赤髪の戦い
どうしても、許せなかった。今まで築き上げてきた地位が、全て水泡へと帰したのだ。中学生の頃から何度も何度も、数えきれないほどの人間と拳を交え、大量の血を流しながらも今までやってきたのだ。それが、たった一度の敗北によって。
「よう」
彼らの世界は、相当にシビアである。いかに連勝を重ねようとも、たった一度でも敗北を喫した瞬間にその価値は格下げされてしまう。その相手が無名であれば尚更である。仮に敗北を喫した相手が“黒い眼光”のようなビッグネームであれば、その傷も小さくて済むものなのだが、それほどの相手の場合は二度と喧嘩できなくなる可能性も秘めているため、やはり甘くはなかった。
「借りを返しに来たぜ」
しかし裏を返せば、一度地位も何もかも失ってしまえば、何をしても変わらないということでもある。復讐に武器を使おうが、複数人で襲おうが、一切関係なくなるのだ。
「・・・・あ?」
標的となったのは、この春に高校生になったばかりの赤髪が特徴的な少年だった。対し、彼らは合計で七人。しかも全員三年生で、うち二人は暴力団にも通じていると噂の暴れん坊だった。
「やれ」
指示は至極単純。ただ一言発するだけでいい。それだけで、溜まった鬱憤は思うさま晴らされるのである。
「「「オオオォォ‼」」」
掛け声と同時、赤髪の少年を取り巻いていた男たちは一斉に襲い掛かった。数名は手に鉄パイプや角材のようなものも持っており、少なくとも半殺しにはするつもりらしい。そう感じ取った彼は、反射的に彼らに向かって背を向けて駆け出した。
「待ちやがれ!」
一体七で戦うなど、分が悪すぎる。いくら喧嘩慣れしているとはいえ、そんな無謀な手には出ない方がよほど賢いというものだ。むしろ喧嘩慣れしているからこそ、正面切って戦う方が愚かだと重々承知していた。
走って走って、走り抜けた。幸いにも彼は足が速く、また体力もあったため、たとえ相手が多かろうとも逃げ切れる可能性は十分にあった。
「ハァッ、ハァッ」
そして、後ろについてきているのが独りになった時。彼はくるっと踵を返し、唐突に対峙した。
「ハッ、ハッ・・・!
死ねやコラァ‼」
ここぞとばかりに、手に持っていた角材で彼の横っ面を引っ叩かんと横なぎに振るった。それを瞬時に屈みこんで躱すと、石崎はそのままレスリングのようにタックルを彼の胴へと勢いよくかました。
当然の如く、襲ってきた男は石崎にしがみつかれたまま後方へと吹っ飛び、背中からアスファルトへと叩きつけられた。
「ぅっ」
声にならない叫びを上げ、身体に響く痛みに怯んだその隙を、もちろん石崎は見逃さなかった。そのまま仰向けになった男の上に流れるように馬乗りになり、その顔面へと拳を二、三発と突き刺した。
拳をしっかりと受け止めた頭は当然後方へと仰け反り、しかしアスファルトに打ち付けられるとバウンドしてしまい、その浮いたところへもう一発、再度浮いてもう一発と、五回も繰り返さないうちに男は意識を失ってしまった。
「はぁ・・・、はぁ・・・」
持っていた角材もほとんど使わせないまま相手をノックダウンした石崎は、血まみれになって鼻のひん曲がったまま寝転がる相手を見下ろし、ゆっくりと立ち上がった。
「なっ・・・、野郎!」
ちょうど立ち上がったその時、遅れて二人ほど彼の元へと辿り着いた。
「よう」
その驚きと怒りに一瞬戸惑った彼らの様子を見て、彼は大きく口端を歪めて声を漏らした。
「ぶっ殺す‼」
二人はそれぞれ、その手に鉄パイプと木刀を握っていた。殺気立てて駆け寄るその姿は、常人ならば震えあがって逃げ出すこともできないのだろう。
しかし、石崎は変わらず笑っていた。
「知っとるか?
『ぶっ殺す』っち言葉は、殺る前に言っちゃあいけねえんやってな」
そう言って角材を拾い上げると、鉄パイプを持った男に向けてフルスイングで投げつけた。
「ぅわっ⁉」
そうして怯んだ隙、投げた後を見計らい、頭を目掛けて振るってきたもう一人の木刀を片腕で受け、その痛みを介することなく木刀を振った男の懐へと潜り込んだ。そしてそのまま男の襟ぐりを掴み取ると、沈んだ体勢から一気に立ち上がるように思い切り背負い投げた。
「ぅオラァッ‼」
投げた先には、鉄パイプの男。上手く角材を躱し、殴り掛かって来ていたところへ、味方を思い切り投げつけたのだ。しかし、彼は少しばかりケンカに長けているのか、角材に続いてその投げられた味方をも寸でのところで躱しきった。反面、クッションの無くなった男はそのまま背負い投げの勢いを緩めぬまま、受け身も取れぬまま背中からアスファルトへと叩きつけられてしまった。
「テメッ・・・‼」
「おぉ、やるやんけ」
先程、確かに片腕を木刀で思い切り殴られたはずなのに、彼は変わらずにやにやしながら鉄パイプの男へと近づいていった。
「クソがっ‼」
近づいてきた石崎に我慢できなくなり、男は思い切り鉄パイプを彼の頭目掛けて振り下ろした。しかし同時に、彼は拾い上げた木刀で男の膝を横合いからフルスイングで撃ち抜いた。
「ぅあああああアァァァァ‼‼」
「くぁっ・・・‼」
絶叫しながら倒れ込む男。しかし石崎もまた鉄パイプを避けきれず、威力はいくらか弱まったものの頭部にその殴打を受けてしまった。
倒れこそしなかったものの、視界が大きく歪む。生温かいものがこめかみから頬を通り顎へと伝う。強烈な痛みに、目の前は火花が散ったようにチカチカと煌いた。
足元には、背中を抑え膝を抑えもだえ苦しむ男達。しかし、彼自身ダメージが大きく、とどめを悠長に差す余裕はなかった。
「ぐぅぅ・・・・」
フラフラとしたおぼつかない足取りで、その場を離れようとする。しかし。
「いたぞ! あそこだ!」
背後から響く声に、石崎は絶望した。このコンディションでは逃げられない。否、逃げることはもちろん戦うことも叶いそうにない。その上、どうやら残りの四人が全員集結しているらしい。
「――――チッ」
舌打ちをひとつ、彼は諦めたのか、開き直ったのか、高笑いをしながら、駆け寄ってくる男たちの方へと向き直り、角材同様木刀を全力で投げつけた。




