華音は書庫にこもり、源氏物語研究(2)
華音は、開いている源氏物語「須磨」から目を離し、目を閉じて思い出すように話し出す。
「中神という神があって、天一神とも言われていて」
「陰陽道の方角神の一つ」
「60日を周期として、四方を一巡する」
今西圭子が、即反応。
「となると、方違えのことかな」
「発巳の日から16日間は仏とともに、天上中央に」
「この間は人間はどこに行ってもいいけれど、己酉の日に天から降り、以後5日あるいは6日間ずつ八方に順次巡行」
「その間、この神のいる方角を、塞がりと称して忌み、方違えをする」
松田明美も、思い出したようだ。
「そういえば、帚木にあったよね」
「暗くなるほどに、今宵、中神、内裏より塞がりてはべりけりと聞こゆ」
「光源氏は、この方違えで、急遽、紀伊守邸に赴いて、紀伊守の父伊予介の後妻空蝉と一夜をともに」
華音は、二人の反応に満足そうな顔。
そして言葉を続ける。
「『手習い』にも出てくる」
「中神塞がりて、例住む所は忌むべかりけるを、故朱雀院の御領にて宇治院といひし所、このわたりならむと思ひ出でて」
「これは方違えのために宇治院に向かう道中で、僧都が自殺未遂をした浮舟を見つけるんだけど」
今西圭子は、華音の言うことに驚いた。
「華音ちゃん、源氏をよく知っているね、全部読んだの?」
松田明美も、目をパチクリしている。
「よく、そんなスラスラと・・・」
華音は、いつもの冷静な顔。
「うん、原文も何度も読んでいるし、注釈書もね、いろいろ」
「奈良から持ってきた本の中に、源氏関連も20冊ほどある」
「それからやるかなあとも考えている」
今西圭子も、深く頷く。
「そうだね、日本文化の極みでもある」
「それを通じて、当時の人々の生活、信仰、考え方、いろいろわかる」
松田明美は華音をじっと見る。
「源氏を基本に古典学者もいいかもしれない」
「ルックスも可愛いしさ」
「人気が出ると思うよ、華音君」
「何より、日本文化をわかる人が続くことは、素晴らしいと思う」
しかし、急にほめられた華音は、その顔を赤くして話題を、源氏物語と神の話題に戻す。
「でね、葛城の神が出てくる」
「奈良の葛城山の山神、特に一言主」
「昔、役行者の命令で、葛城山と吉野の金峰山との間に岩橋をかけようとした一言主が、その容貌の醜いのを恥じて、仕事を夜間だけにしたため、完成しなかったという伝説」
必死に説明をする華音を今西圭子は、クスッと笑う。
「恋愛とか、物事が成就しないことのたとえ」
「醜い顔を恥じたり、昼間や明るい所を恥じたりするたとえ」
すると松田明美も、やはりすぐに反応。
「『夕顔』で出て来るよね」
「夕顔の女房の右近が、急いだために着物の裾を物に引っ掛けて倒れ、内橋から落ちてしまった」
「それに対して、橋が悪いと葛城の神のせいにして、文句を言う」
この二人のお姉さまたちの反応には、華音も感心した。
「さすが・・・すごいや」
と素直に言うと、今西圭子。
「ね、私たちと一緒にな、源氏のお勉強するとはかどるよ」
松田明美も、同じ考えらしく、にっこりと笑っている。




