの小説読んだことないし」
小説を書くことは実のところ、義務教育程度の国語を習得していれば日本国民の誰にでも可能ではある。
もちろん作文の得意不得意はあるので実際にやらせれば全然書けないという人も数多いだろうが、小説を書くという行為に関しては専門知識もいらなければ特殊な技能も必要ない。
題材のネタとして知識が必要になることはあるが、そこをどうにかカバーすればカレーちゃんのような明治生まれの義務教育を受けていない年金生活者にだって書けるのだ。
だから中学生でなろう作家デビューというのも無くはない話である。実際、日刊ランキングに入っている作品を中高生が書いていることも珍しくないだろう。
「私、書いてる数はお兄より多いよ! お兄の方がむしろなろう作家諦めなよ! 普通に医者になればいいじゃん!」
「馬鹿なことを。医者となろう作家、どっちが良い人生か一目瞭然ではないか」
「医者じゃろ」
冷静にカレーちゃんはツッコミをいれた。ちなみに医師の平均年収は厚生労働省調べで1200万円前後。カレーちゃんの年収の10倍である。
年収が十倍あるということは同じ量の労働で、グダグダサボって生活できる日数が十倍に増えるということだ。もしカレーちゃんが年収1200万貰ったら1年働いて10年サボって暮らす(働いた翌年の税金は計算にいれないものとして)。
人生は金があれば幸せとは限らない。だが金がないことは不幸せだ。
「というかお主、色々書いておるのか?」
「は、はい。主に二次創作なので、なろうじゃなくてpixivなんですけど……」
「ほう。確かにあそこは独特の二次創作流行があるようじゃが……」
そこまで詳しいわけではないが、ハーメルンなどの投稿サイトとはまた一味違った原作が好まれたり、短編系の二次創作小説が豊富だと聞いた覚えがあった。
高雄がスマホを取り出してスマッスマッと操作し、作者のページを開いてカレーちゃんに見せた。
「これです」
「ふ、ふむ……ほぼ全部に『夢小説』ってタグが付けられておるのう……」
「恋愛系とか好きなんです!」
夢小説は既存作品に登場する特定のキャラと『わたし』という一人称が恋愛系の関係を繰り広げるジャンルのネット小説であるが。
『腐』というタグが付いているのが少ないのはまだカレーちゃんにとって衝撃度はマシだったかもしれない。
「ま、まあ目の付け所は悪くない気がしないでもないと思わなくもないぞえ」
「ぞえ!?」
思わず変な語尾になるカレーちゃん。
咳払いして鷹子に告げる。
「よいか、ついなろう小説なんて言うと異世界ファンタジーで無双したり内政したり効率プレイしたりするイメージじゃが、若者向けの小説はわりかし恋愛ジャンルが多い。恋愛系のレーベルがなろうで賞を募集してることもちょくちょくあるしな。恋愛は需要が多い勝ち組ジャンルなのじゃ」
多分、カレーちゃんや高雄が得意としている歴史ジャンルよりも。
ヨーロッパ風異世界でお姫様と王子様との恋愛から、中国風宮廷での恋愛、日本の戦国時代や幕末での恋愛、ティーンズの学校生活での恋愛、冴えないOLがオラオラ系上司に好かれる恋愛など、様々な層に対応している。
そもそも男性読者も好むチート無双系でも恋愛要素はほぼ入る。ひねくれた読者じゃない限り、みんな恋愛は大好きなのだ。
「恋愛が書ければ後は添え物でもいいと言っても過言ではなかろう」
カレーちゃんは適当をこいた。そんなに吹かせるほど彼女は流行に詳しいわけでもなければ、恋愛ジャンルの小説を読み漁っているわけではない。ついでに言えば彼女の小説に出てくる恋愛要素は読者から「ポンコツ」だの「クズ男とダメ女の共依存」だの散々な評価であったりする。
ただ書籍化作家に憧れの目を向けてくる女子中学生の前で断言的な口調で解説したかっただけである。
そんなことを言っても結局この言葉は当たるか外れるかの二択しかない。外れたら知らん顔をすればいいし、当たればドヤ顔でそれ見たことかと言い張れる。
