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蠢き出す闇

「よし、そこまでだ」

 アスナのケリュケイオンの先端がカエデに向けられたところで、手を叩きながらガイは二人の元まで歩み寄った。

 安堵に息を漏らすアスナ。しかし、対照的にカエデは痛みに顔をゆがめながらも立ち上がり。

「まだ、まだです! 里のみんなの仇をとるためにも、こんなお姫様に負けるなんてッ!」

「お姫様……か。けど戦ってお前だって気付いたんじゃねぇか? 姫さんが、ただのお姫様じゃねぇってよ」

 声を荒げるカエデに、窘めるように優しくそう語りかけるガイ。

 その言葉に、カエデの脳裏に戦闘中のアスナの姿が蘇った。シルバーウルフにふくらはぎを噛まれながらもなお、怯むことなく、臆することなく相対してきた、そんなおてんばなお姫様の姿が。

 悔しさをかみしめるように苦い顔をしながら、カエデは視線をそらした。

 そんな様子にやれやれと溜息を吐きながら。

「けどお前も、昔に比べて随分とシルバーウルフと連携とれるようになったじゃねぇか」

「……おじ様?」

「これだけやれれば、十分だ。俺たちの旅についてきてくれるか?」

「……え?」

 思いがけないガイの誘いに、目を点にするカエデ。

「でもおじ様。あの子に勝たないと、同行させてもらえないんじゃ」

「あんなもん、姫さんが勝手に言い出したことだから無効に決まってんだろ。それとも何か。おとなしくサウスヴァングの王宮で保護されるか?」

 茶化すように、意地悪くそう問いかけてきたガイに、カエデはブンブンと首を横に振る。

「い、嫌です。私も一緒に行かせてください」

 その返答にガイはニカッと破顔。

「オーケー、なら決まりだ。けどカエデ、その代わり二つ約束してくれ」

「約束、ですか?」

 何事かと首を傾げるカエデ。すると、ついさっきまで笑みを浮かべていたガイはその顔を引き締め、右人差し指を一本立てた。

「まず一つ。この先の旅で、もしかしたら里の仇である魔人と戦うこともあるかもしれない。けど復讐なんて無茶はするな」

 まるで心の中を見抜かれたかのようなその言葉に、チクリと胸の奥で何かが痛む。けれどそれでもカエデは頷き、それを確認してガイは二本目の指を立てた。

「どこか横になれる場所はねぇか? あと、薬草もだ。多分、姫さんがもうそろそろ限界だからな」

 そう、ガイが口にするよりも前だった。つい先ほどまで二人のそばで無言で立ち尽くしていたアスナが、顔を真っ青にしてばたんとその場に倒れた。

「あ、アスナ!?」

「あー、やっぱ耐えられなかったか」

 慌ててアスナのもとへ駆け寄る一同。覗き込むと、シルバーウルフに噛まれた右ふくらはぎから血を流しながら、顔を真っ青にしたままアスナは弱々しくつぶやいた。

「足、ちょー痛い……」


 封魔の里奥にある木組みの屋敷へ戻った海斗達四人。居間に布団が敷かれ、その上に足を負傷したアスナが寝かされた。

「で、オッサン。アスナは大丈夫なのかよ」

 青い顔をしているアスナを心配そうに眺めながら、全く慌てる様子のないガイに問いかける海斗。すると、部屋のふすまが開き、奥の部屋へ何かを探しに行っていたカエデが戻ってきた。

「例の物はあったか?」

「はい。ちょうどこれが最後の一つでしたが」

 問いかけに答えたカエデは、その手に持っている何かの巨大な葉をガイに渡した。見たこともないその葉に、海斗は不思議そうに眼を丸める。

「オッサン、それは?」

「薬草だよ。割と高価なものだが、コイツがあればある程度の外傷は一日あれば全快する。さすがに、切断された足や手はくっつかねぇけどな」

 そう口にしながら、ガイは小型のナイフで葉にとても薄く刃を入れ、縦に長く切れ目を入れていく。すると、その切れ目からドロッとした無色で透明な液体が微量に漏れ出してきた。ガイはそれを確認すると、その液体がちょうど患部に当たるように、葉をアスナの右ふくらはぎにあてがった。

「よし、これで明日の朝にはまたギャーギャーうるさくなるはずだ」

 ふぅっと息を漏らすガイ。するとその言葉を裏付けるかのように、さっきまで青ざめていたアスナの顔色が幾分か和らいだ。

「うるさくなるって……。それアスナが聞いたら怒るだろまぁ、その通りだけどさ」

 安心し、思わず軽口が出る海斗。すると……。

「あの、カイトさん。先ほどはすみませんでした」

 唐突に、海斗に向けてカエデが頭を下げたのだ。

 一瞬、何のことかわからずきょとんとする海斗。けれど、里に入ってすぐの一件のことだと理解し、手をブンブンと振り。

「あぁ、いいっていいって。勘違いだったみたいだし、なんかアスナのこと見てたら正直どうでもよくなった」

「ですが……」

 納得いかない様子のカエデ。

 すると、ガイが口をはさんできた。

「なぁカエデ、そのことで聞きたいことがあるんだがいいか?」

「おじ様? はい、私にわかることでしたら」

「海斗を里を襲った魔人の関係者だと、どうして勘違いしたんだ? 襲ったのが仮に人の姿をしている魔人だったとしても、それは魔物だ。封魔一族のお前なら、魔物と人の判別ぐらいできるだろ?」

「それは、そうなんですが……」

 何かを言いよどむカエデ。

 しかし、やがて意を決し口を開いた。

「その魔人、限りなく人に近い感じがしたんです。それも、カイト君ととても近い匂いというか、雰囲気がしました」


 ※


 四大大陸に囲まれた島、イビル島。昼間だというのに空は薄暗く、地面には木どころか草一つも生えておらずごつごつとした岩がむき出しになっている。

 そこに、巨大な居城がそびえ建っていた。

「閣下、失礼いたします」

 その玉座の間に、一人の男が呼び出され、片膝をつき頭を下げた。

 けれど、それはただの男ではない。

 切れ長の瞳と高い鼻で顔立ちは整っているものの、肌は青白く、背中からは黒い羽根を生やしている。そして何よりも、普通の人間の何百倍もの魔力をその身に宿している。

 魔物の中でも竜族と並び上位種とされる、悪魔族だ。

「ご命令通り、封魔族の里のせん滅を完了いたしました」

 頭を上げ、そう告げる悪魔族の男。けれどその視線の先、壇上の上に鎮座する玉座には誰の姿もない。しかし。

「よくやった、魔人ルシファーよ。して、かの新たなる魔人の様子はどうか」

 誰もいないと思われたその場所から、声が返ってきたのだ。

 主なきその声の問いに、悪魔の男魔人ルシファーが答える。

「力の定着が安定しているのもありますが、もともと資質が長けていたのでしょう。今回の一件も、アレがほぼ一人で片づけました」

「そうか、それは僥倖。しかしこれで、万一にも前回のように我が封印されるということはなくなったわけか」

 そう口にし、主なきその声は笑い声を上げた。

 海斗たちが動き出したのと同じように、深く暗い闇もまた、動き出そうとしていた。

  


 

 

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