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背負うもの  作者: ボールペン
第六話 雨の日の思い出
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酒入押問答

「あれ」


 夜中。宵の内も過ぎ去り、夜半も深まった頃。とっくに優は床に就き、悟史自身も眠りにつくつもりだったのだが、妙に目が冴えてしまっていた。


「・・・・・おかしいな」


 火曜日から夜更かしする気などさらさらないのだが、目が覚めてしまったのは仕方がない。仕方なくベッドから起き上がると、悟史は一階のリビングへと降りた。真っ暗なままでは当然ながら居間の様相は確認できず、何とはなしにおもむろに彼は電気のスイッチを入れた。


「っ」


 部屋が光に包まれたのは一瞬の出来事で、思わず悟史は目を覆った。細目になって辺りを見渡し、少しずつ目を慣らす。


「――――――――」


 台所の冷蔵庫から二リットルサイズのペットボトルを取り出し、中に入っていた麦茶をコップに注ぐと、ようやく環境に順応し始めた目をゆっくりと開き、椅子に腰かけ一息ついた。


 一体、何時なのか。少なくとも丑三つ時の前後であることは間違いなさそうではあったが、据え置き型の時計を最後にどこに置いたのかを忘れてしまった。


「・・・ふぅ」


 渇いていた喉は潤いを取り戻したものの、頭の方は冴える一方で眠気は一向に来る気配が無かった。とはいえ特にこれといってやることもなく、気の赴くままに、悟史はふと二階のベランダへと足を踏み入れた。




「よぉ」




「・・・あれ、お前も起きとったんか」


 ベランダは、隣に位置する福富家のベランダと向かい合っているのだが、そこには夜中であるにも関わらず蒼が独り佇んでいた。


「お前、もう一週間くらいずっと家におるけど、仕事は行かんでええん?」


「ああ、俺の仕事は不定期だからな。

 依頼があれば動くって感じだから、それまでは暇なんだよ」


 そう言って、彼はにっと無邪気に笑った。柵にもたれつつ、右手には空のショットグラスをぷらぷらと揺らしていた。


「独り晩酌か。こんな雨の降る中でようやるもんやな」


「雨模様の空。それも、今みたいに真夜中ってなると一味も二味も変わってくるもんだぜ。

 酒飲みってのはな、景色を、環境を、自然を肴に飲むもんなのよ」


 彼は既に相当量飲んでいるようだった。顔を赤らめることこそないものの、少しだけ浮ついた雰囲気がそれを物語っていた。


「酒は飲めねえし、飲む気もねえよ」


「あ? 一生?」


「多分、一生」


「か~、もったいねえなあ!」


 実際の酒飲みがこんなだからなのだが、敢えて彼は口を閉じた。




「ところでよ、悟史」


 ふと、蒼は話題の転換に移った。


「お前、将来のこととか考えてるか?」


「あ? 何や急に」


 酔いが回っているからか、時間が時間だからか、彼の話は突拍子のないものだった。


「いやぁ、別に他意は無いよ。

 ただちょいと気になってさ」


「・・・まだ何にも考えとらんばい。

 今は、とりあえず真っ当な人生を目指すに尽きるかいね」


 彼はまだ高校生になりたての若輩で、社会のことなどとんと知らない無知っぷりだった。


「・・・正直に言うけどさ。

 お前、このままじゃ引く手も無いぞ?」


「――――」


 蒼の言葉は、彼の胸に鋭く突き刺さった。悟史は中学二年生の頃に学内で問題を起こしすぎてしまった過去があるため、彼の言う通りまともな未来はあまり望めそうにもなかった。


「そりゃ、確かに問題は起こしまくってたけどさ。

 でも、黒坂出身やったら逮捕歴のある人もなんか就職上手くいっとるらしいし・・・」


「おまえ、逮捕の回数が桁違いだろうが。

 そういうの、れっきとした犯罪の前科として履歴に残るんだぞ?

 一回二回程度ならまだしも、お前あの一年で何回お縄に掛かったよ? 実際、そこから更生しましたっつっても信じられるわけないし、就職ができるだけでも奇跡と考えた方がいいレベルだぞ」


「・・・・・」


 分かってはいたが、考えたくのない事実だった。悟史自身、当時は自暴自棄であったため、将来のことなど一切考慮していなかったが、三年生に上がってからそういった話を徐々に意識し始めてはいたのだ。


「・・・・まあ、な。

 迷惑をかけた代償か・・・」


 悟史は、心を抉られる思いで蒼の言葉を噛み締めた。


「そこでだな、話があるんだが」


 するとふと、蒼が何やら別の話を切り出し始めた。


「お前、ケンカじゃ誰にも負けない自信があるよな?」


「・・・まあ、お前以外なら」




「だったらさ、俺んとこで働くか?」




「――――――――は?」


 突然の申し出に、思わず悟史は面食らってしまった。


「仕事内容に関してはまだ言えないけどな、腕に自信のあるやつばかりが集まったもんだ。

 もしお前が本当に他の選択肢が無いってんなら、拾ってやってもいい」


「・・・内容も分かんねえし、お前みたいな頑丈な奴でも大怪我を負うような仕事、やるワケねえやろうがちゃ」


 蒼の仕事に関しては、一切の情報が無かった。唯一あるとすれば、先週彼が見せた腕の大きな切り傷や、たまに身体の各所を包帯等で治療した形跡を残していることくらいである。


