不良学生裁判
なにゆえか職員室まで呼び出しを食らってしまった悟史は、母親のような言動を繰り返す梨花をあしらい、しぶしぶ職員室へと赴いた。
「笹ヶ原。お前、またケンカしたんか」
「? してないです」
呼び出した教師は、鍋崎ではなかった。全く見たことのない若い男性の教員で、いかにも体育教師といった、がっちりした体形をしていた。
「学校の方に苦情が来とるんや。
茶髪の学生が複数人の学生と共に何やらケンカしとったっちな」
「・・・?」
どうやら、その教師は彼が犯人だと信じて疑っていないらしい。名前も顔も一切知らない、完全に初対面であるにも関わらずこうまで一途に悟史のことを疑うということは、やはりそれだけ彼が教職員の間で危険視されているということだろう。
しかし、高圧的に出られようが、身に覚えのないものを認めるほど彼も愚かではなかった。そもそも並大抵の脅しなら、眉ひとつ動かすことすらない。心当たりを探っている内に表情が曇ってしまっていたのか、そのしかめっ面を見るなり教師の方がたじろいてしまっていた。
「いや、やっぱわかんないです」
「・・・わかんないじゃねえんだよ。
実際に届け出が出てんだぞ。分かってんのか」
随分と口の悪い教師だと、悟史はイラつくどころかむしろ至極冷静になっていた。この若い熱血教師は、どうしても件の苦情を悟史のせいにしたいようにも感じられた。
「それって、昨日ですか?」
「いや、一昨日や。
一昨日の夕方五時ごろ、駅前の公園でな」
ならば、尚更自分ではないと悟史はため息をついた。二日前の土曜日の夕方は、優を寝かせ、蒼を帰らせ、日ごろの疲れを癒すためにリビングで熟睡していたのだ。喧嘩どころか、家から外に出てすらいなかったのである。
そもそも、ケンカ自体を梨花との約束で自分からは絶対にしないよう心掛けているのだ。よほどのことが無ければ、彼がその拳を振るうことはなかった。
「俺一昨日は一日家で寝てたんですけど」
「ふざけるな。高校生複数人を相手に一人でケンカするような茶髪の生徒はお前くらいなものだろうが」
マンモス校の黒坂なら他に十人くらいは容易に見つけられそうではあるが、きっとそう進言しても無駄なのだろう。悟史は空腹と眠気と面倒くささで頭を抱えた。
「おまえ、どうしても認めん気か? 今更隠してどうするとや?」
隠すも何も、やっていないものはやっていないのである。それを認めるのは、確かに処世術としては好手なのかもしれないが、悟史も変に意地になってしまっており、どうあっても認めてやりたくなかった。
しかし、このままでは平行線である。この教師も元暴れ馬の悟史を説き伏せている感覚に若干酔っているのか、全く折れる気配が無かった。
「複数人を、その人が独りで相手してたんですか?」
「・・・苦情の内容はな。ウチの生徒が、他校の生徒複数をボコボコに殴り蹴りして、その血が自分の店の前に撒き散らされたから汚いし、客が怯えてしまうから困るとのことだ。
そんなことできるのはお前くらいなものだろうが」
話の実情は、悟史がはじめに考えていたイメージよりもよほど凄惨であったらしい。確かに、二年前の彼が荒れていた時期ならば十分に有り得る話ではあった。
「ずいぶんケンカが強い奴なんすね」
「お前、おちょくってんのか?
いい加減怒るぞ?」
なんでもケンカを起こした真犯人は、その他校の生徒五、六名を完膚なきまでに叩きのめしたという。
「そう言われても、俺は一昨日は家でスヤァしとったんで・・・・」
「自分の非を素直に認めんのは、最高に男らしくないぞ笹ヶ原。
なんだ、それともそんなことができる奴を他に知ってんのか?」
歴戦の覇者たる悟史からすれば、もしかしたら今までにそんな相手がいたかもしれない。しかし、悟史自身が強すぎるゆえに相手の実力など知る前にダウンを取ってしまうのである。彼がやってきたのは、ケンカなどという勝敗を決するものではなく、ただ強い者による弱い者の蹂躙である。それは、最終的に蒼によって完全敗北を喫するまで一切変わらなかった。
「いや、知らないです」
「じゃあお前しかおらんやろうがちゃ」
確かに、と納得しかけて悟史は自分自身に若干呆れた。違うものは違うのだが、如何せん彼はあまり頭が良いわけではなかったため、上手く自分の無実を証明することができずにいた。
その時だった。
「十時先生。その件、ケンカをしたのは笹ヶ原ではありませんよ」
ふと背後から、彼へと助け船が給された。
「な、鍋崎先生!
