第1話『吸血少女のなろう作家、困窮する』
※この物語はフィクションであり、登場人物、企業・団体、作中のキャラクターの思想などは完全に架空のものです。作者の人格の投影でもありません。ただし電子書籍化に関する方法は実際に行われたものです。
「金は欲しいが働きたくないのじゃー!」
六畳一間の狭いアパートの中、目減りしていく通帳の残高を見て、獣耳巨乳ロリ吸血鬼フリーターなろう作家の少女は叫んだ。
少女は金髪碧眼で頭に獣耳(コウモリの耳であり、遠目にはデカイ黒リボンのように見える)がついており、もんぺに和服を普段着としているだけのどこにでもいる木っ端吸血鬼小説家である。
普段まともな仕事にはついていない。そもそも長寿の吸血鬼であるので、戸籍こそギリギリ持っているのだが大抵の仕事は年齢制限に引っかかってしまう。ついでに労働意欲も殆どなかったが。なにせ吸血鬼なのに最低金額だが年金まで貰っている。
しかしながら吸血鬼とて血を吸っていればのんびりと生きていけるというわけではなく、現代日本では存在しているだけで費用が掛かる。
やりたくもないアルバイトなどをしながらどうにか食いつないでいたのだが、ここ最近はバイトも辞めて気ままな生活をしていたらすっかり口座は寂しくなってしまっていた。
それもこれも、
「うーむ、小説書籍化の話が来たときは印税生活じゃ! と思ったものだがのう……すっかりコケてしまったからのう……」
と、出しっぱなしのこたつテーブルに突っ伏しながらうんざりと呟く。
この年齢不詳フリーター吸血鬼少女、単なる無職の自称作家ではなく一応は大手の出版社から本を出したことのある書籍化作家であった。
であったのだが……出した書籍は大して売れず、続刊は出ないままで打ち切りとなってしまったのだ。
当然ながら、バイトを辞めて作家生活だと意気込んだ収入も途絶えて、一応は振り込まれた分の印税は生活費に消えつつある。
「ズブの素人が書いた小説を、手探りでまともな商業ラノベっぽくする……って要領がわからなすぎるのが失敗の原因じゃったなあ……今見直したらもっと上手くできた気がするのう」
献本で渡された自分が作者である本をペラペラをめくりながら少女はため息をつく。
書籍化の話が来て、喜んで必死にウェブで掲載されていた自分の小説をどうにか弄り回し、話の順番を入れ替え、書き下ろしエピソードを追加し……といったような努力をしたのだが、何分初めてのことだったので後から客観的に見直すと、なかなか微妙な出来になっていた。当時はコレでいいと思ったのではあるが。
本のタイトルは『転生したら明治だったのである』。作者は『カレーちゃん』。明治時代を舞台にした伝奇小説だ。小説投稿サイト『小説家になろう』に投稿していた。
「この小説自体、あんまり覚えておらん昔の話を面白おかしく書いただけだから齟齬も多いのじゃが」
『異世界物を書いているなろう作家の9割は実は異世界に行ったことがない』というのは有名だが、吸血鬼少女・カレーちゃんの場合は明治時代の当時を生きていて体験した方ではある。
とはいっても明治時代にぶらぶらと遊んでいたとき、出会った変人・怪人や事件の話を適当に盛って書いていたわけだが。転生要素はカレーちゃんのことだが、吸血鬼である彼女自身がかつて陰陽師らしき人物に妖怪として退治されて復活したら幕末から明治時代だったというだけで、別段現代知識無双してきたわけではない。
ニッチな歴史日常モノというジャンルでそこそこに受けて出版社の目についたまではよかったのだが、まあ売れなかった。
「次の作品ものう……編集さんに提案したら『歴史モノは売れなさそうだから……』『またなろうで日刊とか載ってから持ち込んでください』とか言われてスルーされてしもうたし……」
次回作『ゾンビランド・曾我兄弟』は投稿した短編小説で、そこそこ一発ネタとしてウケてはいるのだが読まれもしなかったようだ。
編集の言いたいこともわかる。今の時代、普通に売れるのは現代伝奇モノか異世界ファンタジーモノだ。歴史ジャンルなんて滅多に当たるものではない。会社としては当たってくれなければ赤字なのだ。
