優の境遇
居舞優は、元々東京に住んでいた。東京生まれの東京育ちで、詳しいことは知らないが、どうも由緒ある家系らしかった。家族は父と母、兄の四人の核家族で、なにひとつ不自由のない生活を送っていたという。
彼女は当時から頭もよく、運動もでき、ポテンシャルの塊のようで、それでいて人望も厚かったという。それ故に転校が決まった際には、女友達は泣いて悲しみ、男友達はこぞって告白をしたらしい。
そもそも、優が悟史の家に引っ越してきたのは、彼らが中学二年生を修了し、三年生へと進級する際の春だった。それは突然のことで、警察だったかなんだったか、国の運営機関からの電話だったと梨花の親が言っていた。なんでも、彼女の家族が事件に巻き込まれ、幸か不幸か優だけが取り残されたのだとか。
事件が起こったのは、優がちょうど修学旅行で家を空けていた時期だった。随分と猟奇的なものだったそうで、優自身は直接目にしたわけではないのだが、少なくとも彼女の家の中はとてつもない惨状であったという。床、壁、天井。配置された家具はそのままに、満面に真っ赤な鮮血が飛び散っていた。居舞家の遺体はそれぞれ家の至る所に転がっていたのだが、その姿は面影も何も無かったという。一人は上半身が丸ごと吹っ飛んでおり、一人は骨となってばらばらに散らばり、一人はまるで内部から爆散したかのように、骨格と肉とが破裂していた。そのため、遺伝子解析の結果でようやくそれが優の家族のものであることが分かったらしく、またとても人には、特に優には見せられないということで、遺体の管理及び火葬は警察や法務機関の立会いの下、葬儀も優以外の参列者を無しに行ったのだとか。
結局原因が何なのか、犯人の正体はおろか、何がどうなってそのような凄惨な状況に陥ったのかも、なにひとつ解っていないままだという。むしろ、通報を受け最初に家の中へと踏み入れた警察官も二人ほど変死を遂げたそうで、その遺体もまた四肢が引き裂かれ、内臓が飛び散っていたらしい。あまりに情報が無さ過ぎて、マスコミにも一切その事件のことは漏らすこともなく、人知れず迷宮入りしてしまった。
警察は一人取り残された優の身柄をすぐさま保護し、同時に引き取り先として彼女の親戚を探った。しかし、居舞家は事件の数週間前にどうやら絶縁してしまっていたらしく、仕方なく彼女の母の家系である笹ヶ原の方で引き取り先を探したところ、悟史の元へとやって来たという。
悟史が拾い上げた写真は、家族四人で移った幸せそうなものだった。優の見た目から、おそらく五年以上は前のものなのだろう。その幼い少女の屈託のない笑顔が、事件を想って余計に辛く感じた。
「・・・・・・」
だからこそ、優は唯一残った肉親である自分が支えなければならない。そういった使命感にも似た責任感が、悟史の中には固く誓われていた。
「ん――――、さとし・・・・」
「・・・ん?
――――なに?」
寝ぼけているのか、目が覚めたばかりなのか。ぼんやりとした、小さな声が不意に悟史の背中を軽く叩いた。
「ひとつ、ちょっと・・・、きになったことが」
振り返ると、ゆっくりと上体を起こし、人差し指の背中で瞼をさすりながら、優はぼそぼそと話し始めた。
「なに?」
「ん・・・、きょうのかえりがけ・・・・。
へんなひとがいたの」
「変な人?」
変な人なら、この町には掃いて捨てる程いる。少なくとも悟史が不良をやっていた頃は、道を歩けば必ずと言っていいほど絡んでくる輩がいた。
「どんな奴や」
「・・・・しらない。
がいこくの、おとこのひと・・・。
しらがで、ちょっと・・・、かっこよさげな――――」
そこまで言いかけ、彼女はそのまま再びベッドへと仰向けに倒れ込んだ。勢いよく沈んだ割には一切息が詰まる様子もなく、いつもの調子で寝息を静かに立て始めてしまった。
「知らん外国人・・・?」
外国人と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは蒼だった。しかし、蒼は優も認知しているし、度々一緒に出掛けたりもしている。それに彼は金髪と黒髪の混色であり、白髪は含まれていなかった。
そもそも知らない男が優に話しかけようとするのはよくある話だった。ナンパをされるくらいには整った顔立ちをしているため、そのこと自体にはそこまで驚かなかった。問題は、それをわざわざ彼女が悟史に教えてくれたことだった。普段は誰に話しかけられたなどという話は、自ら報告をいちいちしようとはしないのだが、よほど何かあったのだろうか。
ともあれ、彼女が目を覚まし、詳細を話してくれるまでは如何ともしがたい。そう思い、悟史は手に持っていた写真を洋服タンスの上に立てかけ、そっと部屋を後にした。




