初めての街~ランドマルク~
ヴェノムサーペントとの一戦から数時間。その後も休むことなく草原を進んでいた海斗たちの前に、木製の巨大なアーチが姿を現した。そしてそのアーチのもとへと足を進めると、その先には町が広がっていた。
「ようやく着いたな。第一の目的地ランドマルク」
「へ―、ここがランドマルクなんだ」
ガイとアスナの会話で、どうやらこの町の名前がランドマルクという名前だということを把握する海斗。普段から見慣れている日本の町と比べ、地面はコンクリートではなく石畳で舗装され、建物も木造建築やレンガ造りの建物ばかりで、町中のところどころではテントが設置され露天商が営まれている。イメージとしては中世ヨーロッパの街並みに近いか。
「よし。とりあえず今日はこの街で一泊するから、まずは宿をとるか」
ガイ先導の元、ランドマルクに足を踏み入れた一行は宿屋へ向かう。
その道すがら、やはり自分の知る街とは違う物珍しさに、海斗はつい周りをきょろきょろ見回す。
率直な感じ、建物や道路の舗装などを見ても文明レベルは自分の元居た世界と比べて低く感じる。それに道も狭く、少なくとも車のようなものも存在していないのだろう。けれどその恩恵なのか、道には多くの人が行きかい、また露店もそこかしこで開かれていることもあり、どこか夏祭りを思い起こさせた。
「ちょっと、何アンタ。さっきからキョロキョロして。田舎者にみられるからやめてよね」
「や、わりぃ。余りにも元居た世界と違うからさ。やっぱ異世界に来たんだなぁと思って」
バツが悪そうに頭を掻く海斗。対して、アスナは海斗の元居た世界に興味を惹かれたらしく目を輝かせた。
「へぇ、そんなに違うの?」
「全然違うな。まず、こんな道のど真ん中を普通に歩くことなんかそれこそ田舎の道じゃなきゃあまりないな」
「道の真ん中を歩けないって……じゃあ、そこ何が通るのよ。あ、まさか私みたいなお姫様とか?」
「は? んなわけねぇだろ。車だよ、車」
「クルマ? 何それ」
本当に理解できていないのだろう。アスナは、車というその一単語にきょとんと首を傾げた。それを受けて海斗は、さてどう説明したものかと思案。すると、
「馬がなくても走ることができる、めちゃくちゃ速い、機械仕掛けの馬車ってところだな」
意外にも、アスナの疑問に答えたのはガイだった。
けれど、ふと海斗の中に疑問が浮かんだ。こちらの世界の住人であるガイが知っているってことは、アスナが知らないだけで、この世界のどこかには車が存在しているのか?
そのことを問おうと、海斗が口を開きかけた時だった。
「着いたぞ、今日泊まる宿屋だ」
一足早くガイが足を止め、そう告げてきた。
それに倣い海斗たちも足を止めると、眼前には周りの建物よりも一回り大きな、レンガ造りの建物が建っていた。
「それじゃ、俺は今から用事があるから二時間後にこの場所で集合な。一応は小遣いは渡しておくから町でも見て回ってな」
しかし、ガイはそれだけ言い残すと二人に効果の入った小さな袋を渡すと、そそくさとどこかへ立ち去ってしまった。
ポツンと取り残される海斗とアスナ。
昨日この世界にやってきたばかりの海斗はもちろんなこと、アスナもまた、生まれてからずっと城内での生活ばかりで外に出たことなどほとんどない。
つまり、世間慣れしていない二人が完全放置されてしまったのだ。
「えっと、どうするよ?」
「ん~とりあえず、色々見て回って時間つぶそっか」
「ん、そうだな」
そうして町を見て回ることになった二人。けれど、二人の仲はどこかぎこちなかった。いや、正確には海斗の態度がぎこちない。常にアスナの数歩後方を歩き、アスナが話しかけてきても歯切れの悪い返事をするばかりなのだ。
そして海斗自身、その理由は十二分に理解していた。
「ねぇねぇ。このアクセサリー可愛くない?」
アクセサリーを取り扱っている露店の前で足を止めたアスナが、中腰になり、テントの下に広げられている布に陳列されている首飾りの一つを指さし、海斗に笑顔を向けてきた。
その笑顔に、海斗は胸の奥がちくりと痛む。
やはりまるで双子のように似ているのだ、雪奈に。今日一日一緒に過ごして、快活だがどことなく大人びていた雪奈と比べ、アスナは同じく快活だが天真爛漫で自由奔放と性格が違うことは理解できた。けれど、ふとした時に見せる表情がやはり被ってしまうのだ。記憶の中の、大切な人と。