つまりはこのカレーちゃん、既に出版社から見放されているというか、在野の売れない小説家として一から出発しなければならない。
「どっかの小説大賞に応募するか……ううっ……面倒じゃのう……なにもせんでウェブ小説のPV数☓10円ぐらい金が欲しいのう……」
無茶なレートを考えつつも、ひとまず一旦は目を背けた通帳を手に取る。
残金、12万3000円。
これであとどれだけ生活ができるか。頭を抱えながら手元にメモ用紙と鉛筆を取った。
「えーと嫌じゃが現実を直視して計算してみよう……どうしても掛かる費用として……」
・家賃:40000円
・光熱通信費:10000円
・食費・遊興費:30000円
・奨学金返還費:30000円
合計:11万円。
「うわ来月で詰むー!?」
カレーちゃんは鉛筆を放り投げて、再度通帳を睨んだ。
「残金は本当に12万円か? 実は120万円じゃなかったか?」
だが幾ら凝視しても、残り金額は12万3000円と僅かな端数であり、自動引落で食費以外の8万円がコレまでも毎月減っているのがよくわかる。
「いや待て。国民年金が月6万ぐらい……介護・健康保険料を天引きされて5万入るのじゃが……くおぉーっ! 焼け石に水!」
叫んで畳敷の床を転がる。一応は無駄に長生きしていて年金の支払いなど一度もしたことは無いのだが、国民年金制度が始まった頃には既に戸籍上は老齢だったため、それから詐欺の如く延々と年金をもらい続けている社会の寄生虫である。
「クソッ特に奨学金! 無職に重く伸し掛かりおって! こんなことならキャンパスライフなんぞ夢見るでなかったわ!」
長生きをしている吸血鬼なカレーちゃんの身の上に相応しくないのが奨学金返済の項目だが、これは彼女が「大学生活とか楽しそう」などとある日思い立って、奨学金を借りてFラン私大に通ったことで発生した借金である。
ちなみに思ったほど友達もできずサークル活動にも参加できず、ひっそりと単位を取り終えて卒業していった。寂しいキャンパスライフである。
借りた当初は数十年の返済計画など、長寿である彼女には余裕ぶっていたのだが、まともな仕事をしていない今となっては月に3万円の返済が重かった。
「いかん……このままじゃとヤバすぎる……野山で暮らして牛の血とか吸って生きる生活に戻ってしまう……日本に野牛おったかのう……」
かなり昔になるが、彼女は間違えて日本から南米への移民船に乗ってしまったことがあって、現地では言葉も通じないし日本にも帰れないし農作業はしたくないので牛を襲って生活するハメになった過去がある。
チュパカブラハンターに本格的に狙われだしたあたりでなんとかプロレスラーの飛行機に密航して日本に戻れたのだが。
いざとなればそういった野生の吸血鬼生活は送れるものの、現代を生きる吸血鬼としては非文明的な暮らしはしたくない。最低でもパソコンとゲーム機は手放したくなかった。
生活保護を貰おうかと一時期思ったこともあるのだが、この人外な姿では役所で手続きをするだけでも大変である。下手に騒がれると吸血鬼ハンターとかがやってくるかもしれない。
「バイトをするしか無いが……とにかく収入が出るまで何か減らさねばならん。食費をごっつ削ろう。月3000円ぐらいに」
こうなれば普段食べているインスタントカレーのランクを下げなくてはならない。近所のドラッグストアで売っている、4袋入り250円の複数パックカレーを食べれば一日あたり1.5食で月3000円以内に抑えきれるだろう。
カレーちゃんは名前の通りカレーが好きだ。カレーソースと血液は成分が似ているためだ。恐らく大抵の吸血鬼も好きだろう。
「あと家賃の問題じゃな。バイト探す間三ヶ月ぐらい待って貰えんかのう……よし、大家に相談してみよう」
食費と家賃さえ無くなれば消費は月4万円。3ヶ月は持つ。
いや、なんなら自動引き落としである奨学金は予め口座から預金を引き出しておけば大丈夫な可能性もある。奨学金の取り立て人がどこのヤクザかは知らないが、未払いしてすぐに殴り込んでくるわけじゃないだろう。
