美女の余韻
土曜日。放課後に梨花と共に鍋崎に散々こき使われた悟史は、筋肉痛の腕を揉みほぐしながら、リビングのソファに力無く寝転がっていた。
「・・・・・・・」
ぼんやりとした頭に浮かぶのは、その虚脱状態に見合わぬほど鮮明で、はっきりとした眩いイメージばかりだった。
「・・・・・クッソ美人やったな」
黒坂高校三年A組、空野有利砂。およそ高校生とは思えない程整ったプロポーションに、日本人離れした美しい顔立ち。声は凛として透き通り、鈴のように澄んだ音色を奏でた。噂に違わないと言えば、それも間違いない。しかし、彼女に関しては評判に対しての実物の衝撃があまりにも圧倒的だった。
噂や評判自体も、異様なほどにハードルを上げていたように聴こえた。しかしそれでも、一目見た瞬間のあのインパクトの前には一切が崩れてしまった。それほどまでに、彼女の輝きは群を抜いていた。
「ねー。ほんまに同じ人間かよっち思ったわ」
ソファに寝転がる悟史にのしかかるように、梨花もまた力無く寝そべっていた。
「なしてあんなに違うんやろ・・・。
同じ人間なのに」
「せやなぁ・・・。
まずああいうまぶしい人っち、人の上に寝そべったりせんち思うばい」
ぼんやりとしたまま唸っている梨花をソファから押し出し、腰を抑えて悶える彼女を尻目に彼は上体を起こした。
「そういや梨花、蒼は帰ってきたん?」
「いったぁ・・・・‼
・・・え? 何? なんか言った?」
「華菜さんの様子はどうなんや」
流石に可哀そうに思い、彼女の腰を擦りながら彼は質問の仕方を変えた。
「お姉ちゃん? 相変わらずよ」
ため息交じりに答えるあたり、梨花自身もかなり参っているようだった。梨花は自身にかかる災難などでは滅多なことではへこたれないのだが、とりわけ他人のことになると本人以上に感情を高ぶらせる節があった。
「今って家おるんかいね?」
「いや、今は大学に行っとるばい。
なんか、研究課題があって、その資料作成をするとかなんとかっち」
「そうか・・・」
どんな様子か、一目確認しておこうとも思ったのだが、いないのでは仕方がない。昨日、梨花から聞いた時も帰宅時に一目様子をうかがいに行こうと思っていたのだが、雑用で疲れ切ってしまっており、また件の女生徒のことで頭が埋め尽くされてしまっていたためすっかり忘れてしまっていたのだ。結局帰ってきたのは二〇時過ぎで、リビングでは優が勉強道具を広げたままぐったりとテーブルの上に突っ伏していた。
彼女は日ごろから間食が多かったため、つい先日悟史のいないところでの間食を禁止したばかりであった。すると、彼女は昨晩も律儀にその約束を守って、彼が帰宅してご飯を作ってくれるのをずっと待っていたのだ。さすがに申し訳なく思い悟史も在り合わせの食材で創作料理を簡単に振る舞い、なんとか彼女も幸せそうな表情を取り戻したのだが、まさか何も食べないまま待っているとは思わず、その様子は忠犬のようだった。
「・・・誰が何と言おうと、今日俺は一日なんもせん」
「わかる。私も今日ばっかは何もする気が起きん」
「いや、お前は帰れよ」
再びソファに上がろうとする梨花の顔を鷲掴みにしながら、悟史は小さくため息をついた。