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プロローグ

 息が切れる。

 肺が痛み、ただ息をすることすら苦痛。

 それでも、俺は足を止めることはできなかった。ただひたすらに、なりふり構わず走り続ける。幼馴染の雪奈をその手で引きながら。

「ちょ、ちょっと待って。海斗、もう息が」

「我慢しろ!」

 限界を告げてくる雪奈に対しそう返し、走りながら背後へ視線をやる。

 すると、やはりというべきかそれはまだ俺たちを追ってきていた。

 

 何か、二メートルくらいはありそうな靄のような物が。


 それが何なのかは分からない。けれど、これだけははっきりしている。下校途中で夕方とはいえ、“それ”が現れた学校近くから自宅近くの住宅街まで、誰一人ともすれ違わないなんてことあり得るのか? いや、そんなことはあり得ない。

 そして何より、本能のようなものが警鐘を鳴らしている。逃げろと。

 と、雪奈の短い悲鳴とともに彼女を引く右手が引っ張られて思考が現実に戻った。

「雪奈!?」

 足をもつれさせた雪奈がその場につまずいたのだ。

「おい、大丈夫か?」

「うん、ごめ――っ!」

 そう口にして立ち上がろうとした時だった。顔をゆがめ、動きが止まったのは。

「もしかして挫いたのか?」

「うん、そうみたい。ごめんね」

 俺の問いかけに、口調こそは明るいが、声色に力がない。明らかに無理しているのがバレバレだ。

 影はすぐ近くまで攻めっているし、このまま雪奈を連れて走ることは……状況的に、たぶん無理だ。

 けれど、このまま置いて自分だけ逃げるなんて出来るはずがない。

 どうすれば……どうすればいい?

 そんな俺の葛藤を見抜いたのか、

「ねぇ、海斗。誰か助け呼んできてよ」

 雪奈が静かにそう口にしたのだ。

「な、なに言ってんだ! そんなこと出来るはず」

「いやいや、これでも挫いた足結構いたいんだからさ。さすがにこのままじゃ動けないから」

「だからって……」

 どうにかそれだけ絞り出し、まるで獲物ににじり寄る猛獣のように少しずつ距離を詰めてきているそれに視線をやる。そんな視線に気づいたのか、

「影のようなもの、だっけ?」

 同じく顔を背後へ向け、雪奈はそう口にした。

「何も見えてない私にはさっぱりだけど、見間違いなだけかもしれないし、案外何も起きないかもだしさ」

 本当にただの見間違い?

 いや、違う。確かにそこにいるのだ。とても危険な何かが。

 逃げなきゃ殺される。

 逃げなきゃ

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ。

「……ごめん」

 どうにかそれだけ絞り出し、俺は雪奈に背を向けて、ぎゅっと両目をつぶって走り去った。

 いや、逃げ去った――



 海斗が走り去るのを見届け、雪奈は安堵の息を漏らした。

「まったく。本当に世話が焼けるんだから」

 痛む足でどうにかその場に立ち上がり、そして、それと相対する。

「影のようなもの……か。なるほど、海斗にはまだその程度にしか認識できないのか」

 そう、確かに雪奈は影のようなものは一切目にしていなかった。

 代わりに目にしていたのは――

「私と違って海斗には替りがいないから、万が一があったら困るのよね。だから悪いけど、あんたには私に付き合ってもらうわよ」

 西洋風の甲冑に身をまとい、大剣を手にした、二メートルほどはありそうな二息歩行をしている巨大なトカゲのような怪物だった。


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