そうなれば光熱費だけ支払い、一年近くはまだ暮らせる。カレーちゃんは明るい未来に目を輝かせながら、大家のもとへ交渉に出かけようと草鞋を履いた。
*****
カレーちゃんの住むアパート、『メゾンドビヨンド』はK県の田舎にある2階建ての賃貸住宅だ。吸血鬼として長生きをしているカレーちゃんなので親類縁者の住む故郷というものはなく、この土地に住んでいるのも都会に嫌気が差して僻地に引っ越そうと思い立っただけである。
住む場所として選んだ理由の一つに、この『メゾンドビヨンド』の大家兼オーナーをやっている人物がかつて大学時代の数少ない友人だったということもある。
「おーいドリル子やーい。相談があるんじゃがー」
一階の部屋を2つ使って暮らしている大家、取山ドリル子(28歳)の名を呼びながら部屋のドアを叩いた。
「ドーリールー子ーさーん。どしたー? また一昨日、店子が逃げたからやけ酒で死んでおらんかー? 大家が死んでたら発見まで家賃払わなくていいのかのー?」
ガンガンと強めにノックをすると、ドアが勢いよく開けられて不機嫌な顔をした女が藪睨みに現れた。
長い銀髪をドリルのように左右でロールさせたボリューミーな髪型が特徴の、日本人と白人の混血な容姿をして気の強そうな目つきの女性である。特徴的な髪型にまったく似合わない、工事現場で仕事をしているような青色の作業着を着ていた。28の女性が普段着にしている格好ではない。
まあ、カレーちゃんの時代錯誤なもんぺ姿が人前に出られる格好かどうかはさておき。
「おいすー」
と、カレーちゃんは挨拶をするが無言でドリル子は吸血鬼少女を部屋に引っ張り込んでドアを強く閉めようとし──そっと静かに閉じた。
そして玄関にいれたカレーちゃんに不機嫌そうな表情のまま低い声で言う。
「昼間から騒ぐなって何度も言っていますでしょう、このおバカ! 他の部屋、夜勤で寝てる店子さんもいるんだから迷惑ですわ!」
「だ、大丈夫じゃろ。夜勤の看護師はこの前引っ越して出ていったしのう。それ以外じゃと、えーと高校生が一人入ってたぐらいか? いやーこのアパートも静かになったのう」
「ぎいいー! 入居率がぁー!」
ドリル子は頭を抱えて悶えた。
なにせ田舎なのでアパートで暮らそう、という種類の人間が少ない。殆どは家か、公営住宅に住んでいる。せいぜい人が集う施設は高校ぐらいだがそれも9割は地元の人間なので家から通っている。
あとは近くにあるグループ経営の大きめな総合病院に赴任してくる看護師や医者が住むぐらいの小さな需要なのだが、それにしたって田舎で月4万払って六畳一間の部屋に住みたがる者は少ないため、少なくとも数年入居しているカレーちゃんが見た限りでは入居者で部屋が埋まったのを見たことはない。
「残り入居者二人ですわよ!? 月8万円の収入! わたくしどう生活しますの!?」
「こりゃ家賃待ってくれとは言い難いのう……」
部屋の中を見回すと、何やら内職にしているのか立派な裁縫セットと様々な衣装、それを梱包するダンボールや送るためのラベルなどが置かれていた。また、撮影機材なども見られる。
このドリル子、ドリルを扱う技術だけはあるのでドリルを様々に役立てる動画を撮影し、YouTubeで配信、そしてドリル実機のネット販売などでわずかながらの収益を得ているのだ。
涙ぐましい大家である。
「というかドリル子さんや。お主、金持ちの娘じゃなかったかの? 確か」
カレーちゃんが指摘する。なるほど、年齢こそ少しいっているが、ドリル子は確かに育ちの良さそうな雰囲気を出している。お嬢様系と言ってもいいかもしれない。着ている服は作業着だが。
大学時代は羽振りがよく、カレーちゃんも学食で唐揚げ定食(320円)や山菜蕎麦(180円)を奢ってもらったことが何度もあった。金持ちはさすが余裕がある。
実際、ドリル子の実家は採掘関連のグループ企業を多角経営しており、そのシェアは国外にまで広がっている。明治時代から続く大企業であり、そこの娘であるドリル子はかつて金に困らない生活を送っていった。
だが彼女はため息混じりに告げる。
「数年前に勘当されましたわ。相続排除までされて完全に離縁されたから今ではこの赤字物件なアパートだけがわたくしの財産……まあ元々死んだ母の実家だったのを大幅に改築してアパートにしたものですけれど」
