佐野顧問の記憶
佐野顧問が、塚本主将に尋ねた。
「おい!道場破りか?それにやられたのか?」
「見かけないなあ、どこのどいつだ」
佐野顧問は、華音を一旦、鋭く睨む。
塚本主将は首を横に振る。
「いえ、昨日、転校してきた三田華音君です」
「奈良からだそうです、剣道場に来いって言ったのは僕です」
「決して、道場破りではありません」
ただ、佐野顧問は信じられない様子。
「その華音は、道着も着ていないじゃないか、そんなのにやられたのか?」
「奈良からの転校生?」
とまで言って、何か思い出したようだ。
「あ・・・三田華音って言ったな・・・」
「もしかして、去年の中学剣道日本一か?」
「ああ、奈良って聞いた」
「部活にも何も入っていないで・・・個人の資格で出場して」
「柳生流とだけ書いてあって、学校名も何もない」
「全ての相手を一撃で倒して、表彰式の直後、姿を消した」
「その不思議な話を聞いたことがある」
「マスコミでも、一時話題になったけれど、華音とは連絡が取れず、記事が続かなかった」
そこまで思い出して華音の顔を見た。
華音は、柔らかな笑みを浮かべ、頭を深く下げた。
「お邪魔しております、昨日転校してまいりました三田華音と申します」
「塚本主将に竹刀を持たせていただきまして、剣道の指導を受けておりました」
この華音の言葉には、塚本主将は、また驚いた。
「指導も何も・・・俺も部員も、手も足も出なかった」
その思いは、部員たちも同じらしい。
「え?何を華音君・・・何を言っているの?」
「格違い過ぎて、試合になっていない」
「竹刀を強引に持たせたのも、剣道部」
「来いって言ったのも剣道部」
驚く他はないようだ。
学園長が、佐野顧問に声をかけた。
「佐野顧問、あなたも立ち会ってみる?」
「まあ。塚本君も部員も、どうにもならなかったけれど」
佐野顧問は、驚いた。
まさか学園長が、剣道場にいるとは気がついていなかった。
「え・・・学園長・・・」
「そうなると・・・本当なんですね」
実は、まだ塚本主将の言葉を、信じていなかったようだ。
華音から再び、佐野顧問に声がかかった。
「佐野顧問、もし、ご迷惑なら、帰ります」
「もともと、昨日転校して来て、校内見学の一環なので」
「それに、剣道部に入る意思もありませんので」
華音は、深く頭を下げている。
佐野顧問は、ここで少し迷った。
「うーん・・・華音は剣道部に入る意思がない」
「それを、俺が剣道の相手をして・・・勝つのが当たり前」
「下手をすれば、怪我をさせてしまう」
「その方が危ない、いくら学園長の言葉と言っても」
それでも、佐野顧問は華音の流派が気になった。
「奈良・・・柳生流?古い流派だ、まるで時代劇、時代の遺物?」
「そんなものは現代剣道とは比べ物にならんだろう」
「師匠って言っても、奈良の田舎の古めかしい町道場のオヤジに決まっている」
少し小馬鹿にしたような表情で、佐野顧問は、華音に尋ねた。
「華音、ところで師匠の名前を教えてくれないか?」
佐野顧問は、どうせ見知らぬ「一般人の凡剣士」の名前が答えられると思っている。




