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ラインの街 その3

 ガザンへ向かう道中、急な睡魔に襲われて眠りについた海斗。どれだけの時間がたったのだろうか、ぴちゃっと何かの水滴が頬に当たるのを感じ、意識が覚醒しゆっくりと目を開けた。

「よかった。ようやく目が覚めたようですね、カイト」

「ん、カエデ? ……って、どこだここ!?」

 自らの置かれている現状を理解し、海斗は目を丸くした。

 眠る直前まで、確かに自分は馬車の上にいたはずだ。けれど今はどうだ。両手足の自由が利かない状態で体をよじりながら周りを見渡すと、周り一帯岩肌の洞窟と思われる場所に、両手両足をそれぞれ縄で縛られ転がされているのだ。

 そこで海斗はハッとあることに気が付いた。

「カエデ。アンタらは無事なのか?」

 体をよじり、ついさっきカエデの声が聞こえた方へと顔を向ける。するとそこには、自分と同じように両手両足を縄で縛られたカエデ、アスナ、ガイの姿が。

「御覧の通り、今のところは」

 海斗の問いかけに、苦笑を浮かべながらそう返すカエデ。その横では、アスナとガイが未だ寝息を立てている。

 三人が無事なことに安堵する海斗。しかし、あることに気づいた。

「なぁ、ルカはどうした!?」

 そうだ。眠気に襲われる直前まで隣で馬車を引いていたルカの姿がないのだ。

 運良く逃げることが出来たのならそれでいい。けれど、もしそうじゃなったら。しかし、カエデはそんな海斗の危惧を見抜いてか、首を横に振り。

「あの商人の人は恐らく無事です。というよりも、むしろ」

 そこまで口にしたところで、カエデは眉をぴくっと動かすと、急に険しい顔つきとなり。

「カイト。寝たふりをしてください」

 小声で、短くそう伝えてきた。

 突然なことで戸惑う海斗。しかし、そんな時だった。その耳に聞きなれない複数の男性の声と足音が届いてきたのは。

「しっかし、今回は大漁だったな。業物そうな獲物もそうだけど、女二人も相当高値で売れそうな上玉だしよ」

「ホントだぜ。あの男には、これからもしっかり働いてもらわねぇとな」

 そう会話をしながら、洞窟外から二人組の男が現れた。

 がっしりした体格で無精ひげを生やした粗野な風貌。薄目でその姿を確認した海斗は、一目見ただけで理解した。この二人が、件の盗賊なのだと。

 どうする? 戦うにしても、手足を拘束されている現状じゃ。

 そう逡巡する海斗。すると、盗賊たちに聞こえないように小声でカエデが囁いてきた。

「手があります。合図するまでそのままでいてください」

「わ、分かった」

 小さくコクリと頷き返す。

 すると、二人が目を覚ましているとはつゆ知らず。盗賊たちは不用意に近づいてきた。

「しっかし、こう見ると女たちはホント上玉だな」

「そうだな。なぁ、何なら売りに出す前に俺らで味見してもバチ当たらないんじゃねぇか?」

「お、そうだな。ちょうどボスもあいつと出払ってて不在だし」

 下卑た笑みを浮かべながら下劣なことを口にする盗賊たち。海斗が思わず声を出しそうになった、まさにそんな時だった。

「別にいいけどよぉ。そん時は、お前らが二度と悪さできねぇようにアレをちょん切らせてもらうから覚悟しとけよ」

「ボ、ボス!?」

 突然洞窟内に響いた、重低音な野太い声。何事かと思い、薄目で声のしたほう――洞窟の入口へと視線を向け、海斗は気づかれるかもということも忘れて、思わず目を見開いた。

 視線の先にいたのは、まるでクマのような男と、優男の二人組。さっきまで下卑た笑みを浮かべていた盗賊たちがそばまで寄って腰を低くしているところを見ると、恐らく二人組よりもなお体格のいいクマみたいな男が盗賊たちのボスなのだろう。

 しかしそんなことは問題ではない。問題なのは……。

「ルカ、どうしてそこにいんだッ!!」

 気づいたときには、盗賊ボスと共に姿を現したルカに向けて、そう叫んでいた。

 当然盗賊三人組の視線が、一斉に海斗へとむけられる。そしてルカの視線も。

「カ、カイトさん……」

 わずかにどうにかそれだけ絞り出すように口にすると、ルカは申し訳なさそうにパッと顔をそむけた。その様子を横で目にし、盗賊ボスはその見た目通りの豪快な笑い声を上げた。