「なにをしたら縁を切られるんじゃ。Fラン大学に入ったから家名を汚したとかかの?」
「Fランは関係無いでしょう、Fランは。家庭の事情ですわ」
「家庭の事情にしてものう……」
あまりに実家から縁を切られるとは過酷ではないだろうか。まあ吸血鬼という謎生物のカレーちゃんに実家は無いのだが。
「それよりカレーちゃん。なんの用事だったかしら?」
ひとまず部屋の座布団に座って茶を出されるカレーちゃん。自室には茶も急須も無いのでありがたく熱い茶を啜る。茶は血液に成分が似ているので吸血鬼にとっても命を永らえる効果がある。水分とかそういうのが似ている。
改めてドリル子から聞き返されて、カレーちゃんは躊躇った。
タダでさえ家賃収入がしょぼい彼女にお願いして滞納するのは流石に気がとがめる。しかしながらこのままでは自分の預金が尽きる。
「実は……金が無くてのう……どうしたら良いものかと相談に」
「カレーちゃんって小説家だったでしょう? 凄い自慢されたの覚えていますわよ? これから印税生活じゃー!って」
「薄々気づいておったのじゃが、専業小説家で食っていけるのは全体の0.01%ぐらいじゃ。多分。全然稼げんかった」
「そうなの?」
「うみゅん」
テーブルに置かれている紙とペンを借りてそこに自分でもこれまで直視してなかったのだが、どれだけ小説で儲けたかを書いてみた。
「まずウェブ小説の書籍化なんぞというものは、世間の漫画家や連載小説家と違って、どっかの雑誌に載せておるわけじゃないからそもそも原稿料みたいなのは発生せん。本になったときの印税だけじゃな」
「その印税で暮らすのだとかなんとか言ってましたわね」
「ところがどっこい。印税は書籍本体の値段の8%じゃ。人気作家なら10%ぐらいに上がるらしいのじゃが、当たるか当たらんかわからん木っ端作家じゃから低めなんじゃな」
「とすると……カレーちゃんの本は」
ドリル子は献本(書籍化時に10冊、作者に送られてきたのだがカレーちゃんは友達が殆ど居ないので彼女ぐらいにしか配っていない)で渡されたカレーちゃんの書籍を取り出して、裏表紙に書かれている値段を確認してみた。
値段はキリよく1000円。文庫本ではなくB6版なのでその程度はする。
「つまりこれ一冊誰かが買ったら、80円の儲けになるってわけですわね」
「正確には誰かが買ったらじゃなく、刷られた時点で儲けが出るわけじゃな。……そして、初版で刷られたのが8000冊」
「結構ありますわね」
「最低ロット数でこれぐらいらしい。大きめな出版社じゃったからかのう。そして印税を計算するに……8000冊掛けるの1000円の8%で、64万円の収入じゃ」
「あら、大儲けじゃありませんこと」
「しかしのう。小説なんて書けばポンと書籍になるわけじゃないわな。イラストレーターに挿絵を発注し、文章を校正し、まあ頑張っても年に2~3冊ぐらいしか出せんわけじゃ。そうすると……」
64万☓2冊。
「印税生活の年収、128万円じゃー!」
「生活保護レベルですわね……あら? でも初版でそれだけなのでしょう? 重版されれば随分収入が増えるのでは?」
「そこじゃよ! 重版されれば収入は増えるっていうか、重版されんことには打ち切られるというか……つまり年に二冊本を出して人並な生活を送るなら、最低でも一冊2万部ぐらいは売れんといかんし、出版社も儲けにならんから売ってくれん。まあ少なくとも儂が関わった出版社だとのう」
2万部になると印税が160万円。それが2冊で320万円。印税10%にしても400万円だ。
これでも大儲けというレベルではないだろう。独身者が一人暮らせる程度の収入である。
「2万部じゃぞ2万部。簡単に言うけど。5冊出した段階で『累計10万部突破!』とか帯を出せるぐらいの『お? ヒット作なのかな?』って思うような作品の作者でさえ印税生活で年収400万ちょっとしか貰っとらんのじゃ。小説家って夢がないのう」
それでもカレーちゃんはまともに週五で働いてクタクタになって暮らすよりは楽だと思って、小説家になろうとしたのではあるが。
