もう一人の問題児
話を聞くと、どうやら先日問題を起こした赤髪の生徒が、今度は黒坂の夜間クラスの生徒と揉め事を起こしたらしい。なにやらどこかで聞いたような話だと、鍋崎は深いため息をついた。手を上げればすぐさま体罰だの虐待だのと叩かれるこのご時世、本当の不良というものと関わったことのない人間ばかりなのだろう。話では解決しようのない子供もいるということを、ファンタジーだとでも思っているのか。
暴力は確かに何も解決しない。だが、加減の適した制裁は場合によっては必要となるものである。
「――――“石崎 誠”。
早霜中学出身、か」
今年の新入生の来歴は笹ヶ原があまりに飛び抜けていたため、教職員もそちらにばかり気をとられていたのだが、こういった問題を起こしがちな生徒というのは毎年複数人いるものである。その中でも、この石崎はかなり群を抜いているようだった。
中学入学時はかなり真面目な生徒で、またクラスのムードメーカーのような立場だったというが、中学一年生の夏ごろから荒れ始め、成績も学年の上位から最下層まで落ち込み、まともに学校に来ることもなくなっていたようだった。
そもそも黒坂に来る生徒はまともな生徒の方が少ないため慣れてはいたが、どうもこの年は攻撃的な生徒が多いように感じた。
「鍋崎先生、どうされたんです?」
「ああ、五十嵐先生。
いや、ね。P組の石崎の件でですね」
「あ~、例の!
最近凄く元気って話ですねぇ」
五十嵐は、黒坂に赴任して三〇年近くになるベテラン教師だった。それだけこの特殊な高校に在籍し続けているということは、それだけで信頼するに申し分ない証となる。実際、その事実に恥じぬ凄腕の国語教師であった。
「ええ、まあ。
指導をしなければならないんですがね」
「何か問題でも?
彼の事情が何であろうと、先生なら配慮した上で容赦もしないでしょうに」
「んむぅ~・・・。
まあ、そうなのですが・・・」
にこにこと笑いながら、五十嵐は鍋崎に持っていたコーヒーを手渡した。
「まま、これでも飲んでリラックスしてください。
落ち着きますよ」
「ああ、ありがとうございます。
いえ、実は彼、どうもネグレクト被害に遭っているようでしてね」
「ほう、ネグレクト」
ネグレクトとは、一般的には低学年児童や幼児に対する育児放棄を指すが、その言葉自体には養育対象である子供の育児放棄及び虐待も含まれる。黒坂の生徒でネグレクト被害に遭っていた子供は珍しくもないのだが、石崎ほど荒れる生徒もいなかった。
「恐らく、大人に対してはとても従順なんですよ。
説教中もずっと話を真面目に聴いていましたし、ちゃんと反省もしているようでした」
「う~ん、また難しい問題だねぇそれは」
「ええ、本当に。
だからといって人様に迷惑をかけていい理由にはなりませんが、問題は彼自身それを理解している点ですね」
鍋崎は頭を抱えた。そもそも話も聞こうとしないのであればまだ手立てもあるのだが、彼の場合は、話はちゃんと聞き、反省もしたうえで繰り返してしまうのである。
「人格が分裂してしまってるのかねえ、その子」
「やはり、そう思われますか・・・。
恐らくですが、対大人と対同世代以下とで、切り替わっているように感じますね。
ですから、大人である我々が対応してもすぐに従順なモードになってしまって、肝心の暴れている方のモードにまで言葉が届かないといいますか」
石崎自身、自覚が無いのかもしれない。そう思わざるを得ない程、実際に話してみた際の彼と、報告上での彼とでは様子が違っていたのだ。その差があまりにひどく、とても演技で誤魔化しているとも思えなかった。
「鍋崎先生。どうか、気負いなさらず」
「ええ、もちろんです。
ありがとうございます」




