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イカヅチと新しき力

 ポートランドを出港して数十分、海斗たちの乗った船は帆に風を受けて、キングクラーケンが出没するフォロッド島近海へとむけて航海を続けていた。

 船内には海斗たち三人の他には、船乗りたちが数人乗り込んでいるのみとなっている。

 キングクラーケン出没ポイント到着まで待つ間、海斗が船内を歩いていると、船の前方部分に当たる船首に山積みにされたあるものを目にした。

「あれ、カイト。そんなところで何してるの?」

「ん? あぁ、アスナか。船の中見て回ってたらこんなの見つけてさ」

 背後から声をかけてきたアスナに、前方で山積みにされているそれを指で指示した。

「これ、木の板? でも何のために」

 そう、二人の目の前に2メートル四方はありそうな気の板が山積みにされていたのだ。

 もともとこの船にある物だとは思えないし、恐らくはこの討伐戦のために積み込んだのだろう。けれどこんな物を魔物討伐で一体どう使うのだろうか。

 二人して、そう首を傾げている時だった。つい先ほどまで穏やかだった波が急に大きくなり、船体が大きく揺れだした。

 突然なことにバランスを崩したアスナが短い悲鳴をあげ転びかけるが、海斗が咄嗟に手を伸ばし、アスナの腕を掴み引き寄せて、どうにか踏みとどまらせた。けれどそのせいで、二人の顔がすぐ目の前で向き合うことになり。

「あ、ありがとう」

「おう」

 頬を赤く染めるアスナに、海斗はぶっきらぼうに返す。そのまま二人とも見つめあうこと数秒。

「お前ら、こんなところで何イチャイチャしてんだ?」

 不意に二人の背後からかけられた声。まるで磁石の同極同士のように、パッと弾かれたように海斗とアスナは距離をとった。

 そして二人が声のしたほうに恐る恐る振り返ると、そこには腕組をしたガイと、その後ろには乗船している船乗りたちの姿があった。恐らく先ほどの大きな揺れで様子を確認するために甲板に出てきたのだろう。

「何だ、オッサンか。別にイチャついてなんかねぇよ」

「そうよ。ただ私が転びそうになったのを助けてもらっただけよ」

「そうかい。ならいいんだがよ」

 そこで言葉を止め、ガイは船首のさらに先端へ行き、その相貌を眼前の大海原へとむける。

「気を引き締めな、奴さんが現れたぜ」

 その言葉と同時、船から数メートル前方の海面が突如として盛り、それをかき分けるようにして海面からそれは姿を現した。

 海面から顔を出している部分だけでも十メートルはありそうな、巨大なイカのような見た目の化け物。

「コイツが、キングクラーケンなのか?」

「あぁ、そうだ。相手は俺がやる。カイトと姫さんは船の護衛にだけ注力してくれよ」

それけ口にし、ガイは艦橋の上に立った。そして――

瞬雷(しゅんらい)

 ガイの足元で稲妻が発生した瞬間、その姿が消えた。

 いや、違う。もちろん本当に消えたわけではない。けれど、その場にいた誰の目にもそう映ってしまっていた。

「なぁ、オッサンどこ行ったんだ!?」

「いた。あそこよカイト」

 周囲を見回す海斗に、アスナはキングクラーケンのいる方向を指さした。なんとガイは今の一瞬の間に、数メートルは離れているキングクラーケンとの距離を一瞬で詰め、その巨大な白い胴体に剣を突き立てていたのだ。