実際に売り出した彼女の書籍は1万部も売れず、3巻で終了してしまった。
累計収入がざっと64万☓3巻の192万円。二年費やしてこれである。年収に換算して96万円。住民税が免除されるレベルの低収入だ。
「まともに働いたほうが稼げそうですわね……」
凄まじく大雑把に業種わけせず考えた場合、日本人の平均年収は441万円。月収にして34万円だ。嘘だろ……
「まあ……殆どの小説家は兼業で仕事をしながらついでの時間に小説を書いて、普通の仕事の収入+印税収入で余裕があるんじゃと思うが……」
「カレーちゃんは?」
「3時間以上の労働に耐えられんのう。トシじゃから。あと年金減らされるし」
呆れたようにドリル子が煎餅を齧りながら呟く。
「性根の問題ですわね……」
「年金生活者じゃぞ! 労働なぞできるだけしとうない! 大体お主だって若いのにアパートの収入で暮らせればいいなあって感じじゃろがい!」
「うっ……でもこっちだって部屋が全部埋まっても月収入で24万円にしかならないから、ネット配信とかでドリルを売ろうと頑張っているのですわ!」
まともに働いていない低収入者同士が言い合う。
彼女らはまともに働きたくないのだ。定時出勤とか週五とか残業とかノルマとか、多少暮らしが貧しくなってもそういう仕事をしたくないのだ。
「そういえば電子書籍でも貴方の『明治なのである』は売られたらしいじゃなくて? そちらからの印税もあるのでしょう?」
「うみゅん。電子書籍でのロイヤリティは13%。物理より5%上乗せなのじゃが……電子書籍ってあんまり売れないんじゃよなあ」
「そうなの?」
「一説によれば物理書籍の売れ高の十分の一程度だとか。物理書籍で十万部二十万部売っておる漫画が、電子書籍じゃと数百DL程度というのも珍しくないと聞いた」
「どこでそんな話を」
「ネット」
「ハハハ」
乾いた笑いを零すドリル子。そもそも引きこもりで友人関係が希薄、部屋にテレビすら置いていないカレーちゃんが他に情報源を持っているわけもない。
「ともあれ、正確には電子書籍の販売数は把握しておらんが……まあ1巻あたり200ぐらいじゃないか? 知らんけど」
本当は通知書が出版社から四半期に一度ぐらい送られてきているのだが、数字がしょぼすぎて詳しく記録していなかった。
「それだとカレーちゃんの物理本、単巻2000冊程度しか売れてない計算に」
「目安! あくまで俗説! ともあれ一冊200で計算すると、1DLあたり130円のロイヤリティとして……200☓3☓130で7万8000円の収入じゃ!」
「ちょっとしたお小遣いですわね」
「うぬー……まあ物理書籍と違って、ちまちま売れ続けるものの……」
とはいえカレーちゃんが、小説家になろうユーザーの目標でもある『書籍化作家』になったものの、仕事すら辞めて二年掛けて小説で稼いだ金額は200万円と少々といったところだった。
年に換算すると100万円。
もし100万円ぽんとくれると言われると誰もが狂喜乱舞する大金ではある。だがその100万円で今年の収入終わりなと言われると絶望する。そんな価格だ。
一年12ヶ月に分割すると、月収8万3000円程度。
月の生活費12万円からすると3万7000円の赤字。
「あれ!? 儂、本を出してた当時からどんどん死に向かう運命じゃないか!?」
「よく生活できてましたわね……」
「それ以前にバイトしてた貯金が数十万あったのと、一気にドンと64万入ってからじわじわ減っていくから気づかなかっただけじゃのう……あ、一応年金もあるからプラスはプラスじゃったんじゃ! ……印税が入っているうちは」
今はその印税収入すら途絶えているのだから、加速度的に預金が減るのも当然だった。
「いかん! 本格的に稼がねば……というわけでドリル子や、家賃滞納させて!」
「ぶっ殺しますわよ!? 働きなさいな!」
「働きたくないのぅー嫌じゃのぅー……でもバイトでもしないと生活ができぬ……小説をどこかの大賞に応募するにも時期とかあるからのう……」
一応は、本一冊分の作品構想はできているのである。