つまり──言ってみただけの薄っぺらい小説論である。
「しかし先生。妹のは二次創作の夢小説ですよ」
「なぁに今どき問題にはならん。二次創作ならちょいちょいとキャラの設定や背景を書き換えてやれば、口調も性格もそのままでオリジナルキャラと言い張れるじゃろ。むしろほぼ版権キャラじゃと刺さる読者には刺さるからいいかもしれん」
「危険な発言ですよ!」
「今どきのラノベに出てくるキャラの9割9分は既存の何かしらのキャラにクリソツなんじゃ。中には元々作者が二次創作舞台で書いてたSSをちょいと弄ってオリジナル世界にした作品が商業作品として売ってたり」
「先生黙って!」
兄妹は冷や汗を掻きながらカレーちゃんの発言を制止した。
「……というか儂の書いておる『ゾンビランド・曾我兄弟』とて、言ってみれば『曾我兄弟の仇討ち』という有名な話の二次創作といってもいいわけじゃからな。歴史小説は歴史の二次創作じゃ。そっからオリジナル風にして自分の作品じゃと言い張るのは悪いことなどないぞ」
「……ありがとうございます! 私、頑張ってプロのなろう作家になります! 高校とか通っていられませんよね!」
「いや高校は通えよ。教育は大事じゃぞ」
生まれてこの方義務教育も受けていないカレーちゃんがこうして小説を書けるのも、通っていた大学で日本語教育の必修授業があったからだ。そこで多少なり文章の書き方を学んだのが物書きに役立っている。当時のカレーちゃんの国語力は国際科のペルー人留学生とドッコイ程度だった。
ちなみに義務教育も高校も出ていないカレーちゃんだが、通っていた大学は変人が集まることで有名だったところで入学条件も独自に色々と決めていて、明治生まれの吸血鬼カレーちゃんは面白そうだという理由により面接だけで特例入学したのだった。
「大体お主ら、なろう作家になりたいと言うがどういうのが『なろう作家』なのじゃ? 作品投稿してればもうなろう作家と名乗ってもよかろう。妹の方も、適当に夢小説をオリジナル風に改変した恋愛小説をなろうに投稿すれば完了じゃ」
カレーちゃんの言葉にワナビなろう作家の兄妹は似たような仕草で腕を組みながら言う。
「それは……書籍化でしょう。一つの目安として」
「売れる売れないはともかく、小説を売ってお金を儲ければプロって言えるのでは?」
「まあ儂も書籍化した小説があっという間に売れず死んだから大きなことは言えんが……書籍化を目標にしておるとな、なんかもう売れないで打ち切られたときダメージがデカいから止めておいた方がいいのじゃ」
実際、書籍化打ち切りで更新が途絶えたなろう小説をカレーちゃんは何作も知っている。
自作電子書籍化で苦労をしているカレーちゃんだが、それはそれとして出版社を通した書籍化もかなり作家も大変なのだ。
なにせまず書籍化作業というものに慣れていないのだから、担当編集にアドバイスされつつも手探りで作品を纏めなくてはならない。ハチャメチャに校正の赤ペンが入って心が折れる。書籍化特典の小説も書かねばならない。イラストレーターさんとのやり取りで細かい設定も考えなくてはならない。
カレーちゃんが割りとサクサク電子書籍化の作業を行えているのも、そういった面倒な経験を経ているからである。
書籍がなろう作家の目標であるというのは確かだ。
話を受けた作家はその作業に全力を傾けて、必死に本を作る。これまでで一番の力を費やして小説を完成させる。必ず売れるはずだと信じて。コミカライズしたらどうしようとか、アニメ化したらどうしようとか期待に胸を膨らませ。
そして、売れずに打ち切られる。多分書籍化なろう小説の7割ぐらいは打ち切られる。全力を費やした作家は死ぬ。
「そうならんように、大きな希望を持たずに書くのがいいのじゃよ。そう、儂も実のところ全然書籍化なんて考えずに書いておった」
「で、でも打ち切られたのはともかく、書籍化の声が掛かったんですよね」