「はは、何だ坊主。テメェまだ気づいてなかったのか。コイツはハナから俺ら側の人間、つまりお前らは騙されてたんだよ」

 得意げに語られるその言葉。海斗はまるでそれが未知の言語で語られているかのように、まるで理解が出来なかった。

 いや、違う。ただ単に信じたく……。

「カイト、残念ですけど、あの男の言っていることは本当です」

「カエデ? でも、俺は……」

「大丈夫です。理由は、この状況をどうにかしてから、本人に聞きましょう」

 その言葉と同時、カエデは口笛を鳴らす。すると唐突に遠吠えが鳴り響いた。

「な、何だ!?」

 慌てふためき、盗賊たちは洞窟の外へと注意を向けた。その視線の先、洞窟の先に広がる森林の中から木々の間を縫うように、一匹の白銀の巨狼が猛然と洞窟に向け駆けてきた。

 海斗はその姿に見覚えがあった。

 封魔の里でカエデが使役していた、シルバーウルフだ。

 瞬く間に洞窟入口へとたどり着いたシルバーウルフは盗賊たちに飛び掛かる。すると、その隙にカエデは立ち上がると、両手を縛っていた縄はいつの間にか切られ、その手には苦無が握られていた。

「え、お前縄は?」

「縄抜けなんて封魔一族には基礎中の基礎のスキルですから」

 目をパチパチさせて驚愕している海斗をよそに、カエデは海斗の両手を縛っている縄も苦無で切断する。そして。

「シルバーウルフ!」

 盗賊たちと戦闘状態に入っていたシルバーウルフに声を飛ばす。すると、それだけで伝達されたのか、シルバーウルフは、洞窟入り口付近に立てかけられていたフラウメールを咥え、器用にも海斗へ向けて投げてきた。

 宙を舞い、いまだ状況についていけていない海斗の足元へと音を立てて落ちるフラウメール。その状況になって、盗賊たちもようやく海斗たち二人が縄を解いていることに気づいた。

「ボス! 奴ら縄を」

「狼狽えんじゃねぇ! この魔物の相手は俺がする。お前らはあの二人をどうにかしろ!」

「お、オッス!」

 浮足立った盗賊の子分たちだったが、ボスの怒号で我を取り戻し、猪突猛進で襲い掛かってきた。

 対して、海斗はフラウメールを手に取り立ち上がって構える。けれど、その顔色は冷や汗を流し、苦渋に歪んでいる。

「カイト、何をぼさっとしているんですか。戦闘中ですよ!」

「分かってる、分かってるけどよ!」

 一足早く盗賊の一人と交戦状態に入ったカエデの怒号にそう返しながらも、けれど、海斗は一歩を踏み出せないでいた。

 戦うのが怖い? 

 いいや、違う。今まで何度か魔物と戦ってきたからわかる。きっと、この盗賊は自分よりも弱いのだろうと。だからこそ、海斗は躊躇う。

 すると、こちらに向けて猛進してきていた盗賊がついに間合いに入り、

「わりぃけど、お前らをやらねぇと俺らがボスにやられんだ!」

 唸り、その手に持った棍棒を振り上げ叩きつけてきた。しかしその一撃を、海斗は半身になり躱す。続けざまに力任せに棍棒を振り回してくるが、それも海斗は難なく回避し、大振りのせいで隙の多くなった盗賊に向けて薙ぎの一閃――を振るおうとし、しかし切っ先が盗賊に届く寸前でピタリとその動きが止まった。

「お、何かよくわからねぇけどラッキー!」

 これ見よがしにチャンスと笑みを浮かべた盗賊は、問答無用で棍棒を振り下ろしてきた。一瞬反応が遅れる海斗。回避は間に合わないと判断し、フラウメールでその重い一撃を受け止めるが。

「オラオラオラ、このままだとやっちまうぞ!」

 技も何もない単純な乱打。フラウメールを盾にしてどうにか耐えるが、一撃一撃が重い打撃と、少しも隠されることもない悪意に海斗が圧され始めたその時だった。盗賊が短いうめき声をあげ、その場に蹲ったのだ。何事かとみると、その右足に苦無がささり苦痛に顔をゆがめていたのだ。

「何やっているんですか、カイト! 死ぬ気ですか!」

 何が起きたのかと海斗が呆然としていると、飛んできた怒声。弾かれるように声のしたほうに顔を向けると、そこには依然としてもう一人の盗賊と交戦中のカエデの姿が。

「カエデ? いや、違う。俺は……」

「どうせ魔物と戦うのは平気でも、同じ姿をした人間と戦うのは、いえ、人間を斬ることが怖いといったところでしょう」

 カエデのその指摘に、ズキリと胸が痛む海斗。

 元居た世界で殺し合いどころか、ケンカだって指折り数えるくらいしかしたことのなかったただの少年が、異世界に来たからといって、躊躇いもなく人間を斬れるなんて作り話の世界でしかない。

「躊躇うのは分かります。けれど、じゃああなたはこの盗賊たちに好き勝手やられるのを、何も守れず、指をくわえて眺めるだけでいいんですか?」

「……いいわけ、ないだろ」

 相対する盗賊の短剣の斬撃を回避しながら檄を飛ばすカエデに、まるで絞り出すようにどうにかそれだけ答えると、海斗は洞窟入口でシルバーウルフが足止めしている盗賊のボスのもとへと向かった。