『ゾンビランド・曾我兄弟』は小説家になろうに投稿した2万字程度の短編だったが、それに加筆修正をすればいい。
だが小説の大賞応募なんてのは、賞金が高いものはたくさん応募されるだけあって選定などの理由もあり時期を限定しているし、地味な賞に応募しても賞金が無いところも少なくない。もし本になったとしても沢山は刷られないだろう。
なにはともあれ、来月再来月にでも資金的に干上がる。
カレーちゃんは暗澹な未来にげんなりした。
「なんなら貴方もYouTuberにでもなって稼げばどうかしら。……というかカレーちゃんは見た目だけならそのままVtuberになれそうだけれど」
ドリル子が言う。なにせケモミミ巨乳ロリババア金髪もんぺ和服少女だ。キャラ作ってると言われても反論できない。既に存在してそうな属性ではあるが。
「嫌じゃー……あんまり他人に関わって金を稼ぎとうない」
「自作小説をネットに掲載してるのに?」
「不特定多数にチヤホヤはされたい」
「面倒な性格ですわね……」
「あーどこかに儂の小説を高値で買い取ってくれて大ヒットアニメ化させてくれる会社とか無いかのうー」
「ありませんわよ……」
呆れたように言うドリル子。そんな都合のいい会社があれば、なろう界隈は書籍化作家で溢れているだろう。
それにしても、と「働くの嫌~」と唸っている少女を見ながら思う。
ドリル子が初めてカレーちゃんと会ったのは大学に入学してからだが、その時から珍妙な生物だという認識ではあった。授業が幾つか被っていたことから割と喋るようになったが、未だに謎の生物ではある。ただ二人が通っていたFラン大学は、個性的な生徒ばかりだったのでそんなコスプレみたいなカレーちゃんが混ざっていても別に珍しがられもしなかったのだが。
大学卒業後に連絡を受けてこのアパートで暮らさせて数年。
少なくともドリル子がこれまでの付き合いでわかっていることは、
(この子、多少の文才以外全然生きるのに役立つ才能持ってないのですわよね……)
その文才というのも実際は計測もできないものなのだが、まあ少なくとも何万もの投稿者がいるウェブ小説投稿サイトで書籍化までこぎつけたのだから何らかの他人に刺さる文を書ける能力を持っているのではないか、と思われる。
それ以外は全然な吸血鬼だった。体力は無いし、コミュ力も低い。人混みは苦手で道には迷う。仕事を覚えるのも嫌いで長続きしない。
駄目人間。いや、駄目吸血鬼である。本当に吸血鬼か怪しいものだが。野菜ジュースは好きらしい。血液と成分が似ているから。鉄分とか。
とにかく、そんな社会不適合者がどうにか他人の役に立って、そして能動的に働けたのが小説を書いて売ることだった。
もうそれが無ければ社会の寄生虫でしかない。
下手すれば脱法受給している年金に加えて生活保護まで貰おうとするかもしれない。
ともすれば、数少ない身内側の人間としてドリル子としてはまともに小説で食っていって欲しいものであったが。
「あーうー……バイト嫌じゃなあ……働くと創作意欲がモリモリ減るのじゃ……疲れてなにもしたくなくなる……」
「……カレーちゃんの書いた次回作、自分で売るのは駄目なのかしら?」
「自費出版かえ? あれもなんか凄い金が掛かると聞いた覚えが……」
「いえそうじゃなくて。ネットで、電子書籍として売れば印刷代も掛からないと思うのだけれど。カレーちゃんのファンが買ってくれるんじゃないかしら」
「……なぬ!?」
ドリル子の何気ない一言で。
カレーちゃんは、自作小説を自分の力で電子書籍として売る……という道を示されたのであった。
これは売れない小説家の美少女ケモミミ吸血鬼カレーちゃんが、電子書籍を売って印税生活を目論む物語にして、なろう小説を自分で電子書籍化するための手引きである……
人物紹介
華麗山カレーちゃん
明治初期のゴタゴタに乗じて戸籍を手に入れた自称吸血鬼。頭にコウモリの耳が生えている。
明治以前に陰陽師だかに退治されて、明治に復活したようだ。一応不老で死ににくい。
正確には蝙蝠の妖怪。特殊能力は蝙蝠やチュパカブラと意思疎通ができることだが、ここ十年以上使ったことはない。