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ボーイミーツガール1 ~少年の始まり~

 彼は、これが夢だということにすぐに気づいた。何せ、三年前のあの日から何度も何度も見せられているのだから。

 中学時代の通学路。あの時の場所に、長い黒髪のその少女は立っていた。

 髪に隠れて表情は分からない。そんな少女に声をかけようと、彼が一歩足を踏み出した時だった。

「ねぇ海斗。どうして私を見捨てたの?」

 少女が、そう口にした。

 言葉そのものは彼、海斗を咎めるものだ。けれどその声には、憤りも、嘆きも、何の感情もこもっていない。だからこそ海斗を苛む。

「違う。俺は助けを」

「違わない、何も違わないよ。海斗も気づいていたはずだよ。あれがどれだけ危険なものかを。それなのに私を見捨てて、自分だけ逃げて、助かって」

「違う……違うッ!!」

 海斗はその場にうずくまり、ぎゅっと目をつぶり、両耳を手で押さえた。何も見えないように、何見聞こえないように。

 いったいどれだけの間そうしていただろう。海斗が恐る恐る目を開けた瞬間、十センチもないほどの近くに、少女の顔があり、ジィッとのぞき込んでいた。

「ねぇ、海斗もこっちにおいでよ」

 ここで、海斗は目を覚ました。


「ったく、朝っぱらからまた嫌な夢を」

 締め切ったカーテンの隙間から差し込む朝の陽ざし。ベッドの上で上半身を起こした竜宮海斗たつみやかいとは、眠気眼で、枕元に置いていたスマホで時間を確認した。

 5時半――

 学校に行くにはいくらなんでも早すぎるが、かといって二度寝する気にはなれない。

「朝トレでもするか」

 短く嘆息し、海斗は手早くトレーニングウェアに着替え、部屋を後にする。と、その時にふとカレンダーが目に入った。いや、正確には4月16日という今日の日付が。

「そうか、今日でちょうど3年か」

 

 家を出た海斗はある場所に向けて走っていた。

 3年前、海斗の住む地域に衝撃が走った。ある女子中学生が下校途中、何者かに文字通り真っ二つに切り殺されたのだ。

 海斗が助けを呼んで戻ってきたときにはすでに騒ぎになっており、けれど、警察に自分たちに起きたことをすべて伝えても全く相手にされなかった。当たり前か。影に追われ、その影に殺されたなど、いったい誰が信じるというのだ。

 結局犯人もわからぬまま、3年という月日が流れ――

「よ、久しぶりだな」

 その時の女子中学生、そして海斗の幼馴染で彼女だった聖雪奈ひじりゆきなは、目の前にあるこの墓の下に眠っている。

 墓前にはまだ新しい花が供えられていた。雪奈の親がすでに来ていたのだろうか。

「もう3年もたつなんて早いよな。再来年には大学生だぜ? 本当だったら、二人で受験勉強したり、進路の相談したりして」

 あったかもしれない未来。それを意識した瞬間、海斗の頬を一筋のしずくが流れた。

 そのことに気づき、はっと我に返った海斗はその痕をゴシゴシとこすり――と、その時だった。

『――けて下さい』

 やけにか細い声が、その耳に届いたのは。

「え、何!?」

 慌てて周りを見回すも、誰かがいる気配はない。まぁこんな時間に墓地にいる人間がほかにもいるとは思えないが。

 結局聞き間違いと自分に言い聞かせ、海斗はまたトレーニングがてらランニングで自宅まで戻っていった。


まだ桜の花が、わずかにその身を枝に残している4月中旬。進学・進級でクラスが変わるこの季節。海斗の通うここ、市立富山高校では体力テストが行われていた。そして、そのグラウンド。50メートルに伸びた2本のラインのスタート地点に、2人の男子高校生が並ぼうとしていた。

 海斗と、もう1人は170cm前半と男子高校生としたら平均的な体格をしている海斗と並ぶとなお際立つ、180センチを超え、体操服の上からでもなおわかる筋肉質な体つきをしている男子高校生、海崎源かいざきげんだ。

「よぉ海斗。今年こそは決着をつけようじゃねぇか」

 自身の横に海斗が並んだのを確認すると、三白眼の源は、ニィッと口角を上げてそう提案してきた。

「小学生時代から通算、5勝5敗。いい加減、白黒つけたくないか?」

「いや、別に」

 明らかな挑発に、しかし海斗はにべもなく。

「そんなの決着つけても、意味ないし。ていうかここ数年はお前が勝手に勝敗つけてるだけだろ」

 それだけ言い捨て、海斗はクラウチングスタートの態勢に入る。遅れて、源も。

「そっか……。やっぱ」

 何かをつぶやきかけた源。しかし、その言葉は、スタートの合図によってかき消された。


「あーつっかれた」

 グラウンド脇にある土手に腰を下ろし、海斗は深々と息をついた。

 眼前では依然として他のクラスの生徒たちが体力テストを行っている。まぁ、海斗自身もテスト項目は全部を消化したわけではないが、息抜きといったところだ。

「何やってるんだろうな、俺」

 ポツリとこぼれた呟き。

 あいつのいない世界で、いなくなった世界で、こうして何の変哲もない生活を送って。死んだあいつのために、もっとできることがあるんじゃないか。

 そう、海斗が自問した時だった。

『助けて下さい』

 まただ、また聞こえた。それも、朝よりもはっきりと――助けを求める声が。

 海斗は思わず立ち上がり、あたりを見回す。

「誰だ、どこにいる!?」

 しかし、助けを求めていそうな人は見当たらず。それどころか声を張り上げたせいで、近くにいたほかの生徒たちからは奇異な視線を向けられる。

 けれど、海斗はそんなことには構わず。

「誰だよ、どこにい」

 そこまで口にしかけた時だった。

 まるで暗闇の部屋で急に電気をつけられたかのように、昼だというのに、目を開けていられないほどまばゆい光に照らされた。

 思わず目を閉じる。

 そして次に目を開けた時、海斗の目の前には木々が生い茂っていた。

 そう。たった一瞬のうちに、さっきまでグラウンドだったはずのそこが見知らぬ森となっていた。

「え、何だこれ……」

 突然なことに戸惑う海斗。

 しかし、どこからどう見ても目の前に広がる景色はグラウンドではない。夢かと思い頬をつねってみるが。

「っ痛」

 しっかりと痛みを感じる。ということは、夢ではないということで……。

 と、そんな納得をした時だった。

 まるで、絹をつんざくような悲鳴が森中に響き渡ったのは。

「悲鳴!? ……っこっちか!」

 考えるよりも先だった。海斗の足は自然と悲鳴の聞こえたほうへと動いていた。

 生い茂る木々を避け、全速力で駆ける。

 心臓がバクバクと跳ね上がる。走っているから? いいや、違う。これはもっと別の……。

 やがて、木々の間を抜け開けた場所に出た時だった。

「雪奈ッ!」

 成人男性ほどの体躯で二足で立っている豚のような化け物と、しりもちをついている少女を前に、海斗は思わずそう叫んでいた。

 

 

 



 


 

 

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