 そのことを確認した船乗りたちが、一斉に動き出す。船首に山積みにされている木の板を順番に持ち上げ、キングクラーケンのいる海面付近に向けて投げつけ始めた。

 そこでようやく海斗たちは、それが何のために用意されていたのか理解した。

「そうか、足場か」

 そう、投げ込まれた木の板が海面に浮き、臨時の足場となったのだ。

 そのことを確認したガイは、いったんキングクラーケンから剣を抜き、手近に浮いている木の板へ着地した。

「さて。二十年ぶりだが、今の俺にどこまでやれるかね」

 呟き、ふーっと息を吐き剣を正眼に構えて機を計る。すると、キングクラーケンが先に動いた。八本ある長い足のうちの一本を振り上げ、ガイに向けて叩きつけてきたのだ。

 まるで鞭のように迫りくる二メートル近くある太さのその足に対し、ガイは正眼に構えていたその剣を振り上げた。そして、気合一閃振り下ろす。

 その一閃は、迫りくるキングクラーケンの足を、先端からまるで二又になるように切り裂いた。そして標的から逸れた二又の足は、そのまま海面に叩きつけられ、大きな水しぶきを上げる。

 頭からそのしぶきをかぶったガイは、手の甲で顔をぬぐう。すると、さっきまで白色だったキングクラーケンの体が真っ赤に変色していた。ガイの記憶が正しければ、キングクラーケンはストレスを感じると赤く変色するということだから……。

「どうやら、ここから本番みてぇだな」

 一層気を引き締めるガイ。するとその予想通り、キングクラーケンがすぐに次の行動に出てきた。口のような部分から黒い粘性の高い墨を吐き出してきたのだ。

 逡巡。回避か、はたまた剣で叩き切るか。しかし嫌な予感を感じたガイはすぐさま手近な木の板へと飛び移った。すると数拍遅れて、さっきまでガイが乗っていた木の板に墨の粘弾が直撃し、まさしく木っ端みじんに粉砕し、ガイの背丈の三倍はありそうな高さの水しぶきを上げた。

「結構な威力だな。けど、避けられない速さじゃ」

 そう、ガイが一息つくのもつかの間、キングクラーケンは矢継ぎ早に粘弾を撃ってきた。けれどそのどれもがガイのいる木の板からわずかに逸れた海面に着弾しているのだ。

「何だ、命中精度が低いのか? いや、違う。こいつは」

 敵のその行動を不審に思ったガイだったが、すぐさまその真意を思い知ることとなる。周囲に絶え間なく降り注ぐ粘弾の雨による水しぶきのせいで、視界が覆われてしまったのだ。

 苦虫を噛むガイ。と、その時だ。轟音と共に水柱を打ち払い、キングクラーケンの巨大な足がすぐ目前まで迫っていた。

 右横からすぐ目前に迫っているその一撃に、ガイは回避を諦め、右腕を盾にし防御に徹した。そして直撃する、キングクラーケンの凶悪な一撃。受けた右腕の骨がきしみ、その威力に両足が地面となっている木の板から離れかけた――その瞬間、咄嗟の反応で左手に持ち替えていた剣を思いきり木の板へと突き立てた。

 一拍遅れガイの体は完全に宙に浮くも、突き立てた剣が支柱となり、海面へ落水することなく木の板の上にどうにかとどまることが出来た。

 けれど……。

「コイツは、ちょっとマズいかな」

 呟き、脂汗を流しながら左肩に手をやるガイ。

 吹き飛ばされかけながらも支柱となった剣を放さぬよう左手一本で握りしめていた結果、衝撃が左手一本に集まり、肩の関節が外れてしまったのだ。

 戦闘の継続自体は可能だが、左肩が脱臼したせいでバランスが取れず恐らく剣を振るうことは不可能。それに、今度こそ攻撃をまともに喰らえばまず間違いなく海面へと吹き飛ばされるだろう。そうなれば水中に引きずり込まれて終わりだ。

「となりゃ、一気に片を付けるしかないか」

 現状を整理し、嘆息しながらガイは再度剣を地面に突き刺し、右手を空に掲げた。すると、つい先ほどまで快晴だった空に暗く重い雲が立ち込め、雷鳴が轟く。

「大いなる雷神よ。その破壊の鉄槌にて裁きを与えよ」

 そして、キングクラーケンのはるか頭上で稲光り、

「穿て――天雷鎚(てんらいつい)ッ!」

 巨大な稲妻が、キングクラーケンを飲み込んだ。

 やがて稲妻が消え、そこに残ったのは黒く焦げたキングクラーケンだった物のみ。すでにこと切れているのか、力なく海面へと沈み始める。と、その時だった。その両眼に最後の光が宿り、粘弾を放ってきた。