「うむ。そのとおりじゃ。つまりどうでもいいと思ってたら書籍化されたのじゃ!」
「なんか腹立ちますね!?」
同じくなろう投稿者である高雄が思わず憧れの先生にそう言った。
カレーちゃんは悲しそうに首を振って言う。
「じゃが、どうでもいいと思っておっても、やるからには全力でと書籍化してみたら案の定打ち切られて、それはそれで地味にショックを受けておる! これが本気で書籍化を人生の目標にしておったら、このショックのデカさはどれだけ大きくなったことか……」
「た、たしかに。先生の作品も打ち切られてから更新が途絶えてますね……別作品の投稿とかはされてますけど」
「いやまあ更新が途絶えたのは、もうあの作品じゃと書くネタが尽きたからなのじゃが……というわけで、書籍化を目指してウケそうな作品を乾坤一擲に書こうなんて思わず、好きな作品を自分勝手に書いて偶然編集の目について書籍化すればいいなあぐらいに思っておいたほうがいいと思う」
微妙に後ろ向きなカレーちゃんの作戦である。そもそも彼女は一般受けするような作品は全然書けないという能力の限界もあるのだが。
そもそもウケを狙った、日刊に入りそうな要素をいれた作品を無理やりひねり出して書いても、それこそどこかで読んだことのある話にしかならず、本当に書きたいものでもなければ途中から続かなくなる。
WEB小説で重要なのは「発想が斬新」や「世界設定が魅力的」などより「ちゃんと更新して、一部完でもいいから終わらせる」ことである。例えばWEB版では書籍にして2~3巻程度で完結している作品でも、書籍化の声が掛かってウケれば書き下ろしで続刊されることになる。それに完結した作品というだけで一定の評価が得られることもある。なので、自分で書きにくい作品よりも自分が書きやす作品の方がいい。
「でもお兄みたいな低評価作家だと絶対目に止まらないんじゃ……」
「馬鹿! この前先生にTwitterで紹介してもらって、ポイントが倍に増えたんだぞ!」
「倍でもたかが知れてるよね」
妹は辛辣だった。彼女の夢小説は何気に熱心なファンがついていたりする優越感だろうか。
「まあ一般受けせんかったりあまり人の目に止まらん作品というのも確かにある。儂だって評価の低い短編を幾つも書いておるしの。そこで、儂の今やっておる自作電子書籍化販売じゃ。誰じゃろうがとにかく自作品を、どれだけなろうで不人気じゃろうと勝負に出られる。編集の目に止まらなかろうが売れるのじゃ。これで一円でも儲ければ、小説を売って金を得た……まあつまりプロ作家と名乗っていいのじゃなかろうか」
カレーちゃんの言葉に、兄妹は深く考えるように口をつぐんだ。
言ってみれば自作電子書籍などというものは同人誌みたいなものかもしれないが、実際にKindle Direct Publishingを利用して有名な作家が出版社を通さずに本を出している事例もある。
素人が作った電子書籍だろうと、プロが作った電子書籍だろうと、KDP作品という形では売り場は同じところなのだ。
大体凄まじく大雑把に見てみれば、製作作業は手伝ってくれないが販売・流通・売上の回収から振り込みまでAmazonがやってくれるので、Amazonを出版社として書籍化していると言えなくもないのではないだろうか。悔しいことにロイヤリティは幾らかAmazonに取られるわけで。
まあただ、Amazonは別にケツモチをしてくれるわけではないので、例えばカレーちゃんが書いているような宗教を冒涜した内容の小説を商業作品として売り出した場合はドチャクソに面倒なことになるだろうし、ヘイトスピーチや違法行為を推奨する内容など余程の問題がある場合は電子書籍でも容赦なく販売停止になることがある。注意が必要である。
だが自分で本を売り出す……曲がりなりにもプロ作家がやっている立派なプロチック活動であるとカレーちゃんが保証するので、鷹子が目を輝かせて言ってくる。プロチックってこの使い方であっていただろうか。
