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封魔の里 

「なぁオッサン、マジでここが封魔の里なのか?」

 目の前に広がる景色を前に、海斗は思わずそう問いかけていた。けれどそれも無理のない話だ。建物はすべて焼け落ち、地面はところどころ抉れ、何かが腐ったかのような死の匂いが充満しているのだから。

 しかし、隣に立つガイからその返答はない。

 どうしたのかと頭一個分高い位置にあるその顔を見上げると、今まで見たこともないほど青ざめていた。そして海斗の問いに答えることなく、ガイは、一歩、また一歩と足を進ませ。

「おい、誰かいねぇのか。返事をしてくれ」

 まるで遥か彼方まで届くのではないかと思えるほど声を張り上げ、目の前に広がる、かつて封魔の里だったと思しき場所へと一人で駆け出して行った。

「オッサン!?」

「カイト、私たちも行こう」

「お、おぉ」

 アスナに頷き返し、海斗もまた、一歩足を踏み出した時だった。

 不意に感じるのど元の冷たさ。そして。

「止まりなさい」

 耳に届いた、まるで鈴を転がすように澄んだ女性の声。それと同時、海斗はようやく理解した。いつの間にか背後をとられ、のど元にまるで苦無のような短剣を突き付けられていることに。

「貴方たち、何者ですか? まさか奴らの仲間じゃ」

「はぁ、仲間? 何のことよ。ていうかアンタ何してんのよ離れなさいよ!」

 感情を感じさせないその女性の問いかけに、ギャンギャンと吠えて文句をぶつけるアスナ。どうにか割って入ろうとするが、

「止まりなさい。僅かでも動こうとすれば、この男の命はないわ」

 身動きをしようとした瞬間、のど元に突き付けられた短剣に力が加わり、のど元の皮膚をわずかに裂いた。それを見た瞬間、決して脅しではないと感じたアスナは動きを止め苦虫をかみつぶした。

 膠着した状態。すると、アスナの声が耳に届いたのか、里の奥まで行っていたガイが戻ってきた。

「おい、すげぇ声が聞こえてきたけどなんかあったのか?」

 そして海斗が人質に取られている現状をすぐに理解し、しかし、その張本人の顔を視認してガイは目を丸くした。

「もしかしてカエデか?」

「え、ガイおじ様……ですか?」

 先ほどまでの無機質な声とは打って変わり、驚きの声を上げるその女性。すると、すぐに拘束が弱まり慌ててその場から離れ距離をとった海斗は、反転し、今迄自分ののど元に短剣を突き立てていたその人物と相対した。

 するとそこにいたのは、上下に黒のツナギのような衣服を身に纏い、口元が隠れるように白く長い布を首に巻いている一人の女性だった。


 封魔の里入り口での一件から数分。海斗たち三人と、ガイにカエデと呼ばれたその女性は里の最奥に一軒だけ朽ちかけながら残っていた木組みの屋敷へと赴いていた。

 畳張りの広間に対面で腰を下ろした海斗たち三人と、カエデ。改めてカエデの容姿を真正面から見た海斗は思わず見惚れてしまっていた。身長は海斗より10㎝ほど低い165㎝ほどで、腰まで伸びた艶やかな黒髪を頭の右横で纏めている。そして切れ長の瞳に高い鼻と、陶器のような白い肌。自然と海斗の脳裏には自然と大和撫子という文字が浮かび上がった。

