RldelicとWorth
色々と質問は山積みであったが、第一に訊くべきはやはり現在の自分の所在だろう。伊琉が付き添いにいる時点で、ここが学内である可能性はかなり薄かった。
「・・・ここは、どこなん?」
「やっぱり、一番はそれだよね!
うんうん、そうだと思った!」
彼はさぞかし嬉しそうに、何度も頷いた。
「ここは“ルデリック”っていう世界で、さと兄のいた世界とは違う世界なんだ!」
「――――は?」
どこか近くの救急病院の一室なのだろうと、心当たりのある病院名をあれこれと想起していた悟史は、あまりに突拍子のない返答に思わず思考が停止してしまった。
「まあ、信じられないとは思うけど。
さと兄のいた世界は“ワース”って云って、いわば平行世界のようなものなんだよ。」
何の躊躇いも迷いも無くつらつらと並べられる単語の数々に、悟史はまだついていけずにいた。
「ち、ちょっと待て。待て。
お前は、一体何を言っとるんや・・・?」
「理解が遅れるのは仕方がないと思うよ。今まで在るわけがないと思っていたものが実は在りますって言われてるわけだから、混乱もするよね」
慌てる悟史に、それでも伊琉は至極冷静だった。
「話がややこしくなるから絞って話すけれど、世界は二つあるんだよ。
“ルデリック(rldelic)”と“ワース(worth)”。今僕らがいるのが前者で、さと兄のいた世界が後者」
「・・・・ほう」
理解云々は置いておいて、悟史はとりあえず話だけは聴いておくことにした。
「両者の違いは、簡単に言えば『魔術の存在の有無』だね。
ルデリックでは魔術なんてある意味ありふれたものだけれど、ワースでは空想上のものだとされているし」
「・・・うん?」
彼の話は、聴いておくだけにしようにもあまりに現実とかけ離れすぎていてスルーしきれないものがあった。しかしそれでも、とにかく悟史は聞き手に徹した。
「で、有利砂お姉ちゃんや僕は、元々はルデリックの人間なんだよ」
「・・・んえ?」
突然知っている名前が出てきて、反射的に変な声が出てしまった。
「本当はワースでの魔術の行使は禁じられてるんだけど、有利砂お姉ちゃんは破っちゃったから・・・。
今は謹慎処分を受けて自室に籠ってるみたいだけど」
つまり、彼らは二人とも魔術師だということなのだろうか。
「・・・空野は、まあお前もやけど、何者なん・・・?」
「僕らは、ルデリックにおける日本の“戦士”なんだよ。
諸事情あって僕らはワースと行き来してるんだけど、行き来できるのは特定の人だけなんだ。まあ、これに関してはおいおい話すとして・・・・」
伊琉は息継ぎをするように深呼吸をした。
「有利砂お姉ちゃんは、世界最強の大魔導士だよ。
並の戦士じゃ足元にも及ばない程の、ね」
世界最強、という言葉に、再び悟史の頭はついていこうとする意志を失ってしまった。
「で、僕は日本の戦士たちの一人。有利砂お姉ちゃんみたいに大そうな称号も無い、ただの一般の戦士だよ」
そもそも戦士という単語自体に馴染みが無い。まして『日本の戦士』などと言うと、色々と他のものを想像してしまうものである。
「・・・もうちょい、具体的にっち言うか」
「ん~・・・。
ちょっとした理由でね。僕もお姉ちゃんも、ルデリックの生まれだったんだけど育ったのはワースなんだ。それもあって両世界の行き来を認められているんだけど・・・」
伊琉は、若干困ったような微笑みを浮かべた。
「あんま言えんことなんか?」
「うん・・・、ごめんね。
これ以上は、お姉ちゃんの個人的な話になっちゃうから・・・」
答えられる範囲でとは言っていたが、こういう形でその制限を実感するとは思わなかった。
「・・・じゃあ、訊くけど。
――――魔術っち何なん? 本気で言ってんのか?」
「本気も何も、だってさと兄、あれだけ目の当たりにして、あれだけ傷つけられてまだ信じられないの?」
