女の戦い
封魔の里跡地。その中央にあるひときわ開けた場所で相対するアスナとカエデ。そしてそんな二人からある程度距離をとった場所で、海斗は不安な面持ちで様子を見守っていた。
「なぁオッサン、いいのかよ二人を戦わせて」
「しょうがねぇさ。確かに姫さんは派手な戦闘好きで、油断もしやすいお調子者だ。けどな、次期賢者として、それこそ物心ついたころからずっと魔法の訓練を積んでんだ。そのプライドをコケにされちゃ、黙ってることなんて出来ねぇさ」
「けどよ……」
言葉に詰まる海斗。その脳裏に思い返されるのは、封魔の里に足を踏み入れた際に、カエデに背後をとられた一件だ。カエデがその気なら自分はあの時死んでいた。まず間違いなく、自分やアスナよりも戦いなれているはずだ。
そんな海斗の不安に気づいたのか、ガイは大声で笑い声を上げ、海斗の背中をバシバシと叩いた。
「なぁに、心配いらねぇさ。いざとなりゃ俺が止めれば済む話だし、案外とお前が思っている結果とは違うかもしれねぇぜ」
そう口にし、ニヤッと口角を上げるガイ。
「それって」
ガイの言葉の真意を追求しようと、海斗が口を開きかけた時だった。
二人の前方で、女の戦いの火蓋が切って落とされた。
海斗とガイが見守る中、相対するアスナとカエデ。
「いい、カエデ。先にギブアップもしくは戦闘不能になったほうの負けでいいわね?」
「えぇ、問題ありません」
「で、私が勝ったらさっきの言葉撤回してもらうわよ」
「代わりに私が勝ったら、魔王討伐の旅への同行を認めてもらいますよ」
「好きにしなさいよ。ま、キングクラーケンごときを怖がって、こんな場所に引きこもっていたアンタには負けないけどね」
あえて挑発するように、ほくそ笑みながらそう口にするアスナ。すると、形のいいカエデの眉がピクリと動いた。そして服の袖から巻物を一巻取り出し、巻いてある紐に手をかける。
対して、アスナもケリュケイオンを構えてその先端をアスナへ向ける。
両者戦闘態勢を整え――先にカエデが動いた。
巻物の紐をほどいて本紙を開く。すると、
「召喚。来て、シルバーウルフ」
その声と共に、カエデの前方に煙が発生した。警戒を強めるアスナ。すると、その煙を払いのけて一匹の銀狼がアスナに向かって襲い掛かった。
瞬時に理解する。これが封魔一族の戦いの肝、封印した魔物の使役なのだと。
「そのタイプの魔物との戦い方なら!」
瞬時に魔力を練り、初陣だったガルム戦と同様に、スロウで銀狼――シルバーウルフの動きを鈍らせようとする。しかしシルバーウルフがガルムを上回る敏捷性で左右に細かく移動しながら向かってくるせいで狙いをつけられない。
「だったらこうするだけよ」
すぐさま戦法を切り替え、ケリュケイオンの先端を自らの足元へ。
そして……。
「大いなる大地の精霊ノームよ、侵入者を阻み、戒めよ。グランニードル」
地鳴りと共に、地面から無数の円錐状の突起がせり出した。
これ以上の侵入は危険と判断したのか、シルバーウルフは急停止し、後退。それを確認しアスナは本体であるカエデへと視線を移す。けれど。
「……いない!?」
つい先ほどまでカエデがいたそこには、誰もないかった。恐らくはシルバーウルフの強襲の隙に姿をくらませたのだろう。
けれど、一体どこへ?
「こちらです、お姫様」
「後ろ!?」
突如背後から聞こえた声。慌てて振り返ると、すぐ近くまでカエデが近接していた。
姿勢を低くし懐まで入り込んだカエデが、短剣を振り上げ、一閃。それをアスナはケリュケイオンの柄で受け止める。
完全な鍔迫り合いとなってしまった。
「封魔一族って割には、本人も戦うのね」
「当たり前です。自分は安全な場所から眺めているだけの、お姫様とは違いますから」
「何が言いたいのよッ!」
「先ほどの。キングクラーケンを討伐したことを随分と鼻にかけていましたが、大方、ガイおじさまが一人で倒したのでしょう」
その言葉に、ズキリとアスナの胸が痛む。
そうだ、あの戦いで自分は何もできなかった。キングクラーケンはガイが本当に一人で倒してしまうし、放たれた最後の一撃は、海斗の新しい力で防ぐことが出来た。そんな二人に対して、自分はただ見て守られることしか出来なかったのだ。物心ついたころから、いつか次期賢者として魔王討伐の旅に出る為に、魔法の修練を積んできたというのに。
その悔しさにアスナは苦虫を噛む。と、その時だった。
「けれどまぁ、私たち封魔一族の本懐は封じた魔物――封魔とのコンビネーションですけどね」
そんなアスナの心の動揺を見抜いてか、ニヤリと笑みを浮かべるカエデ。それと同時にアスナはすぐに思い出した。シルバーウルフが召喚されたままだということを。けれど、もう遅い。
「行きなさい、シルバーウルフ!」
カエデの号令と共に、アスナの死角になっていた斜め後方からシルバーウルフが一気に距離を詰めてきて、無防備となっている右ふくらはぎに噛みついた。
激痛にアスナの顔が歪み、鍔迫り合いを続けていたケリュケイオンを握る力も一瞬弱くなる。
その瞬間、カエデは勝ちを確信した。温室育ちのお姫様が耐えきれるはずがないと。このまま、ケリュケイオンを弾き飛ばし、のど元に短剣を突き付ければ自分の勝ちだと。
けれど。
「――なぜ、なぜまだ耐えるんですか!?」
想像とは裏腹に、歯を食いしばりながらも依然として自らの斬撃と鍔迫り合いを続けるアスナの姿に、カエデは思わず声を荒げた。
その問いに、脂汗をかきながら不敵な笑みを浮かべるアスナ。
「なぜかって? あんま、お姫様なめんじゃないわよッ!」
裂帛の気合。と、共にケリュケイオンを継ぎる両手にさらに力を籠め、カエデの斬撃を押し返して吹き飛ばした。
あまりにも予想外だったのだろう。短い悲鳴を上げ、体勢を整えられずに尻餅をつくカエデ。アスナのふくらはぎに噛みついていたシルバーウルフも、主人の危機を感じ取ったのか、身を翻し、カエデを護るようにアスナの前に躍り出た。
またとない好機とみたアスナは、ケリュケイオンを天に掲げ一気に攻勢に出る。
「清らかなる水の精霊ウィンディーネよ。この世の不浄を洗い流せ」
詠唱が終わるのと同時、再度攻勢に出ようと立ち上がったカエデの頬にポツリと水滴が落ちた。
「……雨?」
頬に落ちた水滴を指ですくい、落ちてきた上空を見上げたカエデは絶句した。視線の先、上空に巨大な水の塊が浮かんでいたのだ。そして――
「ウォータプレス!」
カエデへ向け、その巨大な水球が叩きつけられた。
水球が地面へぶつかり水がはじける轟音と共に、辺り一帯が水浸しに。そして、もろに直撃を受けたカエデはその場にうつぶせになって倒れていた。
「ま、まだ。みんなの仇をとるためには……」
全身が痛む中、どうにか顔を上げて立ち上がろうとするカエデ。しかしそんなカエデの眼前に、アスナはケリュケイオンの先端を突き付けた。
「私の、勝ちよ」