 彼は、警察官であっても失神せざるを得ないような威力を誇る悟史の拳を、正面から受けた上で平気な顔をして笑っていられるような男である。その彼が大怪我を負うのだから、何の仕事かは分からないものの、それこそまともなものでないことは確かだった。


「・・・・じゃあ、訊くけどさ」


「うん?」




「今、向こうに見えるコンビニの入り口んとこでさ、高校生くらいの数人が中学生くらいの男の子を殴り蹴りしてんだけど。




 おまえ、どうする?」




「・・・・何を言ってんのかさっぱりなんやけど」


 何の繋がり脈絡も無い、突然の質問に悟史は呆れ果てた。


「おまえ、もう寝た方がええんやねえんか」


「・・・嘘だと思うなら確認しに行ってみたらいいさ」


「断る。コンビニまで何分かかると思っとるんや」


 最寄りのコンビニまでは、およそ直線距離で五〇〇メートルは下らない。当然彼らの立つベランダからは見えないし、ましてその入り口付近に人がいるかどうかすらも分かるはずがない。


「じゃあ、見捨てるのか?

 あの中学生を」


「・・・俺には関係ない話やろうが。そもそもいじめは、弱い奴ら同士でしかやんねえよ」


 中学三年生にあがり更生した彼は、梨花と『二度と暴力を振るわない』という約束をした。とはいえそう簡単に切り替えられるわけでもないため、悟史は今のところは身内の関わるところ以外でという条件付きでその約束を守っていた。


 しかし、そんな約束を抜きにしてもそもそも彼は他人の争いに関して一切無関心であった。


「っつうか、お前が行きゃええやんけ」


「――――面白いもんよな」


「・・・あ?」


 残っていたウイスキーを、もはやグラスに注ぐこともなく瓶から直接飲みながら、蒼はさぞ楽しそうに笑った。


「俺がこんなことを言い出すまで、向こうのコンビニなんかその存在すらも忘れてたのにさ。もしかしたらって思いから、実際にいじめが起きてるかもって可能性を見出し始めたんだからよ」


「・・・つまり、嘘っちことか?」


 蒼はベランダの屋根に届かない範囲に腕を伸ばし、振り続ける雨水をその掌に溜めながら空を仰いだ。


「可能性は、ゼロから生まれる」


「何ち?」


「人間は、意識をした瞬間からありもしないことでさえあるかもしれないと疑うことを覚えるんだ。

 昔からそうだよ。例えば、ツチノコとかな」


 滔々と語る蒼は、何を言おうと耳を傾けそうになく、仕方なく悟史は話半分に聴くことにした。


「いるかも分からない、かつてはいなかった、そして未だに見つからないツチノコに人々は長年踊らされて、いないと表向きには言いながらもその僅かに残る存在するかもしれないという可能性を捨てきれずにいるんだ。

 何とも、愚かで可笑しな話じゃないか?」


「・・・・それが?」


「分からないか?」


 笑いながら、蒼はショットグラスと角瓶を床に無造作に置いた。


「お前は、さっきの話は本当だと思うか?

 いじめられている中学生の話」


「・・・いや、嘘・・・かな」


「何故?」


「それは・・・・、わざわざいじめる側が雨の日にやるかっち話やろ」


「それはあくまでお前の推測だよな?

 確信ではなく」


 蒼との問答に、悟史は段々と疲れてきた。元々頭を使う会話があまり好きではないため、こういった押し問答のような会話は苦手だった。


「まあ、せやな」


「でも、本当とも限らない。俺が嘘を言ってるかもしれんしな。


 だが、仮に俺が勝手に言い始めただけだったとしても、もしかしたら俺が知らないだけで本当なのかもしれない」


「・・・ほう」


「分かるか? 俺がこんな話をし始めなけりゃ、こんな可能性なんか生まれなかったんだ。

 だから、さっき言ったように、“可能性はゼロから生まれる”んだよ」


 蒼は、柵にもたれかかったままにやにやと笑っていた。悟史に向けて笑いかけているのか、目が虚ろであったため判別はできなかった。


「・・・・・・で?

 それと俺の就職の話と、何の関係があんだよ」


「――――ま、いいや。

 言いたいことは言ったし、今日は飲みすぎちまった」


 そう言いつつ、蒼は残っていた角瓶の中身を飲み干してしまった。


「忘れてくれ、今夜の話は。

 まあ、ゆっくり寝るんだぜ」


「はぁ?

 おい、ちょっ、待っ――――」


 悟史の制止も聞かず、一方的に話したかと思えば一方的に分断し、蒼はそのまま家の中へと戻って行ってしまった。


「・・・・・なんなんやアイツは」




 独り残ったベランダには、屋根に打ちつける雨音ばかりが響き渡っていた。


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