「しっかし、久しぶりだなカエデ。もう二十歳になったのか?」

「おじ様。私まだ十八です」

 二人のやり取りに衝撃を覚える海斗。大人びて見えるから、てっきり元の世界で言うところの女子大生くらいだと思っていたが、まさか一つ年上なだけだとは。

 そんな三人をよそに、今迄ふくれっ面をしていたアスナがすっと手を上げた。

「ガイ。その女誰なのよ」

「おぉ、わりぃ姫さん。こいつは封魔の里族長の一人娘、カエデだ」

「ご挨拶が遅れました。カエデ・カンナギと申します」

 床に両手をつき、カエデは深々と頭を下げる。

 そしてカエデが頭を上げたタイミングで、今度は海斗たちの紹介になった。

「で、こっちの小僧が今代の四聖の守護者が一人カイト・タツミヤで、こっちの姫さんがサウスヴァング国王女で、今代の賢者になるアスナ・サウスヴァングだ」

「海斗だ、よろしく」

「アスナ・サウスヴァングよ」

 海斗は笑みを浮かべ、アスナは依然としてどこか不貞腐れたように名乗り返す。

 三人の自己紹介も終わったところで、咳払いをしてガイの顔つきが鋭くなった。

「で、本題だカエデ。いったい何が起こったんだ」

「今から一か月ほど前です。魔物の大群の襲撃を受け、私以外の里の人間は……全滅しました」

 里の惨状からある程度予想出来ていたこととはいえ、突き付けられたその事実に息をのむ三人。しかしカエデは構わず続けた。

「もともと我が一族は魔物を封印し使役していることから、幾度となく魔族たちに襲われることはありました。ですがその度に撃退し、里を移動して生き延びてきました。そして今回も、そうなるはずでした。あの男が現れるまでは」

「男?」

 ガイの言葉に、コクリと頷くカエデ。

「襲撃から一夜経ったころでした。ほぼすべての魔物達を倒したところに魔人と名乗る黒い仮面をかぶった男が現れ、そのたった一人に全員やられたんです」

「なッ……魔人だと!?」

 魔人という言葉に絶句するガイ。単独で町一つを滅ぼしかねないB級指定のキングクラーケンをたった一人で倒してしまうガイが、だ。

 そのことに感づいた海斗が、恐る恐る尋ねた。

「なぁ、オッサン。その魔人ってやつもしかしなくてもヤバいのか?」

「ヤベェ、なんてもんじゃねぇな。前に姫さんが説明した魔物のA~Gランクは覚えてるな?」

「あぁ。オッサンが討伐したキングクラーケンが町一つを壊滅させるB級指定だろ」

「そうだ。そして、魔人はそのランクの規格外。たった一体で大陸の存続が危ぶまれる、いわば魔物の中で最も魔王に近い力を持ってるやつらだ」

 ガイのその言葉に気の遠くなる海斗。

 そんな海斗をよそに、カエデは話をつづけた。

「里のみんなが命を落とす中、ガイおじ様かサウスヴァング国王に魔人が動き出したことを伝えるよう父から言付かり、私一人だけが逃がされました。けれど」

「キングクラーケンが近海にうろつき出したせいで、定期連絡船も止まり、島から出られなくなっちまったと?」

 その時のことを思い出しているのか、目頭に涙をため、言葉に詰まるカエデ。その先の言葉をガイが代弁すると、力なくコクリと頷いた。

「でも、どうしておじ様がここへ?」

「実はな、今度こそ魔王を討伐するために旅を始めたんだが、また封魔一族の力を借りれねぇかなって思って寄ったんだが……」

 バツが悪そうに、頭を掻くガイ。生き残りがカエデ一人になってしまった以上、それも無理な相談なのだ。

 小さく息を吐き、ガイは腰を上げた。

「とりあえずライズ宛に書状を書くから、カエデ、お前は王宮で保護を」

「待ってください、おじ様!」

 諦めかけたガイの言葉を遮るカエデ。

 その声量に、三人が驚いたように目を丸くする。すると、カエデは目頭に浮かんだ涙を服の袖で乱暴にゴシゴシと擦って拭い、まっすぐにガイを見返した。

「その旅、私も同行させてください」

「同行って、お前な」

 まるで鬼気迫るような視線。もはや決意というよりも、まるで脅迫じみたものが滲んで危うささえ感じさせるその様子を前にし、ガイは思わず口ごもってしまった。

「私に簡単に背後をとられるようなその男や、王宮内で甘やかされて育てられた騒ぐしかできないようなその女よりは役に立ちます」

 その瞬間、何かがプツリと切れる音が屋敷内に響いた。

 今まで黙って話を聞いていた海斗も、何事かと辺りを見回す。すると隣で同じく話を聞いていたアスナが俯き、しかしその背にゴゴゴゴォと何やら目に見えない炎のようなものを背負っていた。

「さっきから黙って聞いていたら、上等じゃないの」

 二コリと笑みを浮かべ、顔を上げるアスナ。けれどその瞳は全く笑っておらず、明らかな怒りをはらんでいた。

 そしてアスナは立ち上がり、びしっとカエデを指さし、

「そこまで言うなら、私と勝負しなさい! 私に勝ったら同行を認めてあげる」

 そう、声高に宣言したのだった。 

 

 


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