華音と警官、吉村学園長の囁き。
コンクリートの地面に頭を突っ込んだ若い男は、しばらく立ち上がれない。
額を切ったのだろうか、ドクドクと地面に血が流れている。
それでも、手を地面につけ、必死に立ち上がろうと、もがきだした。
「この・・・小僧・・・」
「馬鹿にしやがって・・・」
ブツブツとつぶやくけれど、その前に頭を強く打ったためか、足もふらつく。
立ち上がろうとして、何度も、はいつくばってしまう。
「おい!そこで何している!」
また別の男の声が聞こえて来た。
華音が振り向くと、自転車に乗った警官の姿。
華音とおばあさん、そしてコンクリートの地面にうつ伏せになり、血を流して立ち上がれない若い男を、怪訝な顔で見る。
華音は、その警官に、深くお辞儀。
そして、そのまま事情説明。
「はい、そこの学園の生徒です」
「道を歩いておりましたら、ここにいるおばあさんと、その若い男の人が鞄を取り合っている様子でしたので」
「疑問に感じて、お二人に聞いてみたところ、おばあさんは自分の鞄であって、見知らぬ人が奪おうとしているとのこと」
華音が説明をしていると、佐藤美紀がさっと華音の隣に。
華音の説明通りのスマホで撮った動画を警官に見せる。
途端に、警官の表情が変わった。
「そうか・・・ありがとう」
そして、おばあさんに、小さな声で尋ねる。
「その鞄の中身は現金か何かでしょうか?」
おばあさんは、頷く。
「そうですたい、昨日、電話で息子が不始末をしたから、現金500万円でチャラにするっと言われましたけん」
「東京に出て来るのも、息子に内緒にしないと、息子が危ないって脅かされて・・・」
「電車もわからんけん、相手など電話番号しか、わからん」
「それでも、息子の会社の名前だけは覚えとったけん、聞いて見たら、そんな会社知らんって言うから、怪しいって」
「でも、こん人、鞄に手をかけて離そうともしない」
「なけなしの・・・必死で貯めた、何十年もかかってためたお金ですたい」
「こんなことで・・・取られてなるもんかって・・・思っていたら・・・」
おばあさんは、華音の顔を見た。
「このお兄さんが、飛び出して来てくれて・・・」
「相手がナイフを持っているのに」
警官は、そこまで言われて、今度は倒れたままの若い男を見る。
「く・・・ナイフ?マジか」
そして華音の顔を再び見る。
「君は・・・格闘技か、何かやっているのか?」
「素手だろう?相手はナイフ」
華音は、首を横に振る。
そして恥ずかしそうに答えた。
「いえ、格闘関係の部活には属しておりません」
「しいて言えば、文学研究会に入ろうかなと」
警官は、またしても驚くけれど、吉村学園長が歩いて来た。
警官は、吉村学園長はよく知っているらしい。
深く頭を下げる。
その吉村学園長が、警官のそばまで歩き、耳元で何かを囁いた。
警官の身体が、突然、硬直。
「え?本当ですか?」
そして、華音を、またマジマジと見るけれど、華音は冷静。
そして警官に、頭を下げた。
「あの・・・あの若い男の人・・・ナイフを持ったままなので」
「回復して立ち上がる前に、捕縛したらどうでしょうか」
「怪我人が出たら、困ると思うのです」
警官は、弾かれたかのように、若いヤクザ男に手錠をかけている。