「お、おう。いいんじゃねえか?」
雪奈と瓜二つな笑みから顔をそらし、引きつった笑みで肯定する。
さっきからずっと繰り返されている光景。何度もこんなあからさまな態度をとられれば、アスナもさすがに何かを感じ取ったのだろう。プクーッと頬を膨らませ、立ち上がった。
「ねぇ、さっきから何なのその態度」
「え?」
「何だか気のない返事ばっかだし、それに気づいてる? カイト昨日から私の名前一度も呼んでないよ、ずっと。まだユキナとかって人とごっちゃにしてるの?」
「や、そんなつもりは……」
まるで心を見透かされたアスナの指摘に、思わず海斗は顔をそらしてしまった。
そしてそれが、さらに火に油を注いでしまったのだろう。海斗がそらした視線を元に戻すと、アスナが両肩をフルフルと震わせていた。
「そんなに、そのユキナって子と一緒にいたいなら勝手にすればいいじゃない!」
「あ、おい……」
そしてついに我慢の限界が来たアスナは、呼び止めようとした海斗を振り切り、言い捨てて走り去っていってしまった。
追いかけることもできず、海斗はあぁやってしまったと、その場で頭を抱え蹲った。
すると、意外な人物から声をかけられた。アクセサリー露店の二十代前半の女性店員だ。
「おにーさん。大変だったねぇ」
「あ、すいません。店先で騒いでしまって」
「いいって、いいって。初々しいもの見させてもらったからさ。大方、元カノのことが忘れられなくて彼女に怒られてたんでしょ?」
「彼女て……違いますよ」
ニヤニヤと随分フランクに、しかし百八十度間違った事を話かけてくる店員に閉口する海斗。だが、思い返せば、雪奈も生きていた頃は他人の色恋で随分騒いでいた。どこの世界でも同じということか。
にしても、完全に怒らせてしまった。しかも自分で言うのもアレだが、完全に非はこちら側にある。これから一緒に旅をするというのに、はてさて、どうしたものか。
これからのことを思い、重い重いため息を吐き俯く海斗。すると、下がったその視界にあるものが映った。
日も完全に落ちた頃、海斗が約束通り宿屋の前まで戻ると既にガイとアスナの二人が戻ってきていた。
「おう、戻ったな坊主」
「悪い」
ガイに応えながら、横目でアスナの様子を確認する。すると、ついッと完全にそっぽを向いていた。もしやと思ったが、そう都合よく勝手に機嫌を直してはくれていないみたいだ。
そんな二人の空気の悪さを、ガイも感じ取ったのだろう。どうしたものかと頭をボリボリと掻くが。
「ま、立ち話しててもしゃーねーから取り合えず飯にすっか」
その後、三人は宿屋の中にある食堂で夕食をとることに。
出された料理はどれも見たことのないものばかりだったが、口に合わないということはなく完食できた。そして三人ともが食事を終えたところで、ガイがさっきまで木製の食器が乗っていたテーブルに大きな布製の地図を広げた。
「よし。腹ごしらえも出来たことだし、これから先の予定を説明するぞ」
その地図に描かれているのは、大きな五つの島の姿。四方に一つずつと、それらに囲まれるように中心部に二回りほど小さな島がポツンと存在している。
すると、ガイは四方に存在している島の一つを指さした。
「まず、俺たちが今いるのはこの四大大陸の一つユーレリア大陸。で」
そこまで口にし、ガイはこのユーレリア大陸を指していた指を動かし、中央にある小さな島を示した。
「この中央にあるイビル島で二十年前に魔王との戦闘があり、その場でそのまま封印されている」
「じゃあ、今からその島に乗り込むのか?」
「んなわけあるか。昨日もレイズが言ってたろ、魔王討伐には勇者と賢者、そしてその二人を守る四聖の守護者が必要だって」
嘆息交じりなガイの言葉を前に、海斗は昨日レイズ国王から聞いた話を思い返す。
うん、そんなことも言っていた気がする。
すると、今迄黙って話を聞いていたアスナが口を開いた。
「じゃあ、まずは四大大陸を回って残りの守護者三人と勇者を探すってこと?」
「そういうことだ。全員異世界から召喚されてきて、いろんな意味で目立つはずだから、各大陸に当時の仲間を派遣し、情報収集してもらってる」
そう口にし、ガイは意味ありげな視線を海斗に向けてきた。