「電子書籍化……カレーちゃん先生、今それをしてるんですか!?」
「うみゅ。もう少しで出来上がるのじゃが」
「どうやってやるんですか!? 先生、教えて下さい!」
「えー……ググれ」
※ググったら大体出てくる。
あとAmazonのKDPヘルプに作り方が詳しく書かれているのである。もしくはカレーちゃんの行動を参考に……なるかは怪しいが。
しかしながら個人で電子書籍化して販売する方法ならば、締め切りも無いし他人に迷惑を掛けることもない。普通の仕事をしている合間にでも少しずつ作業を進めていけば完成する。
小説だけで食っていける専業小説家というのは全ての作家で0.1%も存在しないであろう限られたエリートであり、並の作家を目指すのであれば働きながらするしかない。将来的に小説家を目指すにしても、小説以外で食っていける仕事に付きながら目指し、なんならその仕事をしながら小説を書かねばならないのだ。
「ともあれ儂はこの原稿の最終チェック中じゃ。ちょうど良かった。儂の授業料として、二人で原稿の間違い探しを手伝っておくれ」
授業らしい授業などやっていないのだがカレーちゃんの提案に鷹子は大きく頷き、高雄は使命感に燃えた目でテーブルについた。
カレーちゃんは内心、
(ふふ……なんかそれっぽいことを言った甲斐があり、手伝いゲットじゃ)
そんなことを考えていた。書籍化を目標にするなだの、打ち切られて燃え尽きるなだの、ネット掲示板で書かれているような内容を適当に言ってみただけだ。
カレーちゃんに大層な作者としての一家言があるわけではない。普段からなんとなく思いついた作品を投稿していて、なんとなく書籍化されただけの売れない三流作家なのだ。決して中高生が憧れるような存在ではない。生活が破綻しかけて仕方なく電子書籍化しているだけだった。
(まあとにかく、『ゾン曾我』が売れるかわからんがこれを皮切りにあれこれ電子書籍を売り出して印税生活目指すのじゃ)
なにが売れるかわからないカレーちゃんだが、まあ実際そこまで売れるようなものでも無い気はしていたが、沢山出せばそれだけヒットの可能性も上がる。なにか一作でもヒットすれば、売れていなかった他の作品が売れだすこともある。物理書籍なら絶版してしまうものでも、電子書籍ならばいつまでも売れるのが利点だ。
ムシャリと萩の月に似たどこにでも売ってそうなお土産のお菓子を食べながら、バイト代も出ないのに必死に校正作業をしてくれる中高生を眺めるカレーちゃんであった。
青春を送っている若い子供らの休日を丸一日犠牲に捧げて、カレーちゃんの原稿第一最終チェックは合計して二十箇所程度の間違いが発見されて完了した。
二人には報酬代わりに昼食にドリルで作った豆乳と練ごまと挽き肉の担々キーマカレーうどんを食べさせた。材料費はドリル子持ちである。
プロ作家を目指す二人にとっては、自作電子書籍というものではあるがプロの仕事を手伝ったのだという満足感があるようだ。カレーちゃんは金を貰ってもなろう作品の校正などしたくないが。
そしてその日は解散間際に、鷹子が告げてくる。
「先生! 私を弟子入りさせてくれませんか! 師匠って呼んでいいですか!?」
「イタタタタ」
「どうされました?」
「いやなんか中学生特有の暴走行動が胃に……というか小説家の弟子ってなんじゃ。なにをする仕事じゃ」
「えーと……資料を探したり?」
「Googleか図書館の司書に頼むわそんなもん。弟子とかそういう、恥ずかしい称号を名乗ろうとするでない」
「そうだぞ鷹子。まあ僕は先生から作品をフォローされたから……さしずめ一番弟子」
「初めて聞いたわそんな概念! えーい、打ち切り書籍化作家が中高生のワナビにイキってるみたいな恥ずかしい構図になるのは外聞が悪すぎる!」
実際にイキったような解説をしてしまったわけではあるが。
「弟子とかそういうのはナシじゃ。恥ずかしいし」
