寡黙な旧友
部活への参加は、基本的には五月からとされている。しかし、黒坂には体育科も存在する他、運動部推薦なども入学形態の一つとして存在するため、一年生で部活を行う者達のタイミングはまちまちであった。
梨花は鍋崎からの指示で五月から正式に入部することになっていたため、この時期はまだ放課後はフリーだった。基本的には悟史と共に帰るのだが、この日は彼が職員室に呼び出されていたため、彼女は時間つぶしも兼ねて、噂のバスケ部を見に行ってみることにした。
「おぉ、やっとるやっとる」
体育館の二階にある観客席には、彼女と同じ考えなのか制服姿の女子生徒がずらりと柵越しに並んでいた。下のコートでは丁度部内戦をやっていたらしく、男子部員が好プレイをこなす度に、耳をつんざくような黄色い声援が飛び交った。
「うっさ」
バスケ部の部員たちでも何人かがしかめっ面をしているあたり、このピンク色のギャラリーは相当に鬱陶しいのだろう。しかし彼女らを無碍にしないのは、注意するのが時間の無駄と考えているのか、はたまたあわよくば部に引き入れようと考えているのか。
とにかく、梨花自身もこういった雰囲気とは相容れない気性だったため、結局すぐに体育館を後にしてしまった。
「盛り上がるのは分かるけど、ああも節操もなく騒ぐかいねフツー・・・」
幼少から武道に携わってきた彼女には、正しいスポーツの楽しみ方は分からなかった。だがバスケをやっている本人たちが嫌そうな顔をしているということは、先程のが正しいとは言えないらしい。明石の正体も分からぬままだったが、彼女はとにかくその場から離れることに執心していたため、もはやどうでもよくなっていた。
そんなこんなで、梨花は結局校内を目的もなくてくてくと歩き出した。
「・・・どーせ暇やし、色んな部活見て回ろっかな」
そもそも生徒数の多いこの学校は、部活も比例してかなりの種類がそろっていた。通常の高校では無いような部活でも存在するため、“小さな大学”と比喩されることもしばしばあるほどである。
校舎はいくつかの棟に分かれているのだが、梨花は適当に校舎内を回ることにした。そうして初めに辿り着いたのが、音楽室であった。
「おぉ・・・、すげー歌声や」
音楽室からは、声の調律を行っているのか、様々な音程の声が鳴り響いていた。そっと中に入り、他の見学者の列に並んで腰を下ろすと、どうやら合唱部は女子生徒のみで構成されているらしい。どの部員も背が低く、また音程もテノール以下が一切聴こえなかった。
梨花自身音楽には携わっているため、合唱も興味が無いわけではなかった。発声の仕方などは歌だけでなく、合氣道における号令にも繋がるため、参考にできる箇所はいくらでもあったのだ。確実に他の見学者とは視点が違うであろうが、それでも彼女は全く気にしなかった。
しかし、しばらくすると心地よい歌声に寄せられた睡魔が、授業終わりで疲れた梨花を急襲してきた。
(あ・・・、マズいなこれ――――)
急激な眠気により首がかくかくと揺れ始めてしまうことを恐れた彼女は、そうなる前にさっさと退散してしまおうと思い立った。しかし、梨花が席を立とうとしたちょうどその時。隣に座っていた女子生徒もまた彼女と全く同じタイミングで立ち上がった。
「ぁ」
思わず梨花は道を譲り、先に教室の戸を開いた女子生徒に続いて、音楽室を後にした。
(ん~、案外合唱部も楽しそうやったなぁ・・・)
呑気にそんなことを考えながら廊下に出ると、彼女は軽く伸びをした。合唱部の歌声は声量に富んでいるにも関わらず耳を刺激するような騒がしさは無く、直接脳や心臓に響くような、透過性のある音色だった。
(あんな声は出せんなぁ・・・。
どうやって発声してんねやろ)
未だ教室の中から聴こえてくる美しい歌声を背中に受けながら、梨花は他の部活を見に行こうとした。
そこで、ふと。先程彼女と共に音楽室を出た女子生徒が、彼女の前に佇みじっと彼女の方を凝視していることに気がついた。
「――――お?」
思わず梨花は身構えてしまった。幼少より武道に携わっていると、自然とこういった所作が表立ってしまうのだが、これでは無害な相手であった場合に無駄に相手に警戒心を与えてしまうという点で、彼女の悩みどころでもあった。
しかし、目の前の女子生徒はそんな梨花の様子の変化には一切反応を示さなかった。
「・・・・あれ、えっと・・・、もしかして――――?」
不審に思い我知らず棒立ちの女子生徒の顔を覗き込むと、何やら見覚えのある顔のような気がしてきた。
「――――ひとみん?」
恐る恐る尋ねると、無愛想なその女子生徒は、ゆっくりと頷いた。
「うぉっ、マジか‼
え、なして黒坂におんの⁉」
ひとみんこと“赤洲 瞳未”は、悟史、にしき、あかぶき同様小学生の頃に最も仲の良かった旧友の一人であった。彼女もまたあかぶき同様優等生であったため、まさか黒坂にいるとは思わなかったのだ。
「・・・・」
「・・・・寡黙なんは相変わらずなんやね」
赤洲は筋金入りの無口で、滅多なことでは声を発さない。顔も、表情筋が死んでいるのではないかと思えるほどポーカーフェイスだった。しかしそれでも、彼女とコミュニケーションをとるのは容易であった。
「・・・・」
「ん? 何?
他の部活見に行こっち?」
赤洲は無表情のまま梨花のカーディガンの裾をつまむと、空いている方の腕をぱたぱたと振りながら彼女の手を引いた。
「まあ、私もそのつもりやったし。
ええよ、急がんくても。のんびり行こーや」
背は赤洲の方が高いのだが、どうもこの子供っぽい仕草が妹であるかのような錯覚を生むのである。彼女は声と顔とでは一切感情が表出しないのだが、その分過剰なまでに身体の方で豊かに主張するのである。それが、何とも可愛らしかった。
(まさかひとみんがおるとは・・・・。
ま、相変わらずの可愛さで安心したわ)