なるほど。確かに、ガイのその推測は一理ある。海斗の場合はすぐにガイたちと会うことが出来たためボロがあまり出ていないが、いきなり何も知らない人たちと会えば、パニックになり悪目立ちしていたであろう自覚はある。まぁ、ついさっきそのボロは出してしまったが。
しかし、そこでふと海斗の中にある疑問が浮かんだ。
「思ったんだけど、残りの守護者三人と勇者も、生まれてすぐ俺がいた世界に送られてるのか?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「いや、探してもまだこっちの世界に召喚されていないやつとかいるんじゃないかなと思ってさ」
そうだ。まだ召喚されていないやつがいるとすれば、いくら探しても見つかるわけがない。
しかし、そんな海斗の杞憂をガイ首を横に振りはすぐ否定した。
「いや、それはねぇよ。召喚は魔王封印の魔法と連動していて、封印が弱まるのと同時にこっちの世界に全員召喚されるようになってんだ。だから、お前が今ここにいるってことは、つまり他の奴らも召喚済みってことだ」
なるほど、と思いながらふと疑問が思い浮かんだ。
全員同時期にこの世界に召喚されるにしては、アスナはやたらこの世界になじんでいないか――と。
しかし、海斗がこの疑問を口にするよりも前に、アスナが先に口を開いた。
「じゃあ、当面の目標は情報収集しながらこの大陸最大の港町ポートミルセに向かうってことでいいの?」
「そうだな。で、次はフォロッド島へ向かう」
「フォロッド? 四大大陸に区分されていない孤島じゃない。そんなところに行って、何かあるの?」
「姫さんも聞いたことがあるだろ。封魔一族の話」
封魔一族。その単語に、アスナは口元に人差し指をやり記憶を手繰る。やがて記憶にたどり着いたのだろう。パンっと両手を叩いた。
「思い出した。確かお父様に聞いたことがあるわ。二十年前の戦いで、本に封印した魔物を召喚して戦う一族の次期長が力を貸してくれたって」
「そうだ、そしてその一族の里がフォロッドにある。そこに行けば、今回も力を貸してくれるはずだ。確かに魔王討伐に必要なのは、勇者、賢者、そして四聖の守護者の六人だが、何も戦うのは魔王一体だけじゃないからな。多い方がマシだ」
こうして、当面の目的地が決定して夕食会兼作戦会議は終了した。
その後、三人ともそれぞれ確保した自室に戻り小一時間たったころだった。アスナが部屋のソファーでくつろいでいると、部屋のドアが軽くノックされた。
こんな時間に誰が? と疑問に思ったものの、まさか無視するわけにもいかず、ノブに手をやりドアを開ける。すると、ドアで隔てた先にいたのは海斗だった。
「悪い。こんな時間に」
「……何か用?」
その姿を確認し、夕方のことを思い出したアスナは顔をそらし、つっけんどんに用件を問いただす。
対して海斗は、どこかバツが悪そうにしながら無言でずいっと一つの小さな紙袋を突き出した。
「今日は……というか、今日まで悪かった。ただ、アイツの代わりにアンタのことを見ているってことはないから。それだけは伝えたくて」
どこか僅かに頬を染めながら、早口にまるでまくし立てるように伝える海斗。
「とりあえず、そういうことだから。じゃあまた明日、アスナ」
そうして、渡したいものを渡し、そして言いたいことを一方的に言って海斗は自室へとまるで走り去るように戻っていってしまった。
その間、ただただポカンとしていたアスナ。
やがて海斗が自室に戻ったことで我を取り戻し、半ば押し付けるように渡された紙袋の中を確認する。すると、その中に入っていたソレを目にし、思わず目が丸くなった。
「これ、私が露店で気になっていたやつじゃない」
袋に入っていた、フェザーのペンダントトップが付いたシルバーのネックレスを手に取る。
「まだこっちの世界で買い物してないはずなのに、まったく、どうやって買ったのかしら」
おそらく通貨の単位も海斗が今まで生きてきた世界とは違うだろうに、よく一人で買い物したものだ。目を閉じれば容易に想像できる。慌ててしどろもどろになりながら買い物をした海斗の姿が。
それに。
「お姫様を呼び捨てなんて、ほんとヒドイ男なんだから」
口では悪態をつきながら、けれどどこか軽やかな声音で、海斗が去っていったほうを見ながらアスナはそう呟いた。