「そうだぞ鷹子。師匠は僕のようにマニアックなファンが推す隠者的な作家なんだからチャラチャラした付き合いはしないんだ」
「そういう評価も恥ずかしいのじゃけれど! あと自然に師匠と呼ぶなゲリ太郎!」
単にリアルでもネット上でも人付き合いが苦手なだけである。
「それでは師匠。またお手伝いできることがあったら声を掛けてください。電話番号置いておきます。LINEでも大丈夫です」
「今度私の小説、オリジナルにしたもの持ってきます! 師匠見てくださいね!」
「心が痛い! 師匠とか呼ぶな! 手伝わせといてなんじゃが!」
ほのかに黒歴史の始まりを感じたカレーちゃんは断固拒否をするのだが、悪堕ちしたインテリみたいな容姿をした兄妹は帰っていった。
書籍化作家に憧れるのは勝手であるが、カレーちゃんからすれば自分は「失敗した書籍化作家」とか「落ちぶれた書籍化作家」とかそういう類なので、あまり尊敬されても困る。
もっとまともな作家が世の中には沢山いるわけだからそちらを参考にして弟子入りして欲しいものであった。
特に未来ある若者が、年金生活で生きていけないから小説書いてる社会のダニのマネをしてはいけない。
「……さて、修正したのをWordに打ち直すかの。あと少しじゃ。せめて知り合いに小説家と名乗ってもいいように、小説をさっさと出さんといかんのう……」
自作電子書籍化は締め切りが存在しない。しかし自分が努力しなければ完成しないし、完成しなければ小説を売って金を得ているとは言い難い。
怠けている無職ではなく小説家だという面目を保つためにも、カレーちゃんは作業を進めるのであった。
人物紹介
阿井宮鷹子
中学3年生女子。全国統一中学生テストで上位の成績。図書館で本を読んでいる地味で頭のいい女子。友達は少ない。
趣味は夢小説の執筆と読書。夢小説のジャンルは戦国武将・江戸時代の有名人・幕末など歴史系。長谷川平蔵との夢小説が一回バズった。
実家は評判のいい小さめの病院。親は割と子供の夢に理解のある方なので、カレーちゃんが説得しないと兄ともども専業なろう作家になってしまうかもしれない。
自作電子書籍化作業進展状況。
1:下書きをメモ帳で作る CLEAR!
2:下書きをWordに移して推敲・校正して初稿を作る CLEAR!
3:初稿を更に校正・他人に確認して貰う CLEAR!
4:表紙を描く CLEAR!
5:KDPアカウントに登録 CLEAR!
6:振込先の口座を作る CLEAR!
7:返ってきた校正初稿をWordファイルに反映させる CLEAR!
8:最終チェックその一。全部印刷して再度見直す CLEAR!
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────『彼』はその作者の作品全てを隅々まで読みきった。
もはや作者よりも『彼』の方が、既に書いている作品については詳しいだろう。なにせその作者はあまり読み返したりはしない方だったから。
作者のよく使う表現。文体。単語。力を抜いていると思しき部分と、何かしらの資料を写しているらしき部分。キャラクターの元ネタ。それらも全て把握した。
『彼』はその気になれば、その作者とほぼ同じような小説を書くことさえ可能であった。
だが試しにアカウントを作り、その書籍化作家をトレースしつつ更に洗練された文章力で短編小説を投稿してみたが──殆ど読まれずに埋もれてしまった。
何がいけなかったのか。むしろ、『彼』の方が態々稚拙で下手とも言えるその作家の書き癖を真似までしたというのに、なぜそちらは評価されて自分が書いた同じようなものは見られないのか。
所詮相手は打ち切りを食らった書籍化作家だ。三流作家で、大したことはない。だというのに。
その作者の情報を調べ、『彼』はネットで噂になっている、その作者が出演している動画を初めて見た。
『皮』だ。
あくまでフィクションだぜ!




