華音は奈良に戻る。(1)
華音にとっては3年ぶりの奈良の実家への帰郷になった。
ただ、新幹線の中でも京都からの近鉄線の中でも、懐かしいという気持ち以上に、父が口にした「調査」の件と、母の病状への不安で落ち着かない。
「買収予定のホテルの調査か・・・なぜ僕に?」
「父さんの会社のスタッフで十分なのに」
「母さんも心配だ」
「確かに顔も見せず、電話一本かけなかった」
「でも、僕は後ろを振り返りたくなかった」
「甘えが出ると思って」
そんなことを思っていると、スマホにメッセージが入った。
実家の運転手の今西達夫だった。
警察庁の刑事今西圭子の実兄で、華音が子供の頃は武術の練習相手でもあった。
「近鉄奈良駅にてお待ちしております」
華音は、「そこまでするのか?」と驚いたけれど、「ありがとうございます、了解しました」と返信、ため息をつく。
近鉄奈良駅に着いた。
階段を昇るのも気が重い。
「何か面倒な気がする」
しかし、「久々の故郷で不機嫌な顔を見せるのも、穏便ではない」と思い直す。
階段を昇り終えると、懐かしい今西達夫が改札口で満面の笑顔、手を振っている。
華音はその笑顔に負けて笑う。
「全く・・・達夫さんの笑顔には・・・昔からかなわない」
改札口を出る時には、華音の表情も明るい。
「達夫さん、ありがとう、わざわざ」
今西達夫は笑顔のまま。
「若が寄り道しないように、との御大の気持ちですよ」
華音は、苦笑。
「そうだね、つい阿修羅を見に行くかも」
「それか、四月堂の十一面観音か」
今西達夫は慌てた。
「いけません、若!すぐにお車に」
華音は静かに頷く。
「うん、我がままは言わない」
「達夫さんの顔見たら気が変わった」
今西達夫は笑顔。
「ありがとうございます」
迎えの車に乗り込み、華音は運転手の今西達夫に質問。
「母さんはともかく、みんなは元気?」
今西達夫は、朗らかな声。
「はい、みんな、若をお待ちしております」
「奥様も、若を見れば、元気になりますって」
華音は話題を変えた。
「ところで、ホテルの調査とは?」
今西達夫の声が低くなった。
「御大から、若に直接あります」
華音は今西達夫の言葉に裏があると察した。
「何かあるのかな」
今西達夫は、さらに低い声。
「柳生の関西事務所が既に動いています」
「それ以上は、御大からお聞き願います」
華音は、顔を引き締めている。




