自由人の帰還
優の部屋を後にし、一回のリビングに降りると、テレビの前に位置するソファになにやら人影が視認できた。
「おろ・・・?
蒼・・・?」
「よっ、悟史。邪魔してるぜ」
ソファに座っていたのは、金髪と黒髪の混じった奇抜な頭をした、よく見知った顔の友人だった。
「いや・・・、『よっ』やねえばい。
おまえ、華菜さんも梨花もそーと心配しよったんやぞ?」
「あぁ、ワリイな。
ちょいと、今回はだいぶ手こずっちまってな」
「・・・・なんでもええけどよ。ちゃんと後で謝っとけよ?」
蒼が何の仕事をしているのかは誰も知らなかった。それどころかどこに住んでいるのかも不明で、国籍も含めて素性のつかめない男なのだが、華菜はよくこんな胡散臭い男と付き合っているものである。
今も、福富家に先に寄ったのだが留守にしていたため、悟史の家にやって来たのだという。
「・・・そういやよ、蒼」
「うん?」
「さっき、優が知らん外国人に話しかけられたっつってたんやけど、心当たりとかあるか?」
「・・・・・いやぁ、流石にヒントが無さ過ぎるわ。
多分知らないかな」
もしやと思い尋ねたが、やはり彼とは関係ないらしい。
「それよりさ、見てくれよ悟史。
ほら、ここ」
そう言って彼は、少しばかり黒く汚れたワイシャツの袖を捲った。彼は身長が一八〇台後半ほどもあるため、腕も相対的に太くもなるのだが、そうして出てきた腕はまるで角材のようにガチガチに筋肉の張った、強固な腕だった。
しかしそんな甲冑のような腕に、何やら大きな傷跡が刻まれていた。
「あ? どしたんこれ」
「へっへ~、今回の仕事でやられた」
「ホンマに何の仕事をしとるんやお前は」
蒼の身体は、かつてどれだけ悟史が本気の殴打を浴びせようとも、血を流すどころか傷ひとつつかず、びくともしなかったほど頑丈なはずなのだが、彼が見せつけてきた腕の傷は、見事に彼の肘から手首の辺りにかけて伸びた、鋭い切り傷のようだった。
「刃物には流石に弱いか」
「まあ、あくまで肉だからなぁ。
あ、でもお前が包丁とか持ち出しても無駄だからな?」
「今更お前と争う気なんざねーよ。二年前に懲りたわ」
二年前。優が越してくる少し前まで、悟史は異常なまでに荒れていた。当時の彼の傍若無人ぶりは今になって思い返しても酷いもので、またケンカも誰よりも強かったため止められる者もおらず、彼の独擅場であった。その状況に終止符を打ったのが、蒼だった。
警察ですら三、四人がかりで抑え込んでいた彼だったが、蒼の前ではまさしく大人と幼児ほどの差に、為す術も無く圧倒されたのである。以来、悟史はいよいよ更生の道を歩み始め、今に至るのだ。
「あ~、ポカッたなぁ」
「そうかよ。
そりゃ災難なこって」
「いやぁ、マジで災難よ。
あぁ~、華菜に会いたいぃぃぃ」
どうやら本当に会えなくなって久しいのか、ソファに家主以上にだらしなく寝転がりながら、彼は愛しの人の名を紡ぎ、うううと唸った。
「どうでもええんやけどさ、そこどいてくんねぇ?
俺は今日、誰がなんち言おうが一日なんもせんっち決めたんやけ」
そもそも、家主も知らない間に勝手に家に入り込み、なんの許可も得ずにこうしてソファでくつろいでいる方がおかしいのだ。彼に関しては他にもいろいろと問い詰めたいこともあったのだが、今はとにかく眠りたい一心で、他人の世話などしている余裕など悟史には無かった。
「なんだ、疲れてるのか?」
「最近の高校生は忙しいんよ。
朝早くから毎日毎日起こされて、宿題は山ほど出されるしよ」
「出されてもお前は宿題なんてしないだろ」
「・・・・とにかく、早う帰ってくれ。
しがらみも何もなく、俺は寝たいんや」
そう言って、ブツブツと文句を垂れる蒼を無理やり家から閉め出し、遂に悟史は安息の時間を得た。




