文化庁の依頼と今西圭子と華音の過去
文化庁の高村が、おもむろに華音に話し出す。
「突然、訪問させていただいて、それは申し訳ない」
「早速本題に入らせてもらうけれど、いいかな」
華音が頷くと、高村は話を続けた。
「華音君が持っている、蔵書の一部を貸して欲しい」
「もちろん、それなりのお礼をする」
華音は、少し冷静さが戻った。
「はい、お礼などは、どうでもかまいません」
「もともと、両祖父から、私に託された本と、都内に来る前に奈良の寺社から分けていただいた本なので」
「しっかりと返していただければ、かまいません」
今西圭子が、華音を真顔で見つめた。
すると、また華音の顔が赤くなる。
今西圭子
「ところで、華音君、どこまで整理できているの?」
「もちろん、華音君に託された本なので、政府とか私が文句をつける筋合いの話ではないけれど」
華音は、少し言葉に詰まる。
「えっと、まだ都内に出て、一週間もなく」
「少しは開いたけれど、何しろ二階の僕の部屋に500冊以上、一階にも同じくらい」
「それで、週末の休みの日に、整理作業をしようかと・・・」
つまり、ほとんど進んでいない旨を、報告する。
吉村学園長が、華音の言葉を補足する。
「週末に、シルビアと春香、それから雨宮瞳さんって、あの雨宮さんの娘さんが手伝ってくれて、四人で作業をしようかなって話になっているの」
「何しろ、量が半端ではないから」
文化庁の高村は、それでため息。
「まだまだ分類前で、貸し出す前の段階なんですね」
今西圭子は、華音をフォローした。
「まあ、それだけの量になると、分類だけでも一苦労です」
そして、華音の顔を見る。
「華音君、私も手伝う、大人が一人いたほうがいいでしょ?」
「うっ」と言葉に詰まる華音を笑いながら、吉村学園長が高村に説明をする。
「あの、華音君は、西の京出身なんだけれど、圭子ちゃんとは幼馴染なの」
「圭子ちゃんは、奈良の春日大社の近くの高畑方面」
高村がフンフンと頷くと、今西圭子は笑う。
「実は従姉です、今回の本を借りるお話も、華音君の実家に連絡したら、お父上が華音に持たせたということなので、これは好都合と」
「何しろ、小さな頃は、おしめも替えたし、一緒にお風呂も入って」
華音の顔が、そこで真っ赤に戻る。
しかし、今西圭子は、話を止めない。
「お尻のホクロの場所まで、しっかり覚えています」
「可愛いけれど、小さな頃は泣き虫でね」
文化庁の高村と吉村学園長は、手を打って大笑いになっている。
少し黙っていた華音は、ようやく口を開いた。
「わかりました、お待ちしています」
どうにも避けられないと判断したようだ。
それでも、高村に尋ねた。
「一体、何の本なのですか?」
笑っていた高村が真顔になった。
「ああ、それは藤原定家の明月記の写本」
「それ以外にも、藤原定家関連の文献」
華音は目を閉じて、何かを考えている。




