ボーイミーツガール2 ~少女の始まり~
この世界には古よりある言い伝えが存在している。
世界が闇に覆われるとき、異界より勇者と賢者、そして二人を守りし四聖の守護者が現れ、安寧と光をもたらすだろう――と。けれどそれはおとぎ話ではない。この世界に住まう者たちの記憶にも新しい二十年前、魔族により世界が未曽有の危機に瀕した際にある一人の若者が勇者として目覚め、四人の守護者や仲間たちと魔族の軍勢を退けたのだ。
そして時は流れ……。
世界四大大陸が一つユーレリアのサウスヴァング公国。その王城に、一人の男の怒号が響いていた。
「姫様、お待ちくだされ姫様!」
「嫌だ、待たない! だって予言で出たんだもん。城下の森でこの世界を救う人と出会うって」
「だからって姫様がいかんでもよろしいでしょう! すぐに兵を向かわせますから、どうかと待ってくだされ」
息を切らせながら豪華な調度品の数々に彩られた長い廊下を足早に進み、自身の数メートル前を走る少女に呼びかける初老の男。
すると男の願いが届いたのか、ピンクを基調とした豪華なドレスに身を包んだ姫と呼ばれたその少女は足を止めると。
「それもそうね、このまま走って逃げても、兵に捕まるだけでしょうし」
「そ、そうです。ようやく解っていただけ」
「こっちから逃げたほうが早いわね」
男が安堵したのもつかの間、九十度右を向き、壁に向かって……いや、人ひとりが余裕をもって通れる大きさの窓から身を乗り出し、飛び降りた。
「ひ、姫様!?」
あまりに唐突な行動に、青ざめ、窓際へ駆け寄る男。急いで窓から少女が飛び降りたであろう場所を見下ろすと、特にどこも痛めた様子はなく、そのまま白の奥に続く森林へと走り去っていく姿が見えた。
「大臣じゃねぇか。どうしたんだ、そんな窓辺で黄昏てよ」
すると、男――大臣ファブロクは背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには精悍な顔つきをした三十代の屈強な男がいた。
「おぉ、騎士団長ボルク殿。ちょうど良いところに。実は……」
そうして、大臣が屈強な男――ガイ・ボルクに先ほど起きたことを話すこと数秒。
「くっはっはっ。そういつはいい、相変わらずおてんばな姫さんだ」
「笑い事ではありませんぞ! もし魔よけの結界外へ出たらと思うと」
自分で口にし、最悪の結末を想像してしまったのだろう。大臣の顔が青ざめるが、無理もない話だ。
ここサウスヴァング城は、敵の進軍を遮るような城壁も、堀も一切ない。その代わり周りを広大な森林で囲まれている。しかも、その森にはモンスター達が生息しいわば生きた城壁と化しているのだ。
城周辺と城下町への経路には魔物除けの結界が施してあるが、もしそこから一歩でも足を踏み外そうものなら――
「いや、すまんすまん。分かった、ちょっくら行って連れ戻してくるから安心しろ」
「おぉ、それは有り難い。最近魔族の活動が活発ですから頼みましたぞ団長殿」
「へいへい」
そう口にし、先ほどの少女同様、ガイもまた窓から飛び降りていった。
その姿を眺めながら、大臣はただ思う。
この城には、しっかりと城門から出入りできる人間はいないのかと。
木々に囲まれた森の中、サウスヴァング城を抜け出した姫――アスナ・サウスヴァングは今まで一人では歩いたことのない道を、ぶつくさと文句をこぼしながら歩いていた。
「まったく、爺やも心配性なのよ。私だってもう十六だし、魔法の腕だって国内じゃ父様ぐらいだし、私より強いの」
もともと魔法の研究に秀でていたサウスヴァング公国。他国と比べても強力とされる魔法師団を擁しているが、事実、アスナは既に魔法師団員全員に模擬戦で勝利を収めている。
そんなアスナの最も得意な魔法が、世界に大きな変化を与える出来事を夢で見ることができる“予言”。そして今朝、アスナは夢で見たのだ。活発化している魔族を鎮める救世主に今日、この森で出会えると。
「さてと、救世主様とはどこで出会えるのかしら」
文句もほどほどに、アスナは元の目的を思い出し探索を開始した。
数十分、森の中を歩き回る。けれど当たり前な話だが、そうそうすぐ出会えるはずもなく。
――と、そんな時だった。
「え、何?」
悪寒とでもいうのだろうか。背筋に冷たいものが走った。
慌てて周りを見渡すが、目に入るのは木々ばかり。けれど確信して言える。人以外の“ナニカ”が確実に近くにいると。
ゴクリと唾を飲み込み、身構えるアスナ。
すると、背後から葉がこすれるガサガサという音がした。
「だ、誰――!?」
振り返り、アスナは息をのんだ。
そこにいたのは一匹の豚だった。
といっても、人間が食用にしているような豚ではない。成人男性ほどの体躯で、二足で立ち、手には巨大な斧を持っている。
オークだ。
そう気づいた瞬間、知れずアスナの両足は口元は震え歯がカチカチとなった。
「……あれ?」
戦わなければ。
頭の中ではそう理解できる。けれど、体が、心が、生まれて初めて目にした魔物を前にしそれを拒絶する。恐怖が、アスナのすべてを支配していた。
向こうもアスナの存在に気づいたのだろう。一歩一歩近づいてくる。
けれどもはや背を向けて走り去ることもできず、アスナは震えるその足で後ずさりするだけで精一杯。すると、足をもつれさせ、その場にしりもちをついてしまった。
キャッと短い声を上げ、顔を上げる。すると、オークはすぐ目の前まで迫っていた。
「……だ、誰か助けてッッ!!」
そして、アスナは恐怖から両眼を閉じあらん限りの声でそう叫んだのだった。