 まだ人間を手にかける覚悟が決まったわけじゃない。けれど、何もしなければ何も変わらないというなら。

「おいアンタ、そこまでだ!」

「ん? なんだ、いぬっころの次はガキが相手か」

 ボスの前まで躍り出てフラウメールを構えると、相手は巨大な戦斧を肩に担ぎニヤッと笑みを浮かべた。

 交戦中だったシルバーウルフも海斗の元まで後退。

「悪い。コイツの相手は俺がするから、お前は自分のご主人様の手助けしてやってくれ」

 話が通じるか不安だったが、そう語りかけると、バフッとひと吠えして、シルバーウルフは依然戦闘中のカエデのもとへと向かった。

 それを見届け、海斗は再度ボスと向き直った。

「おいおい坊主。まさか、この俺とサシでやりあうつもりか?」

「やりあう? 違う。サシでぶっ倒すつもりだよ」

「ハッ、そうかい。それじゃあ……やってみな!」

 言うが早いか、地を蹴り一気に距離を詰めてきた。

 戦斧を持った右腕を一回転させるように振り上げられる一閃。海斗はそれをフラウメールで防ぐが。

「な、嘘だろ!?」

 両足が地面から浮き上がり、瞬間マズいと思うが、もう遅い。さっきの盗賊を上回るその規格外のパワーに体を浮かされ、吹き飛ばされた。

 空中でどうにか姿勢を正し、着地。けれどボスは既に距離を詰めてきていた。

「オラオラどうした!」

 さっきの盗賊と同様、武器を力任せに大振りするだけの隙だらけな攻撃。けれどその常人離れしたパワーが、海斗に踏み込むのを躊躇わせ、ひたすら後退を選ばせる。

 そのまま後退し、ボスの一撃を回避し続けていると、ドンッと海斗の背中に何かが当たった。いつの間にか壁際まで追い詰められていたのだ。

「もう逃げ場はないぜ、覚悟しろよ」

 まるで獲物を前に舌なめずりをする野生動物のように、下卑た笑みを浮かべるボス。

 今の海斗の筋力では、ボスの斬撃をはじくことはほぼ不可能。逆に押し込まれ、決定的な隙を与えるだけになる。かといってこれ以上の後退も出来ない。

「それじゃあ、これで終いだ」

 そう口にし、凶悪な戦斧がぐんっと振り上げられる。

 まさに万事休す。眼前に迫る命の危機に視界が暗くなり、海斗が思わず目を閉じた――その時だった。

「今です、カイト!」

 海斗の耳に鋭く届いたカエデの声。

 それに応えるように目を開けると、暗かった視界に光がともり、確かに海斗の目にもしっかりと映った。最後の一撃のために大きく戦斧を振り上げたせいで、ボスの懐に大きな隙が出来ていることが。

 まさしく最後のチャンス。

 これを逃せば間違いなくボスの戦斧に一刀両断されるだろう。けれど、かといって生半可な攻撃ではきっとボスのこと斬撃は止まらない。

 まさしく生死をかけたやり取り。

「あぁあくそがッ!」

 迷いを打ち消すような叫びをあげ、海斗は地を蹴り、ボスの脇を通るのと同時にその腹部に薙ぎの一閃を放った。

 放ちざま反転し、フラウメールを正眼で構え向き直る。

 すると、ボスは戦斧を振り下ろす途中で動きを止めていた。

「チッ、やってくれたな小僧」

 舌打ちと同時、ボスの手から戦斧が落ち、海斗が一閃を放った腹部から鮮血が流れ膝から崩れ落ちた。

 そんなボスの様子を目の前に、海斗は構えを解かないまま肩で息を繰り返す。

 やったのか……?

「カイト! やりましたね」

 すると、珍しく喜びいっぱいといった様子でシルバーウルフを従えカエデが小走りで走り寄ってきた。

 その声を前にし、海斗はようやく状況を理解し始め息も落ち着き始めてきた。

「やった……のか?」

「えぇ。あなたの、勝利です」

 そして理解は実感となり。

「はぁぁあああ」

 それはとても深い深い安堵の息を吐いて、その場にぺたりと座り込んでしまった。

 さっきまでの様子は打って変わったその姿に、目を丸くしたカエデは、しかし思わず吹き出してしまい。

「カイト。何しているんですか」

「しょ、しょーがねーだろ。安心したら」

「まったく。さっきのたくましさはどこ行ったんですか」

 口ではそう苦言を呈すが、しかし笑みをたたえたまま手を差し伸べてくれるカエデ。そして、海斗がその手を取った、その時だった。

「おいおい、待てよ。俺はまだやれるぜ」

 二人の耳に、ボスの声が届いたのは。


 

  




 

 


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