え・・・、どういうことですか?」
野太い、とても沈みそうにない船の主は、先週末に彼をこき使った生徒指導の鍋崎だった。
「その件、真犯人が分かりましたので今呼び出したところです」
真犯人が見つかったということは、当たり前なのだが悟史は犯人ではなかったということである。そのことを頭の中で再認すると、悟史は思わず目の前に偉そうに座っていた教師を一瞥した。
「・・・・・」
十時というらしい、先程までとても威勢の良かった教師は、悟史の顔を頑なに見上げようとはせず、小さく何やらブツブツと呟いていた。悟史が面白がって顔を覗き込もうとすると、やはり顔を逸らし、髪をいじったり鼻を掻いたりして誤魔化した。
「・・・・自分の非を素直に認めんのは――――」
「鍋崎先生! 誰なんですか⁉
その件の生徒というのは!」
「もうすぐ来ますから。そう慌てず」
どうしても自分は間違っていないと思いたいのか、十時は素直に悟史に謝ろうとはしなかった。しかし、そのことには悟史も特に腹が立つこともなく、むしろいつもの暑苦しさのない冷静沈着なゴリラの方が可笑しくて笑いそうになっていた。
本来ならもう帰っても良いのだろうが、十時がこの後どんな行動をするのかと、この冷静なゴリラのこれからと、真犯人の正体にも少しだけ興味があり、なんとなく悟史もその到着を待っていた。
やがてやって来た生徒は、悟史よりも明るい、赤髪に近いくらいの茶髪の男子生徒だった。耳にはピアスをいくつも開けており、眉と髪の生え際には剃り込みが入り、襟足は長く、如何にもといった様相だった。
ふと隣を見ると、鍋崎は相変わらずだったが十時は少しばかり気圧されているようで、若干引き気味になってしまっていた。
(こんなスタンダードな奴、ほんまにおるんや・・・)
かく言う彼自身も不良をやっていたが、見た目に関しては更生した今とそう変わらなかった。果たしてこの男が単純に好きでこういう格好をしているのか、自分を強く見せようとこういう格好をしているのかは不明だが、どちらにせよこの後の二人の教師の対応が気になるところだった。
「なんで呼ばれたか、分かるな?」
「――――昨日のことっスか」
「そうだ。分かっているな、石崎?」
石崎と呼ばれたその生徒は、案外素直に鍋崎の言葉を聞いていた。悟史は既に更生済みであったためそもそも抵抗する気は無いのだが、彼のような現役バリバリの不良でも鍋崎に対しては何か感じるものがあるのか、妙に大人しかった。
「一体、何があったんだ?」
「・・・・」
冷静に話を聞くゴリラという絵面が、どうしても悟史には滑稽に映ってしまっていた。また、そんな可笑しなゴリラに対して真面目に向き合っている不良というのも、どうも面白くて仕方がなかった。
「・・・・・・」
すると、そんな悟史の気を察してか、石崎は彼を一瞥した。その眼は鋭く、どうやら笑いをこらえている悟史を牽制する意を含んでいたらしい。
「笹ヶ原。悪いが、席を外してくれんか。
勘違いで呼び出してしまったのは、申し訳なかった」
「え? あ、いや・・・」
「頼む」
どうやら、本気で真面目な雰囲気らしく、鍋崎の態度には一切の冗談が感じられなかった。悟史としては、十時が結局何も彼に対して詫びていないのが気にならなくもなかったのだが、早く帰りたかったのもあり、迷いはしなかった。
「・・・わかりました」
名残惜しさも特にないまま、ただじっと悟史の方を睨んでいる石崎を尻目に、彼は職員室を後にした。




