壱:「開いてる」(8)
教室に戻り机の上に突っ伏す。
校長の話は三十分にも及ぶもので、十分過ぎたあたりからお経に変化した。
しかし、たった三十分だというのに、身のない話を聞かされたとあっては疲労の蓄積が酷い。
体育館から帰る途中、夕子の姿を見かけた。
彼女はあの短時間の間に話し相手を見つけたようで、クラスの女子と和気藹々としていた。
「疲れた」
心の中で押しとどめる事が出来ず、本心が口から漏れ出したと同時に皆木先生が入ってくる。
先生からは席替えや部活動の説明を受ける。
どうやら赤高には卓球部はないらしく、他の部活に食指は動かなかった。
「後は、今日は自己紹介して終わりだ。相川から順に頼むぞー」
皆木先生からは素早く終わらせたいという雰囲気があり、忙しいのかもしれない。
あ行から順に名前と趣味などを挨拶程度にこなしていく。
意外と早くに僕の番に回ってくると、重い体に力を入れ立ち上がる。
「神崎耕一です。趣味は卓球と刺繍です。よろしくお願いします」
刺繍は適当にいったわけではなく、密かに楽しんでいるブームでもある。
作ったものは幾つか部屋に飾っているし、刺繍ではないがクリスマス前には編み物をしてマフラーを作ったことさえある。
趣味なのだから男性が刺繍や編み物をしても問題はないと思う。
誰に言い訳しているのかわからないまま着席した。
その後のクラスメイトも順調に自己紹介を終わらせていき、問題のマッシュバングの彼女の番が回ってくる。
絵から出てきたような印象の彼女は静かに立ち上がり、凛とした姿勢で自己紹介を始める。
「雪坂渚といいます。弓道を嗜んでおります。仲良くしていただければ幸いです。以後よしなに」
礼儀正しく一礼し、着席する。
彼女に見惚れていたのか、後ろの座席の男子は立ち上がる事すら忘れているようだった。
「おい、吉永、ぼーっとしてるんじゃない」
「あ、すいやせん」
吉川は恥ずかしそうにしながら立ち上がり自己紹介を始める。
客観的に見て、雪坂を見た男子の反応は間違ってはいないと思う。
女子も何となくそれを分かっているようで、笑いはしなかった。