壱:「開いてる」(4)
「でも、夕子のお母さんに行くようにって言われたし」
「えー!一緒に走ればいいじゃーん!」
今日は赤高の入学式で一緒に登校しようと約束していた。
一応待っていたものの、彼女の母親から夕子に合わせると遅刻するから先に行っておくようにと促される。
一緒に走っての登校でも良かったが彼女の母親に気を遣わせるのも悪いと思い、先に登校することにした。
少し遅かったのは入学初日で身嗜みに気を使っていたせいだろうか。
走行による乱れであまり意味もないような気がする。
実のところ、彼女は朝が苦手かつ朝食をとって登校するためにいつも切羽詰まった感じになっている。
今日も例に漏れず、朝食をとって走ってきたのだろう。
着替え、朝食、身だしなみを済ませ、走って追い付くのは至難の業だ。
その至難の業を身に着けるために中学時代にいかに短く準備を済ませるかと研究したのかもしれない。
彼女は変なところに力を使うきらいがある。
「母さんも酷いよね、いつも美味しい朝食用意するしさ、食べなきゃ損じゃん?」
息が整ったのか、彼女は歩く姿勢に戻った。
彼女の母親の料理が美味しいのは僕も知っている。
近所付き合いということで、お裾分けとして貰った料理を家族で美味しくいただくことがある。
感謝を込めて、こちらも調味料や原材料のお返しはしている。
「もうちょっと早く起きればいいんじゃないの?」
「起きれないの知ってるくせにー」
ニヤつきながら肩を軽くぶつけてくる。
刹那、彼女の髪から発せられるシャンプーの匂いが風に乗って鼻腔をつつく。
シャンプーなので誰が使っても変わらないのだろうが、彼女の付加価値の上乗せで安心する香りがするのは気のせいではないだろう。
「コウは朝食ちゃんと食べてる?」
「バナナ一本程度は」
朝から食べ過ぎると腹痛に悩まされるので、軽くとるくらいにしている。
以前油断して食べ過ぎたことにより、授業中にトイレに何度か行った事がある。
その後、しばらくはトイレの住人というあだ名がついた。