 死の間際、残りの全生命力を使った一撃なのだろう。今までのそれよりも、大きさも、そして速度も段違いだ。身構えるガイだったが。

「狙いを定める余裕まではなかったみてぇだな」

 ガイから大きく逸れたそれはあらぬ方向へと飛んで行き、警戒心を解いたガイは、しかしすぐ気が付いた。粘弾の射線上に何があるのか。

 慌てて振り返り、思わず叫ぶ。

「逃げろ、姫さん! カイト!」

 後方、船上で待機している海斗とアスナに向かって。


「緊急回避、面舵いっぱい!」

「ダメです、間に合いません!」

 ガイとキングクラーケンの戦闘を見守っていた船上が慌ただしくなり、船乗りたちの怒号が響き渡る。舵を切り回避行動をとろうとしているが、恐らくは間に合わない。

「っこの、バーン・メテオライト!」

 船首まで躍り出てケリュケイオンを掲げたアスナが火炎球でどうにか迎撃しようとするが、しかし粘弾の速度が予想以上に上回っているのか、その一撃は海面に当たるのみ。

 そんな状況を前に、近接戦の剣戟しか戦闘手段のない海斗は、ただ唇を噛み、何もすることが出来なかった。

 この世界に召喚され、ガイに剣を指導されて多少は戦う力を、誰かを護る力を身につけたと思っていた。けれど実際はどうだ。この危機的状況に、自分一人だけが何もできず、ただ歯噛みをするだけ。三年前のあの日から、雪奈を失ったあの日から何も変わっちゃいない。

「何が、何が四聖の守護者だよ……。結局俺は、何も」

 爪が食い込み血が出そうなほど、強く、強く両拳を握りしめる。

 と、その時だった。

『力が、欲しいですか?』

「――え?」

 突如耳に届いた、女性の声。驚き、顔を上げた海斗は周囲を見回す。けれどその声の主と思わしき人は誰もいない。

「だ、誰だアンタ!」

『力が欲しいなら、誰かを護りたいと強く願うのなら、私の名を呼んでください。私の名前は――』

 そうして、自らの名だけ伝え消える女性の声。

 正直、海斗には意味が解らなかった。けれど、直感のようなもので一つだけ感じたことがある。それは、この声の主は、きっと自分の力になってくれるということ。

 だから……。

「どいてくれ、アスナ」

「カイト!? ちょっと、あんた何する気なの?」

 アスナを押しのけ、船首に立つ海斗。そしてブラウメールを天に掲げ、ゆっくりと息を吐き、そしてその名を呼んだ。

「力を貸してくれ、ウンディーネ!」

 その瞬間だった。掲げたブラウメールの刀身の周囲に無数の細い水流が渦巻き始めたのだ。

 そして――

「ぶった切れ! 四糸水流斬(ししすいりゅうざん)!!」

 ブラウメールを振り下ろすのと同時、刀身に渦巻いていた水流も粘弾に向け放たれた。そしてそれは、まるで糸のように細い四本の水流となり、粘弾を切り裂いたのだ。

 五つに分かれた粘弾は威力を失い、海面へと姿を消した。

 そのことを確認し、海斗は大きく安堵の息を吐くのと同時にその場にへたり込みあおむけに倒れこんだ。そして、ただじっと晴天の空を眺めた。

「カイト、すごいじゃない! いつの間にあんな技を覚えたのよ」

 そんな海斗のもとに嬉々として駆け寄ってくる。そんな様子を前にし、海斗はようやく実感した。

「え、ちょっと! 何笑ってるのよ気持ち悪い」

「なんでもねーよ」

 護れたのだと。こんな自分でも、三年前と違い、今度は護ることが出来たのだと。


 

 

 

 


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