目を丸くして驚く伊琉の言葉に、悟史はつい閉口してしまった。確かに、空野による攻撃は、その全てが超常的な現象によるものだった。マジックにしては随分と勝手が利いていた上、特に氷の槍に至ってはどうあっても説明不可能であるように思えた。
「魔術っていうのは、元々は『自然の摂理の内で起こりうる現象を人為的に引き起こす術』を指すんだ。
例えば、火を灯したり、水の流れを変えたりと、実際に起こりうる現象の数々を、自らの魔力を消費することによって実現し、引き起こすことができるんだよ。
火を灯すには、チャッカマンを使うでしょ? 僕らはチャッカマンを使う代わりに、魔力を消費して火を点けるんだ。ただそれだけの違いだよ」
伊琉の言っていることは、文としては理解できるのだが、それを一連の真相として理解するのは難しかった。漫画やアニメでならそういう話も珍しくないのだろうが、如何せん現実に起きている事実にそれらを当てはめるというのは、些か無理な注文であった。
「・・・まあ、いいや。
訊けば訊くほど疑問が増えてくだけやけんな・・・」
そんなことよりも悟史は他に、最も気になっていることがあった。
「・・・なあ、単刀直入に訊くけどさ。
空野は、なして俺を殺そうと――――?」
「・・・・それは」
今回の一連の件。その核たる部分にあるのは、空野の動機だった。彼女は幾度か、悟史のことを『死ぬべき男』というような表現で呼んでいた。心当たりがあるとすれば二年前の彼が暴走していた時期に、何か大変なことをしでかしたのかとも思ったのだが、如何せん思い当たるものはひとつも無かった。
「・・・・それは、また今度でいいかな?
多分、僕じゃなくておじいちゃんの方から聞いた方が確実だと思うから・・・」
しかし、伊琉はすぐには答えようとしなかった。知ってはいるものの、彼の口からは話すことができないらしい。
「・・・じゃあ、せめてこれだけは教えてくれ。
空野は、これからも俺を殺そうとする可能性はあんのか?」
「・・・ある。けど、安心して!
その時は必ず、僕が守るから!」
伊琉は自信ありげにそう答えた。しかし、相手は世界最強だとかいう魔術師である。彼自身がそう言ったにも関わらずここまで迷いなく胸を張れるというのは、一体どういった心持ちなのだろうか。
溜め息をひとつ、悟史は軽く伸びをした。
「元の、俺がおった世界には帰れるんか?」
「ワース? 帰れるよ!」
数えきれないほどの煮え切らない疑問が渦巻く中、とりあえず目下最大の問題は帰れるのか否かということだった。しかし意外にも、伊琉は即答した。
「え? 帰れるん?
なんか特別な条件を満たさんとダメとかやなくて?」
「うん、そもそもワースの人間はルデリックには来てはいけないんだけど、さと兄は色々と複雑な事情があるから・・・。
それに、まださと兄がこっちに来ていることは、僕と有利砂お姉ちゃんと、おじいちゃんしか知らないから」
先程から度々出て来る“おじいちゃん”とは、一体何者なのか。
「あっ、おじいちゃんっていうのは本当の、血のつながったおじいちゃんではなくてね。
親のいない僕らを養育してくれている保護者の人のことだよ」
「え? ・・・親、おらんのんか」
「うん、いないよ。
あ・・・、まあ正確には僕にはいるんだけど、少なくとも有利砂お姉ちゃんには」
空野も、親がいない。その事実は、複雑な悟史の心境を更に難解なものにした。どういう要因であれ、やはり親の存在が無いというのはこの世に蔓延るこの上ない苦しみのひとつではなかろうか。
「あ、知らなかった?」
「逆になして俺が知っとると?」
「あ~、じゃあ本当に何も知らないんだ・・・・。
さと兄、お願いなんだけど、有利砂お姉ちゃんにはこのこと、絶対に直接訊かないでね」
伊琉は、先程までとはうって変わって真剣な面持ちでそう念を押した。
「訊かねえよ。ってか、命を狙っとる相手のとこにわざわざ行くかよ」
「そっか。よかった・・・。」
ほっと胸を撫で下ろす伊琉の様子を見て、空野ももしかすると悟史や優と同じレベルの理不尽によって奪われたのかもしれないと思った。




